6. クィンビー
「…ねぇ、ちょっとその覆面を取ってみなさい」
「イィ…」
クィンビーの私室に来てから既に2時間以上経過したにも関わらず、相変わらず9711号が開放される様子は無かった。
散々愚痴ったことで気分が落ち着いたらしいクィンビーの興味は、自分を助けた奇妙な戦闘員に移ったようだ。
覆面を取るように命じられた9711号は、渋々と9711とナンバリングされている覆面を外して素顔を晒した。
「へー、あんた、そんな顔をしているだー。
何だかぱっとしなわねー」
「キィッ!?」
興味本位で9711号の覆面を取らせたクィンビーは、勝手なことに覆面の下の地味な素顔に対して辛らつな意見を述べてきた。
特に目立った特長の無い地味な容姿に、中肉中背の平均的な体格、まさに戦闘員になるべくして生まれてきた平凡な少年の姿がそこにあった。
流石にクィンビーの言葉に怒りを覚えたのか、9711号は抗議の意味での奇声をあげる。
「所詮、戦闘員になる人間なんてぱっとしない奴らばかりよねー。
その点、私は違うわよ、見ていなさい!!」
ひとしきり9711号の素顔を眺めて満足したらしいクィンビーが、何故か椅子から立ち上がった。
すると突然クィンビーの全身が光りだし、その眩しさに9711号は一瞬瞼を閉じてしまう。
そして瞼を空いた9711号の前には蜂型の怪人では無く、どういう訳か高校生くらいの人間の少女だった。
「…キィ? キィィィィッ!!!!」
セブンと勝るとも劣らぬ美少女であるが、クィンビーから受ける印象はセブンとは間逆だった。
髪を短く切り揃えたセブンとは対照的にクィンビーは長い髪を後ろ縛ってにまとめており、体系もスレンダーなセブンが羨むような豊かなものが服の上から膨らんでいるのが解る。
何時も無表情で冷たい印象のセブンと違い、満面の笑みを浮かべているクィンビーの表情には明るさを感じさせる。
クィンビーの変貌に余ほど驚いたのか、9711号は驚愕の声をあげて狼狽してしまう。
「はははっ、その反応、もしかして怪人の偽装形態は始めて見たの?
一部の怪人は潜入任務とかのために、人間の姿に変身する能力を持っているのよ」
9711号の反応が面白かったのか、クィンビーは笑みを浮かべながら人間の姿になれる理由を解説してくれた。
リベリオンの怪人は基本的に人間とかけ離れた姿をしており、その異形は相対する物に恐怖を与える。
その外見ゆえに怪人たちの存在は酷く目立ち、人間社会に紛れ込むことは事実上不可能であった。
しかしリベリオンの作戦行動の内容によっては人間たちに紛れ込む必要も出てくる、そのためクィンビーのように人間形態に擬態出来る怪人は少なからず存在していたのだ。
「しかしあんたも変な戦闘員ねー、他の戦闘員と違って人間臭いと言うか…。
よし、決めた。 今日からはあんたは私専属の戦闘員になりなさい!!」
「イィィッ!?」
余ほど9711号のことが気に入ったのか、怪人の姿に戻ったクィンビーは9711号を己の直属に付くように命じた。
もしこのままクィンビーの下に着いたら9711号は今後も戦闘に駆り出される可能性が非情に高く、ついでに彼女の愚痴の相手役もさせられるかもしれない。
もう戦闘も愚痴も懲り懲りな9711号は、クィンビーの誘いを拒絶したい気持ちで一杯だった。
「この私の部下になれるなんて大変な名誉よ、光栄に思うのね!!」
「イィ…」
しかし9711号はこれまでの経緯から、クィンビーは感情的になりやすい怪人であることを理解していた。
もしこの誘い話を断ったりしたら怒り狂ったクィンビーに始末される可能性も考えられる、9711号はイエスともノーとも言えない袋小路に陥っていた。
このまま9711号はなし崩しにクィンビーの直属になってしまうのか、そんな絶体絶命の状況の中で彼を窮地を救う女神が唐突に現れた。
「それは困る、彼は既に私の直属の部下」
「キッ!?」
「はっ、あんたは確か発科主任の…!? 勝手に人に部屋に入らないでよ!!」
クィンビーの勧誘は、いきなり現れた9711号の現雇用主によって防がれることになった。
主の承諾なしで部屋の中に入ってきたセブンに、クィンビーは不法侵入に対する正当な抗議をあげる。
「どうして何時の引き篭もっているあんたが此処に…、あれ、そういえばさっき部下って…。
…本当なの、あんたがこの女の部下って言うのは?」
「キィ、キィ!!」
「うわっ、もしかしてやっちゃったの、私…」
セブンの登場によって9711号の素性を理解したクィンビーは、掌を額に当てて大仰に後悔をして見せた。
彼女は漸く、セブンの部下である9711号を勝手に戦闘に駆り出したという己の失態に気付いたのだ。
「9711号が行方を眩ましたのと同タイミングで、あなたが戦闘員を引き連れて出撃したという話を聞いて察した。
あなたが私の戦闘員を一緒に作戦に巻き込んだのだろうと…」
「一応、他の管理下になっている戦闘員に対して勝手に命令できないってルールがあるものね…。
悪かったわよ、あんたの戦闘員を勝手に使って…」
「解ってくれればいい、では私は9711号を回収していく」
「イィィ!!」
怪人や一部の人間には専用の怪人を持つ権利があり、他人の所有物となっている戦闘員を使うことは禁じられていた。
今回の件はクィンビーは、セブン直属となっている9711号を許可なしに戦場に連れ出すというルール違反を犯していたのだ
己の非を認めたクィンビーは頭を下げる、別にクィンビーを責めるつもりが無いのセブンは素直に謝罪を受け取った。
これで用は済んだとクィンビーに背を向けるセブン、一緒に帰るために9711号も彼女のそばに寄った。
「あ、ちょっと待ちなさい!」
「…まだ何か?」
「これを持っていきなさい、あんたの戦闘員が手に入れた戦利品よ」
「こ、これは…」
そのまま9711号を連れてクィンビーの部屋を出ようとするセブンを、クィンビーが呼び止める。
振り返ったセブンに向かってクィンビーが何かを投げて寄越し、放物線の軌道を描いてそれはセブンの手の中に納まった。
クィンビーから渡された物を一目見て、その正体に気付いたセブンが珍しく動揺を顔に見せる。
それは先の戦闘で9711号からガーディアンの戦士、白木が奪ったブレスレッド型のインストーラであった。
「…本来ならこれは上に提出しなければならない物、それが何故此処に?」
「あの蟹野郎に対する嫌がらせかな。
けど私が持っていても仕方ないからあんたにあげるわ、それとも要らないの?」
「いや、有り難く頂いておく。 クィンビー、あなたに感謝を」
「それを手に入れたのはそこの戦闘員よ、礼を言うならそいつにしなさい。
あ、どうしてもお礼がしたいって言うならその戦闘員を私に…」
「それとこれとは話が別」
「けちー!!」
クィンビーからの思わぬ贈り物を抱え、セブンと9711号は今度こそ部屋を出る。
こうして9711号の長いお使いは幕を閉じ、ようやくセブンの研究室に戻ることに成功するのだった。
9711号は知らなかった、この時にセブンが手に入れたインストーラが己の運命を大きく変える物なるとは…。