36. 最強
第四ステージの戦い、その決着は付いた。
片方が地面に崩れて片方が未だに両の足で立っている、これ程解りやすい勝敗の結果は無いだろう。
かつて白仮面を降した事で名実ともに最強と呼ばれる存在となっていた欠番戦闘員と、その最強の座を奪おうと挑んだ蜥蜴型リザド。
この頂上決戦を観戦していた観客たち、リベリオンの怪人たちとガーディアンの戦士たちの誰もが己が最強である事を示した勝者の姿を見つめていた。
「…勝った、勝ったぞぉぉぉぉぉっ!!」
勝者である蜥蜴型怪人リザドは、自らの勝利を喧伝するかのように高らかに勝鬨を上げる。
その姿はまさに虫の息と言っていい程の酷い有様であり、その姿だけ見ればどちらが勝者が解った物では無い。
しかし現実にリザドは敗者を見下ろし、地面に崩れ落ちた欠番戦闘員こと大和はこの時に完全に意識を失っていた。
何時死んでもおかしくない程に消耗しているリザドであるが、足元に転がる敗者の頭を潰すことくらいは訳は無い。
意識を失っている大和の生殺与奪権は完全に瀕死の蜥蜴型怪人の手に握られており、どう言い繕っても大和の敗北は明白であった。
この瞬間、蜥蜴型怪人リザドは名実共に最強の怪人として世界に君臨したのだ。
「はははははは、リザド様は勝ったんだ。 欠番戦闘員、我がライバルに勝利したんだ!!
これがリザド様の力だぁぁぁぁぁっ!!」
リザドの勝因、そして大和の敗因は何だったのか。
やはり戦いの序盤で大和の右拳を潰されたのが響いたのか、恐竜型怪人の力がそれほど凄まじいい物だったのか。
理由などは後で幾らでも付けられるだろうが、強いて言うならばリザドの勝利への執念が大和を上回ったと言う所であろう。
確定した死に怯える事無く、たただた勝利へと邁進したリザドが掴んだ最強という栄光。
それに酔いしれる蜥蜴型怪人の姿を、戦いを観戦していた観客たちは呆然とした面持で眺めている。
確かにこの瞬間に蜥蜴型怪人リザドは、最強の怪人と呼ばれる存在へとなった。
三日天下所か数分後には死んでもおかしくない状態で有ろうとも、この時点でのリザドは確かに最強であった。
最強と言う栄誉に酔いしれながら一人死んでいく、誰に倒される事無く自ら崩壊していく終焉。
それは最後まで最強と言う言葉に拘っていたリザドに取っては、一番幸せな死に方であったかもしれない。
「ははははははっ…、あっ?」
「…すみませんね、リザド。 本当はこのような無粋な真似をしたくないのですが…」
しかしリザドの幸せな最後を邪魔する無粋な者が此処に居た。
海月型怪人キロス、現在のリベリオンの怪人たちのまとめ役をしている組織の幹部怪人である。
他の怪人たちがリザドに圧倒されている中、音もなく忍び寄ったかの怪人の触手が届いた時には全てが終わっていた。
世界最高峰の猛毒の持ち主である殺人海月の能力を組み込まれた海月型怪人キロスの毒は、怪人すらも冒す危険な代物である。
既に虫の息であったリザドの止めを刺すには、キロスの毒は十分過ぎるほどの効果があろう。
そして最強の怪人はかつての仲間からの不意打ちによって、呆気ない最後を遂げるのだった。
海月型怪人の猛毒を受けた最強の怪人の体が、壊れた人形のように地面へと崩れ落ちた。
その残骸には最早リザドの魂は宿っておらず、崩壊を押し留めていた物が無くなったそれは瞬く間に崩壊していく。
その光景はリベリオンの怪人に仕込まれている機密保持機能、怪人の秘密を漏らさないために死した怪人の痕跡を全て消す機能が起動した時とよく似ていた。
しかしリザドはナインによって融合型怪人へと改造された際に、機密保持機能という爆弾も一緒に除去されている。
それにも関わらず蜥蜴型怪人の体を構成していた物が、機密保持機能が発動した時のように消えていっているのだ。
これが恐竜型怪人、リザドと言う器にとても収まりきらない多彩な種の要素を活性化させた事への代償なのだろうか。
リザドを構成していた要素が次々と無へと返っていき、最強の怪人で有ったものが世界から消えていっていた。
「なっ、キロス!? お前は一体何を…」
「何故、リザドを殺した?」
「裏切り者には死を…、それがリベリオンの掟ですよ。 例外は認められません」
「そ、それはそうだが…」
キロスの行動は他の怪人たちにも予想外の物だったらしく、慌てた様子でキロスの真意を問うた。
しかし他の怪人たちに対して、キロスはあくまで冷静に自らの行動の正しさを説明して見せる。
確かに悪の組織リベリオンを抜けた裏切り者に対する仕打ちは、死の制裁以外には考えられない。
幹部怪人としてリザドに制裁を加えた海月型怪人の行動を、他のリベリオン怪人たちに咎められる筈も無かった。
「それより今がチャンスです。 此処で裏切り者だけでは無く、邪魔者である欠番戦闘員を始末できれば…」
「………ゥッ!?」
「おや、目覚めてしまいましたか。 これは残念」
そして悪の組織リベリオンに取って、これまで幾度もなく自分たちの作戦行動を邪魔してきた欠番戦闘員を見逃す筈も無い。
リザドに倒されて意識を失っている機会を逃すまいと、キロスは今度は欠番戦闘員を始末しようとしたようだ。
しかしそれは一歩遅かった、キロスが他の怪人たちとやり取りをしている間に欠番戦闘員こと大和は短い気絶から目覚めてしまった。
「……リザド!? ソウダ、リザドハ何処ニ…」
「ああ、それならそこですよ。 残骸くらいは残っていますかね」
まるで靄が掛かったように鈍い頭を回転させながら、大和はとりあえず力を振り絞って地面から起き上がる。
鉛のように重くなった体を歯を食いしばりながら無理矢理動かし、どうにか立ち上がった大和は目の前から自分と戦っていた相手が消えている事に気付く。
意識を失う直前に見た最後の光景、こちらに向かって殴りかかってくるボロボロの蜥蜴型怪人の姿。
その記憶の直後に意識を失って地面に転がっている所を見ると、どうやら自分はあの戦いに負けてしまったらしい。
しかしそれならば勝者である蜥蜴型怪人が敗者である自分を見て高笑いでもしている筈なのに、どういう訳か勝者の姿は何処にも見当たらないのだ。
そんな大和の疑問に対して、海月型怪人はぞんざいに蜥蜴型怪人だった物を示しながらリザドの顛末を教えた。
既にリザドの痕跡はこの世界から殆ど消えており、キロスが指差した先に有るものはかつてのリザドを思わす何かしか残っていない。
リザドに埋め込まれていたコア、そして見覚えのある記憶媒体、リザドが自らの体の中に仕込んでいたと語っていた物だ。
そられの僅かな品物たちは、大和に対してあの蜥蜴型怪人がもうこの世に居ないことを明確に語っていた。
「死ンダ、リザドガ…。 何デ、俺ハ負ケタンジャ…」
「ええ、確かにあなたは無様に負けましたよ。 そしてリザドは私が始末しました。
裏切り者には死を、それがリベリオンの掟ですから…」
「…オ前ガリザドヲ殺シタ、ダト?」
やはり自分はリザドに負けたらしい。
その事実は最強などの拘りなどは無かった筈の大和に対して、僅かばかりの悔しさを芽生えさせていた。
そしてその生まれたばかりの感情を飲み干す程の、より大きな感情の渦が大和を支配する。
リザドを…、自分を倒したあの蜥蜴型怪人をこの海月のような怪人は殺したと言うのだ。
蜥蜴型怪人を始末した海月型怪人に対して、大和は明確な怒りの感情を露わにする。
「何故、殺シタ! リザドハ、リザドハ…」
「おや、何やらお怒りのようですね。 何を感情的になっているのですか、あれはあなたの敵たったのでしょう」
「アイツハ…。 アイツハオ前ナンカニ、ヤラレテイイヨウナ奴デハ無カッタ!!」
「はははは、その反応。 もしかして友情と言う奴にでも目覚めたのですか」
大和自身もリザドを殺したキロスに対して、此処まで感情的になっている理由は説明出来なかった。
キロスの言う通り、リザドは最初から最後まで大和の敵であり、その関係に友情などと言う物が芽生える筈も無い。
しかしそれでも尚、大和はキロスを許すことは出来なかった。
少なくともあの蜥蜴型怪人は真正面から自分に挑み、そして命すら賭けて自分を打ち勝ったのだ。
そのリザドを正面から倒したのなら納得も出来るが、状況から見てもこのキロスがリザドとまともに戦ったとは思えない。
恐らくこの海月型怪人は卑怯にも、自分を倒した直後のリザドの不意を付いたのだ。
リザドと死力を尽くして戦いあった大和には、どうしてもこの海月型怪人を許すことが出来なかった。
海月型怪人に対して怒りを燃やす大和であったが、残念ながら状況は圧倒的に大和が不利であった。
リザドがこの世を去り、この森の広場に残ったのは欠番戦闘員こと大和とリベリオンの怪人たちのみ。
そしてリザドを手にかけたと言うこの海月型怪人は、立っているのがやっとの状態の欠番戦闘員を見逃す筈も無い。
キロスに対して激しく感情を露わにした大和であった、今の状態ではどう頑張ってもキロスを倒す所か逃げることすら敵わないだろう。
「…させるか、リベリオン!!」
「なっ、ガーディアン!? くっ!!」
しかしこの絶体絶命の状況に救いの手を差し伸べる、若き正義の戦士たちの姿がそこにあった。
大和の危機を前に潜んでいた場所から飛び出した白木と留目は、すぐさま大和の元に駆けつける。
敵は多数のリベリオン怪人たち、ガーディアンの戦士二人程度ではまともに相手をするのは難しい。
そのために白木たちが選んだ選択は逃走と言う、正義の味方らしくない現実的な選択肢だった。
時間稼ぎのために白木は怪人たちに投擲したそれは、ファントムに搭載されている物と同じ対怪人用の目眩まし。
三代から預かっていた白木たちの奥の手は見事に怪人たちの不意を突いて発動し、広場の怪人たちの目は潰されてしまう。
「留目! 時間稼ぎを…」
「そう長くは持たないぜ! 旦那、今の内に早く…」
そして駄目押しとばかりにバトルスーツを展開していた留目は、すぐさま能力を発動させてバトルスーツのパーツ群を怪人たちに向かって飛ばした。
重鎧型バトルスーツのパーツ群を遠隔操作する留目の能力、それらを使って怪人たちを足止めしようと言うのだ。
白木たちに取って幸運なことは、この場に居た新世代の怪人たちがその証とも言えるバトルスーツを展開していなかった事に有るだろう。
先程まで大和とリザドの戦いを観戦していた怪人たちにバトルスーツの展開をしておく必要は無く、バトルスーツの無い新世代たちなど旧世代の怪人と何ら変わらない。
そのため留目のパーツ群は思った以上に怪人たちを押し留め、大和たちを逃げる余裕を作ったのだ。
「…………クソッ!?」
「土留、早く乗れ!!」
「解っている!!」
「"ああ、重量オーバですよ!? まあいです、とりあえず全速力で此処から退却しまーす"」
状況的に逃げるしかないと判断した大和は、最後の力を振り絞ってリザドの死に場所に向かって手を伸ばす。
そこには本来の大和の目的であった記憶媒体があり、これを回収しない訳にはいかない。
そして行き掛けの駄賃とばかりに、地面に転がるリザドのコアも回収した大和はそのまま自分の近くまで来ていたファントムへと飛び乗る。
この場に残しておく訳にもいかず、大和に加えて白木と留目の両名と載せた黒い亡霊はすぐさまステルスを発動させて姿を晦ますのだった。
 




