10. 元戦闘員の日常(2)
結局土留と別れた後、大和たちはその場で解散と言うことになった。
大和は今日購入した荷物をセブンの部屋に運ぶ役目があるため、此処で黒羽とだけお別れである。
先ほどの土留の言葉が効いたのか、別れ際の黒羽の表情には何処か陰りが見えていた。
しかしそもそも間接的にではあるが黒羽を今の状況に追い込んだ原因である大和が、彼女に掛ける言葉など何も無いのである。
大和は当たり障りの無い別れの言葉を告げ、未だに完全に体力が回復しないセブンに手を貸しながら駅前を去るのだった。
「丹羽さん、それを壁際に運んで貰えますか。
八重君、この下着はこの衣装ケースでまとめて大丈夫か?」
「了解です、よっこらしょっと…」
「好きして構わない…」
そして翌日、大和は黒羽との早すぎる再会をしていた。
セブンの私室に集合した彼らは、昨日購入した諸々の物品をセブンの部屋に配置する模様替え作業を行っているのだ。
黒羽曰く、三代と同じ種類の人間に見えるセブンならば、わざわざ購入した衣類などの生活用品を開封せずに放置する可能性が高い。
あの手の人種はこちらから力付くでお節介を焼かなければ、何時までも変わらないと黒羽は考えたらしい。
事実、今日セブンの部屋を訪れた大和たちは、部屋の片隅に昨日の荷物を見開封のまま放置している光景を目撃してしまった。
恐らくこちらから何もしなければ、セブンは今の生活環境を崩さないために荷物に手を触れない可能性が高かっただろう。
こうして黒羽の予想は見事に的中した事で、なし崩しに大和と黒羽によるセブンの部屋の模様替えが始まる事になる。
今のようにお節介を働くのが性にあっているのか、黒羽は昨日とは打って変わって元気よく模様替え作業の指揮を執っている。
大和は黒羽の指示に従って主に力仕事を担当し、セブンは黒羽に逆らうのは無駄だと悟ったのか半ば投げやりに自分の模様替え風景を黙って見ていた。
数時間後、女子が住んでいるとは思えないほど殺風景なセブンの部屋が、それなりにまともな女子部屋に様変わりするのだった。
週末の二連休をセブンの生活環境の改善作業で殆ど費やした大和は、退屈な平日の学校生活に戻っていた。
何時も通り始業10分前に席に付いた大和は、暇を持て余しているのか教室の一角で出来ている人込の様子を横目で見ていた。
朝のホームルーム前は何時もそれなりに騒がしいが、今日は何時に増して一際五月蝿い。
その原因は人込の中心で熱弁を振るう大和の学校での数少ない友人、深谷とその仲間たちにあるようだった。
「…でさぁ、もう駄目だって思った瞬間、ガーディアンの人たちが現れたんだよ!!
あれは痺れたよなー、やっぱり正義の味方って感じだったぜ…」
「へー、すげーな、深谷」
「怖いわね、あんな場所にリベリオンが居るなんて…」
どうやら深谷たちは大和たちとニアミスした後でリベリオンの流した噂に引っ掛かり、ノコノコと狩場に足を踏み入れて捕まってしまったらしい。
そして運よくガーディアンの作戦行動時に、間一髪でリベリオンの狩場から救出されたそうなのだ。
深谷たちはその時の体験談、リベリオンの怪人に捕まった時の恐怖と自分を助けたガーディンの活躍をやや誇張してクラスメイトに話していた。
駅前で行われたリベリオンとガーディアンの戦いは多くの人が目撃しており、情報操作で封じるのは事実上不可能である。
むしろガーディアンは前回の基地での失敗を上塗りするために、積極的にメディアを通して今回の作戦の成功を報じている印象さえ感じられた。
クラスの人間たちもニュースやら何やらで今回の事件については把握しており、まさに事件の渦中に居た深谷の話に興味津々のようである。
「…あ、そういえば先輩もあの時、大通りに居たよな?」
「えっ、俺? 確かに居たけど、何でそのことを…」
対岸の火事を見るかのように深谷たちの講演会を見守っていた大和だったが、唐突に観客席から舞台に上げられてしまう。
大和が事件当時に大通りに居たことを知る深谷が、唐突に大和へキラーパスを投げたのだ。
先ほどまで深谷たちに集まっていた視線が一斉にこちらに向いた事を感じた大和は、思わぬ展開に驚きを隠せなかった。
「俺たちがリベリオンに捕まる前に偶然、大通りで先輩が歩いているのを見たんだよ。
先輩もあの事件を間近で目撃したのか?」
「まぁ、一応戦闘員がガーディアンの人に倒される所は見たけど…」
「おおっ、すげーじゃん! 怪人は、怪人は居たのか!?」
「いや、怪人は居なかった、居たは戦闘員だけだよ」
「えーー、戦闘員だけかよ、つまんねーなー」
「ねぇねぇ、やっぱり戦闘員って変な声で叫ぶの。 いーっとか言うんでしょう?」
大通りでの買い物風景を深谷に見られていた事に全然気付いていなかった大和は、内心の動揺を抑えつつ先日目撃した光景をそのまま話し始めた。
先日の一件では大和は最後まで傍観者ポジションに居たため、欠番戦闘員として動かなかった彼に隠すべき事は何も無いのだ。
怪人こそ目撃しなかった物の、ガーディアンと戦闘員の戦いを間近で観戦した大和の語りにクラスメイトたちは聞き入っていた。
「へー、じゃあニュースでインタビューされてたのは、やっぱり丹羽君だったんだー
丹羽君、昨日のニュースに出てたよ?」
「えっ、あれって本当に放送されたのかよ!?」
「先輩!? テレビに出たのか? 嘘ぉっ…」
「いや、実は…」
駅前でのガーディアンとリベリオンの戦いは、日々話題となる事件を追っているテレビ局に取っては格好の話題である。
ガーディアンからの情報規正から外れた今回の事件に対して、各テレビ局の動きは激しかった。
その中でとあるニュース番組の制作スタッフによって、事件当時の生の声を聞くためのインタビュー取材が行われたのだ。
全ての戦闘員たちが倒され、怪人が逃走したことで事件が収束した現場周辺では、テレビ局のスタッフたちは事件を目撃した人間たちに次々に声を掛けていった。
そして黒羽と別れた直後の大和が、運悪くテレビ局のリポーターに声を掛けられてしまったのだ。
「丹羽君、凄い緊張してたよね…。 テレビに顔が映って無かったけど、一緒に居た子は彼女なの?」
「あ、先輩! そういえば大通りで一緒に居た女子について話を…」
「ほらっ、席につけ! ホームルームを始めるぞ!!」
危うく質問攻めにあいそうになった大和であったが、幸運なことにホームルームの時間になったらしい。
現れた担任の声に促されて、クラスメイトたちは渋々と自分の席に着いて行った。
現状の危機を回避したことに胸を撫で下ろした大和は、余りやる気の感じられない初老の担任のお言葉に耳を傾ける。
朝のホームルームでの連絡事項を聞きながら、大和の脳裏には先ほど話題に挙がったインタビューの記憶が蘇っていた。
「…ガーディアンの戦い振りを見て、どのような感想を持ちましたか?」
「は、はい…!? やっぱりガーディアンは凄いなーっと…」
リベリオンの元戦闘員と言う後ろ暗い過去を持つ大和は、本来ならテレビなどで自分の存在を世間に周知していい筈が無い。
何時もの大和であったならば、流石にそのくらいの状況判断は出来ただろう。
しかしテレビ局にインタビューされた経験など無い大和は、自分にカメラが向けられている状況に舞い上がってしまったのだ。
本来なら相手にせずに立ち去る所であったが、雰囲気に呑まれた大和はリポーターの質問にしどろもどろながらも相手をしてしまう。
大和はインタビューで自分が口にした内容を全く覚えていなかった、ある意味で白仮面と対峙した時により緊張していたようである。
そしてインタビューを終えてテレビスタッフから離れた後、我に帰った大和はようやく己の失態に気付いたのだった。
「ど、どうしましょう、博士!? 流石にテレビはまずかったですよね…」
「…確かに本来なら、大和の存在を外部に知らせる行為は百害あって一利なしと言える。
しかしリベリオン内に大和の素顔を知る者が居るとは思えない、恐らくこの情報だけで大和の存在に気付くものは皆無だろう」
「そ、そうですよね、よく考えたら俺の素顔を知っている奴なんか、今のリベリオンに居ませんしねー」
余り外で聞かれてはまずい話なので、セブンの部屋に帰ってきた所で大和は先ほどの失敗についての相談を持ちかけていた。
セブンの方でも帰りの道すがらで、先ほどの大和の迂闊なテレビ出演に対する影響について結論が出していたらしい。
大和の問いかけに対してセブンは即座に、懸念を払拭する回答を口に出す。
自分だけテレビに写らないように大和の後ろに隠れていたセブンとしては、大和がテレビに出た程度では問題無いと判断したらしい。
確かにセブンの言うとおり、戦闘員を使い捨ての道具としか思っていないリベリオン内で戦闘員の素顔を気に掛ける者など皆無と言っていい。
とりあえず先ほどの思わぬテレビ出演によって、自分が危機的状況に陥ることは無いと納得した大和は安堵の溜息を漏らすのだった。
この時の大和は迂闊にも忘れていたのだ、リベリオンには彼の素顔を知る怪人が居ることを…。
リベリオンの基地内にあるクィンビーの私室には、大画面のテレビに加えて録画機器も完備されていた。
悪の組織が真面目に受信料を払う訳無いため、恐らく無断で公共の電波を拾っているのだろう。
部屋の主であるクィンビーはテレビの前に噛り付き、先ほどからずっと繰り返し同じ場面を見続けていた。
テレビを見詰めるその表情は筆舌し難い物があり、何処か殺気立ってさえ居るようである。
「…見つけたわよ、戦闘員」
テレビ画面にはクィンビーが咄嗟に録画したとあるニュース画面の一シーン、平凡な顔の若者がインタビューを受けるシーンが映し出されている。
テレビに映る少年の顔、それはかつてクィンビーが一度だけ見たことがある戦闘員9711号と呼ばれていた戦闘員の素顔だった。
クィンビーはテレビ画面に映る大和の姿を、何回も何回も繰り返し見続けた。




