5. No.7と元戦闘員
数日ぶりに登校してきた三代 八重を、クラスメイトの少女は笑顔で出迎えていた。
生来体が弱いらしい彼女は学校を休みがちであり、学生の一大イベントである修学旅行にも行けなかった程である。
クラスメイトの少女は彼女がまた入院でもしたのではと心配していたのだが、この相変わらずの仏頂面を見る限り特に問題は無さそうだ。
三代 八重は眼鏡を掛けている顔の筋肉を全く動かす事は無く、無表情のまま短い言葉でクラスメイトの挨拶に応える。
「急に休んで心配したわよ、体の方は大丈夫なの?、」
「支障は無い、少し体調を崩しただけ」
「…出席日数の方は?」
「…補講で取り戻すことが決っている」
修学旅行を欠席する原因となった長期入院などによって、三代 八重の出席日数は進級が危ぶまれる状況にあった。
学校側の好意で足りない出席日数を補講などの形で補うことになっていが、その状況で数日程度とは言え欠席したのは痛い。
この少女も自身の危機敵状況を理解しているらしく、出席日数の話になると僅かに言葉に詰まってしまうようだ。
「よーし、よく戻ってきた、三代! 早速、今日の放課後に体育の補修授業をするぞぉぉぉ!!」
「せ、先生。 三代さんは病み上がりで…」
「大丈夫だ、お前の保護者からは許可は取ってある! 激しい運動をしても問題無いそうだ!!」
しかし安心して欲しい、この学校には三代 八重を絶対に卒業させると勝手に誓っている熱血体育教師が居るのだ。
何処から三代 八重の登校を聞きつけてきた体育教師が教室に飛び込み、早速体育の補講を行うと宣言する。
病み上がりの少女に体育は厳しいのでは無いかという常識的なクラスメイトの意見に、意外に常識的であった体育教師は確認済みであることを告げる。
三代 八重の保護者に該当する者は一人しか居らず、どうやら彼女の意地悪な保護者は非情にも三代 八重の体育の補講にオーケーを出してしまったようだ。
数日ぶりの学校で早々にとんでもない難題を突き付けられた三代 八重は動揺したのか、何時もの無表情に僅かな陰りが見えた。
欠番戦闘員こと大和の改造プラン、そのために黒羽に施さなければならない施術は一段落付いた。
まだ調整やら大和側の対応やらが必要であるが、作業的に掛かりきりにならなければならない訳では無い。
やるべきことを終えてたセブン、表向きは三代 八重と名乗る少女は再び学校に通い始めていた。
「ぜぇぜぇ…」
「大丈夫、三代さん!! 落ち着いて息を吸って、吐いて…」
放課後、予告通りに行われた体育の補講で、セブンはまたしても限界へと挑戦させられてる事になる。
今にも死にそうな程に息を切らしているセブンを、わざわざ補講に付き合ってくれたクラスメイトが看病していた。
死の天使との戦いを直前に控えた状況で、何故セブンはわざわざ学校などに通っているのだろうか。
頭脳的にとっくに高校レベルを超えているセブンには此処で学ぶべきことなど何も無く、端的に言えば学校に通う理由が存在しない。
それでも尚、時間に余裕が出来たセブンは極々自然に学校へ向かう選択をしていた、学校に行くことが当たり前であると言うように…。
「よく頑張ったね、三代さん。 この調子で行けば、きっと一緒に卒業できるね」
「はぁ、はぁ…。 する…、してみせる」
始めは嫌々で通い始めた学校生活も、今ではセブンと言う造られた少女の確かな一部となっていた。
この学校を卒業する、それはセブンのささやかな願いであり、クラスメイトの少女と交わした約束である。
そのための障害となる死の天使は、今のセブンにとっての明確な敵であろう。
番号付きとしての使命では無い、セブンは自身のために死の天使と立ち向かうことを決意していた。
セブンが学校に通っている頃、元戦闘員である大和の久しぶりに予備校へと顔を出していた。
先の二面怪人戦の影響でまた予備校から離れていた大和にとって、予備校の講義は非情に難解な物である。
それは自身の現在の学力を突き付けられたようであり、解っていたとは言え今年の受験は最早絶望的だろう。
全ての講義が終わった大和は、予備校内に設けられた休憩スペースの一角で顔を落としながら椅子に座っている。
「うわー、二浪は流石にまずいよなー。 まじでどうしよう…」
「あれだけ予備校をサボってたら、そうなるのは当然だろう? 暫く見なかったけど、体でも壊していたのかよ?」
「まあ、そんな感じかな…」
休憩スペースには学生時代の腐れ縁となった深谷の仲間たちも来ており、項垂れる大和の左右に来ていた。
大和と違ってそこそこ真面目に受験勉強を続けていたらしい深谷の仲間たちは、絶望する大和とは対象的に余裕の表情である。
受験勉強を疎かにしていた大和が悪いという正論が耳に痛く、大和は左右から聞こえてくる正論を拒絶するかのように両の耳を塞ぐ。
「ふっ、来年からは俺たちが先輩の先輩になりそうだな」
「はは、俺らが先輩か、それはいいな…」
「そ、それより深谷はどうした? あいつはまだネトゲーに嵌っているのか?」
話題を変えるために大和は、少し前からネトゲー沼にどっぷり浸かってしまったと言う深谷の事を尋ねる。
もしかしたら大和と同様に、受験勉強をほっぽり出しているのでは無いか。
少なくとも本日の予備校でも深谷の姿は何処に見えず、今日は予備校に顔を出していないようだ。
「否、あいつは少しはネトゲー熱が冷めたらしく、最近は予備校に来てたんだが…」
「今日は休みのようだ。 ラインを投げても反応が無いし、何か用事でもあったんだろうぜ」
「ふーん、用事ね…」
流石の深谷も一応は危機感を覚えたのか、ネトゲーを抑えて受験勉強を再開したらしい。
それによってやはりこの高校からの面子で、一番危ないのはやはり自分なのだろう。
己の現状位置を再確認した元戦闘員は、死の天使の存在を知った時以上の危機感を覚えるのだった
予備校を終えた大和は遊びの誘いを断り、そのまま真っ直ぐ帰宅していた。
今日は母の霞が仕事から帰っておらず、家の中には大和一人しか居ない。
大和は部屋の奥にひっそりと置かれた仏壇の前に正座し、写真に写る記憶の無い父の姿を見据える。
「灰谷さんから聞いたよ、父さんは凄い人だった事を…」
かつて父の部下であった灰谷は、大和の父は危険を知りながらあえてリベリオンが関わる事件を追っていた事を語った。
警察官であった父はみんなを守りたかったのだ、ガーディアンとリベリオンの戦いに巻き込まれる何も知らない市民たちを…。
ただの人間であった男が怪人に挑むのは無謀としか言えず、案の定父は命を落としてしまった。
しかし己の命を賭けて市民の平和を守る警察官としての役目を果たそうとした父のことを、誰が批判できるだろうか。
「悪いけど俺は父さんのように、見ず知らずの誰かを守ろうとは思えない。 けど俺の身近な人たちだけは、守りたいと思う…。
だから必要経費って事で、最悪二浪も許してくれよ、父さん」
死の天使、刻一刻とこの星に近づいている破壊者。
奴らを止めなければ大和の身近な人間は全て死んでしまう、母もセブンも黒羽も深谷たちも全部だ。
大和の関わりの有る人たちを守ろうとするならば、必然的に大和は欠番戦闘員として死の天使たちに立ち向かわなければならないだろう。
冗談交じりに仏壇の父に二浪と言うほぼ確実な未来について許しを請いながら、大和は死の天使との決戦への決意を固めていた。
「ただいま、大和。 ごめんなさい、帰りが遅くなって…。 すぐに夕飯の支度をするからね」
「ああ、おかえり、母さん」
帰宅した母を出迎えるために大和はその場で立ち上がり、仏壇を離れて玄関へと向かおうとする。
仏壇の有る部屋を出る直前大和は、何となく後ろを振り返り写真に写る父の姿に目をやる。
それは錯覚だろうか、写真に写る父は大和を元気づけるかのように一瞬微笑んだように見えた。




