12. リザド
四時間目の授業を終えて昼休みに入った大和の教室は、何時ものように騒がしい昼食タイムとなっていた。
各々の生徒が仲の良いクラスメイトで集まって、それぞれの弁当やパンなどの食事を広げていく。
大和もカバンから母のお手製弁当を取り出して以前のように一人で昼食を取ると思いきや、弁当を手に持ったまた立ち上がる。
そのまま大和は自分の席の椅子をも引き摺りながら、少しはなれた場所で固まっている数人の男子生徒のグループに近づいていく。
大和の接近気付いた男子生徒の一人が、気さくな様子で大和に声を掛けた。
「よぅ、丹羽先輩! 早く飯にしようぜ!!」
「…先輩は止めてくれよ、深谷」
年齢的には一世代上であることを揶揄した軽口に、大和は余りいい顔をせずに止めるように要求した。
しかし大和の表情からは本気で嫌がっている様子は無く、友人通しの他愛も無いやり取りのようだ。
椅子を深谷という名の少年の横に置いて座り、男子生徒のグループに混ざった大和は母の弁当を開いて一緒に食事を始める。
何時の間にかぼっちポジションを脱して、一緒に食事を取ってくれるクラスメイトを手に入れた大和の姿がそこにあった。
大和がぼっちを脱出した要因は、深谷と言う名のクラスメイトのお陰であった。
この少年は以前に大和が偶然、階段から落ちそうなった所を助けたクラスメイトである。
情けは人のためならずと言う例えを地で行く様に、深谷は大和に救われた礼として彼を昼食を誘うようにしたのだ。
クラスのムードメーカーとも言える深谷が接触するようになり、彼が相手をするならと徐々に他のクラスメイトも大和を気にする様になった。
最初で大失敗をしたものの大和自身はコミュ症と言う訳でも無く、このチャンスを活かして大和はクラス内での自身の印象を書き換えることに成功した。
流石にいきなり人気者になったという訳ではなく、一つ上の世代ということもあって未だにクラス内で微妙に敬遠はされている。
しかしそれを差し引いても、大和は以前に比べれば随分とまともな学校生活を手に入れることが出来た。
「相変わらず先輩の弁当は美味そうだなー」
「そうそう、後輩にちょっと分けてくれよ」
「だかれ先輩は止めろよ…」
先輩ネタで弄られることが定番となった大和は、口では嫌そうにしながらその表情は晴ればれとしていた。
同じ母の弁当である筈なのに、今日の弁当の味は以前よりずっと美味しく感じられた。
「いやー、やっぱり学校での人間関係は重要ですよ。
話し相手が居ると居ないで心持ちが全然違いますからねー」
「……」
学校が終わった後で大和は、最近入り浸りになっているセブンの部屋を訪れていた。
余ほどぼっちから脱出したことが嬉しいのか、大和は上機嫌な様子でセブンに人付き合いの大切さを語る。
その様はつい先日まで憂鬱な表情で学校生活を送っていた男にはとても見えない、偉そうな態度であった。
ちなみに浮かれた様子を見せている大和だが、実はクラス内で友達と呼べるような存在はまだ居なかった。
例えば大和が一緒に昼食を取るようになった深谷たちとの関係は、あくまで学校で話し相手になる程度の付き合いしか無い。
学校の外で遊ぶような知り合いはまだ一人も居ない大和は、放課後になったらセブンに会うくらいしか用事が無かった。
「…浮かれるのはいいが、油断してあなたの秘密を気付かれることは無い様にして欲しい」
「うっ…、大丈夫ですよ」
実は大和がぼっちを脱出した切欠は、セブンが懸念している戦闘員としての力を発揮したことによる恩恵であった。
あの時は咄嗟のことで何も考えずに深谷を助けたのだが、よくよく考えて見ると片手で軽々とクラスメイトを持ち上げたのはまずかった
せめて両手で必死に持ち上げているように装えば、後で深谷たちに自身の怪力の理由を聞かれて苦労することは無かっただろう。
後で深谷たちには術後のリハリビで腕力だけが強くなったと適当に言訳をしたが、前回のようなことを繰り返したら大和が元戦闘員であることが世間に知られるかもしれない。
自宅がある地域の周辺に大和の中では評価が急降下しているガーディアンの基地もあることだし、用心に越したことは無いだろう。
セブンの注意を素直に受け止めた大和は、今後は軽挙な行動を慎しもうと決意した。
大和の学校生活はぼっちを卒業したことによって回復の兆しを見せていたが、それに相反するかのように彼が密かに行っている怪人専用バトルスーツのテストが滞りを見せていた。
テストを行うための相手が不足している訳では無い、戦力を回復を急務とするリベリオンは素体捕獲任務を繰り返し行っており相手には困ることは無かった。
実際、大和は最初のテストがあった日から既に数回の戦闘を経験している。
問題は相手となる怪人にあった…。
「…マタオ前カヨ」
「ふははははは、現れたな、我が宿敵! 今日こそ貴様を倒してくれる!!」
最早顔馴染みとなってしまった蜥蜴型怪人リザドの姿を見て、戦闘員服を纏った大和は覆面越しに疲れた溜息を漏らした。
実は大和はバトルスーツのテストのために行ったこれまでの戦闘で、リザド以外の怪人とは一度も戦ったことが無いのだ。
以前にセブンが話していた通り対リザド戦で全勝している大和は、毎回止めこそ刺してはいないがこれでもかと言うくらいに相手をボコボコにしていた。
しかし怪人らしく耐久力や回復力も人外レベルであるリザドは、次の素逮捕獲任務で何事も無かったかのようにピンピンとした姿で再び大和の前に現れてしまう。
遂には大和は何時の間にかリザドの宿敵にされてしまい、今ではこの蜥蜴歌人は嬉々として大和に向かってくるようになってしまった。
「"いい加減この蜥蜴の相手は飽きましたよー。
無駄なテストをしても仕方有りませんし、もうこのままこの蜥蜴を置いて帰りませんか?"」
「"いや、こいつを放っておくのもまずいだろう…"」
攫われそうになった人たちはもう逃がしており、微かな月明かりと壊れかけた街灯しか光源が無い町外れの広場には大和とリザドの姿しか無い。
先ほど大和が襲われる人たちを助けた際、リザドは本来の獲物である人間たちを追う素振りすら見せなかった。
自分を何度も倒した大和を倒すことだけに執念を燃やすリザドに取っては、既に任務はもう二の次となっているのだ。
バトルスーツのテストとして見ればファントムの言う通り、既に十分な戦闘データが取れているリザドと戦闘を回避するのは懸命だろう。
同じ怪人相手で戦闘を繰り返しても得られるデータは偏ってしまい、セブンの望むような戦闘データを得ることが出来ないのだ。
しかりここで大和たちが姿を消したら、リザドは素体捕獲任務を再会して再び人間を襲うかもしれない。
元悪の組織の戦闘員が正義の味方を気取る訳では無いが、流石に自分と同じような犠牲者を出すのも忍びない大和はリザドとの戦闘を回避する選択を取れなかった。
「しゃぁぁぁぁぁっ!!」
「…変身」
気合十分の雄雄しい叫びと共に襲い掛かるリザド、対する大和は気の抜けた声で内臓インストーラを起動させる。
こうしてお互いの心境が正反対の二者による、何度目かになる戦いの火蓋が切って落とされた。
「がはっ!? この能力も把握しているとは…、中々リザド様のことを調査しているな!!」
リザドの持つ特殊能力の一つ、カメレオンなどで有名な皮膚の擬態能力を持って姿を消した状態での奇襲攻撃は失敗に終わった。
どういう訳か大和は背景に溶け込んでいる筈のリザドの動きを完全に読んでおり、背後に回ったリザドに対して裏拳を当ててきたのだ。
裏拳をが顔面に受けてダメージを受けたリザドは擬態を解き、再び大和の前に姿を見せる。
初めて見せる筈の擬態能力を前にして動揺一つ見せず、的確に反撃を加えた大和に対してリザドは自身の対策に余念の無い己の宿敵を評価する。
リザドの視点としては彼の前に幾度も立ちはだかる大和は、密かに自身の能力を調査し尽くした上でこの戦場に来ていると認識していた。
か弱い人間が怪人に対抗するために、怪人の能力を調査して対策を練ることはよくある話である。
恐らくこの戦闘員服を着た奇妙な人間もこのリザド様の実力に恐怖して、長い時間を掛けて必死に対策を練った上でこの戦場に臨んだのだろうと。
「"うわっ、相変わらず勘違いしてますよ。 蜥蜴野郎のことを調べる奴なんて誰も居ないっつーの!!"」
「"言ってやるなよ…"」
勿論、大和がリザドの想像通りに、長い時間を掛けて彼の能力を調査している訳では無い。
単にリザドの能力を全て網羅し、瞬時にその対策を自身の主に伝えられる優秀なサポートマシンが傍に居るだけの話である。
勝手に納得するリザドに真相を話すことも出来ず、大和たちは蜥蜴怪人の勘違いに対して生暖かい視線を送ることしか出来なかった。
「…しかしリベリオンの天才科学者であったセブンの最後の遺作にして、最高傑作であるリザド様がこの程度でやられるかぁぁっ!!」
「"おい、この蜥蜴。 何か博士が聞いたら怒りそうなことを言っているぞ"」
「"一応あの蜥蜴怪人って、お母様がリベリオンで最後に設計した怪人なんで嘘じゃ無いんですよねー"」
セブンはリザドを最後に怪人の設計を止めていたので、そのためこの蜥蜴怪人は彼女の手によって生み出された最後の怪人と言える。
リベリオン内で若き開発部主任として名を馳せていたセブンの最後の傑作として、リザドは意外にリベリオン内で知られた存在なのだ。
内心で生みの親から失敗作扱いされていることを知らないリザドは、己を奮い立たせるように今は亡きセブンの名を出しながら大和に向かっていく。
そしてリザドはこの後、予定調和のように何度目かになるか解らない敗北の瞬間を迎えることになるのは言うまでも無い。
 




