0. パンドラの箱
宇宙からの贈り物、かつてこの星に届けられた未知の技術が収められた記憶媒体と言う名の箱。
この箱を開けるために集められた科学者たちの中に、後の二大組織のトップたちが居た事には既に何度も触れた。
科学者たちは力を合わせてこの箱を開き、そこからコアの製造技術と生物の合成技術と言う希望を見つけた。
それは言うなればパンドラの箱の逆バージョンであった、箱を開いた科学者たちは災厄では無く希望を手に入れたのだから。
しかしパンドラの箱に例えた事から予想が付くように、箱の中に入っていたのは残念ながら希望では無かったのだ。
「…これは彼らからの警告だ。 この記憶媒体を我々に届けてくれた未知の星の住人からのな…」
「自分たちが滅びそうな時にわざわざ見ず知らずのこの星に警告を寄越してくれるとは、余程のお人好したちだな…」
科学者たちが解読に一番手間取った情報記録、言うなれば箱の一番奥にその災厄は仕舞われていた。
それは運命の悪戯だったのか…。
昨日まで誰にも解くことが出来なかったこの情報記録をある日、天啓を受けたかのような閃きによって二人の科学者たちが瞬く間に解いてしまったのだ。
色部 正義と後にリベリオン首領となる男は、自らが開いた箱に隠されていた物の正体を前に動揺を隠せないでいた。
何故この星にこの記憶媒体が届けられたのか、それは件の記憶媒体の存在を知る者たちの一番の疑問だった。
しかし二人の科学者たちはこの瞬間に全てを理解したのだ、この記憶媒体はそれ自体がこの星に届けられた警告であると…。
「この警告を出した者たちは、我々の星の遙か先を行っている筈だ。 彼らでさえ抗えなかった存在が、この星に来るだと…」
「ははは、まるで出来の悪い映画だな。
自分たちは勝てなかったが、せめて君たちは生き残って欲しい。 そのためにこの記憶媒体に残した技術を使ってくれって訳か…」
宇宙からの贈り物、そこの記録されていたコアの精製技術と生物の合成技術は、奴らと戦うための唯一の武器であった。
コアはただの画期的なエネルギー源なのでは無く、奴らに唯一効果があるエネルギーを生み出す事が出来た。
生物の合成技術はそのコアの力を十全に発揮するため、コアの出力に耐えうる体を作り出すための手段だ。
この星の遥か先を行く彼らは、この星で最大級の力である核など鼻で笑えるほどの強力な武器を持っていたことだろう。
しかしどんな強力な武器を持っても奴らに致命打を与えることは叶わず、彼らは一方的に追い詰められていった。
奴らにはコアの力を使用した攻撃しか効果が無く、彼らが自らの手でコアを作り出すまでは戦いと言う事にすらならなかった。
そして彼らがコアを手に入れた時には既に時遅く、最早彼らの滅亡は覆せない程に追い込まれていたのだ。
「此処に記された情報が正しければ、奴らがこの星に来るまで後二十年弱。 短い、短すぎる…」
「ああ、彼らと違って何もかも足りない我々が普通にやったら、彼らの技術を再現するだけで精一杯だろう。
そして彼らと同じでは勝てない、この星が生き残るためには彼らを上回らなければならないんだ…」
生物の合成技術によってコアの出力に耐えうる体に改造された使用者が、コアの最大出力を駆使して戦う。
それが奴らに対抗するために彼らが至った対抗策であり、それでは奴らに勝つことが出来なかった。
この星が未来を勝ち取るためには彼らを模倣に留まらず、彼らを超えた力を手にれたなければならないのだ。
しかし聡明な頭脳を持つ二人の科学者は理解していた、二十年などと言う僅かな時間では彼らの模倣が精々であると…。
「普通の方法では到底、彼らに追い越すことは叶わない。 ならば普通でない方法を取るしか無いな…。
知っているか、色部。 戦争と言う特殊な状況に置かれた時に、特に兵器関係の技術力は平時と比べ物にならない速度で向上したそうだ…」
「おい、それは…」
「二十年後にこの星を滅ぼすために奴らがやって来るなどと言う与太話を、一体どれだけの人間が信じると思う。 最悪、この警告を握りつぶして、知らん振りを決め込もうとしても不思議では無いぞ、」
「幾らなんでもそれは…」
「9割9分の人間は20年後の事どころか、明日のことすら本気で考えていない。 お前だった分かっているんだろう、色部。
本当にこの星を救いたいのならば、俺たちがやるしか無いんだ!!」
この星で有数の頭脳を持ち、実際に彼らが残した記憶媒体に触れてきた自分たちであればこの警告を信じることが出来る。
しかし大多数の人間はこの警告を本気で受け止めることは無いだろう、表面上は取り繕うかもしれないが決して本気で取り組むことは無いと断言できta。
彼らの警告を真摯に受け止めている自分たちだけがこの星を救うことが出来る、後のリベリオン首領の極論とも言える言葉に色部の心は大きく揺さぶられていた。
それは色部の中でその極論が一理あると、暗に認めてしまっていることへの証左であった。
「…まずは話を聞かせろ、そこまで言うのなら何か腹案が有るのだろう」
「ああ、まずは…」
そして二人の科学者たちはこの星を救うために動き出した。
やがてこの星を二分する二大組織、悪の組織リベリオンと正義の組織ガーディアンが誕生することになる。
この二大組織が誕生した真の理由はもう察することが出来るだろう、そこには正義や悪などと言う建前は全く存在しない。
全てはこの星に現れる奴らに対抗するための事でしか無かったのだ。
そして十年と少しが経ち、あの時の二人の科学者たちは予想より大幅に早く奴らと向かい合うことになった。
あの記憶媒体をこの星に送り込んだ彼らの計算に誤りがあったのか、何かを察した奴らが足を早めたのか。
しかし理由がどうであれ、この星に奴らが現れる日がすぐそこまで迫っていることは確かである。
最早一刻の猶予もない状況で正義や悪などと言う建前に拘れる筈も無く、二大組織のトップたちはほぼ十年ぶりに直接顔を合わせていた。
怪人として自らの体を改造しているリベリオン首領は兎も角、生身の人間である色部の見た目からは十年の月日を感じることが出来る。
映像越しでは解らなかった色部の老いを察しながらも、リベリオン首領はそのことに触れる事無かった。
「まさかこれ程までに早く、奴らと対面することになるとは…」
「"死の天使"たちは余程、この星を滅ぼしたいらしい。 これも奴らの神の意思という奴か…」
奴らを示す適切な単語がこの星に存在せず、何時までも奴らと言う呼び方をするのは煩わしい。
そのため二人の元科学者たちは、奴らに対して有る名前を付けたのだ。
"死の天使"、それが二人の元科学者たちが奴らに与えた名前であった。
彼らが残した記憶媒体の情報によれば、彼らは最後まで死の天使たちと意思疎通を図ることは出来なかったそうだ。
奴らは機械的に彼らの星を破壊していき、彼らの悲鳴も怒りの声にも全く耳を貸すことは無かった。
その無慈悲な所業から人の意思を見出すことが出来ず、色部たちはそこからある種の神の如き超越的な存在を感じとった。
天使、神の御使い。
神の忠実な下僕であり人知を超えた力を持つ天使たちは、神の代行者として無力な人間たちに対して祝福や天罰を与える存在である。
文明を滅ぼさんとする神の意思に従う忠実に従う死の天使たち、それがこの星に現れる時が来たのだ。
「最早、リベリオンとガーディアンを一つにまとめる余裕は無い。 不安はあるが、一時的な協力体制と言う形を取るしか無い」
「共通の敵と戦うこと事態は初めてではない、最低限の共闘は出来るだろう。 あの人工怪人の試作品を暴れさせた時の一件が役に立ったな…」
本来の計画であればリベリオンとガーディアンは最終的に一つにまとまり、対死の天使に備えた一大組織となる筈だった。
死の天使たちに通じる唯一の武器であるコアと生物の合成技術、それを使用したバトルスーツと怪人の性能を向上させるためには正義と悪の戦闘状態を続けるのが得策である。
しかし死の天使と戦う本番で敵対する二大組織が残っているのは都合が悪い、そのため二大組織の解体は当初からの既定路線の筈だった。
一応は先の白仮面の一件でリベリオンの怪人とガーディアンの戦士たちは、白仮面と言う共通の相手になし崩しに共闘を取っていた。
今更、二大組織を解体する時間は無く、二大組織のトップたちはこの時の経験が生きると信じて現体制のまま決戦に望むしか無いと判断したようだ。
「最早、新しい戦力を作り出す余裕も無い、現行の戦力で奴らに挑むしか無い。 目標であった彼らを超える存在は作り出せた、後はそれが死の天使たちに通用するか…」
「欠番戦闘員…。 まさかただの戦闘員だった男が、我々の切り札になるとは思いもよらなかったな…」
コアの負荷に耐えうる体に改造された使用者が、この最大出力を使って戦う。
件の記憶媒体を送り出した彼らが対死の天使用に至った極致であり、それをこの星で再現した存在があの白仮面である。
彼らの技術を十全に使った最大戦力、それを上回る存在は望んでいた二大組織のトップたちの望みは確かに叶えられた。
欠番戦闘員、この星で事実上の最大戦力となってしまった元戦闘員はこの星の救世主になれるのだろうか。
それはまさに神のみぞ知る未来であった…。




