24. ゲームマスター
人を安心させる優しい色をした壁に床、そして清潔な白いシーツに包まれたベッド。
ガーディアンの息が掛かっている病院内のとある一室、元戦闘員の少年が入院している病室がそこにあった。
病室では病院着姿の大和が横になり、ベッド際の丸椅子に中年の女性と若い女性が並んで座っている。
どうやら大和の実の母である霞と黒羽が、入院中の大和を見舞いに来ているようだ。
「大丈夫、大和。 何か欲しい物は無い? お母さん、何でも買ってくるわよ」
「い、いいよ。 別に間に合ってるよ」
「そう…。 ごめんさなさい、愛香さん。 わざわざお見舞いに来てもらって…」
「いえ、今日は大学の方も午前で講義が終わって、暇をしていましたので…」
幼馴染の少女と共にリベリオンに囚われてしまい、行方不明となってしまった実の息子。
一時は生存を絶望していた所にひょっこりと自分の元に戻ってきた愛する息子を、この母親は酷く溺愛していた。
それは大和が事故で入院したと言う連絡が入った時に、仕事を全部放り出して大和の元に駆けつけた程である。
行方不明になった当時も大和は近所の幼馴染と共にバイクと共に何処かへ向かい、そして帰ることが無かったのだ。
再びバイクで事故を起こしたと聞いて、霞が最悪の想像をしてしまっても仕方ないだろう。
そして霞は大和が入院して以降、毎日のように愛する息子の病室へと顔を出すようになっていた。
もしかしたらそれは、息子がまた自分の前から消えてしまう事を無意識の内に恐れている故の行動なのかもしれない。
「それに大和から目を話すと、何をするか解りませんからね?」
「ははははは、ちゃんと安静にしてまって…」
そして大和を監視すると言う意味では、黒羽も目的は同じであった。
どうやら先日の脱走劇は既に彼女の耳にも入っているらしく、黒羽は大和を牽制するように意味ありげな視線を送る。
黒羽の視線の意味を重々承知している大和の乾いた笑い声が、狭い病室内に響いた。
この調子では怪我を治して退院するまで、先日のように病室を抜け出すことは難しいだろう。
大和は微妙な居心地の悪さを覚えながら、母と黒羽との会話に相槌を打ち続けていた。
先日のリザドとの予期せぬリザドとの邂逅、そしてあの蜥蜴型怪人が見せた凄まじい力は衝撃的な物であった。
リザドが道路にクレーターを生み出した時の破砕音は近くに居た白木たちにも届いており、その衝撃的な音響にガーディアンたちは肝を冷やした物である。
後日、大和とファントムからの情報によって真実をしった白木の心境は、決して良い物では無かった。
密かに第三ステージの近くに身を潜めていた大和、それは彼が自分たちガーディアンの力を信用していなかった事の証明である。
確かに欠番戦闘員と自分たちとでは大きな差が有ることは否めず、大和の自身の怪我を省みない選択を一概に否定できない。
そして大和の病室脱走と言う些細な事が気にならなくなる程の衝撃的な事態に、白木に他の事を気にしている余裕も無かった。
「これがあのリザド…」
「コアを直接怪人に組み込むか、まさかそんな発想が有るなんてねー
東日本ガーディアン基地内にある三代の研究施設、通称三代ラボ内のとある一室に複数の男女が集まっていた。
このラボの主である三代、そして新世代の怪人撃破と言う快挙を成したガーディアンの戦士である白木と土留だ。
彼らは揃ってディスプレイに映し出される映像、ファントムが密かに撮影していたリザドの新しい力に釘付けになっていた。
あの時、大和たちに自らの力を示したリザドは、そのまま姿を消して何処かへと立ち去っていた。
仮にあの時のリザドが襲いかかっていたら、負傷した状態の大和に勝ち目は殆ど無かっただろう。
大和たちは実質的にリザドに見逃されたと言って良く、あの蜥蜴型怪人は欠番戦闘員を弄ぶ程の力を身に付けたと言う事になる。
「融合型、これまたとんでもない物が現れた物だなー」
「三代さん、僕達が回収してきた記憶媒体を入れた場合、必要なデータは後…」
「多分、あれと同じデータを一個か二個集めれば全てが揃うわ。 自分で最終ステージって言っているようだし、あの蜥蜴がラスボスの可能性が高いわね」
自らを融合型怪人と名乗っていたリザド、コアと言う無機物を一応は生物の範疇である怪人の体に組み込んだのである。
生物と無機物が合わさった新たな存在、それはまさしく融合型と言っていい未知の存在だろう。
映像越しでも解る、あれはガーディアンやリベリオンを絶望へと追いやった白仮面と同等のポテンシャルを持っている。
かつて戦いでは幾度となく欠番戦闘員に敗れ去った蜥蜴型怪人リザド、それが経った一年で白仮面並になろうとは誰が想像出来ただろうか。
三代の見込みが正しければセブンを救うためのデータは後一つで揃う可能性が高く、ゲームとして見るならばあれの蜥蜴型怪人がラスボスであると見て間違いない。
「流石にこれは旦那に頼るしか無いな…。 否、旦那後からでも勝てるかどうか…」
「三代さん、次のゲームの日時は確か…」
「あの戦闘員くんが退院予定日より後よ。 今まで違って日程に間が有るのは、戦闘員くんの傷が癒えるのを待つ意味があるのでしょう」
「ちぃ、俺たちは眼中に無いって事か…」
白木たちが第三ステージのボス、猿型怪人ショーモンから手に入れた記憶媒体。
そこには何時ものように次のゲームの日時と場所、リザドが待つ第四ステージの情報が記されていた。
どうやらリザドは完全な欠番戦闘員と戦いらしく、その日取りは大和の完治が見込めるだけの余裕を持たされている。
そこには欠番戦闘員以外には興味がないと言うリザドの意思が明確に出ており、恐らくあの蜥蜴型怪人は完全な欠番戦闘員を倒したいと考えているのだろう。
第三ステージの勝利に喜ぶ暇もなく新たに訪れた難題を前に、白木達の表情は自然と暗い物となっていた。
リベリオン・ガーディアンのどちらにも属していないナイン、その拠点は両組織の目から外れた場所に置かれていた。
セブンの姉妹と言っていい程に瓜二つな容姿を持つ、その生まれを考えれば姉妹と言い切ってもおかしくないナイン。
以前に大和の前に現れた時と変わらない、ボサボサの髪に色気のないジャージ姿の少女は暗い部屋の中でパソコンに向き合っている。
その背後には赤い鱗で覆われた異形、蜥蜴型怪人リザドが両の腕を組んで仁王立ちをしていた
「駄目だよ、勝手に動いたら…。 折角の融合型怪人を本番の前にネタバレするなんて…」
「ふん、悪かったな」
パソコンのディスプレイから目を離すこと無く、ナインは世間話でもするかのように背後の怪人へと声を掛ける。
どうやら先日の大和との邂逅で、融合型怪人としての力を見せた件はリザドの独断による物だったらしい。
流石に自分が悪いと解っているのか、リザドは口調こそ偉そうな態度は崩さないが珍しいことに謝罪の言葉を口にする。
「まあ、イベントボスが力の一端を見せるのも、一種のお約束かな。 これもゲームの演出って事でいいか」
「ふん、ゲームなどと言うまどろっこしい事などせず、最初からリザド様を出しておけば全てが終わった筈だ」
「ちっちっち、やっぱり段取りは大切ですよ。 あの失敗作の実力を見定めておきたかったしね…」
最初にリザドがナインと共に現れた時点で、この蜥蜴型怪人は融合型としての力を手に入れていた。
あそこで有無を言わさずに欠番戦闘員に襲いかかる事も出来たが、しかしそれはリザドを融合型へと改造したナインが許さなかったのだ。
このセブンに良く似た少女は酔狂な事にゲームと言う形で、欠番戦闘員に戦いを持ちかけた。
そして律儀にゲームとしての形式を守り、第三ステージまでのボスキャラクターである怪人を用意したのである。
名目としては欠番戦闘員のデータを取ることが目的であると言っていたが、そんな物は文字通り建前に過ぎないだろう。
ゲームマスターを気取るナインの様子を見る限り、これまでのゲームは単なる彼女の趣味である事は明白である。
しかし自分を融合型へと改造したナインには大きな借りがあるため、リザドは少女の危険な遊戯を止める事無く今日までゲームとやらに付き合っていた。
「失敗作、我が創造主が失敗作ね…」
「あれ、生みの親を貶されて怒った? もしかしてあの失敗作に愛着でもあるの?
でもあれは君から見たら、君と君が居た組織を裏切った憎き裏切り者って奴じゃ…」
「ふん、リベリオンを裏切ったなどと言う経緯はどうでもいい、大事な事はそれを経てなした結果だけだ。
そして我が創造主は欠番戦闘員と言う、あの白仮面を上回る最強の存在を生み出した。
この至高の存在であるリザド様を設計した事といい、流石は我が創造主と言った所だよ…」
人間を超えた存在であると言う傲慢な思想を持つ怪人が多い中で、リザドのそれは特に顕著な物であった。
この蜥蜴型怪人に取っては自分の力が全てであり、かつて所属していたリベリオンへの忠誠などは二の次なのである。
既にリザドを縛る機密保持機能はナインによって無効化されており、この蜥蜴型怪人を縛るものは何も存在しない。
そしてリザドから見れば、欠番戦闘員と言う圧倒的な力を持つ存在を作り出したセブンは認めるべき存在であった。
リザドに取ってはセブンがリベリオンを脱走した事などは些細な事でしか無く、彼女が欠番戦闘員の生みの親と知った時には流石は自分の創造主であると喜んだくらいである。
「ふん、あれはそんな大層な者じゃ無いよ。 自分の本来の使命を忘れた奴に…。
てっ、ちょっと、待って。 嘘、此処まで来たのに…、うわぁぁぁぁ、やられたぁぁぁ!!」
セブンに対して思わぬ高評価を見せるリザドを前に、ナインは顔を曇らせながら独りごちる。
どうやらリザドと違ってナインは、失敗作と強調しているセブンの事が気に食わないようだ。
しかし次の瞬間、ディスプレイに映し出された自機のピンチにナインの表情は一変し、手に持ったコントローラを激しく動かし始める。
そして奮闘虚しく自機がやられる瞬間を目の当たりにしたナインは、両腕を天に掲げながら盛大に嘆き悲しむ。
ナインの背後に居るリザドが可哀想な物を見るかのような視線で自分を見ている事に、終ぞ彼女が気付くことは無かった。
 




