4. 背を押されて
丹羽 大和と言う少年は幼いころから、幼馴染の妃 春菜と言う少女によく振り回されていた。
その少女は贔屓目なしに見ても凄い子だった。
クラスの誰より頭がよく成績は何時もトップクラス、運動の方も大得意で同年代の男子を振り回せるほどだ。
そんな完璧人間である少女が幼馴染であることは、極々普通の少年にとっては不幸な事であったかもしれない。
何故なら少女と一緒に行動する事で少年は、自分が少女と比べてると余りに平凡である事実を早々に理解させられたからだ。
「はははは、行くわよ、大和!!」
「無茶するなよ、春菜!!」
しかし少女は自分より何倍も頭がいい筈なのに、どういう訳か何も考えていないような行動をよく取った。
まるで先の事など気にしないとばかりに、凡人である少年から見ても失敗が目に見えているような馬鹿な選択を度々行うのだ
そんな少女の暴走に対して幼馴染の少年はどういう訳か、律儀にも毎回最後まで少女に付き合っていた。
少年少女の暴走に付き合った事によって、少年が酷い目に合った経験はそれこそ星の数ほど有るだろう。
それでも少年は決して少女との付き合いを止めることは無く、何時も少女の隣に立っていた。
そして口では不満を言いながらも、少女に付き合う少年は何時も笑顔を浮かべているのだった。
白仮面、かつて丹羽 大和と呼ばれていた少年の記憶を移植することで魂を得た人工怪人。
クィンビー、かつて妃 春菜と呼ばれていた少女が悪の組織の手によって改造された蜂型怪人。
互いに命を掛けて戦いながらも、両怪人の間には殺し合いの場に相応しくない爽やかな雰囲気が垣間見られた。
それはまるで二体の怪人たちが互いに人間であった頃の、ただの幼馴染であった頃のような他愛ない喧嘩をしているようである。
「大和、小手調べは此処までよ! 今度は私のコアの能力を拝ませてやるわ!!」
「ふん、そんな物は俺の力で粉砕してやるよ、春菜!!」
バトルスーツの命とも言えるコアには、コア毎に独自の能力を備えている。
例えば白仮面のコアは、コアのエネルギーを武器化させる能力を備えていた。
例えば欠番戦闘員と呼ばれている現在の丹羽 大和のコアは、炎や凍気を生み出す能力を備えていた。
そしてクィンビーの腕に嵌められたブレストレット型インストーラに嵌められているコアにも、当然のようにコア独自の能力が隠されているだろう。
まだ見ぬクィンビーのコアの能力を警戒した白仮面は、それを迎え撃つために自らのコアの能力を発動させる。
次の瞬間に白仮面の背後にコアのエネルギーを元に編まれた光の剣が顕現し、その切っ先がクィンビーに向けられた。
「…えっ、何よこれ!? いやぁぁぁぁぁっ!!」
「っ!? 春菜!?」
白仮面の光の剣群を前にしたクィンビーは、全く怯むこと無く自らの能力で立ち向かおうとしていた。
しかし結論から言えばクィンビーの隠された能力を、白仮面が見ることは出来なかった。
何時の間にかクィンビーの周囲に張られた白い糸が、一瞬の内に蜂型怪人の体を拘束したのである。
あっさり四肢の自由が奪われたクィンビーはそのまま、間抜けた悲鳴をあげながら地面に転がってしまう。
目の前で独りでに縛られていくクィンビーの姿に、白仮面は慌てた様子でかつての幼馴染の元へと駆け寄った。
地面に転ばるクィンビーの四肢は、強靭な白い糸で雁字搦めに固められていた。
その白い糸は幾らクィンビーが力を込めても千切れる事は無く、蜂型怪人の体を拘束し続けている。
怪人であり完全なバトルスーツを纏ったクィンビーの力にも耐えうる糸、そんな物を操れる存在は一体しか思い付かない。
クィンビーを拘束した下手人の正体を察した白仮面は、直感的にクィンビーの後方に乱立する木々の方に白い剣を向ける。
「…居るんだろ、アラクネ! これはお前の仕業だな!!」
「……ふふふふふ」
「はぁ!? なんで此処に、あの陰険蜘蛛女が居るのよ!!」
白仮面の呼びかけに応えるように、森の影から浮かび上がるようにひっそりと出てきた一体の怪人。
薄緑色の体には四肢とは別に背中から四本の脚が生えていおり、その顔には昆虫特有の複眼を備えて口から鋭い牙を生やしている。
蜘蛛型怪人アラクネは口調を荒らげる白仮面を前に、何処か不気味な笑みを堪えながら歩み出て来た。
そんなアラクネの登場に以前にも同じように拘束された事があるクィンビーは、怒りと悔しさが入りじ混じったような声を出していた。
「…何時、俺と春菜の存在に気付いた。 監視の目は誤魔化していた筈だが…」
「最初からですよ、クィンビーさんがあなたの部屋に入り込んだ時からね…」
「…まさか、俺の部屋に盗聴器でも仕掛けていたのか!?」
「そんな無粋な物は不要です。 私の糸が一本でも張られていれば、あなたの行動など筒抜けですよ」
どうやら白仮面の知らない間に、アラクネの糸が施設内の居室に仕掛けられていたらしい。
白仮面は万が一に備えて、施設内の監視網については事前に調べ尽くしていた。
監視網を誤魔化すことでクィンビーの存在を隠し通せていた筈だったが、しかしアラクネの糸の存在を見逃すという致命的な失敗を犯していたようだ。
アラクネに知られたと言うことは、クィンビーの存在を隠していた事実は白仮面の所属する組織の上にも知られた筈だ。
それは明白な裏切り行為であり、裏切り者に差し向けられた刺客が蜘蛛型怪人アラクネ一体だけで有る訳が無い。
白仮面は慌てて当たりを見回し、自分とクィンビーに対して仕向けられた刺客の存在を探し始める。
「ああ、安心して下さい。 まだ上の方には報告を入れていませんから…。
あなたの部屋に仕掛けた糸は、私が個人的に張っていただけの物ですしね」
「…個人的に?」
「うわ、気持ち悪っ!? あんたにはお似合いよ、このストーカー怪人」
しかし白仮面の心配は杞憂に終わった。
どうやらアラクネが白仮面の監視をしていたのは命令では無く、あくまで個人的な興味による物だったようだ。
アラクネの話が本当であれば白仮面の裏切りはまだ知られておらず、此処には蜘蛛型怪人一体しか居ない筈だ。
確かに上がクィンビーの存在を知っていたら此処まで自分たちを泳がせる筈も無く、施設内に居る間に襲いかかるに違いない。
此処でアラクネだけが白仮面たちの前に現れた事は、この蜘蛛型怪人の話に信憑性を持たせていた。
「…どうして俺たちを見逃していた?」
「少し興味があったのですよ。 人間であった頃の記憶を取り戻した怪人たちが、どのような行動を取るのかを…。
けどお二人の茶番劇が思ったよりつまらなかったので、そろそろお開きにしようと思いまして…」
「茶番とは何よ、茶番とは!?」
「…それなら青臭いとでも言い直しましょうか? 本当はもっとドロドロしたメロドラマが見られると思ったのですがね…」
あくまで興味本位で白仮面とクィンビーを見逃していたらしいアラクネとしては、これまでの白仮面たちのやり取りは期待外れな物だったらしい。
望むものが見られない時点でこれ以上は白仮面とクィンビーを見逃す必要は無く、このタイミングで横槍を入れてきたようだ。
「…白仮面、クィンビーさんをあなたの手で始末しなさい。 そうすれば今回の一件はあなたの非が無いと、口裏を合わせてあげましょう」
「なっ!?」
「解っていると思いますが、クィンビーさんを匿っていた時点であなたは裏切り者です。
もしこの事実を上が知ったらどう思いますかね…」
そしてクィンビーを拘束したアラクネが掲示した要求は、白仮面に取っては都合のいい内容であった。
クィンビーを匿うという白仮面の裏切り行為を知る者は、個人的に自分たちを監視していたと言う目の前の蜘蛛型怪人しか居ない。
アラクネの要求を呑めば白仮面の裏切り行為は上に伝わる事は無く、白仮面は安全を確保することが出来るだろう。
しかしそれはクィンビーを、かつて幼馴染であった少女に犠牲を強いる選択でもあった。
人間であったころの幼馴染を自らの手で殺せと言うアラクネの要求には、蜘蛛型怪人の底意地悪い悪意が明け透けて見えた。
そんな蜘蛛型怪人の思惑が見える要求に対して、白仮面は即答などはとても出来ずに絶句してしまう。
アラクネの非常な要求は、白仮面が居る世界に取っては日常茶飯事の事であった。
人工怪人と言う体を手に入れた白仮面が、性能試験と称した幾度となく見知らぬ人間や怪人たちを殺めただろうか。
始めは死にたくない一心でその手を汚していき、その内に自分が人間は無く化物になったことを自覚させられていった。
化物となった自分には他に居場所などは無いと諦めた白仮面は、ただ誰かの命令に従うだけの悪夢のような日々を過ごしてきたた。
「どうしたのですか、白仮面。 早くその怪人を始末しなさい!!」
「…」
自らの悪意を隠す所か逆を晒すかのような邪悪な笑みを明確に浮かべながら、アラクネは白仮面にかつて幼馴染に手を掛けろと急かす。
一方のクィンビーは何故か口煩く騒ぐのを止めて、何かを確認するかのようにじっと白仮面の姿を見つめている。
クィンビーとアラクネと言う二体の怪人たちに注目される中、白仮面は固まったように動かない。
アラクネに従えば自分は助かるが、そうするためにはかつての幼馴染を自らの手に掛ける必要があるのだ。
選択を迫られた白仮面はその場に突っ立ったまま、必死に頭を巡らせていた。
それは時間にしては数十秒にも満たなかったが、張本人である白仮面には永劫の時を感じられる程の間であった。
やがて意を決したらしい白仮面が右腕を僅かに動かし、背後に浮かべていた光の剣の射出体勢を取る。
その光景にアラクネは満足そうに微笑み、かつて幼馴染たちの殺し合いと言う悲劇の舞台を最前列で見物していた。
「…な、何を!?」
しかし次の瞬間にアラクネの笑みは、苦痛によって酷く歪んでしまう。
アラクネは有り得ないような物を見たかのように、驚愕の表情で自分の体を貫いている光の剣に目をやった。
それは有り得ない光景であった、あろうことか白仮面は自分たちが所属する組織を裏切る選択をしたのだ。
白仮面が完全に組織に従ってた訳では無く独断行動を取ることは度々あったが、決して組織の枠組みから外れるようなことは無かった。
組織を裏切った者がどうなる方は、組織の汚れ仕事を行ってきた白仮面には必要以上によく理解している筈なのだ。
それにも関わらず自殺行為とも言える選択をした白仮面が理解できず、アラクネは呆然とした表情を浮かべながらその生命を散らすのだった。
「ふんっ、最初からそうすればいいのよ。 ほら、さっさとこれを解きなさい!!」
「やれやれ、相変わらずお前は…」
結果的に白仮面に助けられたクィンビーは、相変わらずの強気の態度で自らの拘束を解くように命じる。
そんなクィンビーの態度にまたもや過去の記憶を蘇られせた白仮面は、仮面の下で呆れたような表情を浮かべていた。
結局またしても自分は、この幼馴染の少女の考えなしの暴走に付き合うことになってしまうようだ。
否、考えなしの暴走では無い、それは意気地の無い自分の背を押す少女の気遣いであった。
自分の平凡さを知った少年は何時からか自信と言う物を持てなくなり、何をするのにも躊躇いを覚えるようになった。
やりたい事や試したい事をやる前から無理だと諦める、意気地のない少年だった自分。
そんな幼馴染の少年の思いを察知した少女は、自らの暴走に巻き込むことで少年の願いを叶えてあげていたのだ。
リベリオンやガーディアンの事に密かに興味を持っていた少年のために、怪人調査研究部を立ち上げて一緒に怪人の研究を初めた。
密かにバイクに憧れていた少年のために、自分がバイクに乗りたいと我儘を言って少年にバイクの免許を取らせてあげた。
「アラクネことはすぐにでも上に気付かれるだろう。 追っ手を出される前に、さっさと行くぞ」
「よーし、いよいよ親玉とのご対面ね! やってやるわよー!!」
そしてこの悪夢のような日々から抜け出したいと願う少年のために、少女は今回も動き出したのだ。
そんな少女の思いに応えるために、少年は命の危険を冒す選無謀な択を取った。
少女と少年の選択の成果が吉とでるか凶と出るかは、現時点では誰にも解らないだろう。
しかし少なくとも少年の白い仮面の下には、あの頃のような笑顔が浮かんでいることは確かだった。
 




