7. 墓前の誓い
現在、正義の組織ガーディアンは、国家の平和を維持する警察組織と完全な協力関係にある。
人外の力を持つリベリオンの怪人を相手に、基本的に人間が専門である警察組織の力では到底太刀打ち出来ない。
必然的に警察組織はリベリオンと同等の力を持つガーディアンに頼らずを得ず、リベリオン絡みの事件は全てガーディアンに丸投げすることになっていた。
しかしこの協力体勢が構築される以前は、警察はリベリオンと言う強大な敵を前に無謀な戦いを強いられていた。
「いいんですか、先輩? 課長はこの件には手を出すなと…」
「…被害者の中には、まだ十代の子供も居たんだ。 俺たちが警察官が何もせず居られるか…」
「しかし、例の化物が現れたら俺たちではとても…」
これは今や世界を二分している、あの正義と悪の組織が世界に産声をあげてから間もない頃の話である。
当時はまだガーディアンと完全な協力関係を結んでおらず、警察は独自にリベリオンが関わる事件を捜査していた。
リベリオンの素体捕獲任務、怪人や戦闘員を製造するための素体として攫われた人々。
年々確実に増えていっている行方不明者を前に、正義感溢れる警察官たちが黙って見ていられる訳が無かった。
「俺も人の親だ、被害者の親御さんたちの気持ちがよく解る」
「先輩のお子さんは確か小学生でしたよね。 前に写真を見せて貰いましたけど、先輩の面影があるお子さんでした」
「ははは、性格の方は妻の方に似て少し気が弱いようだがな。 妻の話だと最近は、毎日近所の女の子に振り回されているらしいよ」
外では厳つい警察官でも、家では愛する妻と子が居る良き父親である。
行方不明者は増加の一途を辿っており、行方不明者リストの中に自分の大事な家族の名が連なる可能性も有り得ない話では無い。
愛する家族を護るためにも、男は此処で見てみぬ振りをする訳にはいかないのだ。
「行くぞ、灰谷!!」
「はい、丹羽先輩!!」
そして彼ら正義の輩たちは、人々の平和を護るために自ら虎口へと足を踏み入れる。
それは怪人の人外としての性能が完全に理解された現代では、愚かとしか言いようが無い選択であった。
しかし自らの危険を知りつつ、警察官としての使命を果たそうとする彼らの勇気ある行動を誰が否定できるだろうか。
正義感溢れる末端の警察官たちが、醜悪な怪人の手に掛かって殉職していったのか。
複数の生物の要素を合成する事で人間を遥かに超えた性能を手に入れた、怪人と言う名の人外の怪物たち。
怪人が少しでも力を込めれば脆弱な人間など、まるで大型トラックに轢かれたかのような酷い有様に成り果てる事だろう。
「先輩、先輩ィィィィッ!?」
そして此処にも怪人の犠牲者の手にかかってしまった、哀れな正義の輩の姿がそこににあった。
愛する家族の平和を護るために虎口へと足を踏み入れた男は、文字通り虎の尾を踏んでしまう。
しかし男は死ぬまで警察官であり、彼は最後まで自分の命より周囲の人々の命を優先したのだ。
自らの命を救った上司の変わり果てた姿を前にした、部下らしき男の悲しき絶叫が周囲に響き渡った。
灰谷は自分の先輩であった人の墓前で手を合わせながら、かつての苦い記憶を思い出していた。
まるで虫けらのように怪人に殺された先輩、その仇を取るために灰谷は警察を辞めて正義の味方たちの仲間入りを果たしたのだ。
警察を辞めた事で手に入れた力、懐に仕舞ってある武器型インストーラをスーツ越しに触れる。
あの時にこの力が有れば何が変わっただろうか、少なくとも今日此処で会った先輩の家族の幸せが崩れることは無かっただろう。
灰谷はまるで教会で懺悔するかのように、物言わぬ墓前の先輩に向かって自らの思いを吐露した。
「すいません、先輩。 私は先輩の息子を守れなかった…」
かつての先輩の妻と子供は灰谷の顔など見たくも無いとばかりに、自分と入れ替わるように帰ってしまった。
灰谷は自分を恨めしそうに睨む先輩の妻と、僅かにこちらを警戒した様子であった先輩の一人息子の姿を思い返す。
そして先輩の残した家族ことが頭に過ぎった灰谷の口から、自然と先輩に対する謝罪の言葉が口に出ていた。
灰谷が警察官であった頃と違い、ガーディアン最強の戦士などと呼ばれるようになった今の自分には確かな力があった。
しかし灰谷はその力をただ先輩の仇である怪人たちを倒すためだけに使っており、残された先輩の家族の事など気にも掛けていなかったのだ。
自分の知らない間に先輩の一人息子はリベリオンに攫われてしまい、ただの戦闘要員でしか無い灰谷に出来るこどなど何も無かった。
僅かな希望に縋るようにガーディアンの人間となっていた自分に接触してきた恩人である先輩の妻に、力になれないことを告げた時の悔しさは今でも忘れられない。
そして灰谷は先輩だけで無くその息子まで手に掛けたリベリオンに対する怒りと、自分の不甲斐ないをぶつけるようにこれまで以上にガーディアンとしての仕事に打ち込むようになった。
「先輩の息子は立派になりましたよ。 大事な人を護るために命を賭けられる人間、まるで昔の先輩のようです…」
ガーディアン最強の戦士として昇り詰め、ガーディアンのトップである色部の直属にまでなった灰谷は末端の人間では知り得ない情報も把握していた
欠番戦闘員、先輩の息子である丹羽 大和と言う青年に隠された秘密。
その戦歴は歴戦の戦士である灰谷から見ても絶句するような物であり、そして先輩の息子は常に誰かのために体を張って戦っていた。
欠番戦闘員の姿から良き警察官であった先輩の影を見た灰谷は、二人の間に確かな血の繋がりを感じ取ったようだ。
「本当はこんな事を考えてはいけないのでしょうけど…、昔の先輩とのように彼とは一緒に戦って見たかった」
ただし灰谷が大和の正体を知ったのは、ごく最近の事であった。
末端の戦士たちと違いガーディアンの中枢部に食い込んでいる灰谷は、早くから欠番戦闘員の正体が脱走したリベリオン研究者であるセブンの駒であると言う事実までは把握していた。
しかし灰谷に取って欠番戦闘員はあくまでセブンの駒でしか無く、それがかつてリベリオンに誘拐された先輩の息子である事など考えもしなかったのだ。
そして偶然か意図的かは不明だが、これまで灰谷は一度たりも戦場で欠番戦闘員と出会うこと無く今日まで来たのである。
「あの子が先輩の息子であることは一目で解りましたよ。 きっとあの子は、先輩のような男前になります」
そんな灰谷が大和の正体に気付いたのは、ほんの些細な偶然であった。
とある仕事の関係でガーディアン東日本基地に来ていた灰谷は、偶然にも基地内の三代ラボを訪ねて来ていた大和の存在を目撃したのである。
灰谷は幼いころの大和の写真を見たことが有り、加えて本人は全く気付いてないが大和は死んだ父親と似た雰囲気に成長していた。
そのため灰谷は直感的に大和が先輩の息子である事を察し、行方不明になっている筈の先輩の息子が何故此処に居るのかと愕然としたのだ。
大和の母である霞としては役立たずであったガーディアンの人間に息子の帰還をわざわざ知らせる義理は無く、この時までの灰谷の認識では大和は未だに行方不明の状態であった。
その行方不明状態であった大和を、よりにもよってガーディアンの基地で見かけた時の灰谷の衝撃は凄まじい物だったろう。
そこからは芋づる式であった、ガーディアンの中枢に属する灰谷が少し調べれば欠番戦闘員の正体が大和であると知ることが出来た。
ガーディアンの秘部に触れ、ガーディアンに本当の意味での正義は無いと知りながら灰谷は、未だにガーディアンの戦士として戦い続けていた。
ガーディアンのトップである色部は、現在の正義と悪との対立構造を意図的に引き起こしている黒幕の一人である。
色部はとある目的のためにあえて今の状況を作り出しており、そして灰谷は色部の真の目的を知る数少ない人間の一人だった。
灰谷が見る限り色部の目的には大義があった、例えどれだけの犠牲が出ようともそれは成さなければならない事だったのだ。
それ故に灰谷はこれまで、その大義を果たすために必要となった犠牲にも全て目を瞑ってきた。
恐らく自分や色部の地獄堕ちは免れないだろうが、それでも成さなければならない大義がそこにあったのである。
「…私は今度こそ、先輩の家族を守ります。 例え、ガーディアンを裏切ろうとも…」
しかし大義のために犠牲になった者たちの中に、灰谷に取って大事な恩人である先輩の一人息子が居るとなれば話が変わってくる。
それは自らを犠牲にして自分の命を救ってくれた、亡き先輩に対する決意表明であった。
今や先輩の息子は欠番戦闘員として活躍しており、その思わぬイレギュラーの存在に目を付けた色部たちは欠番戦闘員に対して干渉するようになっていた。
時には先輩の息子が死んでもおかしくない程の試練を課してくる色部たちの動きに対して、灰谷はとうとう重い腰を上げたようである。
例えガーディアンを裏切り色部たちの大義を邪魔することになろうとも、先輩の息子は守ってみせると灰谷は先輩の墓前で誓いを立てた。
それが先輩が怪人に殺させる所を見ている事しか出来なかった自分が唯一出来る、先輩に対する償いであると信じて…。
 




