6. 元戦闘員の休日(2)
それは…、雑談中の何気ない会話が切欠だった。
「ガーディアンと言っても人間ですよ、全てが聖人君子という訳にはいきません。
土留の奴なんかは、その間逆のイメージだったでしょう?
「ああ、そういえば…」
「あいつに比べれば、八重君の方が余ほど真面目な子ですよ。
彼女はちゃんと校則を守っていますからね…」
「えっ、校則?」
「私たちの学校には、外出時に制服着用を義務付ける面倒な校則があるんですよ。
まぁ、私の今の格好を見て貰っても解るように、律儀に校則を守っている人間は殆ど居ませんが…」
確かに今の黒羽は校則を無視して、明るい青色のシンプルなワンピースを着ていた。
黒羽の美しい容姿と長い黒髪を合わさって、何処かのお嬢様に見えなくも無い佇まいである。
一方、同じ学校に在学しているセブンは、校章が入ったシャツに黒いスカートと言う学校指定の夏服を身に着けていた。
黒羽はセブンが律儀に校則を守るために、わざわざ休日に制服を着ていると考えたらしい。
しかし大和は、セブンが制服を着ている本当の理由を察していた。
そのため大和は特に気にする事も無く、黒羽の勘違いを正そうとする。
「いや、博士は単にこれ以外の服を持っていないんですよ。
いい加減、私服を増やして下さいよ、博士…」
「私服が無い訳では無い、一着は持っている」
「あれって冬物でしょう…、しかも貰い物だし…」
大和はセブンの服装について、部屋着のジャージと学校の制服を着ている姿しか見たことが無かった。
唯一の例外があるとすれば、セブンが大和と共にリベリオンを脱走した時に着ていた時の私服くらいだろう。
あの服にしても当時仲が良かったクィンビーが選んだ物であり、この服装に無頓着な少女は自分の私服と言う物を全く持っていなかったのだ。
大和にとってセブンの衣装事情は既知の事実であり、今回もセブンが自分の忠告に耳を貸す気は無いと内心では解っていた。
しかしセブンの事情などは知らない黒羽はこの瞬間に、セブンの制服着用の真実を始めて知ることとなる。
セブンの服事情を聞いた瞬間、黒羽の表情が一変したことに大和が気付くことは無かった。
「…つまり八重君は、単に着る服が無いから制服を着ていると?」
「まぁ、その通りですけど…」
「…駄目だ!! そんなことでは君も三代さんのようになってしまう!?」
突如として雰囲気が変わった黒羽は、まるでこれから戦いに行くかのような真剣な表情を見せた。
黒羽の変化に付いていけない大和は、その迫力に圧倒されてしまう。
「八重君! この後に何か予定はあるか?」
「…特に無い」
「では今から私と一緒に買い物に行こう! 私が君を一人前の女性にしてみせる!!」
「ちょっ、どういう…」
何やらヒートアップした黒羽は、有無言わさずにセブンと連れてファミレスを出て行こうとする。
大和たちの食事代を含めたファミレスの支払いを一括で行った黒羽は、そのままセブンの腕を引いて店を出る。
黒羽は忙しく杖を突きながら、足の障害をものともせずに結構なスピードで歩き始めた。
呆気に取られた大和とセブンは、されるがまま黒羽に連行されるのだった。
これは今から1年ほど前の話である。
まだ健常な右脚を持っていた黒羽はある日、とある理由で三代と基地の外で待ち合わせをしていた。
三代が指定した喫茶店はそれなりに人が入っており、テーブル席で一人待つ黒羽の周りには多数の客が居るようだ。
黒羽は約束の時間を過ぎても現れない三代の到着を、二杯目のコーヒーを飲みながら待ち詫びていた。
「悪い悪い、お姉さん。 ちょっと寝坊しちゃって…」
「三代さん。 もう約束の時間を20分も…、えっ?」
「…? どうしたのよ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして…」
約束の時間から20分ほど経った所で、ようやく三代が黒羽の下に顔を出した。
黒羽は三代の遅刻に付いて文句を言うとするが、どういう訳かその言葉は途中で途切れてしまう。
三代の姿を見た黒羽は、無断で遅刻をした三代に対する軽い怒りが一瞬の内に消失したのだ。
繰り返すようだが今黒羽たちが居るのはガーディアン基地内で無く、外にある一般的な喫茶店だ。
黒羽の現在の格好も堅苦しいガーディアンの制服では無く、ショートパンツに半そでシャツというラフなスタイルである。
「み、三代さん…、その格好は…」
「あれ、何処か汚れている? これ、数日前に変えたばかりなんだけどなー」
「ええ、純白の綺麗な白衣ですよ…」
くどい様だがこの場所は基地の外に有る喫茶店であり、ガーディアンの基地内では無い。
それにも関わらず黒羽の目の前に居る妙齢の女性は、何時も基地内で通している白衣姿で喫茶店に現れたのだ。
基地内でならまだしも、一般市民の目が有るこのような場所で堂々と白衣を着ている三代の神経が黒羽には信じられなかった。
仮に三代にが着ている白衣が病院などで使われる医療用の物だったならば、周りからそこまで奇異な目では見られ無かっただろう。
しかし三代の着るそれは明らかに研究用のそれであり、このような格好で喫茶店に入る人間はまず居ない筈である。
変わり者な事は知っていたが、三代が此処まで世間の目を気にしない人間とは黒羽は思ってもみなかった。
ガーディアンの戦士と言う荒事をしている黒羽であるが、彼女は戦士である前に一人の女性である。
この時黒羽は平気で白衣を着まわす三代を反面教師として、決して女としての自分を捨ててはならないと強く誓うのだった。
そして今、黒羽はかつての三代のように服装に無頓着な三代の血縁と出会ってしまった。
休日に制服を着まわすセブンの姿に、黒羽は彼女からあの時の三代の姿を幻視したのだ。
しかしセブンはまだ高校生であり、今から矯正をすれば将来的に三代のようなることを防げるかもしれない。
黒羽は同じ女であり、学校の先輩でもある自分がセブンを救うべきだと考えたらしい。
世話好きな面がある黒羽は、セブンを三代のようにしてはならないという使命感に燃えていた。
「どうだ、八重君。 これなんかは君に似合うぞ」
「機能的で無い、もっと実務的なものを…」
「駄目だ! 君はまず女の子らしい可愛さを身に着けなければ…」
駅近くの若者向けの服屋に着た黒羽は、セブンの私服を見立てるために忙しく動いている。
今もセブンはどちらかと言えば幼く見える彼女の容姿に合った、ひらひらの付いた可愛らしいワンピースを着せられたようだ。
黒羽が持ってきた衣装を次々に着せられているセブンは、表面的には何時もの無表情を崩すこと無かった。
しかしセブンは着せ替え人形にされている今の状況は内心で不満らしく、よく見れば普段より僅かに眉を歪ませている。
余りセブンとの付き合いが長くない黒羽は、セブンの変化に気付く事無く次々に衣装を持ってきていた。
「何か前にもあったなー、こういうの…」
こういう場所では男である自分にやる事は無いと考え、大和はセブンたちの買い物風景を少し離れた所から見守っていた。
セブンに世話を焼く黒羽の姿を見て、大和の脳裏にはかつてのセブンとクィンビーとのやり取りが思い返されていた。
かつて大和たちがまだリベリオンに居た頃、クィンビーはセブンを今のように着せ替え人形にして遊んだものである。
あの時もセブンは不満そうな様子を見せたが、恐らく根っこの所ではそこまであの蜂型怪人を毛嫌いしていた訳ではあるまい。
大和は黒羽の着せ替え人形となるセブンの姿を、微笑ましい物を見るような気持ちで眺めるのだった。




