3. 基地見学
「この辺りが住居ブロックになっています。
どうです、ちょっとした街のように見えるでしょう?」
「へ、へー、凄いですね、基地内にこんな場所も有るなんて…。
白木さんもあそこに住んでいるですか?」
「いえ、僕はまだ学生という身分なので、今はまだ基地の外で生活しています。
それより敬語は止めて下さい、丹羽さん。 僕の方が年下なんですから…」
「い、いや、ガーディアンの戦士さんにタメ口なんて聞けませんって…」
「ははは、僕はそんなに畏まられるような人間では有りませんよ」
リベリオンの脅威から人々を守るために二十四時間体制で活動している東日本ガーディアン基地には、その機能を維持するために基地内で生活する人間が多々居た。
そんな彼らのために基地内には住居施設までもが存在しており、基地に所属している半数近くの人間がこの場所に生活の場所を置いている。
そこには日常生活に必要な物を提供する施設が全て揃っており、まさに小さな街と言っていい場所であった。
今、その住居ブロックの中を歩く二人の少年の姿があった。
一方は少年はガーディアンの制服を身に纏っており、もう一方の少年は平凡なシャツの上にこの基地の見学許可証である黄色のカードキーをぶら下げている。
どういう訳か黄色のカードキーをぶら下げた少年、元戦闘員の大和はかつて敵対したこともあるガーディアンの戦士、白木の案内を受けてガーディアン東日本基地の見学をしていた。
話は少し前に遡る。
二人の美しきマッドサイエンティスのおもちゃになっていた大和であったが、暫くしてから彼女たちに解放されて自由を取り戻すことが出来ていた。
しかし公式的には親戚関係に有るらしい二人の三代は、大和から取得した研究データについて小難しい話を始めてしまったのだ。
天才たちの話に付いていくことが出来ない大和は、三代ラボ内で手持ち無沙汰な時間を過ごすことになってしまう。
そして暇そうにしている大和に気付いたセブンが珍しく気を使い、この基地内に保管されているファントムのことを教えたのだ。
「えっ、ファントムがこの基地に!? いいんですか、正義の基地に悪の組織で作ったマシンを置いて…」
「問題ない、あの子の性能ならまずガーディアンに見付かることは無い」
「はぁ…。 それならファントムの様子でも見に行こうかな…。
あいつは何処に保管されているんですか?」
「基地内にある格納庫ね、行き方は今から教えてあげるわ。
結構、解りにくい所にあるけど、迷うんじゃ無いわよ」
「ははは、子供じゃ無いんですし、大丈夫ですよ」
広大な敷地を有する正義の味方の砦、東日本ガーディアン支部の一角に巨大な格納庫が設けられていた。
そこにはガーディアンの戦士たちの足として使われる戦闘用車、基地内の足となる大型バス、果てには戦闘機らしき物までがこの格納庫に収められている。
木を隠すなら森と言う奴なのか、リベリオンを脱走したセブンはこの場所に彼女の作品であるファントムを紛れ込ませていたのだ。
そしてファントムは大和やセブンから呼び出されるたびに、この基地から彼らの元に駆けつけていた。
ガーディアンの人間に決して見付かる事無く戦場を行き来するその様は、まさしく亡霊の名に相応しい物であろう。
兎も角、三代ラボに居てもやることが無い大和は、三代から聞いた格納庫の位置を聞いた後に、その場所に向かうのだった。
「…此処、何処?」
ガーディアン東日本基地には正義の味方と言うの機能を維持するため、広い敷地内に様々な施設が存在していた。
その広さ故に此処に所属する人間でさえも、基地の広大さに翻弄されて迷子になってしまう事があった。
そして初めてこの基地に訪れた上、口答で格納庫への道順を聞いただけの大和が先人たちと同じ状況に陥ってしまっていても不思議は無いだろう。
これが天才と言ってもいいセブンだったのなら、迷うこと無く目的地に辿り着けたに違いない。
しかしリベリオンからも凡人認定されている元戦闘員の大和にそんな才を求めるのは難しく、大和は三代の懸念通りに基地内で迷子になっていた。
「うわっ、やっぱりさっきの道で曲がるべきだったのか? それともあそこの道で左折…」
「…あの、どうかなされましたか?」
「はっ!? いえ、ちょっと道に迷っ…、えぇぇぇぇぇっ!?」
不安そうに辺りを見回しながら考え込んでいる大和の姿を見かけた人間が、親切心からか後ろから大和に声を掛けてきた。
大和は慌てて自分を気に掛けてくれた人間の方へ振り向きながら、道を聞こうと思って事情を説明しようとする。
しかし自分の視界にその親切な人の顔が入った瞬間、大和は驚きの余り絶叫を上げてしまう。
よりにもよってその人物は、かつて大和がインストーラを奪い取ったガーディアンの戦士、白木だったのだ。
突然叫びだした大和の奇行に面を喰らったらしい白木は、呆気に取られた顔をしていた。
「す、すいません、突然声を出して…。
ま、前にテレビで見たことがある人が居たんでビックリしてしまって…」
「ああ、そういうことですか…。 もしかして見学の方ですか?」
ガーディアンの戦士、白木との有る意味での運命の再会を果たした大和がまず行ったことは、先ほどの奇行の釈明であった。
今まで二回ほど目の前の少年と対面したことがある大和だったが、その両方で自分は覆面を被っており彼がこちらの素顔を知る筈が無い。
そのため白木に取っては初対面である筈の大和が、いきなり自分の顔を見て悲鳴を上げたという認識になってしまうのだ。
慌てて大和はかつて見たテレビ番組のことを思い出し、先ほどの奇行を誤魔化しに掛かる。
白木は目の前の人物が首に下げている見学許可証を見て、大和のことをただの観光客と思ったらしく素直にその話を信じてくれたようであった。
しかし他に気になることがあるのか、白木はまだ何処か疑わしげな顔で大和の様子を窺っていた。
「は、はい。 基地内を見学していたら迷ってしまって…」
「…今日は誰の紹介で此処に」
「えーっと…、セ…、三代さんの紹介です」
「三代って…、三代さんですか? あの研究者の…」
「いえ、その親戚の子のことです。
三代 八重って言う…」
「ああ、三代さんのお嬢さんのお友達なんですね?」
どうやら白木は三代とセブンのことを知っているらしく、彼女たちの名前を出したことで疑問が氷解した様子だった。
大和の知らないことであるが、彼が下げている見学許可証は発行されることは稀な代物なのである。
この場所はただの観光施設では無い、リベリオンと戦う正義の味方の前線基地なのだ。
その他の観光客のように基地の外を見学するならば兎も角、下手すれば基地内の機密情報に触れる可能性も有る基地内の見学は厳しく制限されている。
しかしバトルスーツの研究をしている三代の力があれば、見学許可証が発行されてもおかしくは無い。
実際に三代の親戚らしい三代 八重という少女が、頻繁にこの基地内で出入りしていることを白木は把握していた。
この少年も三代の親戚の少女と同じように、見学許可証と発行して貰ったのだろう。
「"悪いわねー、白木のボウヤ。 家の迷子を回収して貰って…"」
「"いえ、この程度は…"」
念のために三代に確認の連絡を取った白木は、彼女の口から大和の話の裏づけを取ることに成功する。
三代への通話を終えて携帯端末を切った白木は、不安そうにこちらを見ていた大和を安心付けるように爽やかな笑みを浮かべた。
「三代さんとの連絡が付きました。 すいません、疑うようなことをしてしまって…」
「いや、勝手に迷ってたこちらが悪いんですから…。
じゃあ、俺はこれで…」
元戦闘員である大和としては一刻も早く因縁あるガーディアンの戦士から離れようと、挨拶もそこそこに立ち去ろうとした。
流石にこの会話で自分の正体に気付かれる可能性は無いと思うが、余り白木と関わらない方がいいと大和は考えたのだろう。
「ちょっと待ってください。
折角ですから、僕がこの基地を案内しましょうか?」
「あ、案内ですか!?」
しかし大和の思いに反して、白木は有り難迷惑と言ってもいい提案をしてきてしまった。
白木としては先ほどまで迷子になっていた大和を見かねて、純粋な好意で案内を申し出たのだろう。
流石はガーディアンの戦士としてテレビにも出演した人物である、何の裏も無い正義の味方らしい行動である。
そして白木の善意の提案を断る口実が思いつかなかった大和は、正義の味方の案内を受けて基地内を見学する羽目になるのだった。
 




