30. 変貌
それはリベリオンの怪人たちから見れば有り得ない光景であった。
白仮面さえ倒したと言うあの欠番戦闘員が追い詰められており、それを成しているのは裏切り者の蜥蜴型怪人リザドなのだ。
ただの観客と成り果てた怪人たちの眼前で、欠番戦闘員とリザドの激しい戦いが繰り広げられている。
負傷した欠番戦闘員が傷口を広げないように右腕に纏っていた炎を消し、傷口から出た血で汚れたガントレットが露わになっていた。
一方のリザドはほぼ無傷であり、不敵な笑みを浮かべるその様子からは余裕すら伺えた。
「嘘だろう…」
「…欠番戦闘員が圧されている?」
「リザドめ、一体何処で有れ程の力を…」
この場に居るリベリオンの怪人たち、リザドが自らの力を誇示するために呼び出したゲストらは目の前で繰り広げている人外の戦いに釘付けとなっていた。
リベリオンの怪人たちは忌々しいことであるがリザドの思惑通り、融合型として生まれ変わった蜥蜴型怪人の力を見せつけられている。
今の状況はプライドが高い怪人たちには非常に屈辱的な事ではあったが、彼らでは融合型となったリザドとデュアルコアを装備した両者の戦いに割って入る事など不可能だった。
それ程までに欠番戦闘員とリザドの戦いは常軌を逸しており、下手に巻き込まれでもしたら一溜りも無いだろう。
リベリオンの怪人たちは屈辱を味わいながら、ただただ目の前の戦いを見ていることしか出来なかった。
「おい、旦那は大丈夫かよ…」
「…欠番戦闘員を信じるしか無い」
欠番戦闘員の劣勢の様子は、密かにこの戦いを観戦していた白木や土留たちにも衝撃を与えた。
リベリオンの怪人たちと同じくリザドと欠番戦闘員の戦いに割って入る力は無い彼らには、欠番戦闘員の勝利を祈るしか出来ること無い。
ガーディアンの戦士とリベリオンの怪人たちが見ている中で、ナインの第四ステージの戦いは未だに終わる気配を見せていなかった。
右腕の負傷を庇いながら大和は、目の前の蜥蜴型怪人の攻略法を考えながら相手の出方を伺っていた。
蜥蜴型怪人リザドの最大の長所は、あの多彩な特殊能力にある。
擬態能力を使用したファントムを思わせるステルス、粘着液や麻痺毒のと言う嫌らしい小技、そして大和の腕を貫いた舌の攻撃。
近付けば勝負が付いた過去のリザドならいざ知らず、今のリザドに勝つにはまずあの特殊能力を封じ無ければ話にならないだろう。
「ふふふ、これで終わりか、欠番戦闘員? では、そろそろ止めと行こうか…」
「"うわっ、あの蜥蜴野郎! またファントムちゃんの真似を…!"」
自らの優勢を認識したリザドは、勝負を決めるために再び擬態能力を発動させる。
体全体を周囲の背景と同化させ、大和の目の前から姿を消した蜥蜴型怪人は今度は何処から現れるのだろうか。
しかしリザドが姿を消した瞬間に、大和の中にある閃きにが浮かび上がった。
それは欠番戦闘員こと大和を追い詰めているリザドの特殊能力を封じ込め、今の劣勢を打破するための起死回生の一手である。
大和はこの逆転の一手を打つため、内蔵無線を通して彼の相棒である黒い亡霊に対してある指示を下した。
擬態によって姿を消していたリザドは、その光景を見て面白い物を見たとばかりに笑みを深めた。
先程戦場に姿を見せたあの小癪な黒いマシン、それが欠番戦闘員の傍まで自走したと思えば次の瞬間に欠番戦闘員ごと姿を消したでは無いか。
あの黒いマシンが自分と同じ能力を持っており、あのステルス機能によって煮え湯を飲まされた怪人は数知れない。
リザドもあの黒いマシンが自身と同系統の能力を持っている事は既に知っており、欠番戦闘員が消えた事には大して驚きは無い。
どうやら欠番戦闘員は奇襲を受ける事を嫌がり、自分と同様に姿を消して様子見と言う手に出たらしい。
しかしリザドから見れば、この欠番戦闘員の一手は悪手でしか無かった。
確かに自らの姿を消してしまえば奇襲を受ける心配は無くなるだろうが、それは奇襲の際に姿を表すリザドに対して反撃する機会を手放すことを意味する。
恐らく欠番戦闘員はこちらが業を煮やして姿を表す機会を待っているのだろうが、そうそう都合よく動くつもりは無い。
互いに姿を消した事で生まれた均衡状態、しかしリザドはこの均衡状態が長く続かない事を知っていた。
そう遠くない内に欠番戦闘員は再び姿を見せる、その瞬間が欠番戦闘員の最後になるとリザドは確信していた。
リザドは欠番戦闘員が再び現れる瞬間を待ち構える、そしてリザドの予想通りにその時は訪れたのだ。
「…やはり限界が来たか! これで終わりだぁぁっ!!」
リザドは知っていた、デュアルコアを装備した欠番戦闘員には長期戦が不可能である事を…。
自身を融合型へと改造したナインから情報によって、リザドはデュアルコアが装着者に多大な負荷を掛けると言う事実を把握していたのだ。
先に音を上げるのは相手である事を知っているリザドが自ら動く筈も無く、欠番戦闘員が限界を迎えて姿を表すのを待ち構えるだけで良かった。
そして予想通りに欠番戦闘員が姿を現した瞬間、リザドは獲物に向かって飛びかかる。
運が悪いことに欠番戦闘員は、無防備な背中を姿を消したリザドの前に晒すような位置で姿を表していた。
コアの力によって強化された腕力を持って、リザドは自身の腕に備わる強靭な鍵爪を欠番戦闘員に向かって振るった。
我慢比べに負けて間抜けにも姿を現した欠番戦闘員は、攻撃の瞬間に姿を現したリザドに気付く素振りすら見せずに鉤爪を背中に受けてしまった。
「…何っ、偽物だと!? ならば本物は…」
そしてリザドの鉤爪はまるで空でも切るかのように、欠番戦闘員の背中を通り抜けてしまう。
その余りの手応えの無さにリザドは驚愕を覚え、目の前に背中を晒している欠番戦闘員の姿が振れた光景から己の失策を悟った。
これは欠番戦闘員では無くその姿を投影した映像だ、それならば本物の欠番戦闘員は…。
まんまと欠番戦闘員の偽物に釣り出されたリザドは、慌てて本物の欠番戦闘員の姿を探し始める。
しかし偽の欠番戦闘員に向かって攻撃を仕掛けたリザドは、その瞬間に致命的な隙を本物の欠番戦闘員に晒していた。
その絶好の好機を相手が見逃す筈も無く、リザドが己の失敗に気付いた時点で勝負は付いていた。
「…引ッカカッタナ、リザド!!」
「しまっ…、ぐっ!?」
先程、偽の欠番戦闘員を相手にリザドがしたように、本物の欠番戦闘員はリザドの背後から現れた。
デュアルコアによって強化された肉体能力で背後から羽交い締めにされたリザドは、その膂力で体を拘束された身動きが取れない。
周到な事にリザドに背後から生える尾も足で踏みつけられ、リザドは両腕と尾の自由を失ってしまう。
そしてリザドの口の上に伸ばされた欠番戦闘員の左腕から、最大出力の凍気が放たれ始める。
その凍気は即座にリザドの口の周りを氷で覆い始め、凄まじいスピードで氷が苦悶の表情を浮かべるリザドの顔を覆っていく。
リザドの特殊能力、その殆どはこの蜥蜴型怪人の口から放たれる物である。
必然的にリザドの口を封じてしまえば、その能力の殆どを奪うことが出来るだろう。
欠番戦闘員こと大和はこの機会を作り出すために、ファントムのステルス機能を応用した囮作戦を決行したのである。
ファントムのステルス機能は、周囲の風景に溶け込むような映像をリアルタイムで投影する事で実現していた。
この能力を応用すれば何もない空間に欠番戦闘員の姿を映し出すことは容易であり、大和はこれによってリザドを釣ったのだ。
それはかつての白仮面戦で白仮面を嵌めた時の手段であり、今回の戦いでも大和はファントムの力を借りて状況を打破したようだ。
近接戦闘に特化したが故に搦手に極めて弱くなった怪人専用バトルスーツ、その弱点をカバーするにために作り出されたバトルビークル・ファントム。
その面目躍如と言うべきファントムの活躍によって、既にリザドの顔半分は氷で完全に覆われつつあった。
どうやらリザドは体が凍りついていくことが余程嫌なのか、全身を激しく揺り動かして拘束から逃れようとする。
しかし単純な力比べでは近接戦闘に特化している大和が有利らしく、リザドは未だに大和の戒めから抜けられる気配は無い。
このまま押し切れば勝てる、そう確信した大和はデュアルコアの力をより引き出しながらリザドへの拘束を強めた。
「………っ!!」
「…何ダトッ!?」
しかし次の瞬間、背後から羽交い締めにしている大和には見えない位置に埋め込まれたリザドのコアが激しい光を放ち始めたでは無いか。
そしてリザドの体に直接触れていた大和は、リザドの体の内から何かが脈動する気配を感じる。
その脈動は瞬く間にリザドの体中に伝わり、それが切っ掛けとなって蜥蜴型怪人の体に目に見えた変化が訪れる。
赤い鱗に覆われている手や足が丸太のように太く強化され、その胴体もまたメキメキと嫌な音を立てながら伸びていく。
丁度大和が居た背中に尖い背ビレが次々と飛び出していき、危機を覚えた大和は慌ててリザドから距離を取る。
大和の目の前で徐々に巨大になっていく蜥蜴型怪人、その膨張は顔にも及んで顔中を覆っていた氷を吹き飛ばしながら変貌していく。
「……リザド、ナノカ?」
「シャァァァァッ!!」
膨張が終わったリザドは体長を優に二倍以上に伸ばし、その姿はかつての面影を僅かにしか残していない。
自由になった口を大きく開きながら虚空に向かって雄叫びを上げるリザド、その姿は蜥蜴と言うよりは恐竜と言った方が相応しいだろう。
これがリザドが隠し持っていた切り札である事は明白であり、大和は変わり果てた姿を呆然と見つめるのだった。




