18. ロートル
二面怪人との戦いで欠番戦闘員こと大和は、感情のままに全ての力を出し尽くしていた。
激闘が終り興奮状態が僅かに引いた所で、大和は己の体の限界を否応なく認識させられることになる。
身体がまるで木偶にでもなったかのように言うことを効かなくなり、視界が徐々に暗くなっていく。
最早立っていることすら難しい程に消耗していた大和は、最後の力でバトルスーツを解除する。
そして首から下の衣装が戦闘員服に戻った大和は、そのまま意識を手放してしまった。
「"…ター、マスター! 大丈夫ですかぁぁ、生きてますかー!!"」
「"うっ…、ファントム、か? 此処は…、俺は一体…"」
時間にすれば数分程度であっただろうか。
内蔵通信機を通して頭に直接響いてきた相棒の声によって、大和は僅かな眠りの時間から再び目覚めさせられた。
どうやら自分の体は地面に横たわっており、冷たい土のひんやりとした感触が戦闘員服を通して伝わってくる。
まだ脳が完全に動いてないらしい大和は直前の記憶が抜け落ちてしまったのか、自分が倒れている理由が判然しないらしい。
とりあえず頭を軽く動かして周囲の情報を得ようとした大和は、そこで予想外の人物の姿を捉えてしまう。
「…目を覚ましたか?」
「ヘッ、アナタハ父…」
「それ以上は言わなくていい」
正面の怪人たちを警戒しつつ、僅かに顔を大和の方に向けながら声を掛けてきた人物。
それは少し前に父の墓参りのときに偶然出会った、父の元部下だった灰谷であった。
どういう訳か灰谷が手に光る剣を持ちながら、怪人たちから地面に転がる自分を守るように立っていたのだ。
思わず灰谷のことを訪ねようとする大和であったが、灰谷は欠番戦闘員の正体に繋がる情報となるかもしれない大和の失言をやんわりと止める。
「ソウダ、俺ハ二面怪人と戦ッテ…」
「…動けるか?」
「駄目デス、殆ド体ガ動キマセン…」
「"今回は私も駄目そうです…、あの犬っころ共に手痛くやられてしまって…"」
そして大和は自分が先程まで二面怪人と戦っていたことを思い出し、そこで限界まで消耗して倒れてしまった事に気付く。
大和の体は何時かの白仮面やリザドとの戦いの時のように酷使されており、今の大和では辛うじて顔を動かすことくらいしか出来そうにない。
加えて今回の戦いでは大和の頼れる相棒である黒い亡霊マシンも、相応のダメージを貰ってしまったらしい。
必死に顔を動かしてファントムの方を見れば、そこには見るも無残なほどにボロボロになっている黒いマシンが転がっていた。
どうやら大和が二面怪人と戦っている間に、二面怪人たちが操る戦闘用犬たちに随分と遊ばれたようだ。
司令塔が敗れた事で既に戦闘用犬たちは四散していたが、ファントムのピカピカだった黒いボディには牙や爪で引き裂かれ血ならぬオイルが至る所に見えている。
あの様では何時ものように、動けない体をファントムに運んでもらうと言う手は不可能だろう。
「…安心しろ、迎えは来たようだぞ」
「エッ…」
「何故、灰谷さんが此処に…」
「おい、大丈夫かよ、旦那!!」
例えガーディアン最強の戦士とは言えども灰谷一人だけでは、怪人たちに囲まれたこの状況で欠番戦闘員こと大和を逃がすことは不可能に近いだろう。
しかし此処に居る正義の味方は灰谷だけでは無い。
密かに大和と二面怪人との戦いを見守っていた白木と土留が、遅まきながら大和たちに合流を果たした。
既に土留はバトルスーツを展開しており、灰谷と並んで怪人たちに対峙する。
そして自身のコアを大和に貸してしまっている白木は、未だに地面に横たわる大和へと近付く。
「今は戦力が少しでも多く必要だ、悪いが僕のコアを返して貰うぞ」
「此処は俺が足止めをする、お前たちのどちらかはその子を連れて此処から避難しろ」
「"私も忘れないで下さいよねーーー!!」
白木はそのまま大和の内蔵型インストーラに手を伸ばし、そこに嵌められていた自分のコアを取り外す。
そして念のため持ってきていた自身のインストーラにそのコアを嵌めて、すぐさまバトルスーツを展開したのだ。
動けない大和を逃がす係と怪人たちを足止めする係の二手に分かれて、正義の味方たちの緊急ミッションが行われることになった。
そして動き始めた事態に危機感を覚えた自走不能状態のファントムは、自分が放置されることを恐れて悲痛な叫びをあげていた。
突如戦場に現れたガーディアンの戦士、しかもそれがあの灰谷であっては迂闊に動くことは出来ない。
欠番戦闘員を庇うように光の剣を構えて自分たちの前に立つ灰谷の姿に、怪人たちは金縛りにあったかのように動けずに居た。
怪人たちはガーディアンの最古参である灰谷の情報を熟知しており、実際に新世代である鳥型フェザーの腕を両断する実力も見せつけられていた。
片腕を取られた痛みに悶えるフェザーの姿も合わさり、迂闊に動いたら返り討ちに合うと判断したようだ。
「…驚きましたよ、まさかあなたのような大物が出てくるとはね」
「本当はもう少し早く出てきたかったがな…。 下手に俺が出ても邪魔にしかなりそうになかったんでね…」
硬直する怪人たちに代わって、海月型怪人キロスが一歩前に出て来る。
灰谷はキロスの話に付き合いながらも、怪人たちから決して注意を逸らすこと無く武器型インストーラを構え続ける。
自らの言葉の通り今日の欠番戦闘員と二面怪人との戦いを聞きつけた灰谷は、万が一に備えてこの場所に潜んでいた。
あの変態研究者に嫌々ながら頭を下げて、"マジカルラブリーゴーストマント"と言うふざけた名前のアイテムを調達してまで現れた理由は一重に大和のためであった。
大和の父の墓前での誓いを果たすため、自分の命を救ってくれた恩人の息子を守るため灰谷は此処に立っていた。
「ほう、あなた程の実力者でも欠番戦闘員には及ばないと?」
「お前たちも見ていただろう? この子たちの戦いは、俺たちが知っている正義と悪の小競り合い何かと次元が違う」
結局、灰谷は欠番戦闘員こと大和と二面怪人の戦いを最後まで見ていることしか出来なかった。
共にデュアルコアを使う規格外の化物達の戦いに、流石の灰谷もついて行けなかったようだ。
無論、仮に大和が敗北しそうになれば灰谷は死を覚悟して戦いに介入するつもりでもあった。
そして両者の戦いを間近で見ていた灰谷は、欠番戦闘員こと大和の勝利を確信したが故にあえて手を出さなかった。
ファントムの隠れ蓑を見破った能力があれば潜んでいた灰谷の存在にも気付いていた筈だが、二面怪人は灰谷に手を出すことは無かった。
それはナインから灰谷を倒せと命じられなかったからであり、例えどんなに強力でも言われた事しか出来ない人形が己の意思で体を張っている先輩の息子に勝てる筈が無いのだ。
「所詮、俺はもうロートルって事だよ」
「おいおい…。 あんたがロートルだったら、俺たちは何なんだよ…」
「全くですよ…」
間近で欠番戦闘員こと大和、先輩の息子の規格外の力を見せつけられた灰谷は自嘲気味に笑みを浮かべる。
先輩の息子を守ろうと意気込んで来た物の、肝心の所で役に立つことが出来なかったのだ。
しかし未だにガーディアン最強の戦士と呼ばれている灰谷がロートルならば、それに遠く及ばない若手ガーディアンの戦士たちは一体何なのだ。
灰谷のあんまりな言葉に白木と土留は此処が戦場である事を一瞬忘れ、呆れたような表情を浮かべていた。
「…それより準備は出来たか?」
「おう、言われた通り旦那のマシンの中枢部分を回収したぜ」
「"これは言うなればファントムちゃんの頭脳部なんですからね、大事に扱って下さいよー"」
灰谷が怪人たちを引きつけている間に、白木たちは逃走の準備に入っていた。
自走できない自身の巨体をそのまま運ぶことは難しいため、ファントムは苦渋の選択を強いられていた。
幽霊マシンの頭脳と言える箇所、黒いマシンの中枢に存在するファントムのメインフレーム部。
それは万が一に備えて分離が可能であり、ファントムは大和を通して自身の中枢のみを逃がすように頼んだのだ。
黒いボディからファントムのメインフレームが格納された金属製の箱を回収した土留は、それを抱えながら大和の体を背負う。
生身なら兎も角、バトルスーツによって強化された肉体能力であれば元戦闘員の体を運ぶことくらい朝飯前である。
「待て、欠番戦闘員を逃がすな…」
「"ははは、こうなればヤケクソです。 これがファントムちゃんの最後の輝き、ファイナルエクスプロージョンだぁぁぁ!!"」
「これもオマケだ、くらっておけ!!」
土留に背負われならが逃げようとする欠番戦闘員の姿が目に入り、怪人たちもようやく腹が座ったらしい。
慌てて欠番戦闘員を追おうとする怪人たちであるが、それを挫くような大きな衝撃が走る。
何と中枢部分を回収されたファントムの体が突如爆発し、その破片が怪人たちに降り注いだのだ。
これは機密保持も兼ねて備えられていた自爆装置であり、此処で使わずに何時使うんだとばかりにファントムはこの機能を披露する。
事前に大和からこの自爆攻撃のことを聞いていた土留もすかさず、自身のバトルスーツの能力を発動させる。
すると土留の体を覆っていたバトルスーツの装甲が独りでに分離し、爆発の衝撃に混乱する怪人たちの元に飛んでいったのだ。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「くっ、体に張り付いて…」
「足止めだけでいい、時間を稼ぐぞ、白木!!」
「はいっ!!」
ファントムの自爆と土留の放ったパーツ群に翻弄される怪人たちに向かって、白木を引き連れた灰谷が切り込む。
灰谷の光の剣が閃き、白木の炎の弾丸が放たれていく。
その隙に土留は灰谷が使っていた例の"マジカルラブリーゴーストマント"を被り、大和とファントム中枢部を連れて姿を晦ましてしまうのだった。




