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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第2部 第2章 そして時は来た
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5. 男の戦い


 ナインとの死のゲームを潜り抜けた現在の大和、世間で欠番戦闘員と呼ばれている男は平穏な日常と言う奴を取り戻していた。

 再び戦いの世界に戻った事は後悔していない、何しろ彼に取って恩人とも言える少女の命が掛かっていたのだから。

 大和の活躍によって少女の人為的に定められた寿命は壊され、三代の見立てでは普通の人間程度には生きられるようになったらしい。

 見事にセブンの人生を勝ち取った大和であるが、しかしそのための代償は意外に大きい物であった。


「やばい…、全然分からん」


 日常生活に戻ったは大和はこれまでの遅れを取り戻すため、受験勉強に再び精を出そうとしていた。

 浪人生である大和の本分はあくまで、大学合格のための受験勉強であるからだ。

 しかし久方ぶりに机の上で参考書を開いたや大和は、自分の現在の学力の状態を知って愕然とする。

 ナインの企画した死のゲームは結果的に数ヶ月近くもの間、大和から受験勉強に費やす時間を取り上げていた。

 そして余り頭の出来がよろしく無い大和がそれ程の期間、勉強から離れたことで学力が落ちない訳が無い。

 自分の現在地点を自覚した大和は、リザドが恐竜型怪人へと進化した時と同じくらいの衝撃を覚えるのだった。






 ナインとのゲームにかまけている間に、何時の間にか夏は通り過ぎてしまっていた。

 秋口に入ったことで涼しげな風が感じられるようになった街中を、大和は憂鬱な気分で歩いていた。

 落ち込む大和の脳内には、先程まで居た予備校内の風景がありありと描かれていた。

 夏も終わり受験に近付いてきた事で、予備校内では肌で感じられるかのような刺々しい雰囲気であった。

 恐らく此処に居る自分以外の受験生たちは夏期講習などを通して、夏の間に勉学に励んでいたに違いない。

 彼らが受験勉強に勤しんでいる間、戦いに明け暮れていた大和は参考書すら開くことは無かったのだ。

 自主休講していた予備校通いを再開した大和は、受験生としての自分の危機敵状況を理解させられていた。


「何、暗い顔しているんだよ、先輩! 大丈夫だって、まだ受験まで何ヶ月もあるんだぜ!!」

「此処からが本番だって! 今から本気出せばどうとでもなるさ…」

「俺はこの連中と同じ立場なのかよ…。 否、それ以下か…」


 しかし幸か不幸か、周囲の受験生たちに置いて行かれている落ちこぼれるは大和だけでは無かった。

 高校時代からの友人である深谷たち一派もまた、未だに受験勉強一色に染まっていないようだ。

 この連中は大和と違って夏の間も予備校に通っていたようだが、話を聞く限りでは余り勉強に精を出していなかったらしい。

 まだ夏じゃないかと言う楽天的な発想により、彼らは夏の間も勉強の合間に普段通り遊び呆けていたようだ。

 そんな中途半端な状態で学力が向上する筈も無く、彼らの成績は大和より若干上程度の微妙な状況であった。


「…そういえば深谷は居ないのか?」

「ああ、あいつか…」

「先輩、あいつのことは諦めた方がいいぜ」


 深谷とその他二名の三人グループで何時も居る彼らであるが、どういう訳か今日はグループの中心人物である深谷の姿が見当たらない。

 最初はトイレにでも行っているのかと思ったが、深谷は最後まで予備校まで姿を見せず此処には大和と他二名しか居ない。

 今更ながら深谷の事が気になった大和が何気なく訪ねてみると、途端に他二名の表情が暗いものに変わったでは無いか。


「おい、深谷のやつ、何かあったのか…」

「……実は」


 その反応から深谷の身に何かあったことを察した大和は、恐る恐る彼らに深谷の事を問いただした。

 大和の問に対して他二名は僅かに沈黙した後、渋々といった感じで重い口を開いた。

 そして深谷の現状を知った大和は、なんとも言えない微妙な表情を浮かべるのだった。











 大和たちが予備校で受験勉強に精を出していた頃、どういう訳か深谷は自室に篭っていた。

 男らしい余り整理されていない乱雑な室内、その中央に設置された座卓の前に深谷は胡座をかいている。

 座卓には黒一色の厳ついデスクトップPC、恐らくゲーミング用の高性能機が鎮座していた。

 そしてPCに繋げられたディスプレイを睨みつけるように見ながら、部屋の主である深谷はカチカチと機械的にキーボードとマウスを操作する。


「よっしゃぁぁぁぁぁっ!」


 突如、深谷が両腕を天に掲げながら絶叫を上げる。

 同時にディスプレイ上で激しく点滅するエフェクトと共に、オンライン対戦をしていた相手機の撃破を告げていた。

 深谷一八歳浪人生、彼は現在ネトゲーと言う沼にドハマリしていた。

 

「どうだ、これが俺の実力だぁぁ!! "俺の勝ちだ、ザマーミロ"っと…。

 うわっ、すぐ返ってきた。 何々、"単なるビギナーズラックよ!!"…だってよ!?

 ははは、負け惜しみを言いやがって!!」


 ゲーム内のチャット機能を使用して、深谷は慣れた手つきで敗者に対して煽りを入れる。

 すぐさま深谷の対戦相手もチャットで返事を返し、その内容を見た深谷は勝者の余裕とばかりに満足げな笑みを浮かべた。

 勝利の余韻に浸る深谷の脳内には、自分が受験生であることは事実は既に消し去られていた。






 ネトゲーを通してオタ系ギャルと付き合う事が出来たなどと言う、嘘か本当かも解らない他愛も無いネット上の噂が事の発端であった。

 受験勉強と言う自らを追い込む苦行に身を置いていた深谷は、息抜きという名目を元にこの話に飛びついた。

 そしてネットの海に潜った深谷は、女性ユーザが多いとされているこのネトゲーに辿り着いたのだ。

 このゲームは公式に明言こそされていない物の、現実世界で繰り広げられているガーディアンとリベリオンの戦いをモチーフにした物であった。

 プレイヤーはガーディアンをモデルにしたと思われる人間サイド、リベリオンをモデルにしたと思われる人外サイドに別れて戦うのがゲーム内の基本的な流れである。

 この人間サイドのキャラクターがオタク女子の間で人気があるらしく、特に明らかに白木をモデルにしたらしい主要キャラクターが女性たちの間で一番人気なのだそうだ。

 安易な考えでゲームを開始した深谷は、簡単なチュートリアルを経てから早速対人戦へと挑むことになる。

 当然のようにこの時の深谷の頭の中には、ゲームを対戦を通して女子と仲良くなると言う不純な目的で満ち溢れていた。


「"このゲームか消えろ、素人が"…だと、舐めやがって!!」


 そして完全な初心者である深谷は、当然のように初の対人戦闘で完膚なきまでに敗北を喫した。

 そもそもこの手のゲームはプレイヤーの技量の差が大きいものであり、初心者が対人戦で勝ちを拾えることはまず無い。

 ゲームによってはマッチング時にプレイヤーの技量に合った相手を見つけてくる物もあるが、このゲームはそのような親切な機能は無かったらしい。

 このゲームの楽しみを知る余地も無く圧倒的に敗北した深谷に対して、勝者が打ち込んだチャットの内容もまた辛辣であった。

 この手のゲームで上級者と呼ばれる人種は、何も知らない初心者の相手をするのを嫌う心無い者が少なくない。

 どうやら深谷の記念すべき初対戦の相手もその少ない者の一人だったらしく、敗者に対して心無い追い打ちの言葉をぶつけたようだ。

 あくまで女の子との出会い目的で初めたネトゲーであり、恐らくこの一件が無ければ早々にネトゲーから身を引いて受験勉強に戻っていた事だろう。

 しかしこの辛辣な言葉が逆に深谷に火を付けてしまったのだ。











 女の尻を追いかける事にのみ情熱を燃やしているような深谷であるが、彼も意外に男であったらしい。

 あの敗戦の後、リベンジを誓った深谷から受験勉強の四文字は綺麗さっぱり消えていた。

 それ以降、深谷の生活は全てゲーム一色に染められてしまい、予備校にすら通わなくなってしまう。

 一日中ゲームをやり続けて技量を上げ、ネットの海に潜って情報を集め、ハードの性能を高めるためにわざわざゲーミング用のPCを新調までした。

 受験勉強に戻るように説得する家族や友人たちの忠告にも耳を貸さず、深谷の生活は全てゲームに費やされていた。

 そして運命の日、深谷の操作する自機、最近追加された現実の欠番戦闘員をモデルにしたらしい強キャラが遂にあの因縁の相手を打ち倒したのだ。

 この勝利に深谷が喜ばない訳も無く、深谷はまるで大学に合格したかのように自室で騒いでいた。


「はぁぁぁぁっ、何で私がこんな奴に負けるのよ!? こんなのは何かの間違いよ、もう一回、もう一回よ」


 そして勝者が生まれたならば、必然的に敗者も生まれる物である。

 初心者であった頃の深谷を完膚なきまでに潰し、数ヶ月の付きを経て修羅となった深谷に敗北してしまったプレイヤー。

 色気のないジャージに身にまとう少女が、余り手入れがされていないボサボサの白髪を掻きむしりながら悔しげな声を漏らしている。

 聡明な頭脳を持つ彼女は今日の敗戦の相手が、数か月前に遊んでやった初心者であることを明確に理解していた。

 少し前に初心者であった相手に敗北した、しかもその操作キャラは憎き欠番戦闘員を思わせるキャラクターなのだ。

 二重の意味で衝撃を受けた少女、ナインは感情のままに叫びながらキーボードを操作して再戦を要求するのだった。



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