1. 帰郷
とある山中に作られた山道、利用者が余り居ないのか人気が全く見当たらない道路上に一台の黒いバイクが出現した。
もしこの時の光景を第三者に目撃されていたら、その人物は己の目を疑うことになっただろう。
何せ比喩的な意味でバイクが自走してきたのでなく、言葉通り何も無い道路の上に突然バイクが現れたのだから。
まるで幽霊のように現れたバイクには黒ずくめの衣装にマスクを被った男が乗っており、その後ろの座席には白衣を着た少女が乗っていた。
「…此処まで来れば流石に大丈夫ですよね?」
「戦闘圏内から数十キロ離れた地点まで移動できた。 とりあえずの安全は確保できたと思われる」
「予定の倍以上の時間は掛かりましたけどね…。
これからどうするんですか? 少なくとも俺は行く当てなんて有りませんからね」
ガーディアン襲撃のタイミングに合わせて脱走を企てた9711号たちは、計画通りリベリオン日本支部からの脱走に成功していた。
最初はファントムの乗り心地に慣れないセブンのために低速で走っていたが、有る程度進んだ所で彼女もどうにか慣れたらしく後半には一般的なバイクが出せる速度を出せるようになっていた。
時間ロスはあったものの、とりあえず安全圏まで辿り着いた9711号たちはファントムのステルス機能を解除して、小休止とばかりにこの後の動向について話を始めた。
記憶喪失である9711号には組織の外に頼る相手など居るわけも無く、彼にはセブンに付いていくしか選択肢が無い。
組織を抜けた後の計画について具体的な話を聞いていなかった9711号は、この機会にセブンに今後の方針を確認する。
「安心して、あなたの潜伏先は考えて有る。
ファントムに目的地の情報は既に入れてあるから、まずは指示に従ってそこに向かって」
「"ばっちりナビしちゃいますよー!!"」
「了解です、じゃあさっさと移動して…」
「その前に着替えをして欲しい、その格好では目立つ」
先走りそうになった9711号を止めたセブンは、脱走時に持ってきた荷物から男物の衣装を取り出した。
現在、9711号はリベリオン戦闘員の制服である全身黒ずくめにマスクと言う極めて怪しい格好をしている。
もしこの格好のまま街中へ降りたら、すぐさま警察やらガーディアンを呼ばれること間違いないだろう。
そんなことになれば今までの偽装が全て無駄になってしまうため、ある意味セブンの配慮は当然の処置と言える。
「準備万端ですね、博士」
「それほどでも無い。 それでは私も着替えておく」
白衣を纏った研究職スタイルの格好をしているセブンの姿も、街中では人目に付くものだろう。
そのためセブンも移動前に衣装を変えておくため、荷物から取り出した女物の衣装に着替えを始めた。
そこまではいい、しかしそこで彼女が見せた行動に9711号は驚愕することになった。
「なっ!?」
9711号を男として見ていないのか、有ろうことかセブンは目の前に9711号が居る状況で服を脱ぎ始めたのだ。
セブンの着替えシーンに興味があるものの、罪悪感が上回った9711号は慌ててセブンから目線を外す。
そしてセブンを意識しないように気を付けながら、着慣れた戦闘員服を脱ぎ始めるのだった。
「うーん、何かスースーするな…」
マスクを外してジーパンにシャツと言う何処にでも居るような若者の格好になった9711号は、素顔を晒したことによる開放感に違和感を覚えていた。
これも一種の職業病だろうか、組織に居る間は四六時中マスクを被っていたため、マスクが無い状況が逆に気持ち悪く感じてしまうのだ。
「着替えは出来た?」
「はい、博士の方も終わりましたか? 」
着替えを終えたセブンはファントムに跨ることを考慮してか、パンツスタイルの活動的な格好になっていた。
しかし所々に可愛らしい装飾が施されており、女の子らしさをさり気なくアピールした衣装である。
白衣を着ていた時と違って私服を着たセブンの姿は幼さが強調され、どう見ても悪の組織の科学者には見えないだろう。
「へー、博士、そんな服を持ってたんですか! いいですね、似合ってますよ」
「そう。 クィンビーに押し付けられた衣装を適当に持ってきたのだけれど…」
「ああ、そういえば前に装飾科で着せ替え人形にされてましたもんね、博士…」
リベリオン日本支部には、怪人や戦闘員の衣装を作成する服飾科という施設が存在していた。
そこでは服飾関係の作業用に調整された戦闘員たちが一心不乱に服なり何なりを作っており、様々な用途の衣装が保管されている。
セブンと交流を持つようになった怪人クィンビーは前に一度、嫌がる彼女を無理やり服飾科に連れて行ったことが有るのだ。
普段から白衣しか着ていないセブンに可愛い格好をさせてあげようとするクィンビーの善意の行為だったのだろうが、彼女に取ってはありがた迷惑だったろう。
しかし思わぬところでクィンビーの見立てた衣装が役立っており、彼女の好意は無駄にはならなかったようだ。
「では、行きますかね」
「くれぐれも安全運転で頼む、もし警察に捕まったら面倒なことになるから」
「そういえば俺、免許持ってませんもんね…。 気をつけます…」
運転技術が体に染み付いていることから、もしかしたら記憶喪失まえの9711号は二輪免許を持っていたのかもしれない。
しかし現在の彼にはそんな物はなく、見た目は普通のバイクに見えるファントムを無免許で動かしている状況にある。
仮にスピード違反などを咎められて警察に免許の掲示を求められたら、セブンの言うとおり面倒なことになるのは確かだろう。
そのため悪の組織の元戦闘は交通ルールを遵守しながら、ファントムのナビに従ってまだ見ぬ目的地へと移動する。
そして9711号はこれから向かう先で、衝撃の展開を向かえることになるのだった。
「"到着でーす"」
ファントムの指示に従って数時間ほど移動した9711号は、トラブルも無く目的地に辿り着くことができた。
しかし着いた場所を見て見れば、二車線の道の左右に家が並ぶ日本の何処にでもありそうな街なのだ。
道中の間に事前に目的地のことを聞いていなかったのなら、9711号もセブンがどうして此処に来たのか不思議に思っただろう。
「ここからは徒歩で移動する、ファントムはステルス状態に移行して待機していて」
「"了解でーす、ファントムちゃんはお留守番してまーす!!"」
セブンの指示に従いステルス状態に移行して姿を消したファントムから離れ、セブンは迷い無い足取りで歩き始める。
9711号は慌ててセブンの後を着いて行った。
似たような家が並ぶ道を5分ほど歩いていたセブンは、やがて丹羽という表札が掲げられている家の前で足を止めた。
その家は周りと殆ど変わりが無い、極々平凡な二階建ての一戸建てだった。
「…此処なんですか」
「そう、此処が目的地」
セブンは躊躇い無く目の前の家にあるインターフォンを押し、家の中でインターフォンのチャイム音が流れた。
目の前の家の主はチャイム音にすぐに反応したらしく、間を置かず中から一人の女性が出てきた。
現れた凡そ30台くらいの女性はまずセブンの方を見た後、すぐに彼女の後ろに立っていた9711号の方に視線を向けた。
9711号の姿を見た女性はまるで幽霊を見たかのような驚愕の表情を見せ、ふら付く足取りで彼に近づいてきた。
女性は9711号と向かい合って9711号の顔を穴が空くほど観察した後、何かを確信したように頷く。
そして目に涙を浮かべ始めた女性は、そのまま力いっぱい9711号を抱きしめた。
「大和ぉぉぉぉっ!! お母さん、信じてたからね、あなたが生きているって…」
「母さん、この人が俺の…?」
期せずして9711号…、丹羽 大和は母親との感動の対面を果たすのだった。
幾ら思い出そうとしても思い出せない、記憶に無い母と再会は彼に戸惑いの気持ちしか感じさせなかった…。




