18. 矛盾を超えて
この星の運命を賭けた死の天使との最終決戦、その戦いの映像はリアルタイムで三代ラボへと届けられていた。
ガーディアンの上層部、恐らく黒幕の一人である色部司令の元へと送られる映像が密かにこの場所へと横流ししているのだ。
当然、これはガーディアン上層部には無許可に行っている違法行為であるが、この場に居る研究者たちがそんな些細なことを気にする筈は無い。
ただしこの映像は戦場より少し離れた場所で遠撮されている者であり、残念ながら巣の内部の光景は写し出されていない。
そのためこの場に居る者たちが真に知りたい、巣へ突入した欠番戦闘員こと大和たちの動向を把握することは出来なかった。
「邪魔するわ」
「…あら、思わぬ来客ね」
そんな三代ラボに現れた予期せぬ珍客、それはこの場に居るNo.4やNo.7の同類と言うべき作られた天才だった。
No.9、先の二面怪人戦の直後から行方不明になっていた少女の登場に、部屋の主である三代はわざとらしく驚いた声を出して見せる。
「…はぁはぁ、やっぱり君も呼ばれていたか」
「ふん、あなたたちの作品だけでは足りないと思われたようね。 お陰で私まで借り出されたわ、いい迷惑よ…」
「あら、凄い自身ねー」
つい先程まで彼の自慢の魔法処女たちの活躍に、声を張り裂けんばかりに騒いでいたNo.4が僅かに気を荒げながら同胞に優しく話しかける。
戦力が少しでも必要な状況でNo.9を放っておく筈もなく、彼女が黒幕たちに呼ばれることは容易に予想できた事である。
No.9は以前と同じように強気な態度を崩さず、堂々と戦場を映し出しているディスプレイの周囲に腰を掛ける三代たちの元に歩み寄った。
そしてNo.7を鋭い目付きで一瞥したNo.9は、そのまま視線をディスプレイの方に移しながら空いた席へと腰を掛ける。
「…さて、私も見物させて貰うわよ、私の作品の活躍をね」
「…深谷?」
No.9の言葉と共にディスプレイに姿を現した黄金のバトルスーツを纏う男が、尖兵たちをなぎ払いながら巣へと近づいてく。
状況的にあれがNo.9の作品であることは間違いなく、そうであればあれの正体も容易に想像することが出来た。
しかしどういう訳かNo.7の視線をはディスプレイに写し出される激しい戦闘では無く、彼女の隣に座る自分と瓜二つの少女に向けられているでは無いか。
No.9の纏う明らかに何処かの学校指定の物と思われる野暮ったいジャージ、そこに縫い付けられた聞き覚えがある姓が書かれた名札にセブンは小首を傾げていた。
灰谷が戦線を離脱したガーディアンの戦士たちは、文字通り奮戦したと言えるだろう。
それは見るからにボロボロになった戦士たちと、地面に倒れている二体の近衛兵たちが激戦の後を物語っていた。
コアの最大出力に耐えうる体を手に入れ、シングルコア装備時の欠番戦闘員と同程度の性能を手に入れた新世代だち。
彼らの正義の力を結集したことで、デュアルコアと同等の性能を持つ近衛兵を僅かに上回ることが出来たのだ。
しかし快挙を成した戦士たちの表情は優れないのは何故か、それは彼らの前に新たに現れた近衛兵と言う絶望的な光景が原因であろう。
「くそっ、此処でお代わりか…」
「まずいぞ、もう打つ手が…」
白木は先程放った自身の最後の切り札である、最大熱量の一斉射撃を終えたばかりの銃剣型インストーラを横目で見る。
欠番戦闘員こと大和に自身のコアを預けた白木が新たに調達したコア、それはかつて大和が戦ったナイン製の熊型怪人が使用していた物であった。
あの戦いの後、熊型怪人の残骸はガーディアンの手によって回収されており、回り回ってそのコアが白木の手に渡っていのだ。
コアの効果は熱の吸収と放出、その能力を最大限に利用するために白木は事前にコアの容量一杯に熱を溜め込んでいた。
先程の戦闘でコアに貯めた全て熱を込めた一撃で近衛兵を薙ぎ払った白木には、熱を再チャージしない限り二度目の砲撃は不可能である。
そして白木の最大砲撃を放つ機会を作るために捨て身の覚悟で近衛兵に立ち向かっていた他の戦士たちも、最早立っているのがやっとの状態だった。
「後は…、俺がなんとかする。 お前たちは撤退を…」
「無理だぜ、隊長。 足がふらついているじゃねぇかよ…」
「ββββ!!」
「来るか! 僕が相手だ!!」
この場の責任者である灰谷が部下を逃がそうと前に出ようとするが、その負傷した体はとても戦える状態では無い。
案の定、自力で立つことすらままならずに、倒れそうになった所を横に居た土留に支えられる始末である。
最早絶対絶命と言っていい正義の味方たち、しかしそれは相手から見れば絶好の攻め時であると言えた。
新たに現れた四体目の近衛兵は、混乱する正義の戦士たちの元へ無慈悲に詰め寄っていく。
迫り来る近衛兵を前にこの中で一番ダメージの少ない白木が前に立ち、残弾ゼロの銃剣型インストーラを持って立ち向かう。
「…βββっ!?」
「ふん、無様だな。 この程度の敵にやられるとは…」「ガーディアン、なら先に仕事を片付けたのはリベリオンの方か…」
「なっ…」
しかし結果的に白木は近衛兵と斬り合うことは無かった、彼らの間に割って入った黄金の影に邪魔をされて…。
これまで戦闘でガーディアンの戦士を何度も薙ぎ払った杖を受け止めた黄金の影から、奇妙なことに別々の声が同時に呟かれる。
黄金のスーツ型バトルスーツにヘルメットを纏うそれは、腕に嵌めた指貫きのガントレットから鋭い爪を光らせていた。
そして胸部のブレストアーマーが半透明になっており、そこに巨大な犬の頭部が見えるでは無いか。
かつて欠番戦闘員と激闘を繰り広げたナインの最高傑作の登場に、白木は愕然とした表情を浮かべていた。
二面怪人、それはデュアルコアを持つ欠番戦闘員に対抗するためにナインが作り出した作品の名前である。
デュアルコアでは無い異なる性質を持つ二つのコアを同時に使用するため、ナインはコアの使用者の方を二重にすると言う奇策でそれを回避したのだ。
その成果が二面怪人、ガーディアンの戦士とリベリオンの怪人が一つの体に収まった存在である。
「不甲斐ないなぁ、ガーディアン。 所詮は人間風情といった所か」
「無駄口を叩くな、さっさと片付けるぞ!!」
二面怪人の片割れであるガーディアンの戦士の荒金が、もう一方の片割れであるリベリオン怪人のハウンドと会話をする。
それは頭部に位置する荒金の顔と、腹部に位置するハウンドの顔の対話を意味しており、端から見れば自問自答しているようにしか見えないだろう。
そして互いに会話をしている所から見て分かる通り、今の二面怪人にはかつて欠番戦闘員と戦った時に無かった者が備わっていた。
自意識、過去にナインが不要と判断して消し去れれた物が、どういう訳か復活しているでは無いか。
「煩い人間だ。 素直にハウンド様に任せておけばいい物を…」
「馬鹿を言うな! 怪人なんかにこの世界をを任せておけるか!!」
人間と怪人の二つの素体を一つの体に収め、異なる二つのコアを同時に発動しようと言うのが二面怪人のコンセプトである。
そして一つの体に収められてしまった二つの意識がぶつかり合う危険性を恐れ、ナインはあえて素体の意識を消し去った上で自身の都合のいいプログラムをインストールしていた。
欠番戦闘員との敗北後、回収された二面怪人を修復したのはナインであることは間違いない。
その際にナインがどのような意図を持って、素体となった彼らの自意識を戻したかは解らない。
怒りという感情の爆発によって強化された欠番戦闘員に敗れた時の反省を活かしたのか、それとも深谷との短い共同生活が感情を軽視していたナインの何かを変えたのか。
どのような思惑であれ二面怪人となった人間と怪人は自意識を取り戻し、変わり果てた自身の体を初めて認識することになる。
不倶戴天の者同士が一つの体に収まる異形の存在がその時、筆舌に尽くし難い感情を抱いたのは想像に難くない。
「この星を支配するのは我々リベリオンだ! 余所者風情が邪魔をするな!!」
「この巫山戯た体のことを考えるのは後だ! まずは奴らを片付ける!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」「シャァァァァァァァッ!!」
「荒金、お前…」
世界征服を目論むリベリオン、その野望を阻止するための結成されたガーディアン。
互いの立ち位置は違う両組織であるが、少なくともこの星を滅ぼすためにやってきた死の天使たちは彼らの共通の敵である。
この星の危機を前に二面怪人となった人間と怪人は、自身の体のことを後回しして死の天使と戦う道を選んだのだ。
人間であり怪人でもある矛盾を超えて、二面怪人である一人と一体が高らかに雄叫びをあげながら死の天使へと迫る。
その気迫に圧された白木は呆然とした表情で、自然と二面怪人の片割れである少年の名前を呟いていた。




