7. 元戦闘員の休日(3)
駅前と言う場所にはゲーセンやカラオケと言った娯楽施設が集中しており、若者たちの遊び場として真っ先に上げられる場所であろう。
そのため休日に友人同士で馬鹿騒ぎをしようと考えていた深谷たちが、駅前に居る事は何ら不思議な事では無い。
私服を身に纏った深谷たちは、気の会う男友達同士で馬鹿騒ぎしながら駅前で遊び歩いていた。
「…おい、あれって先輩じゃね?」
「なんだよ、先輩も来てたのかよ。 世間は狭いなー」
そして駅前の複数あるゲーセンを梯子していた深谷たちが、同じく駅前をうろついていた大和の存在に気付くことになる。
歩行者天国となっている大通りの先では、確かに両手に荷物を持った大和が歩いていたのだ。
大和と深谷たちの距離は離れており、どうやら大和の方は深谷たちの存在にまだ気付いていないようである。
この偶然の出会いを面白がった深谷たちは大和に声を掛けようとするが、その直後に彼らは信じられない光景を目撃して言葉を失ってしまう。
「えっ…、先輩が女の子と一緒に歩いている?」
大和の近くを歩いていた家族連れが脇道に逸れ、大和の周囲の空間が明瞭になった。
そこで深谷たちは先ほどまで他の人影に隠れていた大和の連れ、セブンと黒羽と言う二人の少女の姿を見つけたのだ。
明らかに二人の少女たちは大和と行動を共にしており、大通りを深谷たちに方に向かって歩いてきている。
大和と一緒に居る女子たちの正体に興味を持った深谷たちは、大和に声を掛けることを中断した。
そして大和たちから姿を隠すために、咄嗟に大通りの脇に入って身を隠すのだった。
高校三年生と言う青春真っ盛りの深谷たちに取って、女子との接点は求めて止まない物であろう。
しかし深谷たちは今まで余り女子と縁の無い学園生活を送っており、基本的に男友達と馬鹿をやっている思い出しか無かった。
今日も本当なら可愛い女子とデートしたい所であったが、彼女が居ない彼らにその選択肢を取ることが出来ずに仕方なく男同士で集まっていたのだ。
そんな彼らが女子と連れ立っている大和の姿を見て、怒りや嫉妬を湧き上がらせない筈は無い。
「畜生、先輩の奴…、本当に彼女とデートだったのか!?」
「でも女は二人居るぜ。 単に女友達と遊んでいるだけなんじゃ…」
「馬鹿野朗!? どっちにしてもあの先輩は、俺たちより女を取ったんだぞ!?」
「しっ!? 先輩たちが来るぞ…」
大通りの脇道に身を隠した深谷たちに気付くこと無く、大和たちが悠々と彼らの前を過ぎて行く。
先頭を黒羽、まだ買い物が足り無いのか元気よく杖を突きながら歩いている。
青いワンピースを着た黒髪ロングの美しい少女の姿に、深谷たちの目はあっさりと奪われてしまう。
その後ろに重い足取りのセブンと、両手にこれまでの戦利品を抱えた大和が続いた。
学校の制服を着たショートカットの眼鏡美少女は、先ほどの黒髪少女に負けていない。
平凡な容姿をの大和では、正直言って彼女たちとは全く釣り合いが取れているとはお世辞にも言えないだろう。
深谷たちはその眼で直に、大和と行動を共にする黒羽やセブンという美しい少女たちの姿を間近で目撃するのだった。
大和たちが深谷たちの前を通り過ぎて行き、少し先のアパレルショップに入った所で深谷たちは脇道が出てきた。
セブンや黒羽の容姿が予想を大幅に上回るレベルだった事もあり、深谷たちはそれぞれ驚愕の表情を浮かべている。
「くそぉぉぉっ!? あの留年野朗、一体何処であんな子と仲良くなったんだぁぁっ!!」
「一人杖を突いていた子が居たし、病院辺りで知り合ったんじゃ無いか?」
「…あのショートカットの子の制服って、確かあのお嬢様学校の奴だよな?」
セブン・黒羽との初遭遇のショックから立ち直った深谷たちは、一人だけ女子と仲良くする大和へのヘイトが高まっていた。
あれだけの美少女を独り占めしている時点で、大和は深谷たちにとっては敵でしかない。
「先輩め…、今度学校であの子達との関係をきっちり説明して貰うからな!!」
「わざわざ学校で聞かなくても、さっき突撃すれば良かったんじゃ…」
「馬鹿野朗!? そんな事したら、あの女の子達の俺に対する好感度がガタ落ちになっちまうじゃねぇか!!」
「狙っているのかよ、お前…」
大和にセブンたちとの関係を問い詰めるなら、わざわざ隠れたりせずに堂々と大和たちの前に現れたらいい話である。
しかし後で大和にセブンたちを紹介して貰う可能性を考えた深谷は、あえて乱入を控えたらしい。
大和に文句を言いつつ、ついでにあの美少女たちとお近づきになりたいと言う深谷の欲望丸出しの判断である。
「…とりあえず先輩には後日話を聞くとして、これからどうする?」
「何かこの雰囲気でゲーセン巡りを再開するのもなー」
女子二人に囲まれた大和の姿と見た後で、むさ苦しい男同士で遊ぶのは正直悲しいものがある。
何処から白けた雰囲気が、深谷たちの間に漂い始めていた。
しかしまだ解散するには時間は早く、折角の休日の集まりを此処で終わらせるのは勿体無い。
その時である、深谷の友人の一人が有る噂を思い出したのは…。
「…そういえば前に後輩から聞いたんだけどさ、駅前に学生専用の極秘クラブがあるんだってよ」
「大丈夫かよ、そこ。 ヤバイ薬とか売ってるんじゃ無いだろうな?」
「そういう所じゃ無いらしいぜ。 噂だと結構可愛い子も集まってるとか…」
「ふーん、ちょっと面白そうだなー。 どうせ暇だし行って見るか!!」
聞いただけで怪しく感じられる噂であるが、若い彼らにとってその怪しさも好奇心を沸き立たせるスパイスとなるのだろう。
若さゆえの無謀さか、深谷たちはすぐに噂の学生専用クラブに行く事を決めてしまう。
深谷たちは噂の秘密クラブがある場所、駅前の外れにある裏路地へと向かって行った。
彼らは知らなかった、最近行方不明となった学生たちは皆この噂を聞きつけた者であることを…。
そして彼らは終ぞ思い出すことは無かった、人気の無い場所に近づくなと言う大和の忠告を…。
時刻は15時を周り、買い物を終えた大和たちが駅前の喫茶店に入っていた。
彼らの席の近くにはこれまでの戦利品、黒羽が選び抜いたセブンの私服や下着などの用品が置かれている。
黒羽が大和から無理やり聞きだしたセブンの生活情報を元に、服以外にもセブンの部屋に色々と足りていない物を買い漁ったらしい。
様々な店舗のロゴが入った荷物は、これまでの大和たちが巡ってきた店の数を物語っていた。
元々体力が無いセブンはこの買い物安行脚で精も根も尽き果てたのか、テーブルの上に頭を置いてぐったりとしている。
一方、戦闘員としての体を持つ大和は、この程度の買い物で体力的に消耗する筈も無い。
ただし一人の男して女子の買い物に付き合うと言う苦行は精神的にきつかったらしく、大和の表情は余優れなかった。
明らかに疲労困憊の様子の大和とセブンの様子に、一通り買い物を終えた所で正気に戻ったらしい黒羽は酷く恐縮していた。
「すいません、皆さんの都合を考えずに勝手なことを…」
「いや、全部博士には必要な物ですから…。
ありがとうございます、今日は博士の日用品を揃えるいい機会になったと思いますよ」
少し暴走気味ではあったが黒羽のお節介は、セブンに取って必要なことだったろう。
大和もセブンの生活感の感じさせない部屋に軽く危機感を抱いていたが、男である自分が女であるセブンの面倒を見ることは難しい。
そのため今回の黒羽の行動は、セブンの生活環境を変えるいい機会であったと言える。
大和は申し訳無さそうにする黒羽に、最早喋る気力も残されていないセブンに代わって礼を述べた。
 




