34. 器
それは薄暗い部屋の中で、ディスプレイ越しに欠番戦闘員とリザドの戦いを観戦していた黒幕に取っても予想外の展開であった。
リザドの変調を目撃したナインは表情を一変させて、齧りつくようにディスプレイを覗き込む。
あの失敗作の作品、欠番戦闘員の最後の抵抗によって確かにリザドは少なくないダメージを受けたようだ。
しかし恐竜型怪人としてのスペックを把握しているナインには、あの程度では今のリザドを倒す事は出来ないと断言出来た。
それにも関わらず現実にリザドは膝を付いて悶え苦しみ、今にも倒れそうな有様では無いか。
「一体何があったの…、どうしてリザドが…」
突然のリザドの不調に一瞬動揺したナインであったが、次の瞬間には類まれなる頭脳を回転させて目の前の事象の分析を始めていた。
より強力な怪人を作り出すと言う目的だけのために、人為的に生み出された人でなしの頭脳は伊達では無いのだ。
そして聡明なナインはディスプレイを通して得られる情報と、自らが蓄えた怪人に関する情報を重ね合わせる事ですぐに答えに辿り着く。
「………嘘、嘘っ!? …お前は、お前はこれに気付いていたの!! だから研究を…、くそぉぉぉぉぉっ!!」
ナインが得られが解答は決して難しい物では無かった、何しろそれは彼女の同型機が過去に導き出した答えなのだから…。
リザドが苦悶する姿、それはかつてセブンが恐竜型怪人を諦めた真の理由に他ならなかった。
異なる種族の要素が活性化しないなどと言う表面的な理由では無く、セブンは恐竜型怪人に隠された致命的な問題に勘付いていたのだ。
今のナインにはかつてのセブンが、本当に恐竜型怪人の致命的な問題に気付いていた事を証明することは出来ない筈だ。
しかし直感的にナインは確信していた、セブンがこの事実を把握していた事を…。
そしてナインはその事実に全く気付くこと無く、意気揚々とリザドを恐竜型怪人へと仕立て上げたのである。
それは何という間抜けな話だろうか、この事実に気付いた瞬間、ナインは自らが主催したゲームに敗北したことを確信してしまった。
「セブンッ、セブンッ!! 私は、私は…。 うわぁぁぁぁぁっ!!」
最早、今のナインにはセブンの事を出来損ないなどと口が裂けて呼ぶことは出来ないだろう。
恐竜型怪人の致命的な欠点に気付いて研究を止めたセブンが出来損ないであれば、その欠点に全く気付かなかった間抜けな自分は一体何だと言うのか。
怒りや嫉妬と言う負の感情に支配されたナインは、まるで癇癪を起こした子供のようにディスプレイに拳をぶつける。
最早勝敗が決まった戦いなどに興味が無いとばかり、ナインはそのままディスプレイを叩き壊してしまう。
薄暗い部屋の中には嗚咽の混じった甲高い叫び声と、何かを叩きつけるような音が虚しく響いていた。
先程まで欠番戦闘員こと大和の戦いを観戦していた部屋から離れ、別室でセブンの命を繋ぐ記憶媒体の到着を待っていた三代の元に慌てた様子で黒羽が駆け込んできた。
黒羽が言葉を発するまでも無くその反応から三代は、此処から遠く離れた戦場で何が起きたかが手に取るように解った。
今の三代の落ち着いた態度、そして先ほどの大和の勝利を予言した意味ありげな言葉。
明らかに大和を圧していたリザドの有り得ない変調、それをこの白衣の女性は事前に察知していたとしか思えない。
黒羽は当初の目的であるリザドの変調を三代に伝える事は無く、胸の内に浮かんだ疑問をそのまま口に出していた。
「三代さん、あなたは知ったんですか? リザドがああなる事を…」
「うん、前に聞いていたからね。 あの子から…」
「あの子? 八重くんの事ですか…」
恐竜型怪人の欠点、ナインが寸前まで気付くことの無かった秘密を三代は把握していた。
その構想の発案者であり、その欠点を見抜いて自らの構想を廃案とした血の繋がらない書類上の親類の口から聞いていたのだ。
「怪人、人間をベースに他の種の生物を合成する事で誕生する兵器。 私は前から疑問に思っていた、何でリベリオンは複数の種の生物を合成しないかを…」
ガーディアンの人間である三代には、リベリオンの怪人開発者の中において常識であった複数の種の合成が不可能であると言う事実を知る由も無い。
それ故に彼女は極々自然に、人間と言う素体に対して一種類の生物しか合成しない怪人の在り方を不思議に思った。
そして元リベリオン開発主任であるセブンとの繋がりが出来た三代が、その疑問を疑問のまま残している筈は無い。
「素体と言う器に複数の種の要素は収まりきらない、それがあの子の解答だったわ。
簡単に言えば人間と言う器に全く違う種の情報を注ごうと思ったら、精々一種類分の種の情報しかスペースが残って無いそうなのよ」
それがリベリオンで複数の種の生物を合成した時、それらの種の要素が活性化せずに眠ってしまう根本原因だった。
複数の種の生物の要素が目覚めた場合、器である肉体はそれを受け止めきれずに壊れてしまう。
それを本能的に察知したが故に、合成された種の要素は入れ物である器を守るためにあえて眠りに付くのだ。
しかしこの答えに辿り着いた者は当時はセブンしか居らず、少女がそれを公表しなかった故に複数の種の合成に失敗する理由は今日まで闇の中のままであった。
「その話の流れで恐竜型怪人の失敗を聞いたのよ。 恐竜なんて代物を現代に蘇らせるために、恐竜を構成するに必要な複数の種の要素をぶちこむって馬鹿な構想。
それを真剣に考えたセブンが辿り着いた答えが、この器と言う根本的な問題よ」
実はやろうと思えばナインがコアを利用したように、眠っている要素を無理矢理活性化する事は不可能では無かった。
しかしセブンはその先の真実に気付き、恐竜型怪人という構想をゴミ箱に捨てる選択をしたらしい。
最もリザドの中に複数の種の要素を残した所を見ると、セブンは完全にこの構想を諦めた訳では無いようだ。
完全に構想を捨てたのならばリザドの内に蜥蜴以外の要素を仕込む筈も無く、もしかしたら何らかの形でそれを使うつもりだったのかもしれない。
器が壊れない程度の短時間のみ恐竜型怪人としての力を発揮する、ガーディアンで言うならばコアの限定解放のような使い方。
セブンから直接聞いた訳では無いが、三代はリザドに埋め込まれた種の要素の使い方をそのように推測していた。
「ナインって子は素体の器の問題に気づかず、ただ怪人の中に眠っていた種の要素を活性化させることしか考えなかった。
そんな事をしたら器が耐えきれずに、自滅するのは明白だったて解るでしょう?」
「だから三代さんは大和の勝利を予言できたんですね…」
「その通り、あとは相手の怪人が自滅してゲームは終了よ。 戦闘員くんが記憶媒体を持って帰るのを待つばかりっと…」
仮にナインがセブンと同じ事実に気付き、恐竜型怪人の力を時間制限付きの能力にでもしていたら戦況は大きく変わっていただろう。
しかし三代がディスプレイを通して見た光景、リザドが何の対策も無しに恐竜型怪人へと成り果てた姿を見て三代はナインが器の問題に気付いていない事を確信した。
それならばリザドが自滅するのは時間の問題であり、三代は大和の勝利を確信することが出来たのである。
専門家では無い者の、セブンから怪人の情報を伝授されていた三代はリザドの顛末を容易に想像する事が出来た。
一度罅が入った器は治ることは無く、やがて器の中身を全てぶちまけて壊れてしまうのは道理だろう。
確かに恐竜型怪人となったリザドはその瞬間、世界最強の怪人と呼ばれる存在となった。
そしてその天下は後数分足らずで終わってしまう、三日天下所では無い短い頂点であろうか。
リザドの顛末に若干の憐憫の情を覚えた三代は、心の中で一人黙祷を捧げるのだった。
ナイン、三代、そしてセブンも意識があれば同じ結論を導き出したであろう。
リザドの敗北、類まれなる頭脳を持つ女性たちが得た結論は最早予知と言っていい程に確定した未来だ。
しかしその確定した未来に対して、真っ向から立ち向かう者もまた居た。
「シャァァァァッ!!」
「クッ、マダヤルノカ!!」
「"どんだけしつこいんですか、この蜥蜴野郎は!?"」
リザド、最早恐竜型としての形を維持できないのか、その姿は蜥蜴型怪人の物へと戻っていた。
四メートル近くあった巨体は元のサイズに縮まり、体のあちこちに亀裂のような物が見える。
それは三代が形容した罅の入った器の如き姿であり、リザドの現在の状況をありありと映し出している。
恐らくリザドの全身は既に悲鳴をあげており、普通であれば指一本動かすことが出来ないような状態であろう。
それでもリザドは両の足で未だに大地を踏みしめ、欠番戦闘員に向かって鉤爪突きの腕を振るっている。
まるで蝋燭の最後の灯火のように激しく燃え上がるリザド、それに呼応するように怪人に埋め込まれたコアも爛々と光を放っていた。




