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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第3.5章 日常回
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2. 元戦闘員の日常

 六畳間の部屋の窓から朝日が差し込み始め、一日の始まりを部屋の主に知らせていた。

 シングルベットの上で横になっていた部屋の主、丹羽 大和はあたかも太陽の光に起こされたかのように目を覚ます。

 寝起きの大和は首を横に動かし、机の上に置いてある目覚まし時計の時間を確認した。

 時計が示す時刻は朝の7時10分、今日も大和は7時半に仕掛けた目覚まし音を聞く前に目覚めてしまったようだ。

 かつて9711号と呼ばれていた頃、大和はセブンの雑用をこなすために毎日朝早くに起きなければならかなかった。

 どうやらリベリオンを抜けた今でも、大和の中に早起きの習慣は生きているらしい。

 そのため大和は己の私室で生活するようになってからも、目覚まし要らずの生活を送っていた。

 

「…朝か」


 戦闘員時代に床で寝ていた時を考えれば、平凡なシングルベッドでさえ大和に取っては豪華な寝具と言えよう。

 遙かに環境がよくなった寝床から体を起こした大和は、体をほぐす様に大きく体を伸ばす。

 今日も元戦闘員である大和の平凡な一日が始まった。






「あら、大和。 今日も早いわねー」

「おはよう、母さん」


 部屋を出た大和は何時ものように洗面所で顔を洗い、朝食を取るために食卓へと向かった。

 奥の台所で朝食の準備をしていた母の霞は、食卓に現れた大和と朝の挨拶を交わす。

 台所からは食欲をそそるいい匂いが漂っており、恐らくもうすぐ準備は完了するだろう。

 大和は自分の席に座り、テレビのニュースを見ながら朝食の用意が完了するのを待った。


「はい、大和。 今日の朝ごはんよ」

「いただきまーす」


 食事の支度を終えた霞は、大和の前に朝食のメニューを次々と配膳していった。

 食卓には白米に味噌汁、焼き魚に漬物と言う今では珍しい純和風の朝食が並べられる。

 霞は愛する息子のために毎日早起きをして、完璧と言える朝食を用意するのが常だった。

 料理研究家を生業とする霞のレパートリーは広く、毎日違うメニューが食卓に並ぶという気合の入れようである。

 一応は研究のために毎日違う料理に挑戦していると言う建前はあるが、本音はやはり帰ってきた息子のための物だろう。

 霞は美味そうに自分の朝食を食べる息子の姿を、愛おしげに見守るのだった。










 季節は7月の始りを迎え、大和が高校に復帰してから二ヶ月ほどの時間が経った。

 最初はクラスに馴染めず孤立していた大和も、今ではそれなりにクラスに溶け込むことに成功していた。

 戦闘員時代に高校生活を1年棒に振っている関係で、クラスメイトたちから"先輩"と弄られるようにもなった以外はそれなりに充実した学校生活を送れているようだ


「知ってるか、先輩。 例のガーディアンの基地の話。

 噂によると、ガーディアンの中に紛れてたスパイが手引きしたって話だぜ」

「何処の情報だよ、それは…」


 退屈な授業を終えて迎えた昼休み、クラスメイトたちは各々に分かれて昼食を取り始めていた。

 少し前から夏服に衣替えをした大和は、同じく夏服を着ているクラスメイトの深谷たちと食事をしながら駄弁っていた。

 最近のホットな話題は先日のリベリオンによる、ガーディアン基地の侵攻作戦の話である。

 この事件の情報はガーディアンが自分たちの失態を隠すために、当初は情報規正が引かれていた。

 しかし人の口に戸は立てられぬと言う例えもある通り、全ての事実を覆い隠すことは不可能である。

 そもそも周辺地域が観光地となっているガーディアン東日本基地で起きた異変が、人目に付かない筈が無いのだ。

 ガーディアン上層部の目論見は簡単に破綻し、基地が襲われたという情報は市民たちに知れ渡っていた。


「えぇ、例の欠番戦闘員って奴がリベリオンと手を組んで基地を襲ったんじゃ無いのかよ!」

「馬鹿か、欠番戦戦闘員はガーディアン側と組んで、リベリオンと戦ったんだよ」

「ネットで拾った極秘情報によると、リベリオンでもガーディアンでも無い第3の組織の暗躍も…」


 勿論、事件があったと言う事実が知れ渡ったとは言え、その詳細までを市民が知りえる筈も無い。

 巷ではガーディアンの前代未聞の醜態に対して、珠玉混合の噂が溢れていた。

 その中には真に迫る噂も含まれているようで当事者の一人である大和の肝を冷やす物もあったが、基本的には箸にも棒にも掛からない与太話しか無い。

 一部のガーディアンの存在に不満を持っていた人間たちが、これ幸いにガーディアンの糾弾を始めてもいる例もある。

 しかし基本的に市民にとって今回の事件の位置付けは、友人たちと盛り上がるための単なる話の種でしか無い。

 市民たちにとっては自分たちの平和を守り続けているガーディアンと言う組織の危機でさえ、所詮は対岸の火事と言う認識なのだろう。


「やっぱりリベリオンってヤバイなー。

 ガーディアンの基地もぶっ壊れた訳だし、その内俺たちも怪人に襲われるかもしれないぜ」

「とりあえず人気の無い所には行くなよ、まじで怪人に攫われるぞ」

「お、先輩、流石、年長者の言葉は重みが違うねー。

 そういえば最近、近くの学校の生徒が行方不明になったって噂もあったよな?

 それもリベリオンの仕業なのかなー」

「無い無い、怪人の報告例が無いんだろう? 大方、家出でもしたんだろうぜ」

「家出かー、受験のストレスとかかな?」

「ああー、解る。 俺も受験のことで頭が一杯でさー。 先輩は志望校をもう決めたか?」

「いや、俺は…」


 高校三年の学生にとってはガーディアンの事などより、身近に迫った受験の話題の方が深刻である。

 あっさりと現実的な話題に戻った学生たちは、各々の進路に付いて話を始めた。

 深谷たちは何も考えないように見えて、それなりに進路について考えているようだ。

 しかし大和は未だに進路を決めかねている大和は、深谷の何気ない質問に口を閉ざすしか無かった。











「受験、ね…。 今は1年後の話より明日の命の方が重要なんだよなー」


 昼食を終えて午後の授業に突入したのだが、大和の耳には教師の話は全く入っていなかった。

 大和の頭には先日の戦い、あの謎の白仮面との死闘が思い返されていた。

 白仮面は分かれの時、大和の前に再び現れるという物騒な宣言を残していた。

 今の所は白仮面が大和の前に姿を見せることは無いが、このまま二度と現れないと考えるのは都合が良すぎるだろう。

 白仮面と次に相対する時、大和は無事に居られるだろうか。

 大和の心には白仮面に対する恐怖が澱のように溜まっており、受験のことなど考えている余裕は無かった。


「…羽、丹羽っ!!」

「は、はい!!」

「丹羽、この問題を答えて見ろ」


 大和の思考は教師からの指名によって中断され、自分が呼ばれていることに気付いた大和は慌てて返事をする。

 そして教師に促されて席から起立した大和は、教師が黒板に書いた問題に挑戦させられることになった。


「えっと……、解りません…」

「丹羽…、お前は来年も高校生を続ける気か?」


 教師が黒板に記した問題との睨めっこを十数秒ほど続けた大和は、あっさりと問題に屈服してしまった。

 実はこの数式は大和が物思いに耽っている間に教師が解説していた物で、しっかりと授業を聞いていたら解って当然の問題だったのだ。

 もし大和にそれなりの学力があれば地力で解く事も出来たかもしれないが、残念ながら大和は記憶喪失前から余り勉強が得意では無かった。

 大和が授業を聞いていなかったことを自分で証明してしまった事で、教師が呆れたように溜息を吐いた。

 そして教師は暗に大和が留年していることを揶揄した言葉を告げ、一部のクラスメイトがくすくすと笑い始めてしまったでは無いか。

 大和は恥ずかしさの余り、赤面しながら無言で着席した。


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