7. 戦士の矜持
ガーディアンの戦士である黄田という男は、恵まれた体格に加え、人外の存在である怪人相手に一歩も退かない強い心を持った勇者であった。
この黄田と言う男が正式のバトルスーツを使う事が出来たら、リベリオンはこの勇者に大きく苦しめられたであろう。
残念なことに黄田にはコアの適正が無く、簡易コアを使用した下級戦士の立場に甘んじていた。
コアの適正を持つ者は十台の若い人間が殆どで有り、二十台の黄田がコアに適合するのは難しかったようである。
しかし黄田は下級戦士であることに腐らなかった、彼の内には正義の味方としての誇りが宿っているのだ。
黄田が日々の訓練を欠かす事は無く、力無き人々を守護する盾として戦闘では誰よりも勇ましく戦った。
そして年配者の立場から兄貴分として、黄田は若いガーディアンの戦士の面倒もよく見ていた。
正義の味方としての仕事に真摯に打ち込む黄田を慕う者は多く、白木もまた黄田を尊敬する人間の一人だった。
「…何か悩みでもあるのかよ、白木。
もしかして前の基地襲撃に時に現れた、例の白い仮面を付けた奴のことか?」
「黄田さん、どうしてそれを!? その話は機密の筈じゃ…」
面倒見のいい黄田が落ち込んだ様子の白木を放っておく筈も無く、黄田は徐に白木の横の椅子に腰掛ける。
そして黄田は極自然に、白木の悩みについて相談に乗り始めた。
黄田は白木が悩む理由として、先の戦いで猛威を振るった白仮面であると推測したようだ。
白木は黄田の口から白仮面の話が出てきた事に、酷く面を喰らうことにになる。
何故なら白仮面の存在はガーディアン上層部から情報規制が掛かっており、黄田が知る筈の無い情報なのだ。
一体何故、黄田は白仮面の存在を把握しているのだろうか。
「ああ、土留の奴から聞いた。 あいつはその白い仮面を付けた奴にやられたんだろう?
まぁ、今はピンピンしているようだが…」
「土留の奴…、相変わらず口が軽いんだから…」
土留と黄田は所謂筋トレ仲間と言う奴で、体格的に恵まれている両者はよくガーディアンのジムで一緒に汗を流していた。
白仮面が現れたあの場所に居た土留も、当然ながら上から白仮面の存在を秘密にするように言われている筈だ。
しかし規則違反の常習である土留が真面目に秘密を守るわけも無く、仲のいい戦友にあっさりと喋ってしまったのだろう。
同期の無法者振りに呆れたのか、白木は先ほどとは別の感情を込めて溜息をついた。
とりあえず黄田は白木の悩みを、白仮面という新たな脅威であると仮定して話を進めた。
実際、ガーディアンの戦士も人間である、人外の怪物である怪人の強大さに心が折れる戦士も少なくない。
そして黄田の予想通り、白木が憂鬱な表情を浮かべる原因は白仮面の存在にあった。
「お前たち正式コアを持つ戦士でも相手にならないほど強いんだよな、その白仮面ってのは…。
全く嫌になるぜ…、世の中には怪物だらけだなー」
「…そのために僕たちはもっと力を付けないといけないんです。
だから僕は…」
「お前…、まさか嬢ちゃんの二の舞になる気じゃ…。
正気か、白木!!」
ガーディアンの戦士には強さを求めた時、まず頭に浮かぶ手段はコアの出力のアップである。
ガーディアンが使用しているコアは人間が耐え得る程度に出力を抑えており、精々ニ、三割の力しか使われていない。
コアの出力さえ上げればバトルスーツの性能は上がる、簡単な理屈である。
しかしコアの出力を弄る手段は諸刃の剣であり、一歩間違えば白木の相棒であった少女の二の舞になることは間違いない。
かつて黒羽がコアのリミッターを解除してクィンビーに立ち向かった戦場、下級戦士として黄田もその場所に居た。
黄田もまた白木と同じように、少女が己を犠牲にする様も見せ付けられた人間の一人なのである。
そんな男がコアの出力を上げるという自殺行為を認められる筈も無く、険しい顔で白木の真意を問い質した。
「さっき三代さんに、コアの出力の調整を依頼しました。
体が確実に壊れる100%の開放は無理だと思いますが、後一、二割出力を上げるくらいなら耐えられる筈なんです。
今は少しでも戦力を上げないと…」
「…で、イエミツの奴に素気無く断れて落ち込んでるって訳か。
悪いがイエミツの判断が正しいと思うぜ、今だって通常の使用に耐え得るギリギリのラインなんだろう?
これ以上出力を上げたら、いきなり嬢ちゃんのようになる事は無いだろうが、それでも徐々に体に悪影響が出る筈だぜ」
バトルスーツのインストーラから行うことは出来るリミッター解除は、コアの力を一気に全て解放するだけの機能になる。
インストーラでは細かなコアの出力調整を行うことが出来ない、出力調整を行うには専門の技術者に頼るしか無いのだ。
そして白木は三代にコアの出力アップを依頼し、あえなく断られていた。
三代を筆頭にしたガーディアンの技術者たちも、本当はもう少しコアの出力を上げてバトルスーツの性能を強化したい。
しかし人間の生身の体では、強大なコアの出力の力を受け止めるのは難しかった。
所詮、人間の体は怪人と比べ物にならないくらい脆い物である。
今のニ、三割の出力でも、装着者の体に影響を与えないギリギリのラインなのだった。
コアの出力を上げる危険性は、優等生である白木が知らない筈が無い。
しかし今の白木には、その危険を冒してでも自分の戦力を上げなければならない理由があった。
「…あの白仮面の正体は怪人でした。
怪人の体だからこそ、あれだけのコアの力を引き出したバトルスーツが使えるんです!
考えて見て下さい、もしリベリオンがあの白仮面と同じような事をしたら…」
「戦力差が一気に開いちまうな…」
バトルスーツを使用した怪人、白仮面の存在は白木に最悪な可能性を予期させるものだった。
欠番戦闘員もその正体が人間で無いと疑われてはいたが、中身については未だにはっきりしておらず、言うなれば灰色の存在であった。
それに比べて白仮面は、その中身が怪人であることが明確に確認されてしまったのだ。
ガーディアン上層部が白仮面の存在を極秘にするのは当然である、もしこの存在が知られたらガーディアンは絶望で覆い尽くされてしまうだろう。
ガーディアンの切り札であるバトルスーツ、その力の源であるコアは人間の力ではニ、三割の出力しか出せない。
しかし強靭な体を持つリベリオンの怪人であれば、コアの力をより深く引き出すことが出来る。
皮肉にもガーディアンのコアを一番有効に使える存在は、ガーディアンの怨敵であるリベリオンの怪人であると、白仮面は証明して見せた。
何れリベリオンもバトルスーツの有用性に気付き、白仮面のように怪人がバトルスーツを使用するようになるかもしれない。
そうなれば辛うじて均衡を保ってきたリベリオンとガーディアン、正義と悪のパワーバランスが崩れてしまうだろう。
聡明な白木は白仮面が現れた事による影響を正確に読み取り、その未来に恐怖していた。
「多分、あの欠番戦闘員も普通の人間じゃ無いでしょう。
もしかしたらあいつは、本当にリベリオンの戦闘員なのかもしれない…。
今のままじゃ、僕はあの欠番戦闘員や白仮面には絶対勝てないんです!!」
「土留をやった白仮面は兎も角、欠番戦闘員の方は少なくとも敵じゃ無いだろう…
お前は欠番戦闘員と共闘までしたんだろう?」
「しかし…」
三代に否定されても尚、欠番戦闘員がかつて自分のインストーラを奪った戦闘員であると言う推測を捨てきれない白木は、欠番戦闘員を完全に信用できなかった。
白木は欠番戦闘員や白仮面が敵に回った時に勝利するイメージが全く持てず、現状の力の無い自分に絶望していた。
そのため白木は手っ取り早く力を付けるために、コアの出力アップと言う安直な手段に手を伸ばそうとしてしまった。
それだけ白木にとって、あの白仮面の存在は脅威だったのだろう。
思いつめた顔をして俯く白木の姿を、黄田もまた真剣な表情で自分より一回り年下の少年の姿を見ていた。
やがて黄田は唐突に椅子から立ち上がり、白木の正面に移動する。
突然、黄田の巨体が目の前に来たことに驚く白木を尻目に、黄田は白木の両肩を掴みながら勢いよく頭を振り下ろしたのだ。
黄田の額と白木の額が正面衝突し、白木は驚きと共に凄まじい痛みを覚えた。
「っ!? 何を…」
「…白木、何でも一人で背負い込むな。
また白仮面の野朗が現れたとしても、別にお前一人だけで戦う訳じゃ無いだろう?
土留は他のガーディアンの戦士たち、そしてたいした戦力にはなれないが俺も一緒に戦ってやる」
「…黄田さん?」
「なーに、最後には何とかなるさ、俺たちは一応正義の味方って奴だろう?
何事も最後は正義が勝つって決まってるさ!!」
黄田の大言は何の根拠も無い、ただの言葉でしか無かった。
本当に正義が最後に勝つのなら、かつての黒羽のような犠牲を出すことも無かっただろう。
黄田だって本当は、白木以上に非情な現実は理解している筈である。
簡易コアしか使えない黄田は、今の白木以上に自分の力の無さを嘆いた筈だ。
しかし黄田はそれでも尚、自分たちが正義の味方であることを言い放った。
幾多の苦難を乗り越えてきた男の言葉には、何か人を動かすだけの力があった。
強烈なヘッドバットのダメージが未だに抜けず、痛む額に手をあてながら白木は黄田の言葉を噛み締めていた。
「…正義の味方ですか」
どんな綺麗事を吐こうとも現実は…、白木と白仮面との戦力差は変わらないだろう。
しかし白木は黄田の無責任な言葉に、何処か救われる思いを感じた。
現金な物で白木は先ほどまで胸に巣食っていた白仮面に対する恐怖が、何時の間にか消えていた。
彼らはガーディアン、リベリオンが市民を守るために戦う正義の味方である。
彼らは人々を守るために、どんな困難にも立ち向かうだろう。
白木は黄田の言葉から、忘れかけていたガーディアンの戦士としての矜持を思い出すのだった。
 




