0. 相棒
ガーディアン東日本基地のとある一室、その部屋に三人の人間が集まっていた。
八畳ほどの部屋には窓が無く、カードキーによる認証が必要となる厳重な扉しか出入り口が存在しない。
その部屋の中央に設置された机の上に、同じ意匠をした赤と青の二組のブレスレッドが置かれていた。
机の前に立つ少年と少女は、まるで芸術品でも見ているかのようにブレスレッドに熱視線を送っていた
「これが…、インストーラですか?」
長い艶やかな黒い髪を後ろにまとめている少女、制服を着ている事から恐らく高校生なのだろう。
少しきつめの鋭い眼差しを持つ美しい少女は、彼女たちのために用意されたブレスレッド型のインストーラから目を離せないようだ。
彼女の隣に立つ少年、見たところ少女とは違う学校で使われているブレザータイプの制服を着た彼もまた同様にインストーラを見て目を輝かせている。
少し幼さが残るものの少年は、隣に立つ少女の美しさに釣り合が取れる容姿をしていた。
「その通り、これが今日から君たちが使うバトルスーツのインストーラだ。
貴重なコアを使って組んだんだから、壊したら承知しないわよ」
「は、はい!?」
机を挟んで少年と少女の反対側に立つ白衣を着た女性が、インストーラを飽きもせず見続けている彼らに話しかけた。
恐らく二十台後半くらいになるであろう白衣の女は、少女と同じように長髪を後ろでまとめており顔にはセンスの無い黒縁眼鏡を掛けていた。
余り身だしなみに気を使わない性質なのか彼女の着ている白衣は皴が目立ち、髪もろく手入れをしていないらしくぼさぼさになっていた。
白衣の女性、ガーディアンでバトルスーツの開発をしている三代 光紅の声を聞いたことでインストーラから視線を外すことが出来た少年たちは焦った様子で顔を上げる。
少年と少女が自分に意識を向けたことを確認した三代は、徐に彼女が作成したインストーラの説明を始めるのだった。
白木 浩司と言う名の少年と、黒羽 愛香と言う名の少女は戦士見習いとしてガーディアンという名の組織に所属していた。
彼らには才能があった、ガーディアンの象徴とも言えるバトルスーツを操ることが出来る適正、コアの親和性が優れていたのだ。
絶えず戦力増強を図っているガーディアンはコアとの親和性に優れた適格者を探しており、彼らはその才能をガーディアンに見出されることになった。
世間一般でガーディアンの評判は悪くない、怪人に対抗できる唯一の組織であり今まで世界の平和を守ってきた実績もある。
勿論、ガーディアンの存在を快く思っていない存在も中には存在するが、基本的にこの組織は正義の味方として世間から認知されていた。
そんなガーディアンに才能が有るとスカウトされて断る人間は多くなく、白木と黒羽も喜んでガーディアンに入ることを決めたのだった。
「…やっぱり私が氷のスーツを使う。 私の方が近接戦闘の成績が良かったからな」
「良いと言っても僅かな差しか無かったじゃ無いか。 やっぱり僕が…」
厳しい訓練期間を終えて念願のバトルスーツを手に入れた白木と黒羽は、そのスーツの扱いについて揉めていた。
彼らに渡されたバトルスーツは異なる能力を持っていた、一方は氷属性を持つ近接戦闘タイプ、もう一方は炎属性を持つ遠距離戦闘タイプである。
その能力の構成上、遠距離タイプのスーツの支援を受けながら近接タイプのスーツが怪人の矢面に立つのは明白であり、彼らはどちらが近接タイプのスーツを使うか話し合っていたのである。
コアには一つとして同じ物は存在せず、それ故に一つのコアの適格者は一人しか現れない筈だった。
そのため白木や黒羽のようにスーツの割り当てで揉めることなど無い筈なのだが、幸か不幸か彼らと彼らに提供されたスーツのコアは特別であった。
とある理由により彼らはお互いに両方のスーツを着用可能であり、そのためにスーツの割り当てについて話し合う必要が出来てしまっていた。
「いいから私に任せろ。 私の方が姉なのだから、白木は私に従えばいいんだ」
「姉って言っても一つしか違わないじゃ無いか!」
「文句を言うな、昔は私の言うことを何でも聞いたのに…」
「覚えてないよ、そんな昔の話は…」
実はこの白木と黒羽はガーディアンにスカウトされる前、幼少の頃に関わりがあった。
白木の一つ上になる黒羽は、言葉の通りに姉として白木少年と共に過ごした事があったのだ。
しかし白木が物心が付いてすぐに黒羽は引っ越すことになり、彼らの関係は一度断ち切られた。
その後は二人揃ってガーディアンにスカウトされるまで、殆ど会うことは無い疎遠の関係であった。
「とにかく私がこっちのスーツを使う。 君は私の援護をしなさい」
「…黒羽が上手く使えなかったら、僕がそっちのスーツを使うからね」
久方ぶりにガーディアンで黒羽と再会したとき、正直言って白木は余り彼女のことを覚えていなかった。
しかし黒羽の方はしっかりと白木のことを覚えており、ガーディアンの生活で彼女は絶えず白木のことを弟扱いして世話を焼いてきたのだ。
黒羽のお節介をありがた迷惑に感じていた白木であったが、幼い頃に培われた人間関係を引き摺っているのか何故か彼は彼女に逆らうことが出来なかった。
そのため今回も白木の抵抗は長く続かず結局、少年は黒羽に近接型スーツを渡すという何時も流れになるのだった。
少年と少女はバトルスーツという武器を手に入れ、リベリオンの怪人との本格的な戦いに足を踏み入れることになる。
バトルスーツを授与した白木と黒羽に待っていたのは、リべりオンの怪人との戦いの日々であった。
人間を遙かに超えた性能を持つ怪人たちの暴虐に抗うため、彼らはガーディアンの尖兵として敢然と立ち向かっていた。
今もまた彼らはリベリオンの作戦行動を妨害するために、猫科の動物をベースにしたと思われる怪人と戦っていた。
「人間がぁぁぁっ、ちょこまかと動きおって…」
「でくの坊が! そんな攻撃には当たらん!!」
体から僅か数センチほどの距離しか離れていない空間に、鋭い風切り音ともに怪人の強靭な爪が通り過ぎる。
目の前に殺意の塊と言える凶器が存在するのだ、常人な恐怖で身がすくんでしまう所であろう。
しかし黒羽は眉一つ動かさずに冷静に怪人の動きを観察し、怪人の攻撃を紙一重で避け続けていた。
掠るだけでも人間を簡単に壊すことが出来る怪人のパワー相手に、先ほどから黒羽は果敢に至近距離での戦闘を挑んでいた。
「ふんっ、逃げているだけでは俺様は倒せないぞ!!」
「どうかな…」
怪人と人間とのスペックの差は隔絶している、例えバトルスーツを纏おうともそれは覆すことは出来ない。
防御重視の重鎧型のバトルスーツなら怪人の攻撃を受け止めるなんて芸当も可能かもしれないが、黒羽が着ているスーツは機動性重視の軽鎧型である。
一撃を貰ったら終わりである戦闘中では、相手に臆して動きを止めた時点で敗北が確定しまう。
ガーディアンの戦士として幾多の戦いを経験した黒羽はそのことを熟知しており、怪人と言う人外の脅威に対しても動揺一つ見せずに戦っていた。
黒羽と怪人との戦いは膠着状態の様相を呈していた。
怪人の攻撃を黒羽が華麗に避ければ、負けじと怪人は猫科の敏捷性を発揮して黒羽の両刀は掠りもしない。
このままの状態が続けば黒羽の不利は否めない、戦闘を継続する体力という要素においても人間と怪人とでは歴然とした差が有るのだ。
しかし黒羽は一人で無かった、彼女には頼りの相棒の存在があったのだ。
「…ぐはぁっ!?」
「今だ、黒羽!!」
突然、怪人が両手で顔を覆いながらうめき声を上げ始めた。
黒羽と怪人との戦闘中に彼女を援護する瞬間を狙っていた白木の炎の弾丸が、見事に怪人へと命中したのだ。
目の前の相手に集中していた怪人が白木からの攻撃に気付いた時には既に遅く、無防備のまま顔面に炎の塊を喰らった怪人がその場で悶える。
そして無防備となった怪人を見逃すほど、黒羽は甘くなかった。
「解っている!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
黒羽の二振りの剣によって切り裂かれた怪人は、断末魔の叫びをあげながらその場に倒れ臥した。
白木と黒羽の手によって、また一体のリベリオンの怪人が倒されたのだ。
バトルスーツを手に入れた白木と黒羽はこのように順調に戦果を上げていき、ガーディアンの重要な戦力として認識されるのに長い時間は掛からなかった。
「怪我は無いか、黒羽?」
「問題ない、いい援護だったよ」
両者の持つスーツの性質上、怪人の矢面に立つのは何時も黒羽の役割だった。
黒羽が怪人の隙を作り、白木がその瞬間に遠距離から手痛い一撃を割り込ませる。
白木と黒羽のコンビはこの必勝の戦法で幾多の怪人を撃破してきたのだ。
「ゴメン、何時も黒羽ばっかり無茶をさせて…」
「気にするな、白木」
しかし白木は黒羽にばかり負担を掛けるこの戦い方に不満を感じていた。
ガーディアンで黒羽とコンビを組んでから少なく無い時が過ぎ、白木にとって既に黒羽は大事な人間になっていたのだ。
白木は掛け替えの無い女性である黒羽を怪人と言う脅威に立ち向かわせ、後方と言う安全地帯で援護射撃をするだけの自分の役割に納得出来なかった。
白木は何回もスーツを交換して役割を交換しようと提案したのだが、黒羽はそれを受け入れることは無く現在も彼女は真っ先に怪人の元へと向かっていく。
今の所は白木と黒羽は順調であるが、相手は人外の領域に足を踏み込んでいるリベリオンの怪人である。
実際に彼らの仲間のガーディアンの戦士が怪人の手によって再起不能にされたという話は日常茶飯事であり、何時かは黒羽も同じ目に合うのではと白木は心配しているのだ。
「…黒羽、僕は絶対に君を守るよ」
「ん、どうした、突然?」
それは白木の誓いであった。
ガーディアンの訓練生時代から白木は黒羽に助けられてばかりいたが、今は彼は彼女と同じガーディアンの戦士なのである。
共に戦場を共にする相棒として黒羽にもしものことがあった場合、白木は命を掛けて彼女を守ることを決意したのだ。
しかし白木の脈絡の無い決意表明に黒羽に戸惑いしか覚えず、相棒の発言に面を喰らうだけに終わるのだった。
リベリオンとガーディアンの争いは単純な戦いだけでなく、時には熾烈な情報戦が行われることもあった。
ある日、ガーディアンの情報網がリベリオンの極秘作戦の動きを察知することに成功したのも、その例の一つであろう。
ガーディアンの情報部が命懸けで手に入れた情報によれば、最近名を上げている怪人クィンビーが数日以内に作戦行動に移るとのことであった。。
相手の行動が分っているのに、それを指で加えて見ているだけなんてことは有り得ない。
ガーディアン上層部はリベリオンの行動を逆手に取り、怪人クィンビーの討伐任務を今ではガーディアンの主戦力として活躍している白木と黒羽に命じた。
「覚悟はいいか」
「勿論さ」
ガーディアンのバトルスーツを着用した戦士一人の力は、リベリオンの怪人の戦力とほぼ互換する。
万全を期するために二人の戦士という過剰戦力が派遣されることになったクィンビーの討伐任務には、ガーディアンの誇りに掛けて失敗は許されなかった。
幾多の戦いを経て経験を積んだ白木と黒羽には油断や慢心は無い、彼らは最高の状態で任務へと向かった。
しかしこの任務に参加したことによって、彼らの人生に思わぬ転機を迎えることになる。
額に9711号と書かれた奇妙な戦闘員の活躍によって…、そして白木は目の前で大事な相棒が命を掛ける姿を見ているしか無かった…。




