16. 終わらぬ戦い
正義の戦士と死の天使の戦いは今も続いている。
それはデュアルコア並の出力を持つ近衛兵の攻撃が全て空を切り、生身の人間でしか無い灰谷の刃が吸い込まれるように当っていく一方的な展開であった。
殆どダメージが無いとは言え、明らかに圧されている今の状況に業を煮やしたのだろう。
近接戦闘では敵わないと判断したらしい近衛兵はこの時、自身に備わる何らかの特殊能力を持ってこの現状を打破しようと試みようとしていた。
死の天使の尖兵たちはそれぞれ個別の能力を秘めており、恐らくこの近衛兵も独自の能力を持っていることは確実だった。
その肉体能力のみでガーディアンの戦士たちを圧倒していた近衛兵が初めて見せようとする能力、しかしその発動の瞬間は灰谷が待ち望んでいた大きな隙でもある。
鋭敏となった感覚でこれまでに無い行動をしようとする近衛兵の動きを察知した灰谷は、この日のために用意したもう一つの切り札を切った。
「…ββっ!?」
「っ!!」
一点集中、掠っただけで致命的な攻撃を掻い潜りながら灰谷は、密かに近衛兵の脚部へ集中的に刃を当ててダメージを蓄積させていた。
幾度と繰り返し切りつけられた脚部装甲の僅かな綻びを、鋭敏となった灰谷の感覚は逃さぬ感知している。
近衛兵が能力発動のために一瞬硬直した隙を突いて懐に飛び込んだ灰谷は、脚部に作った綻びに刃を消した武器型インストーラの柄部分を密着させた。
そして灰谷が全身に力を入れて踏ん張り、武器型インストーラの最大出力の圧力を全体重を掛けて押さえ込む。
強化された灰谷の耳が、自身の刃が近衛兵の装甲を貫く音をはっきりと聞き取った。
コアの出力を全て攻撃に集中した武器型インストーラとは言え、生身の灰谷が使うそれの出力は精々数割程度である。
灰谷が持つ限りコアの最大出力を使うことは出来ない、常人の肉体では高出力の剣に振り回されるのが目に見えていた。
それならば剣を振り回さず、固定した状態で瞬間的に刃を形成すればどうだろうか。
今灰谷がやったように武器型インストーラを対象に向けて固定し、杭打ち機のように瞬間的に最大出力の刃を形成して敵を穿つ。
コア最大出力のゼロ距離開放、これが新世代でない灰谷が辿り着いた常人の肉体でコアの最大出力を有効利用するための奇策であった。
「すげぇ、片足を潰した!!」
「今だ、一斉に掛かれ!!」
現実に灰谷がやって見せた通り、この方法であれば確かにコアの最大出力の利用は可能であろう。
しかしこれをやるためにはコアの使用者が足を止めて敵と密着する必要があり、相手に致命的な隙を晒す必要が出て来る。
特に防御性能皆無の武器型インストーラを使う灰谷にとって、自身が無防備となるこの行為が自殺紛いの行動であると言えた。
あのNo.4をして狂人と言わしめた灰谷のもう一つの切り札、コア最大出力のゼロ距離開放によって足を潰された近衛兵。
そして敵に囲まれた状態で機動力を失った存在が辿る運命は一つ、無慈悲な数の暴力に晒されて近衛兵が沈黙するのは時間の問題であった。
ガーディアン最強の戦士の名は伊達では無く、灰谷の活躍によってガーディアンたちは近衛兵と言う障害を排除できた。
しかし同時期に近衛兵と交戦としたリベリオン側と比較すれば、ガーディアン側は近衛兵撃破までに時間を掛けすぎたと言える。
別に自身の命すら捨てて障害を排除した悪の怪人の狂気を褒める訳でも無く、味方の被害を最小限に抑えるために安全を重視して時間を費やした正義の戦士たちを貶す訳でもない。
ただ結果として死の天使側から見れば司令塔に次いで重要度の高い司令塔候補の片割れが破壊され、もう片方も陥落寸前と言う状況が構築されていた。
そして現状の死の天使の立場としては、残った司令塔候補の守りを固めようとするのは自然な展開だろう。
「障害は排除したぞ、早くこれを排除して…」
「っ!?」
「灰谷隊長!? 何を…」
「「ββββββββββっ!!」」
それに一番早く気づいたのは、未だに五感の一部を封じていた灰谷だった。
鋭敏となった感覚がレーダーより早くその存在を察知し、間一髪の所で狙われていた戦士の一人を庇うことが出来たのだ。
突如、灰谷に押し倒されたガーディアンの戦士は、突然の隊長の行動に目を白黒させる。
しかし聞き覚えのある奇妙な声と、先程まで自身が立っていた位置に放たれた熱線によって理解させられた。
その熱線は天井から斜め下方に放たれた物であり、司令塔候補が収まる立方体に一番近かった戦士に目掛けて放たれていた。
数秒の照射を終えて熱線が消え、そこから天井を破って降りたった新たな死の天使たち。
増援、残った司令塔候補の片割れを守るために、二体の近衛兵が司令塔候補の前に陣取りガーディアンたちに対峙する。
「ぅぅぅぅっ!?」
「灰谷隊長!?」
「ひでぇ、すげー火傷だ…」
繰り返すようだが灰谷は生身の人間でかつ、防御性能が一切無い武器型インストーラを使用している。
まさしく紙装甲と言っていい灰谷に取って、近衛兵の放つ熱線は掠っただけでも致命傷となってしまう。
例え熱線が直撃せずとも体の近くを通っただけでも、熱の余波によって脆弱な人間の体は壊されるだろう。
仲間を助ける代償として熱線の近くに体を晒してしまった灰谷は、その代償に少なくないダメージを受けてしまったようだ。
「くそっ、土留、灰谷隊長を連れて下がれ!」
「コアの出力を最大にしろ、こいつらは俺たち新世代が片を付ける!!」
背中部分に重度の火傷を負ってしまい、苦悶の表情を浮かべている灰谷は最早戦闘不能であろう。
残った戦士たちは灰谷を下がらせ、いよいよコアの完全開放という切り札を切ろうとする。
新世代たちのコアから激しい光が放たれ、その出力に耐えうる体に改造されている戦士たちは果敢に近衛兵に向かって行った。
ガーディンの戦士たちが苦戦している頃、司令塔の排除を目指す欠番戦闘員こと大和たちもまた足止めを食らっていた。
この星に舞い降りた死の天使たちの頂点である司令塔、それを守るために現れた三体の近衛兵たち。
その近衛兵たちは先程瞬殺された最初の近衛兵とは打って変わり、決して欠番戦闘員こと大和の土俵である近接距離には踏み入らない。
司令塔へと繋がる出口の前で陣取り、近衛兵の特殊能力と思われるエネルギー弾を雨あられと打ち込んで来るのだ。
手数を優先したその弾幕を突っ切るのは難しく、大和たちはその豪雨を凌ぐので精一杯となっていた。
一発一発が拳大のエネルギー弾はその威力も侮れず、被弾覚悟で突っ込んだと所で相手に辿り着く前にこちらが倒れてしまうことは目に見えていた。
「ああ、煩いわね!!」
「βββββっ!」
「ちぃ、やはり防がれるか…。 明らかに奴らはこちらの手の内を理解している、学習したとでも言うのか!!」
相手が近づかないならこちらも飛び道具だと、クィンビーや白仮面が大蜂や光の剣を放っても簡単に防がれてしまう。
クィンビーの手札の一つであるステルス機械蜂でさえも、まるでその存在を知っているかのように対処されてしまった。
近衛兵の内一体は追尾性を秘めたエネルギー弾を放つことが出来るようで、その追尾能力に不規則な動きをする大蜂や姿を消したステルス蜂も逃れることが出来ない。
距離を開けることで欠番戦闘員こと大和を封じ、クィンビーや白仮面の手札も的確に対処する新たな近衛兵たち。
どうやら死の天使たちは巣内での戦闘の内容を全て把握しており、その情報を元に大和たちに対する的確な対応策を構築したらしい。
「雑魚どもに手札を見せすぎたか…。 突破を優先して焦ったか…」
「ああ、もう…。 うざったいわね…」
「どうする、このままだとジリ貧だぞ!!」
この部屋に辿り着くまでの道中、クィンビーと白仮面は並み居る尖兵たちをなぎ払いながら進んでいた。
その過程でクィンビーたちは自身の手札を晒してしまい、その失策が今になって自分たちに降り掛かってしまったようだ。
情報漏洩の可能性を無視して、速攻をしたクィンビーの選択が間違いだっとは言わない。
どちらかと言えばこの短時間で、クィンビーたちの能力をほぼ完璧に分析した死の天使を褒めるべきだろう。
こうして話している間にも相手の弾幕は続いており、大和たちはそれを避けながら反撃のプランを話し合う。
「…もう、仕方無いわね! 私があいつらの動きを一瞬封じるから、その間にあんたたちは先へ行きなさい!!」
「…大丈夫なのか?」
「誰に物を言っているのよ、大丈夫に決っているじゃ無い! あんたたちこそ、失敗するんじゃ無いわよ」
「ああ、任せてくれ。 やるぞ、大和!!」
クィンビーと白仮面の手札は知られてしまった、後は相手の知らない新たな切り札を場に出すしか無い。
そして用意周到な蜂型怪人が切り札を隠して置かないわけが無く、クィンビーは渋々と自身が損な役回りをやることを決めた。
結果的に此処までの道を切り開いたクィンビーと白仮面は、それだけ相手に自分たちの情報を与えたことになる
一方の大和たちは実質、先の近衛兵との一戦が初戦でありまだ死の天使たちのそれ程情報が漏れていないだろう。
充分な対策が取られているであろうクィンビーたちと、充分な対策が取れるほど知られていないであろう大和たち。
どちらが司令塔と言う本丸に行くべきかは明白であり、クィンビーは冷静に大和たちの手札を隠したまま司令塔の元へ行かせるのが一番の得策であると理解する。
敵の攻撃に晒された状態で綿密な打ち合わせなど出来る筈も無く、大雑把な流れなどを決めた所で反撃を返しする大和たち。
その要となる蜂型怪人の身に付けたブレスレット型インストーラのコアが、怪しげな光を放っていた。




