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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第2章 欠番戦闘員
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2. 丹羽 大和

 記憶に無い母との感動の再会を果たした9711号はその後、言われるがままに丹羽家の中に通されていた。

 玄関で靴を脱ぎながら9711号は、かつて自分が住んでいたらしい家の中を見回す。

 9771号の母は几帳面な性格なのか、少なくとも玄関から見える範囲では室内は綺麗に掃除されているようだ。

 先頭に立つ母に先導されて9711号たちは短い廊下を歩き、右手にある扉の奥にある八畳ほどの広さの一般的な洋風のリビングに通される。

 リビングに置かれたソファに座るように促されて、セブンと9711号は並んで座り心地のいいソファに腰掛けた。

 そしてお茶を入れてくると行って自分の母と名乗る女性が席を立った隙に、9711号はセブンに話しかけ始めた。


「…本当に此処が俺の家なんですね」

「そう。 此処はあなたの家で、あの女性はあなたの母親に間違いない」


 セブンの言うことが本当なら、やはりあの女性は9711号の母なのだろう。

 此処に来る前にファントムの上で既にセブンから話を聞いてはいたが、記憶を失っている9711号にはセブンの話が本当なのか判断が出来ない。

 全くの見覚えのない母、全く懐かしさを感じ無い己の家に対して9711号の中には戸惑いの感情しか浮かばなかった。


「その証拠の一つにあそこの棚の写真の中にあなたが居る」


 セブンが示した棚の上に飾られている写真には、何処かの高校の制服を着た9711号が先ほどの女性と一緒に写っていた。

 恐らく入学式の時に撮ったものなのだろう、写真の中の9711号は今と比べて少し幼さが見える。

 しかし記憶喪失の9711号には、こんな写真を撮った記憶は勿論無い。

 実際に写真に手を取って間近に見て見るが、幾ら写真を見ても9711号の記憶が蘇ることは無かった。


「あら、大和!? 覚えている、その写真は3年前の入学式の時に撮ったのよね…。 」

「いや、それは…」


 お茶とお茶菓子を載せたお盆を持ってリビングに入ってきた9711号の母は、写真と睨めっこをしている彼の姿を見つけて目を輝かせる。

 お盆をテーブルに置き、9711号の方に近づいた母は懐かしそうに写真のことを尋ねてきた。

 しかし写真を撮った時のことを思い出せない9711号は、母の問いに答えられず困ってしまう。

 そんな言葉に詰まる9711号の姿に、母は落胆した表情を見せた。


「やっぱり覚えてないのね…、大和」

「…すいません」


 セブンは此処に来る前に事前に9711号が記憶喪失の状態であることを、彼の母親に伝えていた。

 実際に息子が自分を覚えていなということが解り、改めてショックを受けたらしく母親の表情は翳って見えた。

 そんな母らしい女性の様子に、9711号の胸の中に罪悪感が芽生えていた。










「まずは私の息子を治療してもらい、此処まで連れてきてくれたことに感謝するわ。 三代さん」

「別にそこまで頭を下げられるようなことはしていない」


 9711号とセブンにお茶を出した後、テーブルを挟んで彼らの前に座った9711号の母は改めセブンに対して礼を言った。

 三代という偽名を使っているセブンは、何食わぬ顔で深々と頭を下げる母の謝罪に応える。


「三代さんから全部聞いたわよ、大和。 重症を負って倒れていた所を三代さんに見付けられて、そのまま病院に運んで貰ったんですってね。

 良かったわね、運よく良い人に助けて貰って」

「は、はぁ…」


 馬鹿正直にあなたの息子は戦闘員に改造されたと言う筈もなく、セブンは適当なカバーストーリーをでっちあげていた。

 事前に打ち合わせた話によると、9711号は母が言った通り重症を負って今まで入院していたという設定になっているらしい。

 そして重症で倒れていた所を救ったのがセブンであり、その縁で9711号を此処まで連れて来たというのが大まかな粗筋になっているようだ。

 セブンの話を完全に信じているらしい母は、息子の命の恩人であるセブンに心から感謝している様子である。


「危ない所だったが彼はどうにか一命をとり止めた。

 しかし脳に強い衝撃を受けた彼は記憶を失ってしまい、自分の名前さえ解らない状態だった。

 彼の所持品から素性が解るもの所か一切の所持品が奪われていた、もしかしたら彼は物取りにあったのかもしれない。

 行く当てのない彼を気の毒に思った私の家が、病院から退院した彼の面倒をいままで見ていた 」

「あら、怖い…。 命まで取られなく良かったわね、大和」

「は、はぁ…」


 確かセブンの話では9711号は1年近く戦闘員として活動していたらしいので、母にとっては1年間息子の行方が解らない状況にあった筈だ。

 セブンは1年近くも行方不明状態だった原因として、記憶喪失と素性が解らなかったという二重の訳で誤魔化していた。

 些か強引な説明であるが息子が帰ってきたことに対する喜びで目が曇ったのか、母は疑うことなくセブンの話を信じているようだ。


「警察にも捜索願を出したが、彼の身体条件と一致する行方不明者は存在しなかったらしい」

「ごめんなさい…。 実は警察に大和が行方不明になったことは伝えてないのよ…」


 母は僅かに表情を歪め、怒りを滲ませるような苦々しい声で警察に捜索願を出していなかったことを謝罪した。

 僅か時間であるが目の前の母と接した限りでは、彼女は息子のことをとても大事にしていたようだ。

 そんな彼女が行方不明になった人間を警察に捜索して貰うと言う、普通だったら最初に行うべきことを何故行わなかったのだろう。

 9711号は母の表情と行動について僅かな疑問を感じたが、そんなことを考えている間にもセブンの話は続いていた。


「此処が彼の家と解ったのは本当にただの偶然。

 たまたまあなたのブログを見たら、彼の写真が載っていることに気付いた」

「ありがとう、私と息子をまた会わせてくれて本当にありがとう…」


 セブンの手を握って礼を言いながらまた泣き出した母は、先ほど9711号が見た写真の中の女性と比べて一回り小さく見えた。

 年齢によるものもあるだろうが、それ以上に息子が行方不明になったことが余ほど応えたのだろう。

 心労のためか明らかにやつれた様子の彼女を見て、9711号は痛々しさを覚えたほどだ。

 感極まった母の嗚咽が何時までも続いていた。










「あなたのご両親にもお礼を言わないと、素性も解らない大和を今まで面倒見てくれていたんだから…」

「残念ながら私の両親に会わせられない。 先日、彼らは失踪した」


 暫くして気持ちが落ち着いたらしい母は、恥ずかしそうに涙をハンカチで拭きながらセブンとの話を再開した。

 母は息子の面倒を見てくれたセブンの家族にお礼を言いたいという、息子を救った者に感謝するという行為は母親として当然の行動だろう。

 しかし実際にそんなことをされても架空の存在であるセブンの両親に会える筈も無く、この一連の作り話がそこで破綻してしまう。

 一体セブンはどのように誤魔化すのかと、不安げな様子の9711号はセブンの横顔に目をやる。

 9711号の心配を他所にセブンは何時もの無表情を崩さないまま、さらりととんでもない嘘で嘘を誤魔化そうとした。


「えっ、それって…」

「この件はガーディアンによって処理された、あなたならこれで理解してくれると思う」


 9711号は内心で失踪したなんて嘘としか思えない話は通じないだろうと思い、セブンと母のやり取りを不安げに見守っていた

 案の定、母はセブンの話に怪訝な表情を浮かべるが、セブンの口から出たガーディアンという単語を聞いた途端に一転して納得の表情を浮かべた。

 そんな母の反応に9711号は疑問を覚える、彼が知る限りガーディアンはリベリオンと戦う正義の組織と言う存在である。

 此処でリベリオンの名を出したなら話しは解る、9711号が所属していたあの組織は人を攫って怪人に仕立て上げると言う悪魔の所業を平気で行う。

 しかし9711号の母はリベリオンで無く、ガーディアンの名前を出したことでセブンの両親が失踪したなんて言う作り話を信じ込んだようだ。

 彼女たちの様子を見る限り、ガーディアンという組織には9711号の知らない何かの秘密があるのだろうか。


「…あなたも辛い思いをしたのね、これからどうするの?」

「この近くに親戚が居るので、親戚を頼りにこの近くで一人暮らしをする手筈になっている。

 それで興味本位でこのあたりの地名を検索したらあなたのブログを見つけ、彼の素性に辿り着けた。」

「ああ、それで私のブログなんて見つけたのね

 自分で言うのも何だけど、何処にも知られていないマイナーなブログだったから…」

「それは謙遜、あなたの料理ブログはそれなりに有名」


 9711号の母、丹羽 霞の職業は料理研究家である。

 この地域で定期的に料理教室を開き、地元の飲食業店のアドバイザーとして活動し、ローカル紙に料理関係の記事を書くなど地域限定ではあるが様々な活動をして収入を得ていた。

 彼女の綴るブログには様々な料理のレシピが載せられており、主に主婦層を中心にそれなりの人気を誇っていた。

 セブンの言うとおり、彼女のブログがマイナーと言うのは謙遜と言うほか無い。


「大和、記憶なんてすぐに戻るわ。 お母さんはもうあなたを手放したりしないから…」

「は、はい…」


 霞はまた息子が帰ってきたことに感動したのか、もう離さないと言う様に9711号を抱きしめる。

 息子に再会できたことに感動する母の姿を見ても、何処か他人事のようにしか感じられなかった9711号は生返事を返すことしか出来なかった。











 母との感動の対面を演出したセブンは、9711号に見送られて彼の家を後にしようとしていた。

 二人で話したいことが有るといって霞を下がらせたので、玄関の前には9711号とセブンしか居ない。

 何処か微笑ましげな表情をしていた部屋の中に下がった母には思うところもあったが、9711号は気にせずセブンと向き合う。

 セブンを見送る9711号の表情は暗いものだった、まるでその様は飼い主に捨てられたペットのように不安げだった。


「…本当に行っちゃうんですか、博士」

「あなたは此処に居るのが一番安全。 私はこれから事前に用意した潜伏先に向かう。

 落ち着いた頃にまた連絡を入れるので安心して欲しい」


 自身の実家であるこの家は、9711号としては理想の潜伏先と言える。

 事前に怪人の素体として目を付けられた人間であるなら素体のデータをリベリオンデータベースに保存されている可能性もあるが、9711号は量産品の戦闘員である。

 わざわざ戦闘員のデータを生真面目に残していないことは、かつて組織に所属していたセブンにとっては既知の事項だ。

 しかも9711号は既にセブンと一緒に死を偽装しており、死んだ戦闘員と失踪者がひょっこり帰ってきた事実を結びつける存在など居る筈も無いと言うのが彼女の考えである。

 しかしこの家にはあくまで元々の住民である9711号しか住むことはできず、セブンは一緒に暮らすことはできない。

 この家に来る前にもセブンは自身の潜伏先を別に用意していると聞いてはいたのだが、いざセブンと別れるとなる9711号の心境は不安で一杯であった。

 それもそうであろう、幾ら自身の家とは言っても9711号にはこの家を見ても何の感慨も覚えず、母親でさえ今の所は赤の他人と殆ど変わらない感想しか持てなかった。


「そうそう、これから私は"三代 八重"と名乗る

  あなたなら大丈夫だと思うが、一応人前でセブンと言う名前を出さないように気をつけて欲しい」

「三代…、八重? 偽名を付ける理由はわかりますけど、何でその名前にしたんですか?」

「セブンをそのまま名前にするのはまずいので、一を足した八を元に名付けた。

 自分ながらいいセンスだと思う」

「そ、そうですね…」


 9711号の家を離れる前に、セブンが思い出したかのように自分の偽名を告げた。

 三代と言う姓は先ほどの母との会話で聞いていたが、名前の方は今日初めて聞かされた。

 余ほど自分が考えた名前に自身があったのか、普段は表情を全く崩さないセブンの口元が僅かに笑みを浮かべている。

 セブンのささやかなドヤ顔を前に、9711号は彼女の安直なネーミングセンスについて意見を述べることを諦めた。


「私もこれからはあなたを大和と呼ぶ、戦闘員番号で呼称するのは危険」

「ああ、俺もですか…。 そうなんですよ、俺の名前は丹羽 大和って言うんですよね…」


 9711号視点では目覚めた時からずっと戦闘員に割り振られた番号で呼ばれてきたため、今更本名と言われてもピンと来なかった。

 しかし今の9711号はリベリオンの戦闘員では無く、丹羽 大和と言う名の記憶喪失中の一般人なのだ。

 セブンの言うとおり人前で9711号などと呼ばれたら、折角の偽装が台無しになってしまう可能性も有る。

 9711号は自身の安全を確保するため、慣れ親しんだ戦闘員番号を捨てる必要があった。


「丹羽 大和、あなたは早く今の生活になれて欲しい」

「何か変な感じですね、名前で呼ばれるのって…」


 9711号…、いや、大和が己の名に馴染みまでまだまだ時間が掛かりそうであった。

 名前だけでない、丹羽 大和と呼ばれていた人生を取り戻すためには今後大きな苦労を要することになるだろう。

 大和は今後の苦労を想像して、溜息を零しながら自身の家から去っていくセブンを見送るのだった。



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