37. 誘惑
ガーディアンの息が掛かっている病院内のとある一室、三代が彼女のために用意した個人用の病室。
病室中央に設置されたベッドの上で、上半身を起こしながら見舞客と会話する一人の少女の姿がそこにあった。
病院着を身にまとう細身の少女、数ヶ月もの病院生活の影響で元々痩せ気味なった体が一回り小さくなったようにも見える。
入院生活中に伸びた髪は誰かが切り揃えてくれているようだが、流石に髪を染めてまではくれなかったようで少女の頭にはナインと同じ白髪が見えていた。
しかし数ヶ月前よりこの病室の主になっていた少女、セブンの表情からは健常な頃と変わりない確かな活力が見られる。
この様子では退院も間近である事は確実であり、セブンを見舞いに来ていた大和は内心で一安心していた。
「元気そうで安心しましたよ、博士。 いつ頃退院出来るんですか?」
「後一週間ほど経過を見るらしい、来週には退院できる筈」
ナインは約束を守った。
リザドの体から回収した記憶媒体にはセブンの命を救うためのデータ、その最後のピースが確かに納められていたのだ。
セブンの事を失敗作と悪しざまに評し、一種の姉妹機である彼女の事を明らかによく思っていなかったナイン。
もしかしたら確実にセブンを抹殺するために、偽りのデータを掴ませる可能性も考えていたがその心配は杞憂に終わったようである。
ゲームのラスボス役として配置していたリザド、恐竜型怪人の性能に絶対の自信を持っていたのか。
それとも仮にもゲームマスターを気取っていた矜持から、自分から掲示したゲームの賞品に手を加える事を良しとしなかったのか。
ナインがどのような思いで約束通りにセブンを救うためのデータを用意したのか解らないが、兎も角、セブンを救うための情報は全て揃った。
「例の時限装置って奴でしたっけ? それはもう博士の中には…」
「無い、あれは完全に除去できた。
あなたが手に入れた情報、あれの中にナインが自らの体から時限装置を除去した時の記録も含まれていた。 そのデータのお陰で、施術はスムーズに行ったらしい」
より強い怪人を作り出す、それだけを目的に製造されたセブンやナインと言う少女たち。
製造時に意図時に定められた短い生涯、その偽りの寿命を作り出している彼女たちに埋め込まれた時限装置。
ナインはこの偽りの寿命に気付き、自らの延命のために時限装置を取り除く施術を行っていた。
どうやら第四ステージの賞品である記憶媒体には、ナインが自らの体で施術を試した時のデータが含まれていたらしい。
ナインに対して成功した施術が、姉妹機であるセブンに対して同じ事を行って失敗する筈も無い。
結果的に見れば今のセブンは、ナインによって命を救われたに等しい状況であった。
「退院したら、早速あなたを修復する。 それまで待っていて…」
「助かります…。 この体だと、何をするにも面倒で…」
セブンは自分のベッド脇の見舞客用の椅子に座る大和、右腕が包帯に包まれた元戦闘員の青年の姿を捉える。
あの第四ステージでの戦い、最強の怪人となったリザドとの死闘は大和に少なくないダメージを与えていた。
特にリザドに潰された右腕は戦闘中に負傷を無視して酷使した事もあって、大和の言うことを全く効かない状態となっていた。
目に見えている右腕の負傷だけで無く、デュアルコアの反動で大和の全身のあちこちが今でも軋みを上げている。
本来であればすぐに修復すべきであるが、残念ながら元戦闘員である大和の面倒を見れるのはセブンくらいな物だ。
とりあえず三代の手によって応急処置は施されているが、本格的な修復はセブンの回復待ちの状態なのである。
本人の語るように今の状態では日常生活を送るだけも一苦労であり、大和は切実にセブンの退院を待ち望んでいた。
あの第四ステージの戦いから一週間程経ったが、あれからリベリオン・ガーディアン共に大きな動きを見せる事は無かった。
かつての白仮面の時では無いにしろ、リザドの最小調整とやらのために両組織の新世代たちは手痛いダメージを受けている。
それらの戦力が回復するまでは、正義と悪の組織は共に大きな活動を控えるつもりなのだろう。
「あの女、ナインからの接触も有りません。 もう俺や博士にちょっかいを出す気は無いんですかね?」
「解らない…」
今回の一連の騒動の黒幕であるナインもまた、あれから全く動きを見せていなかった。
セブンはナインとの面識は全く無いと言っているが、あの女は何やらセブンに対して恨みを持っているような素振りであった。
今回のゲームとやらも死の危険が迫るセブンに対して、希望をちらつかせた上で絶望に落とそうという意地悪な考えが明け透けて見える。
結果としてナインの思惑通りには進まず、最後の手駒であったリザドが死んだことでセブンは救われた。
それはナインに取っては不本意な結末である事は明確であり、再びセブンに良く似たあの女が動くのでは無いかと警戒していたのだが、その心配は今のところは杞憂に終わっている。
「ま、何かあったら、また俺が何とかしますよ。 じゃあ俺はこれで帰ります、ちゃんと勉強しとかないとまた受験に失敗しそうなので…」
「了解した…」
大学受験に失敗して現在一浪中の大和に取っては、本来であれば受験勉強こそが最優先に取り組まなければならない課題である。
しかし今回の一連のナインのゲームに付き合った事で、大和の受験勉強は完全に停滞した状態となっている。
このままでは二浪目に突入する未来が目に見えており、遅れを取り戻そうと大和は最近受験勉強に精を出している所であった。
セブンの無事な姿を確認できた大和は、これ以上の長いは無用と病室を後にしようとする。
「…あ、忘れていた。 博士、これを」
「これは…、コア? 一体」
「それはリザドが使っていたコアです。 まあ、あいつの形見みたいな物です。
一応、博士はあいつの生みの親でしょう、だから博士が持っていて下さいよ」
「リザドの…」
しかし病室のドアに手を掛けようとした瞬間、何かを思い出した大和は慌てた様子でセブンのベッドの方へと戻る。
そして手に持っていた手提げバッグの中に手を入れ、中から取り出したそれをセブンの元に差し出したのだ。
大和が取り出したそれは、セブンにも見覚えのある代物であった。
コア、宇宙から送り込まれた技術の一つによって生み出された、未知のエネルギーを生み出す奇跡の産物。
しかも大和が手に取るそれは、よりにもよってあのリザドが使っていた物だと言うのだ。
リザド、デュアルコアを装備した完全なる欠番戦闘員と真っ向から戦い、そして打ち倒した最強の怪人。
その怪人の使っていたコアを、その怪人の設計を行ったと言うセブンに持っていて欲しいと大和が言うのだ。
「……あいつは本当に強かったですよ、結局俺は負けてしまいました」
「そう…」
最終的に大和はセブンを救うための記憶媒体を手に入れて、セブンを救うと言う目的を果たすことは出来た。
しかし第四ステージの戦いで大和はリザドに敗北した、セブンの命が掛かった負けられない戦いで負けてしまったのだ。
この敗北に対して何か感じ入る事があるのか、大和は神妙な面持ちでセブンに対して独白する。
リザドの顛末は人伝でセブンも耳にしており、セブンもまた自らが設計した怪人の予想外の結末に思う所があるのだろう。
大和の独白に応えるセブンの短い返答の中に、複雑な感情が込められている事に大和は気付いていた。
大和がセブンの病室を見舞っていた頃と時同じく、同じ病院内の別室に一人の少女が足を踏み入れていた。
そこは先日のリザドの最終調整の被害者、融合型怪人の被害にあったガーディアンの新世代の一人が入院している。
ガーディアンの新世代、荒金はより強い力を求めていた、あの白仮面のように、あの欠番戦闘員のように他を圧倒する力を。
家族の復讐という最初の理由すら見えなくなり、たただた力を求める荒金と言う少年。
そんな彼の元に訪れたそれは、正義の味方には相応しくない悪魔の使いであった。
「…リザド、そして欠番戦闘員。 あんな旧世代たちなんて目じゃない、本当の意味での新世代の存在になってみないか?
君の手であの欠番戦闘員を倒して、世界を変えるんだよ」
「新世代…、欠番戦闘員を倒す…!?」
「そうさ、横着をしてセブンの作品を利用しようとしたのが失敗だったんだ。
人工怪人はセブンのバトルスーツなんて不良品を使ったから敗れた、リザドはそもそもセブンの作品だった。
セブンの手が全く入っていない、私だけの作品ならあいつの作品なんかに負ける筈が無いんだ!!」
唐突に病室に現れたジャージ姿の白髪の少女のから齎された悪魔の囁き、それは力を追い求める荒金にはこの誘惑は堪え難い物である。
そして数分後、かつての相棒を見舞うために病室を訪れた銀城が、空になったベッドを目撃することになった。
この日を境にガーディアンの新世代である荒金と言う少年は、この世界から姿を消すことになる。
かつて人工怪人、後に世間から白仮面と呼ばれる存在を生み出した者。
そして蜥蜴型怪人を融合型へと改造し、恐竜型怪人としての力を世界に解き放った者。
その者が新たな手駒を持って、大和たちの前に再び現れるのは決して遠い未来では無かった…。
 




