4. No.9とゲーム仲間
室内にはキーボードとマウスが動く音のみが響き、ディスプレイから映し出される光だけが薄暗い部屋を照らしている。
座卓の上に置かれたゲーミングPCを黙々と触り続けるそれは、野暮ったいスウェットを着た白髪の少女であった。
どうやら男物らしいスウェットは小柄な少女には大きすぎるようで、袖をまくるなどをして無理やり着ていた。
少女はまるで目の前のPCに魂を抜かれたかのように表情一つ変えず、機械的にキーボードとマウスを動かし続ける。
そこには楽と言う感情は全く見出だせず、苦行を続けるある種の苦行僧のようにも見えた。
「帰ったぞー。 てっ、おいっ!? また俺のアカウントで勝手に…」
「…」
少女の居る部屋に現れたのはコンビニ袋を片手に持った若い男、大和の予備校仲間である深谷であった。
女性と一つ屋根の下、この少女がもう少し年を取っていれば理想的な状況であったろう。
しかし残念なことに少女はどう見ても中学生くらいにしか見えず、女好きである深谷の圏外に位置している。
深谷の声に少女は全く反応することなく、ディスプレイから目を離そうととしない。
相変わらずの少女の態度に深谷は疲れたようため息を零しながら、コンビニ袋から取り出したおにぎりを少女へと差し出す。
すると少女は深谷に礼一つ言わずにその食料を奪い取り、おにぎりの包装を外しに掛かった。
「おい、家出少女。 そろそろ家に変える気になったか?」
「私に、帰るところなんて無い。 それよりご飯をもっと寄越しなさい」
深谷がこの家出少女を拾い上げ、なし崩しに居候させてから幾ばくの月日が流れた。
まるで山の中を彷徨ったかのような泥だらけの姿でこの少女はその日、暗い夜道の真ん中で行き倒れになっていた。
常識的に警察やら病院やらに連れて行こうとした選択を拒絶され、仕方なく自室へと連れてきた少女はそのまま居着いてしまったのだ。
少女は自らの素性を頑なに語ろうとはせず、来る日も来る日も深谷のPCを使ってゲーム三昧の日々である。
「ふん、"ナインティーセブン"様は現実でも我儘なこった…」
「勝者は敗者に従う者よ。 昨日は何回倒してあげたかしらね、"ディープジャスティス"」
「ああ、言ったな、てめー! よーし、今日こそてめーの吠え面を拝んでやるよ、糞ガキ!!」
深谷が今日までこの少女を放り出さなかった理由の一つは、彼がこの少女のことを前から知っていた事にあった。
"ナインティーセブン"、それは現在深谷が撃ち込んでいるネトゲーでの宿敵とも言えるプレイヤーのハンドルネームである。
深谷の質問に全く答えようとしない少女が唯一反応したゲームの話、それによってこの少女の正体があの憎き"ナインティーセブン"である事を知ってしまった。
そして少女もまたこの男がネトゲー上で自分に突っかかってきた,、あの"ディープジャスティス"と言う頭の悪いハンドルネームのプレイヤーである事を理解する事になる。
「ああぁぁぁっ!?」
「ふふんっ、やりこみが足りないわよ」
この少女がゲーム上で何度も矛を交えた"ナインティーセブン"であることを知り、親近感が沸いてしまった深谷は少女を放り出すことが出来なくなった。
そして今日もまたオンライン上でライバル関係にあった両者は、一つの部屋の中で熱い戦いを始める。
部屋の中にはキーボードとマウスの操作音と、ゲームに一喜一憂する二人の声が聞こえてきた。
深谷とゲームをしている時の少女、ナインの姿には先程には無い生き生きとした楽の感情が確かに見られた。
自身の最高傑作であった二面怪人の敗北、それはナインのこれまでの全てを否定するような結果であった。
最強の怪人という自分たちに課せられた使命を投げ出し、ただの一高校生となったセブン。
それに対してナインは最強の怪人を作り出すという使命を果たすため、あの日まで怪人の研究に明け暮れていた。
そして誕生した二面怪人と言う解は、使命から逃げたセブンの作り出した欠番戦闘員に破れてしまう。
せめてセブンの作品を壊してやろうと言う最後の悪あがきも失敗に終り、どのように言い繕うとも自分は負けてしまった。
「…ねぇ、何で私はまだ生きているの?」
「くそー、また負けた。 …てっ、何だよいきなり?」
「私はあいつに負けた、私はあいつより劣っていることが証明された。 もう私に生きる意味は無いのに、何でまだ生きているの…」
"ディープジャスティス"こと深谷の敗北によって対戦が終り、悔しがる深谷の耳にナインの疑問の声が聞こえてきた。
ナインは普通の人間では無い、最強の怪人を作ると言う使命を果たすためだけに人為的に造られた番号付きだ。
自分の最高傑作である二面怪人は敗れた、それはナインが最強の怪人を作り出すという使命を果たせなかった事を意味する。
ナインは怪人の研究以外のことは何も知らない、生まれた時からずっと怪人の研究を続けてきた。
自身の全てであった怪人研究の成果はセブンに劣ると証明され、怪人研究が無くなった自分には何も残されていないのだ
「おいおい、藪から棒に阿呆な事を言うなよ。 何だ、もしかしお前は死にたいのか?」
「別に死にたい訳じゃ無いわ、けど生きている理由も無くなったの…」
「生きるのに大層な理由が居るのかよ、そんな物を持っていない俺は今も生きているぞ。
お前も俺も生きているから、こうして一緒にゲームをしている、それでいいだろう?」
生きる目的を失った自分が生きていていいのか、そんな哲学的とも言える疑問に対して深谷はシンプルな回答を掲示した。
生きる事に理由など必要無い、その証拠に自分は今も生きていると深谷は語る。
「けど、あんたと私は…」
「お前は明日も明後日も俺とゲームをやりたいか?」
「…やりたい、と思う」
「なら生きろ、明日も明後日も俺が付き合ってやるから…」
普通の人間である深谷と作り出された自分は違うと、ナインは深谷の解を否定しようとする。
しかしナインの反論をおっ被せて、深谷は新たな問いかけをナインに問う。
深谷が見る限りでナインは自分とのゲームを楽しんでいた、その楽しいゲームをまたやりたくないのかと。
ナインはゲームをやりたいのならば、それがお前の生きる意味であると言うのだ。
「…解った。 明日も明後日も明々後日も、私はあんたとゲームをして勝ち続ける」
「はぁ、何生意気なことを言っているんだ、糞ガキ! その鼻っ柱を叩き折ってやるからな!!」
思えばナインが気まぐれで始めたゲームは、怪人研究以外で彼女が手に入れた唯一の繋がりであろう。
深谷ともっとゲームをしたい、自分の内から生まれた感情の衝動にナインは従う事を決めた。
そして出てきたナインの生意気な言葉にカチンと来たらしい深谷は、年甲斐も無くナインに再戦を挑む。
部屋の中で深谷とナインの電子上の戦いが再び幕を開け、青年と少女の楽しげな声が何時までも絶えなかった。
ある日、深谷のPCに飛び込んできた不審なメール、それは明らかにナインに宛てられた物であった。
深谷の不在時に狙って送られてきたメールに目を通したナインは、全ての真実を知ることとなる。
この星を滅ぼそうとする死の天使の脅威、それに対抗するために自分たち番号付きは造られたのだと。
「帰ったぞー。 …てっ、居ない? …あいつ、何処に行ったんだ」
そしてナインは死の天使と戦う選択ことを選んだ。
番号付きとしての使命を果たすためでは無い、これからも深谷とゲームを続けるために…。
置き手紙代わりにパソコン上にメッセージを残し、ナインはそのまま深谷の前から姿を消した。
"またゲームをしよう"、それが深谷に残されたナインの短いメッセージであった。




