10. 望まない続編
日々受験勉強に精を出しながらも、大和は密かにこの時が来ることを予感していた。
それは予備校からの帰りに、人気の無い道を歩いている時だった。
唐突に大和の前に現れたそれは、大和の恩人であるセブンに良く似た白髪の少女。
以前に見た時と同じろくに手入れをしていないボサボサの髪に、垢抜けないジャージを身に纏っている。
ナイン、セブンの姉妹機である作られた少女が再び大和の前に姿を現したのだ。
「…それで何のようだ、ゲームはもう終わった筈だぞ」
「あら、ゲームには続編が付き物よ。 それが名作であれば特にね」
「すっぱり終わらせるのも手だと思うがな。 続編が駄作って事はよくある話だしな…」
目の前の少女に対して好意的に接する理由が全く無い大和は、僅かに棘の有る態度で話しかけた。
この少女はある意味でセブンの命の救い主でもあるが、セブンの命を利用して理不尽なゲームを企画した極悪人でもあるのだ。
しかしナインは大和の棘など気にもせず、自分勝手に話を進めていく。
「安心して、今回のゲームは小細工なしよ。 今度はセブンの作品の流用品じゃ無い、私自身の作品であなたを倒して見せるわ」
「はんっ、俺がそのゲームに付き合う義理は無いと思うがな。 悪いが受験勉強に忙しいんでね、ゲームは一人で勝手に…」
大和の想像通りナインの口から飛び出てきたのは、あの死のゲームの誘いであった。
どうやら先日のゲームの敗北が納得出来ないらしく、あろうことか大和に再びゲームに参加しろと言うのだ。
しかしセブンの命が掛かっていた以前とは違い、今の大和には危険なナインのゲームなどに参加する義理は無い。
そんな事をやっている暇は無いと、大和はナインの横を通り抜けてそのままその場を立ち去ろうとする。
「…もしゲームへの参加を辞退するようなら、ペナルティを受けてもらうわ」
「はぁ、ペナルティ!? 何を勝手に…」
「欠番戦闘員、あなたの正体を世間に公開してあげる。 特にリベリオンはあなたの正体に飛びつくことでしょうね…」
「お前…」
しかしこの大和の反応は既に予測済みだったのだろう。
ナインは動じる事無く、大和のアキレス腱とも言うべき情報を餌に無理やりゲームへ参加させようとする。
これまで大和がリベリオン・ガーディアンに属さず、一匹狼として好き勝手動けた理由の一つが自身の正体を隠せていた事が大きい。
欠番戦闘員として大和はゲリラ的にその時々で両組織の戦闘に介入し、事が終われば雲隠れしていたからこそ今日まで戦ってこれた。
個々の戦闘能力だけ見れば欠番戦闘員こと大和のそれは強大であるが、相手は組織である。
仮に欠番戦闘員の正体が丹羽 大和であることが分かれば、個の力でしかない大和がそれをどうにかする事は難しいだろう。
「あなたは特にリベリオンに恨まれているから、正体が露見したら色々面倒なことになるわよ。
リベリオンの怪人たちが復讐のために、あなたの身内を狙うことも…」
「…それ以上喋るな、糞女!!」
大和の正体を餌に無理やりゲームへ引きずり込もうとするナインに対して、流石に怒りを覚えたらしい大和は声を荒げる。
その瞳はナインへの敵意に満ち溢れており、それは今にも相手に飛び掛かりそうな程であった
ナインの言う通り仮にリベリオンあたりに大和の正体が知られたら、母の霞と行った大和の身内が被害を受ける可能性は十分にある。
そして大和は二度と日常を取り戻すことは敵わず、受験勉強に精を出すような平凡な日々が帰ってくることは無いだろう。
そんな暗い未来を回避するには、再びナインのゲームに参加するしか道は無いのか。
しかしそんな時に、大和の中にある閃きが浮かび上がってきたのだ。
「…今のお前にはリザドは居ない。 此処でお前を拘束すれば、全て済む話だよな」
「勿論、ちゃんと対策は取っているわよ」
最初のゲームの誘いで大和は、リザドの妨害によってナインを元凶であるナインを拘束する事が出来なかった。
しかし周知の通りリザドは既に死亡しており、この人気のない道には大和とナインしか居ない。
セブンと姉妹機であるナインが元戦闘員である大和に力比べで勝てる筈も無く、大和は赤子の手をひねるようにナインを確保することが出来るだろう。
自分だけでなく身内をも巻き込もうとするナインにこれ以上付き合ってられないと、大和は此処でナインを捕まえて全てを終わらせようとする。
しかし当然ながらナインはこのような状況になることは予想済みであり、しっかりと対策を取っていたのだ。
「■■■■■■■■■■■!!」
「なっ!?」
それはまるで幽霊が現れたかのように、何もない空間から現れた。
ナインににじり寄る大和の前に現れたそれは、言語になっていない声を出しながら片腕を振って大和を一蹴する。
その一振りは大和をあっさりと吹き飛ばし、道路脇の壁に体を叩きつけられた大和はその衝撃に顔を顰めた。
「くっ…。 これはリザドの能力!? 否、これは…」
「セブンに出来ることが、私に出来ない訳無いでしょう。 この子にはあの黒いマシンと同じ能力を持たせているの」
それは今回のゲームの誘いのために出向いたナインが用意した保険、先のリザドに変わる彼女の護衛役であった。
どうやらファントムと同系統の能力を持つらしいそれは、密かにナインの傍で控えていたらしい。
それは大和がよく纏うリベリオンの戦闘員服に良く似た、顔を含めた全身を黄色のスーツで覆っていた。
その体つきから男性であることは解るが、顔すら見えないその姿からそれ以上の情報は全く読み取ることは出来ない。
大和を容易く吹き飛ばした所から見て、恐らくナインの怪人と思われるそれが次のゲームの対戦相手と言うことなのだろうか。
「これはゲームの招待状よ、参加しなかったらどうなるか解るわよ」
「お前は…」
「それでは、いいゲームにしましょう」
壁に叩きつけられたダメージが未だに回復しない大和に対して、ナインは以前のゲームでも見た記憶媒体を大和の方に投げ渡す。
そして一方的にゲームの開始を宣言し、あの黄色のスーツを纏った何かに抱えられてそのまま姿を消してしまう。
ファントムと同系統の能力を持っていると言うなら、姿を消してしまったあれを今から追跡することは難しいだろう。
大和は忌々しげに、先程渡された記憶媒体を睨みつけるのだった。
暇潰しにネットゲームに興じつつ、密かに対欠番戦闘員用の新たな怪人を製造していたナイン。
その決戦用の怪人の開発が完了し、いよいよ屈辱を晴らす時が来た事が余程嬉しいのかナインの機嫌は極めて良好のようだ。
そこはナインが普段ネットゲームに精を出している私室とは異なる、怪人開発のために用意されたナインの研究室であった。
研究室のベッドの上に横たわるそれは、あの黄色のスーツを纏っていた怪人であった。
大和の前に出てきた時には着けていた覆面が脱がされ、その素顔を晒しているそれは天上を睨みつけながら微動だにしない。
「君も嬉しいだろう。 お望み通りに私が作り上げた本当の意味での新世代に、セブンの欠番戦闘員を超える最強の存在になったのだからね…。
ははははははははっ…」
ナインは研究室内に横たわる自らの作品、対欠番戦闘員用に開発した自身の作品へと語りかける。
しかしその怪人はナインの呼びかけに全く反応する様子は無く、まるで人形のように瞬き一つせず動かない。
ガーディアンの新世代、荒金。
より強い力を追い求め、悪魔の誘惑に乗ってガーディアンを裏切った男の変わり果てた姿がそこにあった。




