10. ガーディアン(4)
「ふぁぁぁっ」
「どうしたの、大和? さっきから欠伸ばかりして…」
「あ、昨日はあまり眠れなくてさ…。
さ、さーて、何かテレビでもやっていないかなー」
怪人用インストーラの実戦テストを終えた次の日、ほぼ徹夜だったことから睡眠時間が足りずに大和は寝不足の状況になっていた。
大和が外出したことすら気付いていない母は、朝食の時間中にずっと眠そうにしていた息子の様子が気になっているようだ。
当たり前のことであるが、大和は母の霞に怪人用バトルスーツのテストをしていることは隠していた。
そのため昨晩は玄関から出ると霞に気付かれるために、戦闘員の身体能力を駆使して二階にある自室の窓からわざわざ抜け出したのだ。
帰りも同じ経路で自分の部屋に戻った大和だったが時は既に朝焼けが見え始めている時間になっており、結局霞が起こしに来るまで僅かな時間しか寝ることが出来なかった。
霞の視点では大和は何時もより早くに就寝しており、十分な睡眠を取っている筈なので今の息子の様子に違和感を覚えても当然であろう。
母の疑惑を誤魔化すために大和はリモコンを弄って、リビングにあるテレビのチャンネルを適当に変えた。
"…さて、今日の特集は我々の平和を守るガーディアンの秘密に迫ります!!"
「へぇ、ガーディアンのことをやっているのか…」
偶然着けたチャンネルの番組から興味深い単語が飛び出してきたため、大和はチャンネルを変える手を止めてテレビ画面に集中する。
朝のニュース内の特別コーナーとしてガーディアンの特集が組まれているらしく、丁度今から始まる所のようだ。
ガーディアン、それはかつて大和が所属していた悪の組織に対抗するために生まれた正義の組織の名だ。
宇宙技術をベースにしたバトルスーツを駆使することで、同じく宇宙技術をベースにした怪人を率いるリベリオンに拮抗している唯一の存在である。
以前にセブンからガーディアンの簡単な成り立ちを聞き、かつて実際に一度だけ戦ったこともある組織であるが、大和はガーディアンについて余り詳しいことは知らなかった。
大和はガーディアンの特集番組に興味を引かれて、手に持っていたリモコンをテーブルに置いた。
「…ねぇ、大和。 他の番組にしない、きっと他に面白い番組が…」
「ごめん、ちょっと興味があるんだ、これを見させてよ」
隣で霞がチャンネルを変えるようにさり気なく要求するが、ガーディアンのことが気になる大和はやんわりと断る。
何時の間にか眠気が吹っ飛んでいた大和は、表情を曇らせる母の横顔に気付かないままテレビ画面に集中していた。
"まずはガーディアンの成り立ちを簡単におさらいしましょう"
"ガーディアン、この組織は20年前に突如現れたリベリオンという謎の組織に対抗するために設立されました"
"彼らが現れるまでは我々はリベリオンの凶悪な怪人に太刀打ちできず、世界はリベリオンの手中に収まりかけていたのです!"
CGを使ったらしい映像を流しながら、テレビでガーディアンのなり立ちについての説明が始まった。
テレビの中でデフォルメした怪人が暴れ回り、これまたデフォルメされた軍人相手に無双をしていた。
"ガーディアンはいち早くリベリオンの存在に気付き、密かにリベリオンの怪人に対抗するための兵器を開発しました"
"その名もバトルスーツ、このバトルスーツを使ってガーディアンはリベリオンの怪人たちを駆逐していったのです!!"
ナレーションの説明に合わせて画面上で暴れている怪人たちの前に、バトルスーツを来たガーディアンの戦士がこれまたデフォルメされた姿で現れた。
その後、ガーディアンの戦士たちが怪人を倒して一般人から感謝させるシーンでCGによる説明が終わったらしい。
画面上ではCG画面から、大きな建物の前にマイクを持って立つキャスターの姿が現れた。
"残念ながら20年経った今でもリベリオンの脅威は残っています、ニュースでリベリオンによる事件が報道されることも少なく有りません…"
"しかしガーディアンの活躍により、リベリオンから受ける我々への被害が激減したのことは確かです"
"近い将来、ガーディアンの戦士たちによってリベリオンが滅ぼされ、私たちの日常に平和が来るに違い有りません!!"
"それでは今日はガーディアンの戦士、白木 浩司さんに色々とお話を窺いたいと思います"
"白木さん、今日はよろしくお願いいたします"
「っ!?」
カメラの位置がアナウンサーの横にずれて、先ほどまで画面外に隠れていた新たな人物が姿を見せた。
テレビに現れたガーディアンの戦士の姿を見て、大和は思わず叫びそうになった声を必死に抑えた。
画面の中に移る人物はかつて大和がインストーラを強奪したあの戦士だったのだ。
以前の戦闘では相手の顔を見る余裕が無かったが、今改め見ると白木はお茶の間に人気が出そうな線の細い美少年である。
恐らくテレビ受けも狙って、ガーディアンは白木を番組に出演させたに違いない。
このような仕事に慣れているのか、白木は板のついた営業スマイルを浮かべならアナウンサーとのやり取りを始めた。
それからの番組の趣旨は主にガーディアンの戦士である白木の日常や、ガーディアンの施設の紹介などだった。
白木某は現役高校生らしく、勉学の合い間を縫って日々リベリオンと戦う献身的な行為が番組内で紹介されていた。
この番組を通して初めてこの少年のことを知ったならば、誰もが白木のことを完璧な存在と思えるほど彼は番組内で持ち上げられていた。
しかし大和の記憶の中での白木は、戦闘員である自分に不意を突かれてインストーラを奪われるという醜態を晒した人間である。
大和は白木が褒められれば褒められるほど、前の戦闘での彼の醜態を思い出してしまい何とも言えない気持ちにさせられた。
"ガーディアンのバトルスーツには適正が有り、残念ながら全ての人間が使えるわけでは無いそうです"
"この白木くんは貴重なバトルスーツの適格者で有り、そのため高校生の身でありながらガーディアンの戦力として働いている訳です"
バトルスーツの核となるコアは使い手を選ぶらしく、コアとの相性がよい人間しかスーツの力を発揮できない。
出力が小さな簡易コアならある程度の調整が出来るらしいので、一般的なガーディアンの戦士はこのコアを使用したスーツを使用している。
しかしその簡易コアから出せる性能は精々、戦闘員と互角と言っていいレベルである。
リベリオンの怪人と互角に渡り合うためにはやはり正規のコアを使用したスーツが必要となり、それ故にコアとの相性が良ければ高校生でも重要な戦力として数えられるのだ。
"学業とガーディアンの仕事を両立するため、普段は分刻みのスケジュールなんですね。 聞いただけで眩暈がしそうだわ、白木君はガーディアンになったことを後悔したことが有るのかしら?"
"大変では有りますが、後悔をしたことは有りません。 ガーディアンの仕事はリベリオンから人々を守る重要な仕事ですから、遣り甲斐が有りますよ"
まさに優等生を言った感じで受け答えをする白木の姿は、人々が思い描く正義の味方そのものだろう。
彼をテレビ番組に出演させた目的がガーディアンの高感度アップを狙ったものなら、それは大成功で終わりそうである。
"うぉぉぉぉっ!!"
"凄いです、あんな巨大なものが真っ二つにされました。 これがバトルスーツの力なんですね"
施設の紹介では実際の戦闘訓練の様子が映され、白木もバトルスーツを纏って訓練に励んでいた。
白木は大和に奪われたバトルスーツの代わりに黒羽のインストーラを使っているようで、訓練では手に持つ両刀で訓練用のターゲットを真っ二つに切り裂いていた。
"○○県にあるガーディアン東日本基地は、東日本の平和を守るために日夜活動しています! この支部には常時…"
「あれ、○○県って確かこの家がある…。
えぇっ、家の近くにガーディアンの基地があるのかよ!?」
テレビを通じてガーディアンの基地が自宅と同じ県内にあることを知り、大和は隣に母が居ることも忘れて驚愕の声を出す。
先ほどの白木の日常について触れた時、彼はガーディアンの仕事のために基地の周辺で一人暮らしをしていると言っていた。
同じ県内で生活をしているのだ、もしかしたら大和が白木と遭遇する可能性も有るかもしれない。
あの時は覆面を被っていたので直接有っても気づかれることは無いとは思うが、下手をして自分が戦闘員だと気付かれたら一巻の終わりだ。
大和は今後外出する時には、極力目立たないように行動しようと心に誓った。
"…此処のガーディアンの戦士たちの活躍により、○○県とその周辺地域でのリベリオンの被害はここ数年でなんとゼロ!"
"リベリオンの手による誘拐事件が社会的脅威となっている世の中で、この地域だけはガーディアン活躍によって完全の平和保障されているのです"
「ん、被害がゼロ?」
テレビでは番組がそろそろ締めに入っており、ガーディアンのこれまでの功績を捲くし立てていた。
その中で大和は、ガーディアンによってこの地域のリベリオンの被害がゼロになったという話に疑問を感じていた。
もし本当にリベリオンの被害がゼロだと言うのなら、昨日怪人が現れた時にガーディアンの戦士が駆けつけていなければいけない筈なのだ。
しかし実際はガーディアンが現れる様子ことは無く、大和が現れなければあのカップルはリベリオンに拉致されていたに違いない。
そもそもガーディアン基地が存在する県に住んでいた大和自身が、一年前にリベリオンに囚われて改造人間にされたのである。
実際の被害者である大和が、被害ゼロという大嘘に異を唱える権利は十分に有るだろう。
"ガーディアン基地が存在しない地域では、基地が無い地域に比べてリベリオンによる事件発生率が高いのが現状です"
"そのため、各県へのガーディアン基地の設立が課題と…"
「…嘘ばっかり」
「えっ…、嘘って?」
「な、なんでも無いわ。 それよりお母さん、そろそろお買い物に行かないと…」
大和の隣で黙って番組を見ていた霞は、唐突に独り言を呟いた。
母の独り言が耳に入った大和はその意味を問うが、霞としてはそれは失言だったらしく慌てて部屋から出て行ってしまう。
その反応を見て前にもガーディアンの話で母の様子が変わったことを思い出した大和は、母とガーディアンの関係を訝しむのだった。




