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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第2部 第1章 新世代
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7. 第一ステージ



 大和はフルフェイスのマスク越しに、獰猛な唸り声をあげる熊型怪人の姿を凝視していた。

 否、正確に言えば大和は熊型怪人では無く、熊型怪人の頭部に刻み込まれた文字を意識を払っていたのだ。

 "Ⅸ"、ローマ数字と九を意味する記号、それは大和がつい先日であった不思議な少女の名を思い返させる物である。

 あれが実際に一目見れば分かるとナインが言っていた、彼女がゲームとやらのために用意した駒なのだろう。

 先程受けた怪人の一撃、端から見れば容易く受け止めたようには見えただろうが、実情は大きく異なっていた。

 あの大熊の腕の一振りを受けとめた時、大和は予想以上に強烈な一撃に覆面の下で顔を歪めながら必死に堪えていたのだ。

 無防備な少女に向かって振るわれた攻撃が本気とは思えず、あの怪人にはまだまだ奥が隠されているに違いない。

 実に一年ぶりに怪人専用バトルスーツを纏った自分に勝てる相手かと、若干の不安を覚えた大和は弱気を誤魔化すようにガントレットを嵌めた右腕を力強く握りしめた。


「"マスター、格好いいっ、今のは完璧なタイミングでしたよ!"

 ほら、マスターが庇ったガーディアンの小娘なんか、今のマスターの勇姿にもうメロメロです"」

「"おい、ファントム…。 流石に戦闘中に無駄話を持ちかけてくるなよなー"」


 しかし大和の内心など知る由もない脳天気なマシンは、通信を通して気が抜けるような話を持ちかけてきた。

 欠番戦闘員居る所に黒いマシン有り、ファントムはお得意のステルス機能で姿を隠しながらしっかりと大和の傍に控えている。

 一年ぶりに主と共に戦場に戻ってきたバトルマシーンは、久方ぶりの戦闘にテンションが上り調子らしい。

 此処に大和を運んでくる間もファントムから四六時中話しかけられていた大和は、若干ゲンナリとしながら相棒を諌めた。


「"ファントム、コアを八割開放しろ。 こいつ相手じゃ、五割程度では話にならない"」

「"了解でーす。 ご武運を祈りますよ、マスター"」


 狙ったかどうかは不明だが、ファントムとの会話は久方ぶりの戦闘に緊張している大和の気分を和らげていた。

 気を取り直した大和はファントム対して、怪人専用インストーラに嵌め込まえれているコアの出力を上げるように指示を出す。

 先ほどの攻防から考えて、コアから五割程度の力を出力している現在の状態では目の前の怪人は歯が立たない。

 早々にコアの八割解放と言う切り札の一つを切り、大和はナインが用意した怪人へと立ち向かう。

 全てはセブンのため、大和はナインが言うゲームの第一ステージへと挑戦した。






 怪人専用インストーラに嵌められたコアの光が増し、大和は身体中に力が満ち溢れる感覚を覚える。

 しかしこの力は諸刃の剣である、強すぎるそれは時にはコアの使用者自身を傷つけてしまう。

 まさかこのような事態になるとは思わなかったが、最早大和の趣味となっていた筋トレの継続によって人工筋肉は鍛え上げられている。

 コア八割程度の解放であれば暫くの間は問題無く戦う事は出来るだろうが、余り時間を掛けない方がいいだろう。


「オォォォォォォッ!!」


 久方ぶりに自分の口から出てくる奇声染みた響きの雄叫びと共に、大和は真正面から熊型怪人に向かって飛び込んでいく。

 今も病院のベッドに横たわるセブンがかつて開発した怪人専用インストーラ、そこから展開されるバトルスーツの真価は近接戦闘にこそ発揮される。

 言い換えれば近接戦闘しか能の無い極端な仕様のスーツで有り、相手の手の届く所に向かわなければ意味が無いのだ。


「グァァァァァッ!!」


 迫りくる欠番戦闘員に対して、ナインが用意したと思われる熊型怪人の選択は迎撃だった。

 自らの力を見せつけるかのように丸太のように太い両腕を大の字に広げ、熊型怪人は高々と咆哮をあげる。

 先程大和に冷や汗をかかせた馬鹿力を見る限り、どうやらこの怪人は大和と同じく近接戦闘が本分なのだろう。

 拳の射程範囲にまで到達した大和は、その勢いのまま弾丸のように右拳を目の前の巨体に向かって放った。

 これまで何度も放ってきた大振りの右ストレート、全体重を乗せたその一振りは並の怪人で有れば一撃で粉砕できる筈だ。

 それに対して熊型怪人は大和を迎え撃つように、厚い毛皮で覆われた太い腕を横薙ぎに奮った。

 欠番戦闘員と熊型怪人の最初の衝突は、その後方に居た銀城にまで余波が届くほどの強烈な物であった。











 件の熊型怪人の名前はベアーム、先日大和が出会ったナインがこの日のために用意したゲームの駒である。

 しかし自らの名前を名乗るだけの知能を持たないべアームから、大和がその名前を聞く事は決して無いだろう。

 ただ課された役割を果たすように調整され、自意識の殆どを排除された哀れな熊型怪人。

 ナインが演出するゲームの最初の障害として用意されたこの怪人の特徴は、言うなれば欠番戦闘員こと大和の模造品であった。

 リベリオンに所属する幾多の怪人の中から、肉体能力の性能を重視して製造された怪人を素材として調達。

 その怪人に対してナインの都合のいいように調整した上で、これまた近接戦闘に特化したバトルスーツを用意する。

 肉体能力に優れた怪人に対して、その能力を最大限に活かせる近接戦闘仕様のバトルスーツを使わせる。

 かつてセブンが思い描いた最強の怪人、それをこのべアームで再現しようだ。


「ドウシタ、デカブツ! ソノ程度カ…」

「グ、グァァァ…」


 欠番戦闘員こと大和とべアーム、ほぼ同じ思想によって生み出された者たちのぶつかり合い。

 しかし戦いの趨勢は均衡する事無く、圧倒的に大和の方へと傾いていた。

 互いに足を止めて行われたクロスレンジでの戦い、先に根を上げたのはべアームの方だった。

 大和から手痛い一撃を顔面に貰ったべアームは、その衝撃でよろめいてしまい地面に膝を着いてしまう。

 膝立ち姿勢のべアームが僅かに怯えが見せるその視線の先に、両の足で大地を踏みしめる欠番戦闘員の姿がある。

 その姿にはふらふらのべアームとは対象的に全くのダメージは見られず、両者の戦いの趨勢を現した構図になっていた。






 幾らかつてのセブンの思想をトレースして作られたとは言え、べアームのそれはナインの付け焼き刃でしか無い。

 自らが思い描く最強の怪人を目指して、少し前までのセブンは誇張無しに己の全てを掛けて研究を進めていた。

 その彼女が心血込めて作り上げた怪人専用バトルスーツ、それを纏う元戦闘員の大和がスーツのテスターとしてリベリオンの怪人をどれだけ殴り飛ばしただろうか。

 今回のゲームのために急遽調達した怪人と、今回のゲームのために急遽調達した近接戦闘用のバトルスーツ。

 そんな間に合わせの物が近接戦闘と言う土俵の上で、欠番戦闘員こと大和に勝てる筈も無いのだ。

 仮にナインが今回のような間に合わせでは無く、一から怪人とバトルスーツを開発していたら同じ結果にはならなかっただろう。

 しかしこれは彼女の言うゲームの第一ステージでしか無く、ゲームはまだまだ続くのだ。

 第一ステージ如きに手間を掛けていては、有限であるナインのリソースがすぐに枯渇してしまう。

 そしてべアームはナインが大和にこのゲームのルールを理解して貰うために用意した、言うなればチュートリアルのボスでしか無かった。


「思ッタヨリ呆気無カッタナ…」

「凄い…、あんな強い怪人を一方的に…」


 当初の予想とは異なり、思った以上に歯応えが無かった熊型怪人に大和は拍子抜けと言う感情すら覚えていた。

 確かにこの怪人の腕力は凄まじく、それだけ見れば初期の白仮面と同等のレベルはあっただろう。

 しかしどうもこの熊型怪人はその力を使いこなせて無く、何処か振り回されているような印象を受けた。

 この怪人が急造の怪人である事など知る由も無い大和は、戦闘中に目の前の怪人から感じたチグハグした感覚に内心で首を傾げる。

 一方、大和の後方でこの戦いの目撃者となっていたガーディアンの戦士、銀城は欠番戦闘員の余りの強さに唖然とした表情を浮かべていた。

 あの熊型怪人べアームは新世代を含むガーディアン・リベリオンの戦力を、たった一体で全滅に追い込んだ程の強者であった。

 それを容易く下して見せた欠番戦闘員の実力を前に、銀城の内からは頼もしさと恐ろしさと言う相反する感情が生まれる。






 勝敗は付いた、此処からべアームが欠番戦闘員に勝つことは不可能だろう。

 あくまでチュートリアルのボスとして用意したべアームが欠番戦闘員を倒すことなど、ゲームの主催者であるナインは端から考えていなかった。

 しかし幾らチュートリアルとは言え、簡単に終わらせてしまっては以降のステージも舐められてしまう。

 真のエンターテイナーは、観客を飽きさせない演出を用意する物である。

 そのためナインはべアームに対して、ある性質の悪い悪戯を仕掛けていたのだ。


「…グァァァァァァッ!!」

「何ダ、マダヤル気…」

「"マスター、ヤバイです!? その怪人から凄まじい熱量が…"」


 突如、唸り声をあげながら再び立ち上がってきたべアーム、その体には何故か湯気のような物が昇っているでは無いか。

 べアームの纏うスーツは徐々に赤く染まっていき、その中心に埋め込まれたコアは眩いばかりの光を放っている。

 このべアームの変化にいち早く気付いたのは、ステルス機能で身を隠しながら大和の戦いを見守っていた欠番戦闘員の愛機であった。

 ファントムはすぐさまに内蔵されている分析装置でべアームを丸裸にし、この熊型怪人の身に起こっている事態を察した。


「"解りました! そいつはこれからマスターを道連れに、自爆する気です!"」

「"自爆!?"」

「"多分、それがあいつのコアの能力です。 熱量を蓄えて、それを一気に開放できる能力。"

 "そしてあいつのコアには既に、この辺り一体を吹き飛ばせるだけの熱量が蓄えられている…"」


 ナインの仕掛けた悪戯、それはべアームが纏うバトルスーツのコアの能力を利用した自爆装置であった。

 熱を吸収する能力を持つコアの性質を悪用し、ナインはべアームのバトルスーツに有る仕掛けを施したのだ。

 戦闘中に発生した熱が自動的にコアへと吸収され、やがて臨界点を超えたコアが貯めた熱量を解き放つと言う仕掛け。

 このとんでもない悪戯を理解した大和は、覆面の下で血の気を引いた表情を浮かべていた。

 幸運にもべアームに仕掛けられた爆弾はまだ爆発する様子は無く、この場から退避して自爆をやり過ごすことは出来るだろう。

 しかし大和にはその選択肢は取れなかった、目の前の熊型怪人の肉体が木っ端微塵になるであろう自爆などされる訳にはいかないのだから…。

 そのため大和はあえて危険を冒してでも、熊型怪人の自爆を止めるという苦難の道を選ばざるをえなかった。

 意を決した大和はそのまま、自爆寸前のべアームに向って突っ込んだ。











 ナインに取って一つの誤算は、今大和が使用している怪人戦闘バトルスーツに嵌められたコアにあった。

 そもそもナインの当初の想定では、べアームはもう少し早い段階で自爆まで行く筈だったのである。

 熱量を溜め込むコアの能力、それは外部からの熱を吸収することも可能となっていた。

 ナインは欠番戦闘員が戦闘中に放つ熱、一年前までの大和が使用していたコアの能力である炎の熱を吸収する予定だったのだ。

 恐らくナインは趣味の悪いことに、自らの炎で状況を悪化させた大和が右往左往する様を見物したかったのだろう。

 しかしナインの想定とは異なり、べアームのコアは大和から熱を吸収する事は叶わなかった。


「要スルニ、コイツヲ冷ヤセバイインダロウ! ソレナラ今ノ俺ノコアヲ使エバ!!」

「ァァァァァッ!?」


 べアームへと接近した大和はそのまま、目の前の怪人が纏うバトルスーツに嵌められたコアへと手を伸ばす。

 爆発寸前のコアから激しい熱を放出しており、迂闊に触れば金属製のガントレットを嵌めた腕でもただではすまないだろう。

 しかし大和は何の躊躇いも無く、両腕でべアームのコアを鷲掴みにしてしまう。

 するとべアームが突如苦悶の声を浮かべ、その体から湧き上がる湯気が消えていくでは無いか。


「…氷!? 欠番戦闘員が凍気を使っている?」


 銀城は見た、大和の両腕に包まれたべアームのコアが氷漬けになっていく瞬間を…。

 確かに一年前までの大和は炎の力を操る兄弟コアの片割れ、戦闘員時代に白木から奪取したそれを使用していた。

 しかし大和は白仮面との最後の決戦後、この炎を操るコアを元の持ち主である白木に返していたのだ。

 そして白木にコアを返した大和は、その代わりとして黒羽がかつて使用していた兄弟コアのもう一方の片割れを託されていた。

 白木の炎を操るコアを対を成す黒羽のコアが備える能力、それはこの場には打ってつけな凍気を操る能力である。

 大和の両腕から放たれる凍気はべアームの体を徐々に冷やしていき、熱量を蓄えるコアも徐々に沈静化していく。

 黒羽のコアに助けられた大和は、無事にゲームの第一ステージをクリアするのだった。



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