1. 怪人調査研究部
7月中旬のとある日、数日前に期末テストを終えて終業式を間近に控えた教室での事だった。
「そういえば先輩、昔のことを何も喋らないよなー。
前のクラスであった面白い話とか、いいネタ無いのかよ?」
「えっ、前のクラス!? そ、それは…」
何時ものように大和が深谷たちと昼食を取っている時、深谷の友人Aが何気なく大和の過去に付いて言及してきたのだ。
友人Aとしては深い意図は無く、単に思いついた事をそのまま口にしたのだろう。
確かに戦闘員になる前の記憶を喪失している大和に過去の話が出来る筈も無く、大和が以前の学校生活のことを口に出さないのは当然である。
記憶喪失である事を隠している大和は友人Aの問いかけに答える事が出来ず、言葉に詰まってしまった。
「おいおい、止めて置けお。
この先輩には思い出したくない過去があるんだよ…」
「へっ…」
しかし大和の危機に際して、思いも寄らぬ救いの手が差し伸べられた。
どういう訳か深谷が訳視知り顔で首を振りながら、友人Aのに大和の過去の詮索を止めるように言いだしたのだ。
この脈絡の無い発言に大和も含めた一同が、不審感を隠そうとせずに深谷の顔を覗き込む。
「…いいか、これは俺たちだけの秘密だぞ。
実はこの先輩は、あの学園の女王様の腰巾着だったんだよ」
「うぇっ!? 女王様って…、俺たちが1年の時に散々騒ぎを起こしたあの変人女の事か!?」
「本当かよ、深谷!!」
「ああ、間違い無い。 俺も最近になって漸く先輩が、あの女王様と一緒に居た事を思い出してな…」
深谷が口に出した女王様と言う単語に友人AとBは聞き覚えがあったらしく、大和が驚くほどの仰々しい反応を見せる。
今聞いた話をそのまま受け取れば大和は以前、その女王様とやらと交流があったらしい。
大和に過去の記憶が残っていれば反応の一つも出来たであろうが、残念ながら現在の彼は過去の記憶を一切忘却した記憶喪失者である。
自分に関係あるらしい女王様と言う単語にどのような反応をすればいいか解らず、大和は恐る恐る深谷たちの反応を窺っていた。
「多分、この先輩は過去の忌まわしい記憶と決別したいんだよ。
そっとしておいてやろうぜ…」
「そうだな…。 あの女王様に扱き使われていた過去なんて、思い出したくないに違いない」
「あの女王様が関わったヤバイ話は学校中で噂になってたからなー。
そうか、あれに先輩も関わっていたのかー」
何だか大和が口を挟むまでも無く、深谷たちは大和の過去に触れない方向で意見が一致したらしい。
とりあえず過去を探られることは無くなったようであるが、大和の胸に腑に落ちない感覚が芽生えていた。
一体、女王様と言うのは何を意味しているのだろうか、深谷たちの話を聞く限りでは過去に大和に関わりがあった人間であるようだが…。
しかし此処で深谷たちに馬鹿正直に尋ねたら藪を突くことになるため、大和は内心の疑問を抑えなければならない。
やがて話の流れが夏休みの計画になった深谷たちの話に付き合いながら、昼休みは終わりに向かって行った。
そして放課後、大和は自分と件の"女王様"との関係について唐突に理解させされる事になる。
それは深谷たちとの雑談が呼び水のようにして起こった、突然の出来事であった。
「丹羽先輩ぃぃぃぃっ!!」
「はっ…?」
帰りのHRを終えて各々が帰宅準備をしている教室の扉が激しく音を立てて開き、一人の小柄な女子学生が堂々と入ってきた。
女子学生はどういう訳か大和の名前を叫びながら、何の躊躇いを見せずに他所の教室に足を踏み入れる。
いきなり自分の名前を呼ばれた大和は、呆気に取られた表情で見知らぬ女子学生の方に顔を向けた。
教室の中を見回していた女子学生はやがて大和の存在に気付いたのか、そこで一瞬両者の視線は重なり合う。
大和の姿を捉えた女子学生は一瞬驚いた顔を見せて、半ば駆け足で大和の机の方に近付いてきたのだ。
頭の後ろのポニーテールを元気よく揺らしながら、女子学生はあっと言う間に大和の机の前に来てしまった。
「居た、本当に居た! 丹羽先輩!!」
「えーっと、君は…」
「ああ、もうっ! なんで学校に戻った事を教えてくれないんですか!
詳しい話は部室で聞くから、付いて来てください!!」
「えっ、ちょっ、待って…」
大和の目の前までやってきた女子学生は、椅子に座った状態の大和を見下ろしながら一方的にまくしたてる。
見下ろすと言っても少女は高校生にしては身長が低いため、大和は僅かに上を向くだけで少女と視線を合わせることが出来た。
どうやら先ほどの反応を見る限り、戦闘員になる前の時代の大和とこの女子学生は面識があったらしい。
しかし今の大和には女子学生に見覚えが全く無く、顔見知りとして接してくる女子学生の対処に困ってしまう。
やがて女子学生は大和が口ごもっている間に勝手に話をまとめ、大和の腕を取って連れ出そうとする。
元戦闘員である大和が女子の腕力に負けるはずも無く、少し力を込めたら少女の暴走は簡単に止められただろう。
しかし女子学生の迫力に圧倒されたのか、大和は抵抗を諦めてた大人しく連れて行かれるのだった。
嵐のように女子学生が現れて大和を強引に連れ去った後の教室は、先ほどの余韻が残っているの未だにかざわついている様子だった。
その中で大和と交友がある深谷たちは、連れて行かれた大和のことを心配しているようである。
「おい、あれって研究部の…」
「確か女王様の後継者って言われている奴だよな?
なんであいつが先輩を…」
「…すまん、先輩。 多分、情報源は俺だわ」
「えっ、深谷!? お前、一体何を…」
「いや、この前、研究部の連中にあの駅前の事を聞かれてなー。
そこでぽろりと先輩の話もしちゃったんだよ…」
今年の春から大和が学校に復学した事実は、余り学校内では知れ渡っていなかった。
仮に大和が他校から転校してきた転校生と言うならば、それなりに学内で話題になったかもしれない。
しかし大和は対外的には療養のための1年近い休学期間を経て、ひっそりと復学してきたこの学校の生徒でしか無い。
そのため大和の復学を知る人間は、教師陣以外はこのクラスの生徒くらいである。
このクラスに所属していないあの女子高生が、今の今まで大和の存在に気付かなかったのも当然だろう。
そして詳しい経緯は不明だが、どうやらあの女子学生は深谷から大和の復学した情報を聞き出したらしい。
そう…、深谷はよりにもよって先の話題にあがった女王様とやらの関係者に大和の情報を漏らしてしまったのだ。
深谷は合唱のポーズを取り、心の中でこれから困難が待ち受けているであろう大和に謝罪の意を示した。
見知らぬ少女に手を引かれた大和は、学内の一角にある情報教室に連れて来られていた。
情報関係の授業で使われるこの教室には、各机の上に二世代前の古いデスクトップPCがずらりと設置されている。
カリキュラムの関係で3年生は情報教室を使う事は無く、そのため今の大和がこの教室に踏み入れれるのは始めてだった。
大和は物珍しげに入り口から部屋の中を数回見回した後、少女の後について教卓前の方に脚を進める。
教卓前では十人弱ほどの人間が集まっており、その大半は少女の後ろに立つ見知らぬ訪問者を不審そうに見ていた。
「部長、その方は…」
「あれ、あの人って…」
「お待たせー、今日はゲストを連れてきたわよ!
我が研究部の設立者の一人、丹羽大和先輩でーす!!」
「…へっ!?」
こうして大和はかつて己が所属していた非公認部活、怪人調査研究部の活動に否応無く参加させられる事になるのだった。
大和をこの場に連れてきた少女、姫岸 燈は唖然とする大和を見て満足げに微笑んでいた。




