9. 正義の味方の日常(2)
世界征服を企む悪の組織リベリオンにとって、継続的な戦力の増強は至上の課題と言える。
ガーディアンとの小競り合いなどによって、かの組織の貴重な手駒は日々損耗しているからだ。
そのためリベリオンでは戦力補充のために、怪人・戦闘員の素体である人間を捕獲するための作戦が盛んに行われていた。
時には△△での大規模な素体捕獲作戦を決行し、力技で多数の素体を確保する手法を取ることも稀にはある。
しかし基本的にリベリオンが行う素体捕獲任務と言う物は、人知れず隠密に行われることが殆どだった。
戦力を補強するための作戦で、戦力を減らしては元も子も無い。
リベリオンは素体捕獲の作戦中は、邪魔者であるガーディアンに決して見付かってはならないのだ。
「…はぁっ!? 何でリベリオンがこんな街中に?」
「ああ、リベリオンが良くやる手ですね。
けど何時もは山奥とか人気の無い所だったのに、どうして街中なんかで…」
狩場として選定した場所に人を引き付けるための噂をさり気無く流し、のこのこと現れた人間を素体として容赦無く確保する。
狩場を用いた素体捕獲作戦は過去にリベリオンが幾度も無く行ってきた常套手段であり、黒羽にとっても既知のものである。
しかし黒羽や大和が知る限り、狩場として選ばれる場所は何時も人気の無い場所であった。
実際、かつて大和が戦闘データを集めるためにリザドの素体捕獲任務に介入した際、戦いの舞台となった場所は常に人気が余り無い場所であった。
当然と言えば当然の話ではある。
ガーディアンに気付かれる事無く動かなければならないリベリオンが、わざわざ人気の多い所に狩場を置く訳が無いのだから…
「連中も考えたんだろうぜ。 流石に駅前なんかノーチェックだったからなー」
「なるほど、ガーディアンの裏を掻いたのか…」
しかし今回のリベリオンは過去のパターンを無視して、あえて人工が密集した駅周辺に狩場を選定していたらしい。
蓄積された経験を元にガーディアンは最近、リベリオンが狩場として選定する人気の余り無い場所に常に目を光らせるようになっていた。
仮にその場所で行方不明者が出たらガーディアンがすぐに気付き、狩場の調査のために動く筈である。
恐らく現状の素体捕獲の手法を続ける事に危機感を抱いた者が、ガーディアンの先入観を逆手に取った今回の作戦を企画したのだろう。
そして作戦の意図は見事にあたり、リベリオンは今の今までガーディアンの目から逃れることが出来ていた。
過去の経験則に則ったガーディアンは今まで狩場として使われていた山奥などの僻地に集中する余り、お膝元とも言える街中での行方不明者の増加に気付かなかったのだ。
行方不明者の数が一定を超えた所でガーディアンは遅まきながら異常に気付き、今頃になって狩場の殲滅に乗り出したようである。
「…ん、ていうか民間人お前が、何でリベリオンの狩場のことを知っているんだ?
一般には公開されていない情報だぞ、これは…」
「そ、それは…!?」
リベリオンが狩場を用いて素体を集めている事は、基本的に世間には知らされていなかった。
表向きは市民を動揺させないためらしいが、実際は今でも狩場で少なくない人間がリベリオンに攫われている事実を隠すためであろう。
自分たちの力によってリベリオンの被害は0になったとうたっている正義の組織が、わざわざ自分たちの失態を公開する筈が無いのだ。
兎に角、一般市民には知られていない事実を知る大和に、土留は疑いの目を向け始めてしまう。
「じ、実は前に…、そう、三代さんのお嬢さんから色々と教えて貰ったんですよ。
ははは…」
「ちぃ、そういえばお前はイエミツの娘の連れだったな…。
おい、余りこの話を外で言いふらすなよ、もし口を滑らしたら…」
「イエミツ…? は、はい、解ってます、口が裂けても喋りません!!」
失言に気付いた大和は、慌ててセブンから話を聞いたと言い訳をして誤魔化そうとした。
既に半ばガーディアンの関係者として基地に出入りしているセブンの名前を出したことで、土留の方は納得したらしい。
とりあえず大和は土留の疑いが晴れたことに胸を撫で下ろしつつ、前にも聞いた"イエミツ"という単語に興味を引かれるのだった。
「キィィィィィィッ!?」
「…状況終了、これより戦闘員の残骸の回収作業に入る!!」
土留が任務放棄をして雑談をしている間に、ガーディアンの下級戦士たちは真面目に働いていた。
戦闘員と互角の能力しか持たない簡易コアを使う下級戦士たちであるが、この場所には彼らと互角である戦闘員たちしか居ない。
加えて下級戦士たちの数は戦闘員たちの倍近く居り、ガーディアン側に負ける要素は存在しなかった。
最後に残った戦闘員の断末魔が大通りに響き渡り、正義の戦士たちの勝利を伝えることとなる。
戦闘員たちは例の機密保持機能が働いたのか、その体の大部分が既に消滅していた。
彼らの生きた証は僅かに残った肉片と黒装束した無く、大和は戦闘員たちの成れの果てを見て複雑な気持ちを感じていた。
「おーし、終わった終わった。 灰谷隊長、こっちの始末は終わったぜ!
げっ…、結局怪人には逃げられたのかよ、使えない奴らだなー」
「…怪人が逃げた?」
「ああ、狩場に居た怪人が腰抜けでな、俺たちが現れた途端逃げやがったんだよ」
戦闘員たちが全て倒れたことで、今まで何もしていなかった土留が意気揚々と任務終了の報告を始める。
無線で今回のガーディアンの指揮官に連絡を取った土留は、そこで伝えられた悲報に顔をゆがめた。
画一的な命令しか受け付けない戦闘員では柔軟な対応が出来ないため、素体捕獲任務においても最低一体の怪人が指揮官として派遣されるものである。
どうやら今回の土留たちは、残念ながら指揮官の怪人を取り逃がしたらしい。
「それじゃあ、この場所に居た戦闘員たちは…」
「怪人が逃げるための囮だよ。
あの腐れ怪人は此処を含めた数箇所で戦闘員を暴れさせて、俺たちを引き付けた内に逃げたらしいぜ」
「ガーディアンと一戦も交えずに怪人が逃げるか…。 本当にやり方を変えてきているな、連中は…」
リベリオンに取って怪人は重要な手駒であり、戦闘員は幾らでも替えが有る安い手駒である。
素体捕獲任務はあくまでリベリオンの戦力を増強させるために行っているので、ガーディアンに見付かった怪人が逃走するという選択は決して悪くは無い。
しかしプライドが高く人間を見下している怪人は、ガーディアンに背を向けることなどは今まででは考えられなかった。
これまでと異なる行動を取り始めてきたリベリオンに、黒羽は何か不気味な気配を感じるのだった。
「ちぃ、結局今回の戦果は戦闘員だけか…。
一応狩場で捕まっていた馬鹿な高校生どもは確保できたが、この程度じゃ…」
「一般市民を救えた事はいいことじゃ無いか。 土留、私たちの仕事は人々を守る事にあるんだぞ」
自己顕示欲の強い土留は、肝心の怪人を取り逃した今回の作戦行動の成果に不満らしい。
不機嫌な表情を隠そうとしない土留に、黒羽は一般市民を助けられた事に意義を見出すように苦言を述べる。
恐らくこのようなやり取りは、かつて黒羽と土留の間で何回も繰り広げられたのだろう。
黒羽のお小言には、何やら堂に入った物を感じさせられた。
「…"私たち"じゃ無いだろ?
お前はもう一般人なんだ、戦いは俺たちに任せてお前はそこの民間人とデートでもしてろって…」
「!?」
「じゃあな、俺はもう行くぜ」
しかし今の黒羽は既にガーディアンの戦士では無く、土留とは対等の立場では無かった。
その言葉が迂遠な励ましなのか、それともただの嫌味なのかは解らない。
少なくとも黒羽は土留の言葉によって自分の現状を再認識させられ、最早昔には戻れ無いことを改めて理解させられてしまう。
そのまま土留は黒羽に別れの挨拶を告げ、大通りの後始末を下級戦士たちに押し付けながら姿を消した。
黒羽は悲痛な表情を浮かべながらその場に立ち尽くし、右手に持った杖を強く握り締める。
そして隣に居る大和は黒羽に掛ける言葉が見付からず、困惑の表情で黒羽の美しい横顔を見続けた。
 




