4. 土留と白木
まるでマニュアルでも有るかのように、白木は大和のためにそつ無くガーディアン東日本基地の案内を務めていた。
どうやら白木は大和がかつて対峙した戦闘員であることや、先日会話をした欠番戦闘員であるとは気付いていないようである。
あくまで大和のことをただの観光客と思っているらしい白木は、以前にテレビ越しで見た時のような営業スマイルで大和の相手をしてた。
最初は白木を警戒して息苦しい感覚を覚えていた大和であったが、この頃には警戒を解いて本気で基地内の観光を楽しんでるようだった。
そんな大和の気が緩んだ状態の時に、白木の口から何気ない問い掛けが投げられたのだ。
「…そういえば何で丹羽さんは三代さんのお嬢さんと一緒では無いんですか?
今日は二人で此処に来たんですよね?」
「いやー、そのお嬢さんの方は研究で忙しいようで、追い出されちゃったんですよ…、あっ!?」
警戒心が欠けていた大和は、白木の質問に条件反射的に答えてしまう。
そして大和は自分が吐いた言葉、セブンが研究をしているという内容を理解して遅まきながら愕然とした。
よく考えて見たらセブンは対外的には、ガーディアンの基地で働く三代の親戚の少女でしか無いのだ。
ただの女子高生であるセブンに研究などと言う単語が合うはずも無く、下手をすればこのガーディンの戦士に要らぬ不信感を与えることになってしまうだろう。
大和は今更なが己の失言に気付き、内心に強い後悔を覚えた。
「ああ、お嬢さんは今日も三代さんと一緒に研究ですか。
凄いですよね、僕と歳が殆ど変わらないのに、三代さんの研究を手伝えるなんて…」
「はっ!?」
しかし大和の失言と思われた事実は、白木に取っては何でもない事だったようだ。
あえて周囲に漏らしているのか、それともただのうっかりなのかは解らないが、セブンがこの場所でバトルスーツの研究をしていることは知られているようである。
何時も大和には正体を隠すように口酸っぱく言っていた癖に、セブンは自身の研究のことをまるで隠してはいなかったようだ。
大和は自分のことは棚に上げるセブンに対して、軽い理不尽さを覚えるのだった。
「…おい、白木!! 何やっているんだ、お前?」
「…土留!? もう復帰していたのか?」
「今日は訓練はいいのかよ、優等生。 さぼっているとまた戦闘員にやられちまうぜー」
基地内の歩道を歩いていた大和たちの後方から突然、白木を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向いくとそこには、大和たちと同年代らしい少年がこちらに近づいて来たのだ。
それは白木とは正反対のイメージを感じさせる少年だった。
同じガーディアンの制服ながら、キッチリと着こなす白木とは対照的に少年は制服を着崩しており、大和は彼に粗野な印象を覚えた。
そして爽やかさの欠片も無い嫌らしい笑みを見せながら、土留と呼ばれた少年は白木の正面まで進んだ。
どうやらこの土留と言う少年は白木に対して余りいい感情を持っていないらしい。
白木より一回り大きい体格の持ち主である土留は文字通り上から目線で、会って早々に嫌味交じりの言葉を投げかけてきたのだ。
言葉こそ白木を心配する体を見せているが、その表情から明らかに悪意を持った発言であることは明白であった。
「…今は彼の案内をしているんだ。 邪魔をして貰えないだろうか」
「あん、誰だよ、こいつ」
土留の嫌味に表情を曇らせながらも白木は何も反論せず、この場から立ち去るようにお願いする。
そこで初めて大和の存在に気付いた様子の土留は、胡散臭そうな視線を大和の方に向けた。
「彼は丹羽さん。 三代さんのお嬢さんの紹介で、今日はこの基地の見学に来たんだ」
「ほー、イエミツの関係者か。 その割りには平凡そうな奴だなー」
「…イエミツ?」
土留に対して己のことを紹介する白木の言葉を聴きながら、大和は彼の口から漏れた見知らぬ単語に疑問符を浮かべた。
話の流れから"イエミツ"が三代のことを指している事だけは解る。
しかし何故、三代がイエミツなどと呼ばれているのか、大和には検討が付かなかった。
「ふんっ、こんな間抜け面の奴に構ってるから、お前は何時まで経っても弱っちいままなんだよ。
いいよなー、顔のいい奴は実力が無くてもチヤホヤされてさー」
「土留!!」
この土留と言う少年は、ある意味で正義の味方枠では珍しい嫌な性格の持ち主だった。
先ほどからの土留の挑発交じりの言葉に流石に怒りを感じたのか、白木は語気を荒めながら鋭い視線を向ける。
だが土留は白木の視線に意を介した様子は無く、その挑発は白木の周りの人間まで発展していった。
「なんだ、やるって言うのか? 此処にはあの過保護な姉貴は居ないんだぜ?
…ああ、悪い悪い、居ても意味が無かったか。 そういえばあの女は、もう再起不能になってたなー」
「土留!? 僕のことは幾らでも好きに言っていい。 けれでも黒羽のことを悪く言うのは…」
「ちょっ…」
土留が白木の尊敬する少女の名を出した瞬間、場の空気は一変した。
黒羽という少女は余ほど白木に取って大切な存在であったのか、白木は激情の表情を見せた。
まさに一色触発の状態を前に、大和は何も出来ずただおろおろと両者のやり取りを見ているしか出来なかった。
そして白木が土留に殴りかかろうと拳を上げた瞬間、彼らの前に救いの女神が舞い降りたのだ。
「そんな所で何をやっているんだ、白木?」
「っ!? 黒羽…」
大和は見覚えのある新たな登場人物の姿を見て、内心で悲鳴をあげていた。
現れた少女はかつて白木と同じよう、戦闘員として働いていた時に見た覚えがあるガーディアンの戦士だったのである。
白木や土留と同じガーディアンの制服を纏った黒羽は、右腕に持った杖を頼りながらゆったりとしたスピードで近づいてくる。
黒羽の登場によって血の気が抜けたのか、白木は握り締めていた拳を緩めた。
「おお、過保護な保護者の登場だなー、白木。
また女に守って貰うのかよ、お前は…」
「土留!! いい加減に…」
「二人とも、止さないか!」
「黒羽、けどこいつは…」
黒羽の登場によって殴り合いに発展することは無くなったものの、白木と土留の険悪なムードは解消される様子は無い。
ガーディアンとて人間の集まりである、幾ら正義の味方を気取っても皆が聖人君子と言う訳では無いようである。
気に入らない人間が居れば険悪になり、やがて争いに発展するのは人間社会においてはよくある事だ。
逆に大半が脳改造によって組織に忠誠を誓わせられているリベリオンの方が、このような諍いは少ないくらいである。
外からでは解らないガーディアンの生の部分を見せ付けられた部外者の大和は、早く帰りたいと言う切実な思いで一杯だった。
「いいから聞け! そんなに血が有り余っているなら此処では無く…」
ガーディアンという組織は正義の味方を掲げているだけあって、規律には厳しい組織だった。
もし白木と土留があの場で殴り合いの喧嘩を始めてしまったら、両者には等しくペナルティが課せられることは間違い無い。
規律違反の常習犯である土留は兎も角、優等生で通っている白木がペナルティを受けるのはまずいだろう。
しかしこのまま放置していても、今の調子だったら白木と土留が何時喧嘩を始めるか解ったものでは無い。
そこで黒羽は二人に対して、ある提案を持ちかけたのだった。
「土留ぇぇぇっ!!」
「はっ、そんなトロい攻撃に当たるかよ」
ガーディアン東日本基地の存在する訓練場の一角で、二人の若きガーディアンの戦士が凌ぎを削っていた。
身体の要所だけを装甲で覆った軽鎧タイプのバトルスーツを纏った白木は、軽快にフィールドを動き回りながら両の剣を振るう。
一方、これまた白木とは対照的に全身を厚い装甲で覆った重鎧タイプのバトルスーツを纏った土留は、余裕を持ってその攻撃を防いでいた。
どうやら土留は白木の攻撃を完全に見切っているらしく、時には僅かな挙動でその剣を空かし、時には両腕の分厚い装甲で受け止めていた。
訓練と言う割りには些か激しすぎるような両者の戦いは、まだまだ終わりそうになかった。
「白木の奴、怒りで我を忘れているな。 あんな直線的な攻撃が土留に通じる訳が無いだろうに…」
「何で俺はこんな所に居るんだろう…」
そんな両者の戦いを観戦席から強化ガラス越しで見つめる少年と少女の姿がそこにあった。
少女…、黒羽はバトルスーツを使用した模擬戦を行うことを提案した当事者として、両者の戦いを見守っていた。
そして自身の弟的存在である白木を心配する少女の横で、呆然とした表情をしている少年が居る。
折角の基地見学を途中台無しにしてしまった事を酷く気にした白木の好意によって、特別の模擬戦の観戦を許された元戦闘員の姿がそこにあった…。




