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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第2部 第2章 そして時は来た
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6. 墓参り


 そこは大和の家から数駅程離れた場所にある、小さな寺だった。

 住宅街に挟まるように立っているその寺院の背後には、死者を弔う石作りの墓が立ち並んでいる。

 墓参りに相応しい黒いワンピースに身を包んだ母の霞に連れられて、白シャツに黒ズボンを纏った大和が墓地の中を歩いていく。

 そして墓地のやや奥まった場所にある墓の前に付いた大和は、自分と同じ姓が刻まれた石作りの墓と対面する事になる。

 "丹羽"と書かれたその墓は、此処は記憶に全くない大和の父が眠る場所であった。


「お父さん、大和が来たわよ…」

「これが…、父さんの墓…」


 恐らく何度もこの墓に来ているらしい母の霞は、墓前の前で手を合わせながら亡き夫に対して語りかける。

 その横で大和はやや呆然と表情をしながら、記憶にない自分の父の墓を見つめていた。

 世間で欠番戦闘員とも呼ばれている現在の丹羽 大和は、自信の体が戦闘員として改造される以前の一切の記憶が存在しない。

 文字通りの記憶喪失、この丹羽 大和と言う体から過去の記憶は全て奪われてしまったのだ。

 丹羽 大和と言う人間として生きていた頃の記憶は全て、人工怪人と言う新しい容れ物に移されてしまった。

 そして記憶を失い空っぽとなった肉体が戦闘員として改造され、後に今の丹羽 大和として新たに目覚めたのである。


「ほら、大和。 お父さんの墓を綺麗にするわよ」

「あ、ああ…」


 自宅にある仏壇の存在から、大和は記憶に無い実の父親が既に故人である事は知っていた。

 母に言われるがまま仏壇に手を合わせながら、仏壇に設置された記憶に無い父親の写真と何度対面しただろうか。

 しかし幾ら写真を見ても記憶に存在しない父の思い出など蘇る筈も無く、こうして父の墓を前にしても大和の記憶は全く揺さぶられなかった。

 何の感慨も沸かない父の墓を前にして、どう感想を抱けばいいか解らずに混乱していた大和に対して母が自分を手伝うように言う。

 手際良く父の墓の掃除を始めた母の手伝いをするため、大和は慌てて持参してきた掃除用の道具に手を伸ばした。






 大和の知らない間に母が何度か墓参りに来ていたのか、父の墓は簡単に掃除をするだけで綺麗になった。

 掃除を終えた大和たちは父の墓に持参した花を備え、線香を上げる。

 そして膝を曲げて中腰の姿勢を取り、墓の真正面に視界を合わせながら大和の母である霞は何かを懐かしむように墓に手を触れた。

 そして墓の前から視線を逸らないまま、霞は隣に居る大和に対して語りかけたのだ。


「…今日はね、お父さんの命日なのよ」

「…そうなんだ」


 数日前にいきなり父の墓参りに行くことを告げられた大和は、此処で初めて今日が父の命日であることを知る。

 今日は祭日でも何でもない平日であるため、昨年は普通に学校に行っていた筈だ。

 恐らく昨年は大和が学校に行っている間に、母が独りで此処に墓参りをしていたのだろう。


「…父さんは何で死んだの?」

「お父さんはね、警察官だったの…。 お父さんはあなたが小学生の頃、仕事中に殉職したのよ…」

「殉職!?」


 これまで大和は、あえて亡き父親に事を母に尋ねることは無かった。

 興味が無かった訳では無いが記憶喪失であるとは言え、死んだ実の父親の事を母から根掘り葉掘り聞くのは何となく憚られたからだ。

 しかし父の命日に墓参りに来た事も有り、死んだ父の事を詳しく知りたくなった大和は思い切って母に父のことを訪ねる。

 そこから返ってきた父の思わぬ職業、そして死因に大和は心底驚かされることになる。

 殉職、テレビのドラマなどでは良く聞く単語であるが、まさか現実に実の父親の死因として聞かされるとは思いもしなかった。

 驚く大和を尻目に、母の霞は淡々と大和の父親の思い出を語り始めた。











 それは当事者でなければ、何処かで聞いたことのあるような話であった。

 正義感溢れる警察官であり家では良き夫であった大和の父親、それを支える料理自慢の奥様。

 幸せな家庭を築いていた夫婦にはやがて子宝に恵まれ、その子には大和とと言う名前が付けられる。

 しかし幸せな生活は長くは続かなかった、警察官であった父親がとある事件の捜査中に事故にあったのだ。

 大型トラックに轢かれたらしい大和の父は原型を留めて居らず、霞は変わり果てた夫と対面することになったそうだ。


「…何で父さんがトラック何かに轢かれたんだ?」

「解らないわ、警察の人は詳しいことを何にも教えてくれなかったの。 その代わり手当やら何やらでお金は一杯貰ったわ、まるで口止め料みたいに…」

「…母さん」


 しかし肝心の父の死んだ原因が酷く漠然としており、大和は違和感を覚えることになる。

 何故、警察官であった父親が唐突にトラックなどに轢かれることになったのか、母の話からはその理由が全く解らないのだ。

 そしてその理由は母である霞も知らされておらず、霞は金銭と引き換えに父の死の原因を追求しなかった事を語る。

 僅かに顔を歪めている所から見て、その時の選択は霞に取って苦渋の選択であったのだろう。

 当時の母が金銭を優先した理由が幼い頃の自分であった事を察した大和は、そんな母に対して掛ける言葉が見つから無かった。


「大和、あなたが行方不明になった時があったでしょう。 私はすぐに警察に捜索願いを出そうとしたわ、けどそれは出来なかった…」

「ガーディアンに止められたんだよね」

「ええ、あの胡散臭い正義の味方たちにね。 あの時に私の所に来たガーディアンの人間を見て思ったの、父さんが死んだ時に現れた連中と何となく似ているって…」

「それは…」


 正義の味方に瑕疵はあってはならない、人々を守護する正義の組織であるガーディアンには失敗が許されないのだ。

 その過剰なまでの正義を護るためにかの組織は、時には正義に有るまじき隠蔽工作をすることがあった。

 かつて大和はリベリオンに攫われてしまい、一年もの間行方不明の状態となっていた。

 その時に正義の味方たちは大和と言う被害者の存在を隠すため、大和の母である霞の元に現れて実際に霞の口を封じる事でこの一件を隠蔽したのである。

 そしてこの時に隠蔽工作のために現れたガーディアンの人間から、かつて夫の死因を隠そうとした警察の人間と同じ匂いを感じたと霞は言うのだ。

 それが本当であれば父の死因にも大和の時と同じように、何らかの闇が隠されていると言う事になるだろう






 警察官であった父、その不可解な死因。

 父の墓前で過去を思い出した母の霞は僅かに瞳を濡らし、息子の大和は想像すらしていなかった父の謎の直面した事で頭が一杯になってしまう。

 そのため母と息子は共に、父の墓に近寄ってくるスーツ姿の男の存在に直前まで気付くことは無かったのだ。

 男は大和たちの存在に気付いた瞬間に一瞬顔を強張らせ、すぐに表情を消して大和たちの方に近付いてきた。


「…お久しぶりです、霞さん」

「っ、あなたは…!? わざわざこんな所まで来て、大事なお仕事はよろしいのですか?」

「休暇を取りました」


 そのスーツ姿の男は深々と頭を下げながら、霞に向かって挨拶をする。

 男の声を聞いてその存在に気付いた霞は一瞬驚いた顔を見せ、何故か険しい表情を浮かべながら男に強い口調で言葉を掛ける。

 霞の態度は明らかに意図した物であり、普段は優しい母の思わぬ変化に隣に居る大和は目を白黒させながら驚いていた。


「母さん、この人は…」

「…お父さんの元部下の人よ。 お父さんが死ぬ直前まで、一緒に仕事をしていた人なの」

「…君が大和くんか」

「ど、どうもです」


 スーツ姿の男は見たところ二十代後半から三十代前半で、スーツの上からでも解る程鍛えられた体をしていた。

 男は大和より一回り大きい巨体であり、その顔をは首から下の厳つい体に相応しい強面である。

 亡き父の同僚であった事から恐らく警察官であろう男のその立ち姿は、黒スーツ姿と相まってドラマなどに出てくるSPのようにも見えた。

 どうやらこの男は大和と面識があったらしく、まるで品定めをするように大和の全身を眺めていく。

 それに対して大和も軽く頭を下げながら、父の元部下と言う男に対して言葉を交わした。


「…すまない。 私は君に何と謝ればいいか…」

「ええっ!? 何ですか、突然!?」

「大和…、この灰谷(はいや)さんはね、お父さんが亡くなった後に警察を辞めてガーディアンに入ったのよ。

 あなたのことを助けてくれなかった、あの役立たずの正義の味方の組織ね…」

「へっ、ガーディアン!?」


 そして次の瞬間、その強面の男は大和に向かって深々と頭を下げながら詫びを入れてきたでは無いか。

 突然の謝罪の理由が解らずに混乱する大和に対して、頭を下げる男の姿を忌々しげに見ながら母の霞が事情を説明してくれた。

 何とこの父の元部下であった男、灰谷(はいや)は現在ガーディアンの一員であるらしいのだ。

 ガーディアン、正義の味方でありながら大事な一人息子を護ること無く、逆にその失踪を隠蔽しようとした組織。

 霞に取っては悪印象しか無い組織の一員ある事が、灰谷に対する辛辣な態度に繋がっていたらしい。

 かつて父の部下であったガーディアンの人間からの謝罪に対して、大和はどうすればいいか解らずに混乱してしまった。






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