12. 混迷
ナインが主催するゲーム、その第二ステージの決着は大凡付いた。
石塊ならぬ氷塊を二発浴びた狐型怪人フォクスは、未だに廃墟内の廊下上でのたうち回っている。
どうやらこの狐型怪人はその細身の見た目通り、余り耐久性は優れていない怪人なのだろう。
しかし相手は仮にも頑強な怪人である、あれが大和の油断を誘う演技の可能性も否定は出来ない。
大和は警戒しながら狐型怪人の元へと歩み寄り、ゲームの戦利品を探ろうと試みた。
「"…マスター、まずいです!?"」
「"っ!? 一体何が…"」
そして大和の手が狐型怪人フォクスに届こうとした瞬間、彼に内蔵されている無線から相棒の警告が届いたのだ。
焦りを含んだその声色からただ事出ない事を察した大和は、伸ばしかけた手を引っ込めて周囲を警戒する。
しかし廃墟内の狭い廊下には大和の足元に倒れている狐型怪人以外、何処にも怪しい影は見当たらない。
大和はとりあえず足元の狐型怪人を注視しながら、無線を通してファントムに対して詳しい説明を求めようとした。
「…クァァァァッ!!」
「…なっ!?」
「ァァァァァッ!?」
しかしファントムが口を開く前に大和は、相棒の警戒の意味を理解することになる。
脆くなった天井を突き抜けて来たそれは、恐らく廃墟内に居る大和の正確な位置を掴めなかったのだろう。
それの両足に備わる鋭い鉤爪は大和を僅かに逸れ、隣りに居た狐型怪人の体に食い込まれてしまった。
体に深々と鉤爪を抉りこまれた狐型怪人フォクスは、顔を歪ませて苦悶の声を漏らしていた。
埃や天井の破片が舞い散る狭い廊下の中で、大和はその鳥型怪人と久方ぶりの再会を果たすことになる。
「ちぃ、外れたか…」
「お前は…、あの時の…」
「ほぅ、今日はあの耳障りな声では無いのだな」
「っ!?」
腕と一体化した羽、鉤爪を備えた両足、顔に付いた嘴からそれが鳥をベースにした怪人であることが一目で見て取れた。
鳥型怪人フェザー、かつて大和が母を救うために赴いた戦場で対峙したリベリオンの怪人である。
しかし今廃墟に現れたフェザーの姿は、大和の記憶の有るものと若干異なる物であった。
バトルスーツと言う新たな力を手に入れた新生フェザー、その体の各所には大和の見慣れぬプロテクターの装甲が付けられているでは無いか。
フェザーは奇襲の成果が本来の目標である欠番戦闘員では無く、見知らぬ怪人であった事に落胆を隠さない。
一方、見覚えの有る鳥型怪人の登場に大和の頭の中では、何故リベリオンがこの場に居るかという疑問で一杯であった。
突然の事態に大和はまたしても声を変えるのを忘れ、素の丹羽 大和としての声で呆然とした声を上げてしまう。
その大和の声を耳聡く聞いたフェザーは、欠番戦闘員の失態に対して面白い物を見たとばかりに口元を歪める。
「ふんっ、どうやらこれが今日のお前の獲物らしいな…。 それならば…」
「はっ…。 ま、待てっ!!」
「ハハハハッ! この獲物を返して欲しければ、俺に着いて来い!!」」
先の熊型怪人べアームの一件から欠番戦闘員が、リベリオン・ガーディアンに属さぬ謎の存在と交戦している事はフェザーも把握している。
どうやらこの半死半生状態になっているこの見知らぬ狐型怪人は、あの熊型怪人と同類の存在なのだろう。
一瞬で思考を固めたフェザーは次の瞬間、腕と一体化した翼を羽ばたかせて先程突き破った天井の穴へと向かって飛び立つ。
そしてフェザーの足元には先程鉤爪を突き刺した狐型怪人フォクスの姿が有り、フォクスはフェザーと共に空へと上がっていく。
まだ狐型怪人からゲームの景品を回収していない大和は、慌てた様子でフェザーを止めようとするが遅かった。
既にフォクスを抱えたフェザーは廃墟の天井を抜けており、大和の視界から消えていってしまう。
その慌てた様子からフェザーは、欠番戦闘員がこの狐型怪人に執心している事を察したのだろう。
フェザーは廃墟に取り残される欠番戦闘員こと大和に対して高笑いをあげながら、自分に着いて来るように命じるのだった。
リベリオンの鳥型怪人フェザーがこの廃墟に現れたのには理由がある。
数時間前にリベリオンへ送られてきた匿名のメッセージ、そこにこの廃墟の場所と此処に欠番戦闘員が現れるという情報が書かれていたのだ。
本来なら悪戯であると一蹴すべき内容のメッセージであるが、リベリオンはこの情報を重要視した。
そもそも所在等が全て極秘であるリベリオン基地の端末に、わざわざ危険を冒してまで悪戯メッセージを送る筈も無い。
幾重もの中継を重ねて届けられたメッセージの送信者を掴むことは叶わなかったが、少なくともこのメッセージの主は何らかの意図があってリベリオンに届けられた筈だ。
最終的に海月型怪人キロスの判断により、鳥型怪人フェザーたちはこの廃墟へと派遣されることになった。
「ふふふふ、久しぶりだなぁぁ、欠番戦闘員!!」
「貴様に復讐する日を一日千秋の思いで待ち望んでいたぞ!!」
ファントムの情報によってフェザーが廃墟前の広場まで飛んだ事を知った大和は、即座にフェザーの後を追う。
そして廃墟の外に出てきた大和に前に現れたのは、懐かしの怪人たちの姿であった。
何度か交戦経験のある犬型怪人ハウンド、確かショッピングモールで戦った鮫型怪人シャーク。
ハウンドとシャークはフェザーと同じように、一年前には無かった見慣れぬバトルスーツを体に纏っているようだ。
怪人たちは先程遭遇したフェザーとその足元に転がされている狐型怪人フォクスの隣で、現れた大和に対して好戦的な笑みを浮かべていた。
「ハッ、懐カシイ顔触レダナ…。 何ダ、マタヤラレニ来タノカ?」
「余裕だな、欠番戦闘員! しかしそんな余裕など、新生ハウンド様の前ではすぐに消えてしまうぞ!!」
見覚えの有るリベリオンの怪人たちが勢揃いした状況に、大和は内心で動揺しながらもそれを表に出さないように軽口を叩く。
その声色は既に戦闘員の奇声を思わせる高音の物になっており、先程フェザーの前に素の声を晒した失敗を繰り返さないように気をつけていた。
負けん気の強い怪人たちはそんな大和の軽口に対して、強気な挑発を返して見せる。
「…ン、アノ蜥蜴ノ姿ガ無イナ? ドウシタ、蜥蜴野郎ハ臆病風ニ吹カレテ欠席カ?」
「蜥蜴…、リザドのことか。 奴なら貴様の言う通り、臆病風に吹かれて姿を晦ましたぞ」
「リベリオンの面汚しが、脱走などと言う腑抜けた真似をして…」
蜥蜴怪人リザド、自称欠番戦闘員のライバルとして、欠番戦闘員こと大和に一番執着していたであろう怪人。
本来であればこの場にリザドの姿が居てもおかしく無いのだが、怪人たちの中にあの特徴的な姿は見当たらなかった。
大和もリザドがナインと行動を共にしている事を知らなければ、この場にリザドが居ないことを不審に思っただろう。
しかし怪人たちは大和がリザドと遭遇している事など知る由も無く、此処で大和がリザドの事を尋ねて何ら不思議な事では無い。
珍しく機転を利かした大和は現在のリザドのリベリオンの状況を知るため、何気ない様子で怪人たちにリザドの事を問い掛けて見たのだ。
そして怪人の口から帰ってきた答えから、大和を満足させる情報であった。
どうやら怪人たちの認識ではリザドはリベリオンを脱走したことになっており、その事実からナインがリベリオンの人間では無い事を知る。
ナインは立ち位置的に先の白仮面と同じく、リベリオン・ガーディアンに属さぬ第三勢力として活動しているようだ。
「さて…、無駄話はこの辺りにしておくかな。 リベリオンの誇りにかけて、今日こそ貴様を始末してやるぞ、欠番戦闘員!!」
「チィ…」
怨敵を前に我慢が効かなくなったらしい怪人たちは、雑談を切り上げてそれぞれ戦闘態勢を取る。
これまで幾多の作戦をぶち壊しにしてきた欠番戦闘員に対して、リベリオンが手心を加える理由は皆無だ。
大和としてはこんな無駄な戦いは回避してさっさと帰りたいのだが、今回のゲームの景品を回収せずに帰る訳にはいかない。
殺気立つ怪人たちを前にファイティングポーズを取りながら、大和はどうやって怪人たちの隙を付いて狐型怪人フォクスを回収するべきか悩んでいた。
一色触発の状態となっている欠番戦闘員こと大和と、それに対するリベリオンの怪人たち。
しかし両者の戦いの火蓋が切って落とされる直前、この混迷した状況に輪を掛ける新たな登場人物が姿を見せたのだ。
それは対峙する大和と怪人たちの前に、威風堂々と肩で風を切って現れた。
正義を象徴するかのような純白のガーディアンの制服を纏う三人の戦士たちは、この混迷とする舞台へと姿を見せる。
彼らの戦闘に立つ短髪の少年、荒金は欠番戦闘員と怪人たちの前に傲岸不遜に言い放った。
「はっ、リベリオン、そして欠番戦闘員か…。 選り取りみどりだな…、俺たちの力を見せつける相手には丁度いい!!」
ガーディアンたちがこの廃墟に現れた理由は、恐らくリベリオンと同じ匿名のメッセージによる物だろう。
この匿名のメッセージを送った人物の候補は一人しか思い当たらず、この構図はゲームの盛り上げる演出のために意図的に作られた物に違いない。
正義の味方を標榜するガーディアンに取って、当然のようにリベリオンの怪人を見逃す道理は無い。
そして東日本ガーディアン基地の司令である紫野のお墨付きを貰っている彼らが、欠番戦闘員を放置する事も有り得ない
バトルスーツと言う新たな力を手に入れた、新世代のリベリオンの怪人たち。
コアの高出力に耐えうる肉体を手に入れた、新世代のガーディアンの戦士たち。
そして恩人であるセブンを救うため、一年振りに復活を果たした欠番戦闘員。
新世代たちと欠番戦闘員による三つ巴の戦いが、今切って落とされようとしていた。




