2. 妃 春奈
怪人調査研究部、それは大和の幼馴染が立ち上げた学校非公認の部活動である。
大和たちが高校に入りたての頃から、既にガーディアンとリベリオンの小競り合いは各所で行われた。
特にリベリオンの代名詞である怪人については、恐怖の象徴として人々の脳裏に既に焼きけられていた。
どうやら突如として現れた怪人と呼ばれる未知の存在に、妃は酷く興味をそそられたらしい。
そして彼女はある意味安直なことに、怪人について研究をするための部を学内で勝手に作ってしまったのだ。
当然のように幼馴染である大和を巻き込んで…。
「つ、つまり…、俺は以前にこの研究部とやらに参加してたのか…」
「当たり前じゃ無いですか! 呆けるにはまだ早いですよ、先輩!!」
現在、研究部の部長をしているらしい少女、姫岸 燈は大和のために研究部の軌跡という奴をこと細かく説明してくれていた。
姫岸としては大和が不在だった一年の空白の期間に、研究部がどのような活動をしていたのか教えたかったのだろう。
お陰で研究部の記憶など欠片も残っていない大和は、どうにか研究部と自分の関係を察することが出来た。
聞くところによると姫岸は大和の一つ下の代であり、現在は大和と同じ高校3年生である。
つまり大和が二年生の頃に、一年生である姫岸は何を血迷ったのかこの学校非公認の部活に参加したのだ。
「部長、この人、本当にこの研究部に居たんですか?
何か挙動不審な感じなんですけど…」
「私がこんな嘘なんか付くわけ無いでしょう!
星野、確かあの写真をPCに取り込んで居たわよね、ちょっと出してくれる」
「了解」
学校を一浪している大和の顔を知っている人間は、必然的に現在の高校三年生しか居る筈は無い。
そのため大和が行方不明になった時代に研究部に入った人間は、当然の事ながら大和との面識が無かった。
姫岸は大和の事を知らない世代の部員たちに、大和が研究部に所属していた証拠を見せるためにある指示を下す。
指示を受けた星野と言う名の太めの男子生徒は、手元にあったマウスを操作してパソコンの画面にある写真を映し出す。
「じゃーん、これは一昨年の合宿の時に撮った写真よ」
「本当だ、ちゃんと写真にこの人が居る。」
「あー、そういえば見覚えがあったかもなー。 あんまり特徴の無い顔なんで忘れてたぜ…」
モニタの全面に表示された写真を見るために、情報教室に居た部員たちが集まってきた。
写真には確かに大和を含んだ五人の人間が映し出されており、その中には姫岸や星野の姿もある。
大和他の部員たちと一緒に記憶に無い写真を眺め、過去の自分の姿との対面を果たした。
しかし過去の写真自体は家に戻った当時、母に何回も見せられていたので大和は過去の自分は見飽きてすら居る。
そのため大和はすぐに写真の中の自分に対する興味がすぐに失せ、代わりに大和の隣で眩しいばかりの笑顔を見せる少女の姿に目を奪われた。
「あ、こっちの人は知ってる!
この人が我が部の創設者、初代部長の妃先輩なんですよね!」
「そうよ、妃 春奈先輩は私が今でも尊敬して止まない凄い人だったんだから!!」
「妃…、春奈?」
大和は写真の中で自分の隣に立つ、妃と言う名の少女の姿から目を離す事が出来ない。
少女の姿から大和は、何か喉元まで出掛かっているようなもどかしい感覚を覚えるのだった。
自室のベッドの上で寝転びながら、大和は手に掲げた写真を真剣な目で見ていた。
写真にはかつての自身の姿と、自分の肩に手を回してピースサインをしている美しい少女の姿が映っている。
恐らく祭りか何かの時に撮ったのか、少女は明るい花柄の浴衣を着ていた。
その少女はつい先ほど、怪人調査研究部の部室で見た写真に写っていた人物だった。
彼女の名は妃 春奈、大和の幼馴染であったらしい少女である。
「何か見覚えがあるんだよな…」
研究部の姫岸から妃と言う幼馴染の存在を知った大和は、帰宅後に早速彼女の事を母の霞に尋ねてみていた。
幼馴染と言う話が本当なら、霞も妃の事を知っているに違いないと大和は考えたのである。
そして大和の予想通り、霞は妃の事を知っていた。
突然妃の名を出した事に驚いたのか、霞は酷く狼狽しながらも妃が大和の幼馴染であると認めたのだ。
学校で写真を見たときから妃の事が気になっていた大和は、母に妃の事に付いて詳しく尋ねた。
すると霞は何故か真剣な表情で押し黙り、現在の大和が始めて見るアルバムを徐に差し出したのである。
アルバムには妃と共に写る大和の写真が収められており、彼が幼い頃からの付き合いである事をありありと示していた。
今大和が持っている写真は、アルバムから適当に取り出した一枚であった。
「…もしかして記憶が戻りかけているのか?
ちゃんとこの妃って子の事を思い出せば、芋づる式で他の事も思い出すんじゃ…」
戦闘員時代以前の記憶が一切失われている大和は、かつて幼馴染であった妃と言う少女の事もすっかりと忘れている筈だった。
しかし初めて妃の写真を見たときから、大和は何か自分の中の記憶が刺激される感覚を覚えたのだ。
これまで自身の過去の記憶は欠片も思い出せていない大和に取って、これは初めて体験だった言える。
半ば記憶を取り戻すことを諦めていた大和に取って、これは過去の自分を取り戻すためのまたとない機会と言えるだろう。
「しかし…、何で母さんはこのアルバムを今まで隠してたんだろう?
こんな物があるなら、もっと早く見たかったよなー」
大和が霞の元に戻ってきた当初、彼は記憶を取り戻すために家にあった過去のアルバムを散々見せられていた。
しかし大和が今まで見てきた写真には、一度たりともこの妃と言う少女が居なかったのだ。
今大和が見ているずしりと思いアルバムを見る限り、大和が幼馴染の少女と一緒に撮った写真は多量に存在している。
まるで意図したかのように妃の写真を大和に見せなかった霞に、大和が不審に思うことは当然であろう。
記憶喪失故にかつての母と幼馴染の不仲を知らない大和が、霞の複雑な思いに辿り着くことは無かった。
結局、昨晩は写真を眺めている内に睡魔に襲われてしまい、大和が記憶が蘇る事も無く気付かない内に眠ってしまった。
目覚めた大和は眠っている間に力を込めてしまったのか、手の中でぐちゃぐちゃになった写真を見て溜息を吐く。
「結局、記憶は戻らずか…。 やっぱり直接会った方がいいのかな…」
大和は写真に写る妃の姿を見ただけで、過去の記憶が揺さぶられたのだ。
それならば本人と出会えば、より記憶が刺激されて記憶を取り戻す切欠になるかもしれない。
しかし妃は大和と同い年になるため、一浪している大和と違って既に学校を卒業してしまっているだろう。
妃本人に会うためには、大和が自分から彼女の元に出向かなければならない。
もし大学やら就職やらで地元を離れているならば、すぐに妃と会うことは難しい。
逆に地元に残っているなら幼馴染と言うだけあって、妃は近所に住んでいるかもしれない。
とりあえず大和は母の霞に妃の今の住所を知っているか尋ねるため、自室を出るのだった。
「大和、その子はもう居ないのよ…。 あなたと同時期にその子も行方不明になって…」
「えっ…」
そして大和はそこで、妃と言う幼馴染の少女が自分と同時期に行方不明になったと言う事実を始めて知ることになった。
自らの記憶を辿る糸が途切れてしまい、大和の顔が絶望に染まった。
 




