8. 正義の味方の日常
未だに喫茶店のテーブルの上にもたれかかるセブンは、内心で今日黒羽と大和を引き合わせたことを酷く後悔していた。
対外的には三代 八重と名乗っているこの少女の最優先事項は勿論、最強の怪人を作るための研究にある。
故に学校と言う無駄な活動が無い今日のような休日は、本来なら誰に邪魔されること無く研究に打ち込める貴重な日になる筈だったのだ。
残念ながら先の基地侵攻時に三代ラボもダメージを受けた事で、暫くセブンは三代ラボの研究施設を使うことは出来ない。
そのため仮にセブンが一人研究を進めようとしても、住まいとしているアパートの一室で思考実験にふける事しかやる事はなかったろう。
しかし少なくとも今のように無駄な買い物に付き合わされるよりは、セブンは有意義な時間を過ごせたに違い無い。
「大丈夫ですか、博士? 相変わらず体力無いですねー」
「も、問題無い…」
「やはり八重君は三代さんに似てますね。 あの人も全然体力が有りませんから…」
それでは何故セブンは、自分の研究を犠牲にして黒羽の願いを叶えたのだろうか。
その理由は今にも意識を失いそうなほど消耗しているセブンの様子を心配している、セブンの友人であり協力者である元戦闘員にあった。
怪人専用バトルスーツのテスターとして働いて貰っている大和は、セブンの研究には必要不可欠な存在と言える。
そのため大和が巷で欠番戦闘員と呼ばれる者の正体である事は、今はまだ誰にも知られてはならないのだ。
今回、黒羽は先日助けて貰った礼をするために、セブンに大和との接触の機会を求めた。
もし仮にセブンが黒羽の頼みを断っていたら、彼女は大和と接触するために彼の素性について調べ始めるかもしれない。
大和には公的に1年近く行方不明になっていたなどの怪しい経歴が有る、仮もガーディアンに所属していた黒羽に大和のことを探られて万が一があったらまずい。
それならば今日此処で黒羽と大和と会わせた方がリスクは少ないと、食堂で黒羽と話していた時のセブンは判断したようである。
そしてその選択の代償として、セブンは数時間に渡る買い物行脚により体力をゴリゴリと削られてしまったのだ。
セブンもお疲れモードのような事も有り、大和たちはこのまま現地解散する空気になっていた。
黒羽は当初の目的であった大和への礼を終え、一通り買い物を終えた彼らに駅前に残る理由は無い。
このままセブンが自宅へ戻れるだけの元気が戻ったら、大和とセブンは黒羽に別れを告げていただろう。
しかしこの平和な未来予想は、突如店の外から聞こえてきた悲鳴によって脆くも崩れてしまう。
「なっ!? あれは…」
「戦闘員!? どうしてこんな街中に…」
今大和たちが居る喫茶店は大通りに面しており、二階席に居た大和たちは窓から大通りの様子を窺うことが出来た。
少し前まで大通りでは親子連れや若者で賑わっており、各々が存分に休日を楽しんでいる平和な風景が繰り広げられていたのだ。
しかし何処から悲鳴のような声が耳に入った大和がふと窓の外を見ると、そこには先ほどとは全く異なる光景が広がっているでは無いか。
人々は皆恐怖で顔を歪めながら四方八方に逃げ惑う、大通りに居る人間たちはまさにパニック映画のワンシーンを自ら演じていた。
そして大通りを地獄絵図に塗り替える元凶、黒ずくめの服に黒いマスクを被った者たちが思い思いに暴れていた。
十体近く現れた黒ずくめの異形たちは、ある者は大通りに居る人間を追い回し、別の者は大通りにある街灯などの施設を破壊して回っている。
大和は街中に突如現れたリベリオンの戦闘員、かつての同僚たちの登場に驚きを隠せなかった。
例え劣悪な大量生産品であるとは言え、戦闘員は怪人の端くれである。
ガーディアンの広報活動によって戦闘員の戦闘力を知っている一般市民たちは、決して戦闘員に立ち向かおうとしなかった。
逃げる市民たちを追う戦闘員たち、今この場に置いて戦闘員に逆らえる者は何処にも居なかった。
しかし大通りでの戦闘員たちの天下は長くは続かなかった、彼らの天敵である正義の味方が現れたのだ。
「まずは一般市民の避難が優先だ! あの薄汚い戦闘員を近づけさせるな!!」
「ガーディアンの意地を見せてやれ!!」
現れたガーディアンの人間、簡易コアを使用した十数名の下級戦士たちが市民を守るために戦闘員に立ち塞がった。
彼らの纏うバトルスーツは全て同じデザインをしており、胸部と四肢、それに頭部を守る機動性を重視した軽装甲で体を覆っている。
今のガーディアンの技術で調整可能は簡易コアは出力こそ正式コアに劣る物の、使い手を選ばないという大きなメリットがあった。
そのため正式コアの使い手になれなかった人間は、戦闘員と互角程度の能力しか持たない簡易コア用のバトルスーツで戦わなければならないのだ。
しかし彼らは決して己の境遇を嘆くこと無く、例え相手が圧倒的な力を持つ怪人でも決して退くことはは無いだろう。
まさに正義の名を冠するに相応しい、鋼の戦士たちの姿がそこにあった。
「ちっ、面倒なことになったな…」
そして下級戦士たちの後ろから、正式なコアを使用したバトルスーツを纏う本物の戦士が姿を見せた。
他の下級戦士と異なり、その戦士の体には厚く頑丈そうな装甲が全身を覆っている。
現れた大柄の若い戦士、土留は大通りの惨状を見て溜息を漏らした。
「土留かっ!? 土留、一体この場所で何が起きている?」
「ん、黒羽? それに前に基地で白木と一緒に居た民間人?」
喫茶店で大通りの異変を察知し、慌てて外に飛び出した黒羽が土留の姿を見付けて声を掛ける。
土留は元同期である少女と、黒羽を心配して付いて来た大和の姿を見て軽く驚いた様子であった。
大通りでは下級戦士たちが一般市民の避難誘導を行いつつ、大通りに居る戦闘員たちを相手に戦いを挑んでいる。
下級戦士たちの数はこの場に居る戦闘員より多いため、数の利によって下級戦士たちは戦闘員たちとの戦いを優位に進めているようだ。
恐らくこのまま土留が手を貸さずとも、この場は下級戦闘員たちだけで問題無く鎮圧されるだろう。
本来なら土留も他の下級戦士たちと共に、この場の戦闘員たちの排除に参加しなければならない立場にあった。
しかし正義の味方を名乗れるほど真面目な人間ではない土留は、戦闘員如きに自分の力を振るうのは面倒と考えたらしい。
土留は下級戦士の成長を促すためにあえてこの場を任すと言う建前の元に、現場の仕事を放棄して黒羽の方に向かって行った。
そしてあろうことか、久しぶりにあった同期の少女相手に雑談を始めてしまう。
「よぅ、黒羽。 何だよ、デートでもしてたのか、お前ら」
「ふざけるな、土留! これは一体…」
「仕事だよ、仕事。 残念ながらガーディアンの戦士に休日なんて無くてな…。
いいよなー、お前は暢気に遊んでいられて…」
「っ!?」
人々を守るために日夜活動を続けるガーディアンと言う組織、特に最前線で戦う戦士には明確な休日などは存在しない。
世界征服を企む悪の組織リベリオンは、当たり前の事であるが休日や祭日などを意識して動く筈もない。
リベリオンが動きを見せた時、正義の味方であるガーディアンは例えどんな時でも動かない訳にはいかないのだ。
それは先の基地襲撃時に、白仮面から少なくないダメージを受けた土留も例外では無かった。
数日前にようやくベッドから起き上がれたと矢先、早速土留は前線に駆り出されたのだ。
少し前までの黒羽も今の土留のように、リベリオンが現れたら他の全てを置いて現場に真っ先に駆けつけたものである。
戦士として戦う土留と暢気に休日を謳歌していた自分、黒羽は最早戦士では無い今の自分の立場を改めて突きつけられた。




