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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第2部 第3章 死の天使
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2. 狡い大人と若者と


 丁度自分の馴染みの店が近くにあるとの事で、灰谷に連れられた大和は少し先にある喫茶店に入った。

 薄暗い店内にはクラッシク音楽が流れており、ダンディなマスターが渋い声でこちらの来店を歓迎する。

 そのいかにも大人な雰囲気の店に大和は若干場違い感を覚えながらも、灰谷の後に店の奥へと進んでい行く。

 そして奥に有るテーブル席に座り、慣れた様子で手早くコーヒーを二つ注文した灰谷はテーブル越しに大和と向かい合う。


「…体の方は大丈夫かい? どうやらまだ本調子では無いようだが…」

「えっ!? ええ、まだ少し体のあちこちが痛みますが、家に篭っているのも嫌だったんだんで…」


 まずは世間話とばかりに灰谷は、歴戦の戦士らしく大和の体の状態をさり気なく見抜いてきた。

 灰谷が心配する通り大和の体は全快とは言い難い、毎度の事では有るがデュアルコアの負荷は大和の体を限界まで酷使するからだ。

 二面怪人の戦いから二週間程が経ち、動ける程度の回復した大和であるがまだ体のあちこちに痛みを感じている状態である。

 もしかしたら灰谷は大和の不調に気付いたからこそ、こうして大和が休むことが出来るように場所を移したかもしれない。


「君が二面怪人と呼んでいたあの怪人との戦い激戦だったからな…。 すまない、俺はあの時何もしてやれなくて…」

「いえ、あの後で助けてもらっただけでも十分ですよ…。 だか頭を上げてください、灰谷さん」


 結果的に大和は二面怪人を倒すことが出来たら、それは決して確定された未来だった訳では無い。

 灰谷はあの場で大和を一人戦わせた事を詫び、大和に対して深々と頭を下げる。

 その言葉や態度から灰谷が、大和に対して心から申し訳ないと思っていることは明白であった。

 そんな灰谷の態度に大和は慌ててしまい、頭を下げる必要は無いと言う。


「そ、そんな事より、話ってなんですか? そもそも灰谷さんは、俺のことを色々と知っているようですが…」

「ああ、君に話しておきたい事が有るんだ。 先輩、君の父親のこと、そして俺のことを…」


 話題を変えるために大和は、本題である灰谷の話とやらを促す。

 その言葉を受けてようやく頭を上げた灰谷は、何かを思い返すかのように遠くを見ながら語り始める。

 大和の父の死の真実、そして力を求めてガーディアンと言う組織に入った灰谷と言う男の末路。

 それはさながら、己の罪を悔いる懺悔の言葉であった。






 繰り返しになるが今の大和には、戦闘員として改造される以前の記憶は無い。

 そのため今の大和にとって己の父は既に故人であり、仏壇にある写真の姿しか思い浮かばない存在である。

 父の死の原因がトラックではなく怪人であったと言う衝撃の真実を聞かされても、今の大和では全く感情を揺さぶられなかった。

 精々未だに父の死を引きずっているように見える母には、決して聞かせられない話であるなと感じるだけである。

 どちらかと言えば父の死の責任を感じて、ガーディアンの戦士となった灰谷の話の方が興味を引かれた位だ。


「やはり今の大和くん、…先輩の記憶がない君にこんな話をしても困らせるだけか」

「すいません、正直、父さんのことは余り実感が無くて…。 えっ、それより何で俺の記憶のことを…」

「俺は色部司令、ガーディアンのトップの事実上の側近だった。 今の大和くんのこと…、かつての大和くんの事もすぐに辿り着けた…」


 己の人生の一部を語っていた灰谷は、途中で話を止めて若干困ったような顔で大和の方を見やる。

 どうやら記憶に無い父親の話をされて困惑している自分の様子に気付いたらしい灰谷に対して、大和は正直に己の本音を漏らす。

 そして大和は遅まきながら目の前の男が自分の記憶のこと、父親との思い出を含む過去の記憶を失っている事実を把握している事に気付く。

 大和の驚きに対して灰谷は何でもないように、自身の立場であればそれを簡単に知ることが出来たと言ってのける。


「かつての俺って…、まさか!?」

「白仮面、だったね。 会ってきたよ、もう一人の先輩の息子にも…」


 既に灰谷は大和の秘密を知っていた、目の前に居る大和は言うなれば丹羽 大和の抜け殻である事。

 そして丹羽 大和であった者の記憶を植え付けられた人工怪人、もう一人の大和と言うべき者が存在することを…。

 灰谷は先輩の面影が見える目の前の青年の顔を見据えながら、自分の知らない間に人間を辞めさせられた恩人の息子のことを思い返していた。











 ガーディアン・リベリオンのどちらにも属さない、対死の天使のみに焦点を置いて造られた秘密施設。

 クィンビーが求めていた真実、正義と悪の戦いの真の目的を知った彼らは否応なく死の天使に対する備えを行っていた。

 死の天使とやらに世界を滅ぼされたら元も子もなく、彼らは自分たちの体を弄ばされた憤りを抑えざるを得ない。

 そんな時に唐突に白仮面とクィンビーの間に現れたのは、ガーディアン最強の戦士と言われている男だった。


「あなたが父さんの…」

「ああ、葬式で今にも自殺しそうな暗い顔をしていた奴か。 確かに大和に向かって深々と頭を下げてたわよね‥」


 今の大和は覚えていないだろうが、かつて灰谷は一度だけ大和と会ったことがあった。

 灰谷の先輩であり大和の父親である男の葬式で、灰谷はまだ小学生であった頃の大和と僅かながら言葉を交わしている。

 その当時の大和は父親の死にショックを隠しきれず、それを心配する幼馴染の少女に世話を焼かれていた。

 目元に涙を浮かべる少年の姿は、先輩の命と引き換えに生き残った罪を灰谷に再認識させる痛々しい物であった。

 あれから月日が経ち、あの時の少年と少女は変わり果てた姿となって灰谷の前に立っていた。

 丹羽 大和の記憶を植え付けられた人工怪人は、微かに記憶に残る灰谷のことを思い出そうとしているようだ。

 大和と違って灰谷のことをはっきり覚えていた蜂型怪人は、何処か値踏みをするかのように遠慮ない視線を灰谷に向けている。


「…で、恩人の息子を守れなかった、役立たずのガーディアンの戦士様が一体何の用かしら?」

「おい、春菜!?」

「いい、この子の言う通りだ。 俺は君を守ることが出来なかった…、すまない」

「ふんっ、幾ら頭を下げられても何もならないわよ!!」


 クィンビーの辛辣な言葉を甘んじて受ける灰谷は、かつてと同じように白仮面に対して頭を下げる。

 しかしクィンビーは非常にも頭を下げて何になるのだと、灰谷を明確に突き放す。

 この蜂型怪人が言う通り灰谷は丹羽 大和を守ることが出来なかった、ガーディアン最強と言う肩書を持っていたにも関わらずにである。

 仮にこの男が大和の危機を察知して一早く動いていれば、何かが変わったかもしれないが現実はそうはならなかった。

 大和と春菜と言う少年・少女は、人工怪人と蜂型怪人と言う異形へと変えられた事実は覆せないのである。


「死の天使、この星に迫る脅威を退ける事が出来たならば、俺はどんな罰でも受ける。 だから、それまでは…」

「ふーん、わざわざ頭を下げるだけのために来た訳でないと思ったけど、どうやらあんたは私達の暴走が怖かったのね。 そうね、私と大和が力を合わせれば、ちょっとした混乱程度は引き起こせるわ。

 仮に死の天使とやらの戦いの真っ最中にそんな真似をしたら、この星はお終いよね…」

「俺たちはどんな事をしても死の天使を倒さなければならない、そうでなければこれまでの犠牲が本当に無駄になってしまう!!」


 ガーディアン最強の戦士として色部の下に居た灰谷は、死の天使と言う脅威のことも把握していた。

 そのために正義と悪の茶番劇が行われており、そのために幾多の犠牲が出ていることを知りながら灰谷はそれを見逃していたのだ。

 犠牲になった者の中には恩人である先輩の名前もあり、先輩の息子やその幼馴染の名前もある。

 全てはこの星を救うため、その一点のために灰谷は犠牲になった者たちの事に目を瞑ってきたのだ。


「…安心しなさい、私も馬鹿じゃ無いわ。 流石にこの星の未来とやらを無に返すようなことをしないわよ。

 ただし、全部が終わったら覚悟しておきなさい」

「どんな理由が有ろうとも、俺はあいつらは許せない。 この借りは絶対に返してやる」

「…だったら死ぬなよ、どんなことをしても生き抜いてくれ。 そして全てが終わったら、この役立たずの首を必ず取りに来い」


 それは至極当然な決意であった。

 自分たちの体を弄んだ者たちへの復讐、それを止める権利は少なくとも主犯でこそ無いが共犯である灰谷には無いだろう。

 死の天使との決戦後まで復讐を延期してくれるなどは、彼らに取っては最大限の譲歩とも言える。

 こちらに対して明確な敵意を隠さないクィンビーを前に、灰谷は場違いなことに笑みすら浮かべながら事実上の処刑宣言を受け止めた。











 先輩の死、先輩を殺したリベリオンの怪人たちと対抗するためにガーディアンの戦士となり、やがて色部の直属となった灰谷は真実を知った。

 死の天使と言う災厄に対抗するために繰り広げられる正義と悪の戦い、自分を庇って死んだ先輩はこの茶番の犠牲になったのだ。

 最初は当然のように憤りを覚えた灰谷は、この秘密を世間に暴露しようと考えた事もあった。

 しかし結局灰谷は全てを胸に秘めて、あくまでガーディアン最強の戦士として色部たちの下で働くことを選んだのである。

 もし灰谷が十代の若者であれば感情のままに行動していたであろうが、幸か不幸か灰谷は既に成熟した狡い大人であった。

 それ故に死の天使と言う脅威に対する色部たちの行動に利を感じてしまい、己の感情を飲み込むという選択を選べてしまったのである。


「…生き残れよ、大和くん。 否、決して君を死なせない。 君たちは未来を生きるべきだ」


 すっかり冷めてしまったコーヒーを啜る灰谷の目の前には、空になった椅子しか見えない。

 携帯に飛び込んできた呼び出しを受けて、先程まで椅子に座っていた大和は慌ただしく店を出ていった。

 三代ラボの面子に呼び出されたと思われる大和、恐らく対死の天使の準備のためであろう。


「…さて、俺もあの変態を捕まえないとな。 例のものを早々に仕上げないと…」


 新世代ですら無い生身の体である自分が、死の天使を相手に何処まで戦えるかは解らない。

 ガーディアン最強の戦士と幾ら持て囃されようとも、今の自分の実力は欠番戦闘員に遠く及ばない。

 決戦に備えて少しでも戦力を上げるため、灰谷は腐れ縁となったNo.4の番号を振られた魔法少女狂いの元に向かうのだった。




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