7. バトルスーツ
「き、貴様、ガーディアンの戦士だったか?
いや、ガーディアンが此処に居る筈が無いんだ、じゃあお前は一体…」
偽戦闘員の変貌する光景を見て、リザドは明らかに狼狽していた。
何故ならリザドが以前にガーディアンと対峙した時、ガーディアンの戦士たちは今のようにバトルスーツを装着していたのだ。
過去の経験からリザドは初め、あの偽戦闘員は自分の任務を阻むためにガーディアンが送り込んだ戦士なのかと疑うが、彼はその考えをすぐに否定した。
そもそもこの研究用の素体回収任務の最優先事項は、ガーディアンに気付かれないように隠密に行うことにある。
この任務はリベリオンの戦力補充のために行われる、余分な戦闘を行うことでこちらが損耗しては意味が無いのだ。
そのため今まではリベリオンの監視網を駆使して、ガーディアンの間隙を突くようにして素体の捕獲任務が行われていた。
今回の素体捕獲任務もガーディアンがこの場所、リベリオンが馬鹿な人間を誘い込むために密かに噂を流していた狩場に現れる可能性が極めて低いとの情報があって実行に移された筈だ。
加えて仮に偶然にもガーディアンにこちらの動きが察知されたとしても、相手が一人しか居ないのはおかしい。
もし本当にガーディアンがこちらの妨害に来たのなら、少なくとも怪人と互換する戦士だけで無く、戦闘員に互換する下級戦士を引き連れた編成で動くはずなのだ。
以上の点からリザドは、自分たちに立ちふさがる偽戦闘員はガーディアンの手の者では無いと判断していた。
「…えぇぇい、細かいことは貴様を捕らえてから調べればいい。 やれ、戦闘員ども」
目の前の偽戦闘員がガーディアンで有ろうと無かろうと、少なくともリザドたちに敵対する存在に違いない。
偽戦闘員の背後関係のことはひとまず無視したリザドは、目の前の脅威を排除することに集中することを決める。
まずは偽戦闘員の実力を確かめるため、リザドは戦闘員たちをけし掛けた。
「「「「キィィィッ!!」」」」
「…仕方ナイ」
戦闘員たちは数の利を最大限に生かすため、偽戦闘員の前後左右から同時に襲い掛かった。
組み込まれた戦闘用のプログラムのお陰か、完璧にシンクロした攻撃に偽戦闘員の逃げ場は塞がれてしまう。
四方から普通の人間を簡単に壊すことが出来る戦闘員の拳や蹴りが、偽戦闘員に向かって躊躇い無く振るわれる。
何を思ったのか偽戦闘居は迫り来る戦闘員たちに対して何の抵抗もせず、そのまま戦闘員たちの攻撃をその身に受けてしまった。
「ふん、口ほどにも…」
「キィィッッッッッッッ!?」
「何っ!?」
戦闘員たちに袋叩きにあう偽戦闘員を見て、リザドは偽戦闘員の弱さに拍子抜けしていた。
しかし次の瞬間、戦闘員たちが偽戦闘員の体から弾かれるようにして次々に飛ばされていく姿を見てリザドは仰天してしまう。
偽戦闘員がやったことは簡単なことだった、戦闘員たちが自分から近づいてくれたので順番にそれらを殴り飛ばしたのだ。
勿論、戦闘員も黙ってやられる訳は無く、仲間の戦闘員がやられている間も残った戦闘員たちは攻撃を続けていた。
怪人に劣るとは言え、戦闘員たちも強化手術を受けたことにより人外の力を得ている。
普通の人間なら一撃で死に至る戦闘員の攻撃を受けているにも関わらず、偽戦闘員がダメージを受けている様子は無いのだ。
戦闘員を吹き飛ばしていく偽戦闘員は少なくとも、戦闘員レベルの攻撃を平然と受ける耐久力を秘めていた。
「キ、キィィィ…」
「戦闘員を一撃で…、面白い!」
偽戦闘員によって吹き飛ばされた戦闘員たちは、地面に這い蹲り立つことさえ出来ない状態だった。
見たところ死んでいる者は一人も居ないが、少なくともこの戦闘において戦闘員たちが戦力になることはないだろう。
戦闘員を歯牙にも掛けない性能を秘めた偽戦闘員は、怪人であるリザドと同等の力を秘めているようである。
偽戦闘員の実力を把握したはリザドは臆すこと無く逆に不敵な笑みを浮かべ、爬虫類特有の長い舌をチロチロと出している。
全ての戦闘員たちを倒した偽戦闘員が再びリザドの真正面に立ち、両者は無言のまま間合いを計るように睨み合っていた。
「今度は俺が相手をしてやろう! シャァァァァッ!!」
先の動いたのはリザドであった、一気に勝負を決めるため怪人のスペックを最大限に生かした肉弾戦を挑む。
大量生産品である戦闘員と違いワンオフ品であるリザドの肉体能力は、戦闘員のそれとは比べ物にならない。
流石に先ほどのように無防備に攻撃を受けるわけにはいかないと判断したのか、偽戦闘員はリザドを迎えるように両腕を構えた。
「俺の攻撃を防げるものか、ガードごとぶち破ってくれる!!」
迫ってくるリザドに対して偽戦闘員の取った選択は、腕を十字に構えて相手の攻撃を受け止める行動だった。
リザドは偽戦闘員の選択を内心で嘲笑う、何故なら怪人の攻撃をまともに受けるという行為は無謀と言っていい行為なのである。
怪人とただの人間の肉体的なスペックは隔絶している、ガーディアンはバトルスーツでその差を補っているが、決してそれは互角になったということでは無い。
確かにバトルスーツを纏えば人間も怪人に比する戦闘能力は得られるが、それでも純粋なパワー勝負などでは怪人には太刀打ちできないのだ。
そのためガーディアンのバトルスーツは基本的に怪人の肉体性能との直接勝負を避けるため、遠距離特化や相手の攻撃をいなす回避型など能力を持つものが殆どである。
怪人の攻撃を真正面か受けるなんて行為は、防御に特化した重鎧タイプのバトルスーツにしか不可能なのだ。
相手の防御を貫いて倒す未来図を想像しながら放ったリザドの拳は偽戦闘員の守りとぶつかり、凄まじい衝撃音が暗い森の中に響いた。
「…何っ、俺の攻撃を受け止めただと!!」
リザドの予想に反して彼の大降りの右ストレートは、偽戦闘員の両腕のガードに阻まれて止められてしまう。
リザドは己の攻撃をまともに受け止める偽戦闘員に驚愕し、この光景に目を疑うことになった。
本来、人間と怪人とでは肉体の基本性能に大きな差がある。
幾らバトルスーツを纏おうと人間が怪人の腕力に勝てるはずが無い、しかいリザドの目の前にその例外が存在した。
「…オ返シダ」
己の全力攻撃を受け止められた事実に一瞬呆然としてしまったリザドは、無防備の状態で偽戦闘員の反撃を受けてしまう。
偽戦闘員の放った返し拳を顔面にまともに受けて、先ほどの思惑とは逆にリザドは無様に倒される。
リザドは偽戦闘員の攻撃を受けて再び驚愕した、この一撃から怪人のそれと比較して互角かそれ以上の重みを感じたからだ。
バトルスーツを使おうとも人間は怪人の肉体能力を上回ることは無い筈だ、しかしこの偽戦闘員はその常識を覆していた。
しかし戦闘員と比べて耐久力も大幅に上回っているリザドは、先ほどの戦闘員のように一撃でノックダウンされるほどヤワでは無い。
地面に倒れたリザドは偽戦闘員の追撃を恐れて、すぐにその場から立ち上がる。
一方の偽戦闘員は這い蹲るリザドに対して追い討ちをかける訳でも無く、まるでリザドが起き上がるのを待つかのようにその場を動かなかった。
そんな偽戦闘員の行動に対して己が見下されたと感じたらしく、プライドを刺激されたリザドは怒りを燃やした。
「くっそぁぁぁ、たかが人間風情がぁぁぁっ!!」
バトルスーツを使っている所から、この偽戦闘員は変装のために戦闘員服を着ている筈のただの人間であるに違いない。
人間を超えた存在である怪人リザド様が、バトルスーツを使っているとは言えただの人間に馬鹿にされたのだ。
かつてガーディアンに敗れて最下層に落ちた記憶が蘇ったリザドは、怒りの雄たけびを上げて再び偽戦闘員に飛び掛る。
今度は鉄さえも切り裂く強靭な鍵爪を振り回し始めたリザドに対して、偽戦闘員は先ほどとは打って変わって回避行動を取り始めた。
爪による斬撃をまともに受けるのはまずいと判断したらしく、偽戦闘員はまるでリザドの行動を先読みするかのように危うげなく避け続けた。
「シャァァァァッ!!」
頭に血が上ったのかリザドは矢鱈滅多らに両の腕を振り回すことしかせず、単調な攻撃を続けても偽戦闘員に当たる様子は無い。
やがて大降りの攻撃の勢いを殺しきれなかったのか、リザドは偽戦闘員に背中を見せるように体勢を崩してしまった。
「しまっ…」
「終ワリダ」
片膝を地面に付けた状態で背を相手に晒してしまい、回避も反撃も不可能な状況になったリザドは絶望の声をあげる。
無防備な背後を見せたリザドに、偽戦闘員は反撃の機会を逃すまいと拳を振り上げた。
「…グハッ」
「ははは、油断したな!!」
そして次の瞬間…、リザドの人間に臀部辺りから何時の間にか生えていた巨大な尾が偽戦闘員をなぎ払っていた。
先ほどまでは影も形も無かった筈の尾の一振りは流石に予期できなかったのか、偽戦闘員はその奇襲をまともに受けてしまう。
爬虫類の特性を埋め込まれた怪人リザドの能力の一つに、蜥蜴の尻尾切りなどの話でよく知られる尻尾の再生機能が有った。
普段は尻尾が無い状態で活動しているリザドだが、その気になれば瞬時に尻尾を生やすことができる。
リザドは己の特殊能力を利用して罠を張り、まんまと偽戦闘員を引っ掛けることに成功したのだ。
「これはおまけだ! シャァァァッ!!」
己の尾になぎ倒されて地面に転がる偽戦闘員に対して、追い討ちとしてリザドは口から緑色の粘着物を飛ばした。
リザドから出た緑色の粘着物は偽戦闘員に腕に付着し、外気に触れたことで粘着物は瞬時に硬化してしまう。
これがリザドの持つもう一つの能力、相手の動きを封じることが出来る特性の粘着液を体内で作り出すことができるのだ。
「もう抵抗できまい、ジワジワ嬲り殺しにしてくる!!」
リザドの生み出す粘着液による拘束は強力だ、例え相手が怪人クラスの怪力の持ち主でもそう簡単には抜け出せない。
地面から起き上がった偽戦闘員が拘束から逃れようと両手に力を込めるが、リザドの硬化した粘着液が外れる様子は無い。
怪人と互角かそれ以上の肉体能力を持つ謎の偽戦闘員も、両腕を使えなくしてしまえばその戦闘能力は大きく削られる。
相手の自由を奪ったことで勝利を確信したリザドは、勝負を付けるために偽戦闘員へと向かっていく。
このまま偽戦闘員はリザドに成す統べなくやられてしまうのか。
「…ハァァァァッ!!」
「な、なにっ!?」
偽戦闘員は突然、体の底から搾り出したような凄まじい声を出す。
そして偽戦闘員の気合に呼応するかのように腹部のコアが輝きを増し、粘着液によって拘束されている彼の両腕から凄まじい炎が湧き出てきた。
炎は偽戦闘員の腕で激しく燃え上がり、その熱は近くに居るリザドにまで伝わってきた。
「そ、それが貴様の能力か!? だが、何故ここでそれを…」
「アァァァァァッ!!」
ガーディアンのバトルスーツには怪人に対抗するため、それぞれに固有の特殊能力を秘めている。
偽戦闘員の纏うバトルスーツは炎を操る能力なのだろう、しかし何故この状況でこの能力を使用したのか。
リザドは偽戦闘員の行動の意図を読めず、次の偽戦闘員の行動に警戒するために攻撃の手を止めてしまった。
この選択によってリザドは、偽戦闘員に勝利できる最初で最後の機会を自分から捨てることになった。
「…しまった!? 俺の粘着液を溶かしっ…」
「遅イッ! コレデ終ワリダァァァ!!」
激しい炎に当てられたことで偽戦闘員の腕に付着した粘着液が、熱に耐えられず少しずつ溶けていく。
その光景を目の当たりにしたリザドはようやく偽戦闘員の思惑に気付き、慌てて偽戦闘員を止めようと動き始める。
しかし時は既に遅く、炎によって粘着液が全て燃やされてしまい偽戦闘員の両の手をは自由を取り戻していた。
腕に炎を纏わせたまま偽戦闘員は、そのまま迫り来るリザドの顔面にカウンター気味に拳を振り下ろした。
「ぐわぁぁぁっ!!」
炎によって強化された偽戦闘員の一撃をクリーンヒットで貰ってしまい、リザドの意識は今度こそ闇に落ちてしまう。
地面に倒れ臥してぴくりとも動かないリザド、死屍累々となっている戦闘員たちを一瞥した後、偽戦闘員はファントムに跨ってその場を立ち去った。
これが…、この戦いがリベリオンと彼らに敵対する謎の偽戦闘員とのファーストコンタクトとなった。




