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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第4章 女王蜂の今昔
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5. 素体


「クィンビー、何であんたが此処に…」

「戦闘員、あんた、喋られるようになったのね…。

 何だか残念ね、キーキー言っていた頃が懐かしいわ」


 遅まきながらクィンビーの存在を認識したことで、大和は蜂型怪人との予期せぬ再会を果たしたことを知る。

 大和はかつて、自分の死を偽ってリベリオンから脱走した裏切り者の戦闘員である。

 下手すれば問答無用で裏切りの罪を死で購わされる可能性もあると、大和は危険な己の立場を理解していた。

 大和は密かに内臓インストーラを起動する準備を整え、クィンビーの動きを窺った。

 しかしクィンビーはすぐに大和を始末するつもりは無いらしく、代わりに彼女は一つの質問を投げかけた。

 大和と一緒に脱走したリベリオンの元開発主任、セブンは何処に居るのかと…。

 クィンビーはかつて端から見たら友人関係と言える存在だった、セブンとの対話を求めてきたのだ。






「…以上が私たちがリベリオンを脱走した経緯になる」

「ふーん…」


 そして彼らはセブンが住まうアパートの一室に移動し、セブンの口から大和たちがリベリオンを脱走した経緯が語られることになった。

 以前に黒羽と共に購入した可愛らしい部屋着を着たセブンは、テーブルを挟んでクィンビーと向き合っている。

 あの場で大和がセブンの居場所について口を噤んでも、クィンビーはそう遠くない内にセブンに辿り着いたに違いない。

 ならば下手に時間稼ぎをするよりは、クィンビーの真意を正すために直接対面することをセブンは決断したのだ。

 セブンが危険を冒す選択をした理由の一つは、クィンビーが大和の前に一人で現れたことにある。

 仮にリベリオンが大和やセブンの存在が把握していたら、裏切り者を許さない悪の組織は全力で大和たちを潰しに来るに違いない。

 しかし実際にはそうなることは無く、大和たちの前にはクィンビーだけが現れた。

 恐らくクィンビーは理由は解らないが、大和やセブンの存在をリベリオンにはまだ伝えていないのだろう。


「切欠はあの蟹野郎だったのね、相変わらず碌なことしないわね、あいつ…。

 しかし研究の虫なのことは知ってたけど、まさか脱走してまで研究を続けたいなんて有る意味あんたも馬鹿よね…」

「私にとって研究は全て。 研究を止められた時点で、あの組織に残る必要は無い」

「まぁ、一応事情は解ったわ。 今の話が本当ならね…」

「…」


 研究と言う欲望を満たすためにセブンはリベリオンという古巣を裏切った、その事実は決して覆らない。

 一応セブン脱走の経緯を理解した物の、明確にリベリオンサイドにいるクィンビーがセブンの行動を許すことは難しいだろう。

 セブンとクィンビー、両者が共に口を開くのを止め、部屋の中には時計の針の音とPCから漏れる排気音しか聞こえなくなる。

 まるで窒息しそうな重苦しい雰囲気が、セブンの部屋の中で漂っていた。






 話の邪魔にならないように部屋の片隅に陣取っていた大和は、まるで心臓が凍りつきそうな空気に押し潰されそうになっていた。

 とりあえずこの緊迫した空気を緩和するために、大和は恐る恐るといった様子で他愛も無い雑談をクィンビーに投げかける。


「ま、まあ博士にも色々あったんですよ。 それはもう苦労して…」

「ふーん、、その色々の一巻として、戦闘員は私たちの組織に喧嘩を売っていたの?

 この前のガーディアンの基地では世話になったわねー、戦闘員」

「いや、それは…」

「へー、やっぱりあれって戦闘員だったのね」

「…あっ!?」

「馬鹿…」


 大和がこれまで行ってきた怪人用バトルスーツの戦闘データ集めは、端から見たら完全にリベリオンに敵対した行動である。

 リベリオンサイドのクィンビーに対して、大和が欠番戦闘員である事実を伝えるメリットは全く存在しないだろう。

 しかしクィンビーの引っ掛けにまんまと嵌った大和は、自分が欠番戦闘員と呼ばれている者であることを簡単に吐いてしまう。

 セブンがバトルスーツの研究をしていること、そしてバトルスーツを使う戦闘員というキーワードからクィンビーは大和の正体を察したのだろう。

 大和の間抜けな失敗に対して、セブンは掌を顔にあてて天を仰ぐと言う珍しく大仰な反応を取った。











 大和が欠番戦闘員である事を確信したクィンビーの雰囲気が、より剣呑な物へと変化していく。

 それもそうだろう、大和はクィンビーにリベリオンに敵対する明確な証拠を見せてしまったのだ。

 大和たちを始末する理由がまた一つ増えたクィンビーの心が、穏やかである筈も無い。

 これ以上下手をすればクィンビーはセブンたちを見限り、容赦なくこちらに襲いかかる可能性も考えられた。

 クィンビーの様子が変わったことに気付いた大和は、己の失態を挽回するめに再び行動に出る。

 兎に角、クィンビーの機嫌を取るため、大和は最近知った自身の彼女の思わぬ関係を話の種にすることにした。


「ク、クィンビー!? いや、此処はあえて妃って呼ばせてもらう。

 妃、お前の気持ちはよーく解る、けど此処はかつて幼馴染の誼って事で穏便に…」

「だから妃って誰よ!? 私はクィン…」

「いやっ、だからお前が怪人になる前の名前だろう?

 クィンビーって怪人の素体となった人間が、多分妃って名前なんだよ」

「…………えっ?」


 怪人とはリベリオンが素体として捕獲した人間をベースに作り出す、人外の化け物である。

 リベリオンは素体となる人間を集めるために日夜活動しており、素体に施術を施すことで怪人や戦闘員を生み出していた。

 怪人に元となる素体、つまり人間が居るということはリベリオンに属する者取っては周知の事実である筈だ。

 しかしクィンビーは自分の素体となる人間がいた事に初めて気付いたかのように、まさに驚愕といった表情を浮かべたのだ。

 この怪人は自分が今の今まで、元は人間であったことを忘れていたのだろうか。


「そ、そうよね…。 私の元となった素体の人間が居たのよね…」

「…博士、一応聞きますが、クィンビーの素体がこの写真の子で無い可能性は有るんですかね…」

「リベリオンが偽装形態として、全く別人の姿を持たせた可能性はゼロでは無い。

 しかしわざわざ素体と異なる容姿に作り変える必要性は低く、コストも高く付いてしまう。

 恐らく今のあなたの姿が、素体となった人間その物のである可能性は極めて高い筈」


 セブンの言が正しければ、やはり今のクィンビーの姿は彼女が人間であった時の物なのだろう。

 それならばクィンビーの素体は十中八九、大和の幼馴染であった妃という少女の違いない。

 大和と妃、幼馴染である彼らは揃ってリベリオンに囚われ、それぞれ怪人と戦闘員へと生まれ変わった。

 そんな二人が変わり果てた姿で再びめぐり合うとは、奇妙な運命である。











 クィンビーは大和が所持していた妃の写真を、食い入るように見つめていた。

 確かに改めて見たらこの写真の人物は、クィンビーの今の人型の姿と瓜二つである。

 奇跡的な偶然で他人の空似であった可能性を排除すれば、どう見てもこの妃と言う少女はクィンビーの素体となった人間であろう。


「…これが私か。 …全然思い出せ無いわね」

「やっぱり昔の記憶は全部無くなってるか…、怪人も俺みたいに記憶が弄られるんですね」

「怪人を製造する上で、怪人の能力に適したシステムを脳に刻み込む技術は非常に重要。

 そのためリベリオンが人間の脳を操作して、記憶にフォーマットを掛けるなどは造作も無い。

 そして怪人に過去の記憶は不要である…」


 怪人の製造技術と言えば、人間に他の生物の特徴を組み合わせて体を作り変えるような外見的な改造技術に注目が行きがちだ。

 しかし専門家のセブンから言わせれば、人間の体を作り変える技術は怪人製造の初歩でしか無い。

 むしろ怪人として作られた体を操作するための頭脳を改造する技術が、怪人製造に極めて重要なファクターを占めているのだ。

 例えば此処に肉体の改造のみを行い、蛸の機能を移植された怪人が居るとする。

 蛸型怪人は蛸の大きな要素である八本の足が備わっており、この八本足を自在に駆使すれば強力な戦力になるだろう。

 しかし体だけ改造されたこの怪人は八本足を自在に動かすことは決して出来ない、脳改造を受けていない怪人は八本足の動かし方が解らないからだ。

 元となった蛸には八本もの足を操作するために、それに対応した複数の脳を持つと言われている。

 そのため蛸の八本の足を受け継いだ怪人が自由自在に足を動かすには、蛸の複数の脳に代わる何かが必要になるのだ。

 怪人として新たに備わった機能を動かすためのプログラムを脳にインストールする技術は、怪人を製造するために必須の項目である。

 その技術を少し利用してやれば、人間の脳の中身などは簡単に操作できてしまうだろう。






「…いいわ、あんたたちの扱いは暫く保留にしてあげる。

 今はそれより気になることが出来たしね…」


 恐らく怪人に改造される際に何らかの操作が行われ、クィンビーは自分が元人間であった認識を全て消されたのだろう。

 もし自分がかつて人間であった事を認識していら、怪人たちは人間狩と言っても過言では無い素体集めを現在のように平然で行えたと思えない。

 リベリオンに取って怪人の素体時代の記憶を残しておく事は、百害あって一利無しと言える。

 仮にクィンビーがこの事実に一生気付かなければ、この怪人はリベリオンが望む怪人らしく振舞い続けることが出来た。

 しかし彼女は今此処で気付いてしまった、自分が元はただの人間であったことを…。

 そしてクィンビーは自分のルーツである、妃 春菜と言う少女の過去を探ることを決意するのだった。


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