18. リミッター
戦闘員、それはリベリオンが量産している使い捨て前提の最低位怪人である。
元はただの人間であった彼らはその体に、宇宙技術から由来する生物の合成技術によって作られた強靭な人工筋肉などを埋め込まれることで製造される。
戦闘員は人間を遙かに超える戦闘能力を持つが、それは同じリベリオンの怪人相手では束になっても敵わない程度の物でしか無い。
様々な生物の能力を限界まで引き出すために設計段階から試行錯誤を繰り返して誕生するワンオフの怪人と、機械的に量産される戦闘員の違いは明白なのだ。
しかし怪人に大きく劣るとは言え、戦闘員も普通の人間を遙かに超える筋力・耐久力を誇ることには変わりない。
「そして今あなたが使用しているバトルスーツは、その耐久力を生かすために通常のガーディアンの物と比べてコアの出力を大きく上げている」
「あの…、その話は前にも聞いたんですが?」
母の霞を救出するために△△へ向かう直前、大和はセブンの部屋でファントムの到着を待っていた。
ファントムは大和の知らない場所に保管されており、何時もあのマシンは自走して大和の所にやって来るのだ。
そんなファントム待ちをしている大和に対して、何故かセブンは唐突に戦闘員の話を始めていた。
セブンの意図が読めない大和は、怪訝な表情でセブンの言葉に耳を傾けている。
「本題は此処から。 怪人専用バトルスーツはコアの出力を上ることで、スーツの戦闘能力を向上させている。
しかし出力を上げたと言ってもそれは精々五割程度のもので有り、コアの出力にはまだまだ余裕がある。
そしてあなたの耐久力を鑑みれば、このコアの出力を今以上に上げる余地が残されている」
「…コアの出力を上げたら、俺はもっと強くなれるんですか?
複数の怪人を相手に出来るくらいに…」
宇宙技術を由来にするコアには使用者の肉体を壊すほどの力が秘められており、リミッターでその出力に制限を掛けた上で使用するのがコアの一般的な利用方法になる。
基本的にガーディアンが使用するスーツはコアの二、三割の出力しか使用していないらしく、それと比較すればコアの五割ほどの出力を使用している大和のバトルスーツは破格の性能と言えるだろう。
しかしこの五割という数字は一般的な戦闘員のデータを参考に、安全マージン考慮してセブンが出した数字でしか無い。
今までの戦闘記録を元にしたセブンの見立てでは、大和には今以上のコアの出力にも耐えられる可能性があるのだ。
「しかしそれは諸刃の剣。 下手をすれば過去にコアのリミッターを解除したガーディアンの戦士たちのように再起不能、下手をすれば命を落とす危険性もある。
残念ながら今までのデータだけでは、あなたの体が耐えうる限界点を見つけることは出来なかった」
リミッターを開放してコアの出力を上げることには、大きな危険が伴われる。
下手に自分の限界を超える力を使用してしまったら、その反動はすぐに使用者の体に返ってきてしまうのだ。
限界点の見出せない状態でコアの出力を上げるということは、目隠しをしながらチキンレースをすることに他ならない。
少しでも限界を超えてしまったら、大和の体には再起不能レベルのダメージが降りかかることになるだろう。
セブンとしてはバトルスーツのテストの過程で徐々にコアの出力を上げていき、時間を掛けて大和が耐え切れる限界点を見出すつもりであった。
しかし今は悠長にテストをしている余裕などは無く、仮に複数の怪人と戦闘する最悪の状況に陥った場合に現状の大和の戦闘能力では勝率は限りなくゼロに近い。
今の大和がその状況で勝利を掴むためには、コアの出力を上げると言う一か八かの手段に頼るしか無いのだ。
「コアの出力はファントムからコントロール出来るようにしている。
しかしこれは本当に最後の手段と思って欲しい…」
「…必ず母と一緒に帰ってきますよ、博士」
バトルスーツの研究をしているセブンの立場ならば、貴重なテスターと実験機を一度に無くす可能性が非常に高い大和の行動を止めるのが筋だろう。
しかし複数の怪人が待つ死地へと向かう大和を前にしてセブンは彼を止めようとはせず、逆にアドバイスまで授けてくれた。
友人としての大和の選択を認めてくれたのか、危険はあるが複数の怪人との戦闘データが取れる機会と捉えたのか、セブンの鉄仮面の如き無表情からその真意を読み取ることは出来なかった。
少なくともセブンに後押しされているように感じた大和は、格好を付けるために不安を胸の中に仕舞いこんで力強い笑みを見せるのだった。
△△の広場でホーン・フェザーら二体の怪人は、戦闘員の上にバトルスーツを着用した大和と向かい合っている。
仲間の怪人であるハウンドは少し離れた場所で無様に倒れており、トータスは先ほど大和の足元に崩れ落ちた。
大和と相対する巨大な角を供えた怪人、サイ型怪人ホーンは古くからリベリオンで活躍している最古参の怪人である。
まだリベリオンが特殊能力に傾倒していない頃の作品であるホーンの武器は、怪人としての強力な肉体能力と自慢の角しかない。
これまで幾多の戦いを経験してきたホーン、彼の角によって何人ものガーディアンの戦士たちが貫かれただろうか。
まさしくセブンの理想としている怪人像を地で行くホーンであるが、彼の最大の武器はその自慢の角や肉体能力では無かった。
ホーンが今まで生き残ってきた最大の理由は、例え相手が怪人より劣った存在である人間でも侮らずに対処するその思慮深い性格にあったのだ。
実際、この戦いでホーンはいち早く大和の危険性に気付き、無駄に終わったものの仲間に警告を出したりもしている。
そんな幾多の経験から裏打ちされた歴戦の勘はホーンに、目の前の大和と正面からやり合ったら確実に負けると告げていたのだ。
ホーンとてリベリオンの怪人である、肉体能力に特化した怪人としての矜持は有る。
例え相手がバトルスーツを着用していた人間でも、正面からの殴り合いならば自分が確実に勝つであろうとホーンは自負していた。
しかし目の前に居る相手はそんなホーンの自身を打ち砕くかのように、真正面から二体の怪人を倒して見せた。
その規格外の強さに心が折れかけたホーンは無意識の内に、大和から逃げるように一歩後ろに下がってしまう。
「…俺は怪人だぞ。 リベリオンの怪人、ホーンだぁぁぁぁっ!!」
「ホーン!!」
すぐに自分が人間相手に逃げ腰になっていることに気付いたホーンに去来した感情は…、恥と呼ばれる物だった。
ホーンは今の自分の姿が、今まで幾度も見てきた怪人たちに怯える矮小な人間たちと変わりないことに気付いたのだ。
怪人のプライドを守るためにホーンは、大和に向かって自慢の角を突き出しながら我武者羅に駆け出す。
恥と怒りの感情が混ざって半狂乱となったホーンに対して、仲間の怪人であるフェザーの静止の声は最早届かなかった。
トラックとの正面衝突に打ち勝つほどのホーンの突進攻撃を前に、大和は逃げる様子は無い。
中腰の姿勢を取りつつ両腕を前に出して相手を受け止める姿勢を取った大和に向かって、ホーンの怪人としての意地と誇りを込めた渾身の一撃が放たれた。
先の襲撃のお陰で戦力不足に陥ったリベリオンは今回の大規模な素体捕獲任務を重要視しており、万全を期すために四体の怪人を配置した。
複数の能力を備える最新型のハウンド、最近になってようやく実用に漕ぎ付けた飛行能力を持つフェザー、そして新型故に経験の浅い怪人たちをサポートするために古参のホーン・タートスが作戦に選ばれている。
最大の障害であるガーディアンへの妨害も行い、リベリオンは万全の態勢でこの作戦に望んだ筈だった…。
「これは…、夢か…」
しかしリベリオンの野望は、たった一人の元戦闘員の手によって打ち砕かれたのだ。
大和によってニ体の怪人たちが倒され、そして今この瞬間にホーンも大和によって無残にも倒されてしまった。
崩れ落ちたホーンはピクリとも動く様子は無く、自慢の角を破壊された姿はフェザーの心胆を寒からしめた。
「"大丈夫ですか、マスター?"」
「"大丈夫じゃ無いです…。 もう何か手足がギシギシと悲鳴を上げてる感じ…"」
先ほどまで苦戦していた怪人たちに、何故大和はここまで圧勝できているのか。
その要因はセブンが授けた大和の切り札、コアの出力を上げて戦闘能力を向上させるリミッターの開放にあった。
大和は現在、遠隔でコアを制御できるファントムに命じて、その出力を八割ほどの数値にまで上げていた。
出力を上げたコアは確かに大和に今まで以上の力を授け、コアの特殊能力によって生み出される炎は明らかに勢いを増した。
しかしコアの出力を上げたことによる反動は、確実に大和の体を蝕みつつあるようだ。
既に手足を含めた体の感覚に異常を感じ始めた大和には見た目ほど余裕が無く、早く勝負を決める必要性があった。
「…負けん、リベリオンは貴様などに負けんっ!!」
「クッ!!」
「どうだ! 例え怪人並の戦闘能力があろうと、地べたに這い蹲る貴様は俺には勝てないのだぁぁぁっ!!」
仲間である三体の怪人は戦闘不能、主を失ったことで統率を失った戦闘用犬たちは既に戦力外、後は役立たずの戦闘員たちが居るだけである。
ほぼ孤立無援の状況に陥ったフェザーであったが、既に彼の脳裏から逃走と言う選択肢は消されている。
仲間を倒した怨敵である大和を討つ為に、フェザーは果敢にも最後の戦いを挑んできたのだ。
フェザーは大和の能力を警戒しながら、再び空中からのヒットアンドアウェイ攻撃を行う。
近接以外の戦闘手段を持たない大和は、先ほどと同じように空を自在に舞うフェザーに防戦一方になってしまう。
「…ウォォォォッ!!」
「何だと!?」
惜しくもフェザーの鍵爪は大和の頚動脈を僅かに外し、すれ違い様の反撃をするりと避けたフェザーは安全地帯である上空へと逃げる。
ここまでは過去の戦闘の焼き増しである、今までの攻防ならばフェザーは再び上空で大和の隙を窺い、大和はフェザーの次の攻撃に備える筈だった。
しかし今回の大和の行動は違っていた、何と大和は強化された肉体能力を駆使して上空のフェザー目掛けての大跳躍を敢行したのだ。
コアの出力を上げたことによる恩恵を受けた脚力は、上空に居るフェザーまで大和を届けるだけの力を秘めていた。
跳躍によって大和は、見る見る空中に浮かぶフェザーとの距離を縮めていった。
「馬鹿め、血迷ったか!!」
しかし相手は空を自在に飛ぶことが出来る、リベリオンが誇る最新鋭の鳥型怪人である。
フェザーは自分が居る方向へ跳び上がった大和の姿に冷笑を浮かべながら、両腕と一体になっている翼を動かして現在位置から移動した。
所詮、翼を持たない大和はフェザーのように空中では自由に動けず、跳躍時に決めた進行方向にしか進むことは出来ないのだ。
フェザーは跳躍が頂点を迎えた後に失速する隙を突く為に、大和の手からギリギリ届かない距離に位置取る。
大和はこのままフェザーの鍵爪の餌食になってしまうのだろうか。
セブンが理想とする肉体能力に特化した怪人は、その能力を最大限に活かせる近接戦闘を封じられると極端に弱くなってしまう。
その事実はセブンも重々承知しているが、だからと言って怪人最大の特色である肉体能力をスポイルしてまで特殊能力を与えるのはおかしいと考えた。
怪人に余計な能力は必要ない、必要ならば他からそれを持って来ればいいというのがセブンの持論である。
そして彼女がその持論を実証するために開発した試作機が、あのサポートビークル、ファントムであった。
確かに大和には空を自在に飛ぶ能力は無い、しかし彼の傍にはファントムが居るのだ。
「悪イガ俺ガ空ヲ飛ブ必要ハ無インダヨ。 空ヲ飛ビタケレバナ…」
「"ファントムちゃんが代わりに飛べばいいんでーーーす!!"」
「何ぃぃぃぃぃっ!!」
翼が無い筈の大和が突然進路を変えて、再び自身向かって跳んで来た光景にフェザーは驚愕の声を上げる。
密かにステルス状態のまま大和のすぐ下まで飛んできたファントムを足場に二段跳躍を行うことで、大和はフェザーが居る位置まで跳んだのだ。
様々な状況下で怪人をサポートするために開発されたファントムには、内臓ブースターを使用した一時的な飛行能力と言うとんでもない機能も備えていた。
しかし見た目は大型バイクにしか見えないファントムの容量の関係で飛行用の燃料を殆ど詰めず、残念ながらこの機能は一回限りしか使用することが出来ない。
失敗すればもう空を舞うフェザーに辿り着くチャンスを失ってしまうため、大和は今までこのファントムの奥の手を温存していた。
そして残り時間が迫っている大和は最後にただ一度のチャンスに賭けて、見事にその勝負に勝ったのだ。
「サァ、翼ヲモガレタラドウナルカナ」
「や、止めろぉぉぉっ!!」
跳躍に失敗した大和に止めを刺すために、攻撃の当たらないギリギリの位置に陣取っていたのがフェザーの失敗だった。
すぐに攻撃できる位置にまで近づいていたフェザーには、大和の二段跳躍から逃れるだけの距離が残されていなかったのだ。
三度大和の策略に嵌ったフェザーは、空中で大和に組み付かれるという最悪の展開を迎えてしまう。
慌ててフェザーは大和を振り落とそうとするが、それより敵の動きの方が早く容赦が無かった。
羽と一体化しているフェザーの腕を掴んだ大和は、並みの怪人を上回る肉体能力を発揮していとも容易く折ったのだ。
片羽を失ったフェザーは絶叫を上げながら、地面へと落下する羽目になってしまう。
「"ファントムっ、早くコアのリミッターを戻せ!? もう体が…"」
「"はぁ、最後まで格好を付けて下さいよ、マスター…"」
落下中にもう片方の腕も折られ、文字通りに羽をもがれたフェザーには墜落する以外の道は残されていなかった。
鳥型怪人は無残にも地に落ち、こうして△△に現れた四体の怪人はこれで全て敗れ去ったことになる。
無事に怪人たちに勝利した大和はその余韻に浸ること無く、慌ててコアの出力を下げるようにファントムに命じた。
体中に筋肉痛のような痛みを感じている大和の脳裏には再起不能の文字が浮かんでおり、危険なコアの八割出力から早く元の状態に戻したいのだろう。
怪人たちを全て倒したことで怒りを収まったのか、既に大和からは先ほどまでの剣呑さを見ることが出来ない。
ファントムは締まらない己の主の言動に嘆息するという、相変わらず機械に有るまじき反応を見せるのだった。
 




