1. 蜂型怪人の日常
かつてリベリオンは宿敵であるガーディアンの手によって、リベリオン日本支部と言う重要拠点を潰されていた。
辛くもガーディアンの襲撃から生き残った日本支部に所属していた者たちは、地方に点在するリベリオンの各支部を頼るしかなかった。
そしてそれは蜂型怪人であるクィンビーも例外では無く、かの怪人はとある地方に秘密裏に作られた関東支部の一つに身を寄せることになる。
この関東支部は壊滅した日本支部に次ぐ規模の施設を誇っており、今では日本支部に代わるリベリオンの日本での拠点となっていた。
「あぁぁぁぁっ、もう!? 腹立たしいぃぃぃぃ!
あの白仮面、次にあったらただじゃ済まさないんだからねぇぇぇ!!」
「「「キィィィィィッ!!」」」
関東支部の訓練室でクィンビーは苛立ちの声をあげながら、巨大な戦闘用大蜂を巧みに操っていた。
先のガーディアン基地に襲撃の際に消費した大蜂たちを補充し、クィンビーは新たに製造された大蜂たちの最終テストをしているのだ。
クィンビーの新たな手足となる大蜂の軍勢は女王蜂の命に忠実に従い、縦横無尽に訓練場を飛び回りながら標的に向かっていく。
そして哀れにも大蜂たちの標的となっているのは、此処の関東支部に所属している名も無き戦闘員たちである。
通常の何倍もの大きさを誇る大蜂たちが、翅を震わせながら執拗に追いかけてくるのだ。
感情が排除されている筈の戦闘員たちも本能的に恐怖を感じているのか、僅かに怯えの感情を含んだ奇声を上げながら逃げ惑っている。
「何やってるのよ、あんたら! そんな体たらくじゃ訓練にならないじゃ無い!!」
「キィィッ…」
大蜂に逃げることしか出来ない戦闘員の不甲斐なさに、クィンビーは理不尽にも叱りつけた。
確かに大蜂の飛行速度は戦闘員の足を上回り、クィンビーが毒針を寸止めするように指示をしてなければ戦闘員たちはとっくに全滅していた筈だ。
クィンビーは戦闘員にもう少し抵抗するように命じるが、しかしそれは土台無茶な話である。
そもそも粗悪な量産品の戦闘員が、特別仕様品である怪人に勝てる訳も無いのである。
リベリオンの忠実な駒である様に脳改造を施された戦闘員たちは、実現不可能なクィンビーの命令に困り果てていた。
クィンビーの剣幕の前におろおろと右往左往する戦闘員の姿は、何処か喜劇染みた面白みを感じさせた。
「…クィンビーさん。 訓練は結構ですが、余り戦闘員を消費しないで下さいよ」
「あんたは…!? ちょっと、私の蜂たちの訓練を邪魔しないでくれない!」
丁度クィンビーが戦闘員たちを困らせている所に、訓練場に新たな怪人が姿を見せた。
体を甲殻類特有の硬質な皮膚で覆い、左腕に巨大な鋏を備えたリベリオンの怪人、クィンビーの上司である蟹怪人の登場である。
蟹怪人は無意味に左腕の鋏を揺り動かしながら、クィンビーに戦闘員虐めを止めるように注意した。
実はリベリオン内では今、怪人による戦闘員の浪費が些か問題になっているのだ。
怪人たちは基本的に戦闘員たちを道具としか見ておらず、憂さ晴らしに戦闘員を無為に破壊する怪人も少なく無い。
しかし大量生産品であるとは言え、戦闘員と言う存在もただでは無い。
ただでさえ日本支部壊滅によって戦力が減少したリベリオンには、戦闘員も貴重な戦力と言えるのだ。
「ふんっ、私は他の連中と違うわ。 ほら、戦闘員たちはみんな無事よ!!」
「「「キィィィ…」」」
口煩い蟹怪人が余り好きでは無いクィンビーは、反論のために右腕を戦闘員たちの方に向ける。
クィンビーの腕の先には先ほどまで大蜂たちに追い回された戦闘員たちが、弱々しげな声を上げながら応えた。
わざわざ大蜂たちに寸止めするように指示をしながら訓練をしていたのだ、蟹怪人が懸念する戦闘員たちの消費などは有り得ない。
他の怪人たちと違ってクィンビーは、基本的に戦闘員たちを無駄に消費するようなことはしなかった。
もしかしたらクィンビーが戦闘員に気に掛ける理由の一つには、9711号とナンバリングされたあの奇妙な怪人にあったかもしれない。
「それは結構です、戦闘員たちもリベリオンの貴重な資産ですからね。 もっと効率よく使わないと…」
「そんな事はどうでもいいわよ!
それよりあの白仮面のことは解ったの、あれから結構時間が経ったのに全然情報が降りて来ないわよ?」
「例のバトルスーツを使う怪人の話ですか…。
そもそもその白仮面と言う者は本当に存在したのですか?」
「何よ、私のことを疑う気!!」
戦闘員たちの話を脇に置き、クィンビーは蟹型怪人に例の白仮面のことについて問い質した。
白仮面、それは先のガーディアン基地襲撃の際に現れた謎の存在である。
バトルスーツを使用する怪人、リベリオンやガーディアンにとって有り得ない存在の情報はクィンビーを通してリベリオンに知らされた。
クィンビーは圧倒的な強さを見せた白仮面へ興味から、白仮面の情報を強く欲していた。
怪人の総元締めと言えるリベリオンなら白仮面のことを何か知っている筈だと、クィンビーが考えるのは当然だろう。
しかしリベリオンから白仮面の情報は決して降りることは無く、逆に白仮面の存在は組織内に無用な混乱を招くということで口止めをされていたのだ。
「いえいえ、そこまで言っていませんよ…。
しかし誇り高き怪人が、バトルスーツなんておもちゃを使うこどなどは考え難いのです」
「…」
クィンビーが不本意ながら行ったガーディアンの白木と謎の欠番戦闘員との共闘に対して、余裕すら見せていた白仮面のあの戦闘力は脅威的だ。
そして実際に怪人ステレオンを屠っている白仮面は、リベリオンの敵であることは間違えないだろう。
本来なら白仮面と言う新たな脅威の存在に対して、注意を促す意味でリベリオン内に知らせるべきなのである。
少し前に現れた欠番戦闘員の存在については、怪人リザドが数度敗れた辺りからリベリオン内に周知されていた。
それに対して白仮面の情報は、決して周知されることは無くクィンビーは口を紡がされているのだ
一体どのような基準で欠番戦闘員の存在は公開し、白仮面の存在は隠そうとしているのだろうか。
まるで白仮面の存在を隠すようにするリベリオンの対応に、クィンビーは僅かな不信感を植え付けることになる。
リベリオンを絶対的に肯定するように作られた怪人に取って、組織のあり方を疑う行為自体があってはならない事と言えた。
クィンビーの疑わしげな視線をさらりと受け流す蟹型怪人の態度は、憎らしいことに普段とは全く変わりなかった。
やがて蟹型怪人から望んだ情報が手に入る事無いと察したクィンビーは、蟹怪人の横を抜けて訓練室を後にしようとする。
「おや、訓練はもう終わりですか?」
「気分が乗らないのよ。 今日は部屋でテレビでも見ているわ」
「おやおや、テレビなどと言う人間の娯楽に現を抜かすようではいけませんよ。
手が空いているのなら、現在進行している例の作戦に協力を…」
「あんなつまらない事に手を貸すくらいなら、テレビでも見ている方が100倍マシよ!!」
娯楽と言う物が殆ど無いリベリオン関東支部で、クィンビーは怪人には物好きなことに自室にテレビを引いていた。
人間と言う存在を見下し、人間が作る物にも余り価値を見出さない怪人に取ってそれは極めて珍しいことであった。
どうやらクィンビーは他の怪人たちと違い、人間と言う存在を下に見ては居ないようである。
それはかつて交流を深めた少女、セブンの存在がクィンビーの中で決して小さくない事の証左だったかもしれない。
クィンビーは蟹型怪人にぶっきらぼうな言葉を残しつつ訓練場を後にし、宣言通りに自室に戻ってテレビを付けるのだった。
 




