8. ゲームへの誘い
大和が熊型怪人べアームの体を数割近く氷漬けにした所で、ファントムから自爆の危険性が無くなったと無線で報告が入った。
すぐに大和は完全に凍り付いたべアームのコアから手を離し、そのままべアームの体を探り始めたでは無いか。
先ほど大和に散々やられたダメージに加えて、体を氷漬けにされた哀れな熊型怪人に抵抗する余力など皆無である。
べアームは若干虚ろになった目で、自分の体を探る欠番戦闘員の姿を見ていることしか出来なかった。
その後方で銀城が訝しげな表情でこちらを伺っている事を気にも留めず、大和は黙々とべアームの体を探り続ける。
べアームが身に付けているバトルスーツやべアーム自身の毛深い体に向かって、大和は遠慮なく手を伸ばしていく。
やがて大和は目的の物、ナインが用意した第一ステージの景品を発見したのだ。
それはべアームのバトルスーツの背面装甲に設けられた、名刺大サイズの小さな収納スペースに納められていた。
頑丈なバトルスーツに収められたそれは、激しい戦闘を行ったにも関わらず傷一つ見られない。
最も、流石に自爆などをされていたならば、この景品は跡形もなく壊れていただろうが…。
「マズハ一ツ目カ…」
ナインが用意した景品、手の平にすっぽりと収まる小さな記憶媒体。
大和はそれを宝物のように丁重に扱い、すぐに傍に呼び寄せたファントムの座席下に用意されているスペースへ保管する。
戦利品である記憶媒体を収納しながら大和は、この命がけのゲームを初めた経緯を思い出していた。
セブンの見舞いに向かった病院の帰り道、大和はセブンに良く似た奇妙な少女との邂逅を果たしていた。
ナイン、自身のそのように名乗った少女は驚きを露わにする大和を尻目に、淡々と話を始める。
ファーストコンタクトの衝撃から回復した大和は、その話に耳を傾けながら改めてナインに目をやっていた。
それはセブンを一回り小さくした姿形をしており、眼鏡無し・白髪と言うリベリオン時代のセブンを思わせる容姿である。
ただしリベリオン時代はほぼ白衣姿だったセブンと違い、今のナインが着ている服装はどういう訳か野暮ったいジャージ姿であった。
よく見たら白髪の後頭部に寝癖も出来ており、本来であれ綺麗なストレートヘアである筈の後髪が微妙に跳ねている事が分かる。
どうやらこのナインと言う少女は、かつてのセブン以上に身だしなみと言う物に無頓着らしい。
しかし大和はすぐに、ナインの見た目など気にする余裕がなくなってしまう。
セブンと瓜二つの少女から語られるその話は、それだけ大和を打ちのめすのに十分な内容であったのだ。
「…まずは結論を先に言うわね。 あの失敗作、セブンはこのまま行けば近いうちに死ぬ事になるわ」
「なっ、どうして…」
「そもそも私達は長生きするように作られて無い物。 耐用年数が過ぎたと言う所かしらね」
セブンの命が長くない等と言う世迷い言を、昨日までの大和であれば信じる筈も無かった。
しかし実際にセブンが倒れてしまい、彼女が普通の人間では無い事を知ってしまった大和にはナインの話を否定する事は難しい。
大和には目の前の少女が嘘を言っているとは思えず、ナインの話を遮ることは無く黙って聞き続けた。
「その様子だと流石にあれが、普通の人間では無い事は知っているようね。
生物の合成技術、怪人と言う名の怪物を生み出す技を応用すれば、私達のような存在を作ることは難しく無かった。
私達は普通の人間とほぼ変わらないわ、ただ母体に居る時に色々と操作されただけ。
違っているところと言えば頭脳が発達している事、そして発達した頭脳を最も効率よく活かせる体が迅速に完成する事。
あなた、私が何歳に見える? 実は私、年齢だけ言えば小学校に入れるかも怪しいのよ」
セブンやナインがリベリオンの生物の合成技術を施されて誕生したのならば、彼女が語る年齢についても納得できる物があった。
何しろこの技術が宇宙から地球に送り込まれたのは、今から十年と少し前である。
少なくとも中学生程度には見えるナインの年齢が見た目通りならば、彼女が母体に居た頃に操作を受けられる筈も無い。
そして今の話が本当であれば、セブンもまた見た目通りの年齢でないという事なのだろう。
「私たちが生まれた理由は何となく解るわよね? より強い怪人の開発、それが私たちに課せられた存在理由だった…」
「…まあ、とりあえず博士の事情は一応解った。 けど何でそれで博士が今死にかけているんだよ!!」
今の話の真偽については未だに不明であるが、とりあえずセブンとこの少女の素性については理解できた。
しかし今の話の中で彼女たちの寿命について言及しておらず、何故セブンが倒れたかは未だに謎である。
このナインと言う少女はその口振りから、恐らく今セブンに起こっている事情を理解してるだろう。
大和は焦燥する気持ちを隠しきれず、焦ったような声で本題であるセブンの寿命についての話を求めた。
「一部の例外は認めるけど、基本的に人間の頭脳は年を取れば衰える物よ。 二十歳過ぎればただの人、て言うのは少し違うかな…。
そして私達を作り出した連中は、あんまり長期的な展望を考えてなかった。 私達はその頭脳を最大限に発揮できる瞬間を過ぎたら、自動的に廃棄されるように作られたのよ」
「そ、それは…。 は、博士が助かる方法は…、無いのか?」
「有るわよ」
「って、有るのかよぉぉぉっ!!」
この話が本当であれば、セブンは今まさに廃棄されている所なのだろう。
何の病状も見られ無いにも関わらず徐々に弱っていくセブンの状況は、ナインの話を大和に信じさせる材料になった。
大和は今までの話の展開から最悪の予想を頭に浮かべながら、恐る恐るセブンが助かる方法を尋ねる。
しかし大和の予想はいい意味で裏切られ、ナインはあっさりとセブン生存の可能性を大和に掲示したのだ。
「私たちに仕掛けられた処置、言うなれば時限装置は決して除去不能の物では無いわ。 ただし、それには一つ条件がある。
あの失敗作から時限装置を取除くには、あれ自身の情報。 馬鹿そうなあなたにも解りやすく言えば、あれの設計図と言える物が必要になるわ。
闇雲に失敗作の体を弄っても逆にあの子の命を縮めるだけ、助けるには設計図を元にした精密治療が必要となる」
「博士の…、設計図?」
「ねぇ、丹羽 大和くん。 否、欠番戦闘員と呼んだ方がいいかしら…。
あなた、私とゲームをしない?」
「ゲーム、だと…?」
ナインが持ちかけたゲーム、それはセブンの設計図と言える情報を賭けた命懸けの遊戯であった。
そのゲームの内容はシンプルな物であった、彼女が用意した駒を大和が倒せばセブンの設計図の情報が手に入る。
ゲームの駒とやらは複数体用意するらしく、大和はそれぞれの駒が持つ設計図の欠片を全て集めなければならない。
全ての欠片が集まって初めてセブンを救う情報が得られるという、ゲームではお約束のキーアイテム集めのクエストと言う訳だ。
しかし大和が敗北すれば当然のように欠片は得られず、セブンはそのまま命を落すことだろう。
事実上セブンの命を賭けにした死のゲームの提案するナインは、まるでおもちゃで遊ぶ子供のように無邪気な笑顔であった。
セブンの命を救うために必要な情報、彼女の設計図とやら掲示されて大和がこの提案を断れる訳も無い。
しかし大和がナインの提案に了承する言葉を口に出そうとした所で、彼の脳裏にある閃きが浮かぶ。
よく考えてみれば此処には、セブンの設計図とやらの情報を持つ少女が居るのだ。
相手はどう見ても戦闘能力は皆無に見える少女、それに対するこちらは生身の人間相手であれば無敵に近い元戦闘員。
わざわざゲームなどに乗らなくても、此処でナインを拘束すれば全てが解決するのでは無いか。
大和は先程言いかけた言葉を胸に押し込め、無言のままジリジリと目の前のジャージ姿の少女の方に近付いていく。
「…ふははははは、甘いぞ、欠番戦闘員!!」
「なっ!?」
しかし大和の浅はかな思いつきなど、セブンと同程度かそれ以上の頭脳を持つ少女が気付かない訳ない。
無防備なジャージ姿のナインに対して大和が手を伸ばした瞬間、それは虚空より現れた。
それに気付いた時には大和の体は後方に吹き飛ばされており、そのまま背中を地面に強打してしまう。
痛む背中を無視して慌てて起き上がった大和の視線の先、そこには何時の間にか見覚えの有る怪人が居るでは無いか。
「…お前は、リザド!?」
「ゲームに乗れ、欠番戦闘員。 それが我が創造主、セブンを救う唯一の道だろう!
まあ貴様がゲームに勝ち残る可能性はゼロだ、何しろこのリザド様もゲームに参加するからな、はっはっはっっは!!」
それは蜥蜴をそのまま人型にしたような異形であった。
全身を赤い鱗で覆った堅牢そうな体を備え、爬虫類特有の細長い下を見え隠れさせながら高笑いをあげている。
蜥蜴型怪人リザド、かつて欠番戦闘員であった大和と何度も戦った事がある因縁の怪人。
この怪人にはカメレオンの如く肌の色を変え、周囲の背景に溶け込む事が出来る特殊能力を備えていた。
どうやらリザドはこの特殊能力を駆使して、大和に気付かれること無くナインの傍に控えていたのだろう。
状況的にナインの仲間になったらしいリザドは、素顔を晒している大和があの欠番戦闘員である事を既に知っていた。
自称欠番戦闘員のライバルであるリザドは、相変わらずの尊大な言葉で大和に対してゲームへの参加を要求する。
そしてリザドは言いたい事だけを言った後、すぐさまナインを担いでこの場からの離脱を計ったのだ。
予期せぬ蜥蜴型怪人の登場に大和が驚きを見せている隙を突いたリザドは、まんまと大和の手から逃れる事に成功した。
「くそっ!? もう少しだったのに…。 ん、これは」
セブンの命を救う手がかりを取り零した大和は、拳を腿にぶつけながら悔しさを表していた。
忌々しげな表情で先程までナインが居た場所を睨みつけた大和は、そこに何かが落ちている事に気付く。
近付いてそれを拾い上げた大和は、それが一般的な記憶媒体である事を知る。
ただし中身までは一般的な物では無い事は明らかだ、何しろ記憶媒体の表面には"Ⅸ"と言う記号が刻まれているのだから。
こうして大和は第一ステージの日時が残された記憶媒体を手に入れ、否応になくゲームへと参加することになった。
大和は地面に転がる熊型怪人怪人べアーム、ナインが用意したゲームの駒に目をやっていた。
あのナインと名乗る少女は一体どのような目的で、大和をこのような馬鹿げたゲームへと誘ったのだろうか。
実際にゲームとやらに参加してナインが用意した怪人を倒しても尚、このゲームの目的を読み取る事が出来なかった。
しかしセブンの命を盾に取られている大和には、例えこのゲームにどんな馬鹿げた理由が有ろうとも降りる事は許されない。
ナインの用意したゲームの駒を全てなぎ払い、セブンの命を救うための情報を手に入れる。
これが復活した欠番戦闘員の新たな戦いの理由であった。
「…何故、お前が此処に居る!!」
聞き覚えのある白木の声に気付いた大和は顔を動かし、ガーディアンの戦士たちが自分の姿に驚愕を表している光景を視界に入れる。
どうやら大和が考え事をしている間に、何時の間にかこの場にガーディアンの増援が来てしまったようだ。
既に大和はゲームの景品である記憶媒体を手に入れており、この場にこれ以上残っていても意味が無い。
大和は白木の問いかけに答えること無く、傍に控えていファントムのステルス機能を解除させる。
そしてファントムに搭乗した大和は再び愛機のステルスを発動させ、正義の味方たちを置き去りにこの場を立ち去るのだった。




