5. ナイン
それは平和な日常を満喫していた大和に齎された、突然の凶報だった。
その報せが届いた時、丁度大和は予備校近くの店で深谷たちと他愛の無い雑談を興じている所であった。
深谷たちとのバカ話を遮る電子音がポケットから掻き鳴らされ、大和が騒音の元となる携帯を取り出す。
携帯のディスプレイを覗き込んだ大和は、そこに表示されている予想外の人物名に軽く驚く事となる。
三代 光紅、ガーディアンでバトルスーツの研究をしている妙齢の女性の名だ。
現在、三代 八重と名乗っているセブンの対外的な保護者であり、この変わり者の天才に大和が何度お世話になったか解らない。
しかしセブンがバトルスーツの研究を止め、大和が戦いの場から離れてからは余り三代と会わなくなっていた。
少なくとも今の自分に対して三代から用が有るとは思えず、大和は若干訝しみながら携帯を操作して三代からの電話に出る。
「三代さん、俺です。 どうしたんですか、突然…」
三代との電話が繋がり、電波を通して元戦闘員と現ガーディアンの会話が繋がる。
そして三代は電話を通して、大和へ単刀直入に本題を告げた
電話を通して告げられた衝撃の事実に、大和は一瞬で顔色を変えて驚愕の表情を浮かべた。
「…へっ、博士が倒れた!?」
三代からの緊急連絡、それは大和の恩人である少女に訪れた悲劇を伝える物だった。
セブンが学校で倒れた事、ガーディアンの息が掛かった病院に搬送された事、意識不明の危険な状態になっている事。
淡々と必要な情報を事務的に告げた後、三代は役目は済んだとばかりにあっさりと電話を切ってしまう。
大和は電源を切れた携帯を耳に当てた状態のまま、呆然とした様子で今手に入れた情報を整理していた。
欠番戦闘員としての活動を止めてから大和は以前ほどセブンと顔を合わさなくなっていたが、それでも最低週一は彼女のアパートを訪れていた。
つい数日前に会った時もセブンは普段通りの様子であり、倒れるような兆候など全く見られなかったのだ。
大和の脳裏には、最後に出会った時のセブンの様子が思い出されていた。
相変わらず表情を全く変えない物の、学校での生活を語るセブンは声の調子から若干嬉しそうである事が解った。
自分と同じように平穏な日常を送っていたセブンが、何故いきなり倒れたのか…。
こちらの様子を気にする深谷たちの姿も目に入らず、大和は携暫くその場で固まった状態でいた。
やがて状況が理解できた大和は、言葉にならない言葉を深谷たちに述べるや否や店を飛び出す。
大和が向かう先は勿論、セブンが運び込まれた病院であった。
事前に三代が手配してくれていたのか、大和はスムーズにセブンの病室まで向かうことが出来た。
此処まで走ってきた大和は荒くなった息を整えながら、セブンの病室の扉を音を立てないように慎重に開けて中に入る。
三代がガーディアンの権力を使ったのか、セブンの病室はまるでホテルのような一人用の個室となっていた。
部屋の中に入った大和の正面に、清潔なベッドの上で苦悶な表情を浮かべながら眠っているセブンの姿が飛び込んでくる。
額には汗が滲み、若干息が荒くなっているその様子はどう見ても体を悪くしているように見えた。
そしてベッド脇には見慣れた白衣姿の三代が座っており、何やらカルテらしき物を眺めていた。
「…検査の結果は異常なし。 この子に怪我や病気などの異常は一切見られないわ。
だけれどもこの子の意識は戻らず、徐々に衰弱していっている」
「は、博士に何があったんですか?」
大和の到着に気付いたらしい三代は、カルテから目を離さないままセブンの容態について説明を初めた。
三代の話が本当であれば、今のセブンには身体的に何の異常も無いのだろう。
しかし現実にセブンは大和の目の前で意識を失っており、苦しげな表情でベッドに横たわっている。
どう考えてもセブンが健常な状態であるとは思えず、この少女の身に何かあったとしか思えない。
大和は未だにカルテから目を離さない三代に対して、セブンの身に起こっている何かについて説明を求めた。
「特に何にもないわ。この子は理由もなく、何の兆候も無しに突然倒れてしまった…」
そこから語られたセブンが倒れるまでの経緯は、とても不可思議な内容であった。
この情報の殆どは学校でのセブンの友人であった、あの少女から伝えられた話である。
少女曰く、セブンは倒れる直前まで何時もと何ら変わりない、普段通りの様子であったそうだ。
倒れるニ時間前には例の熱血教師に体育で扱かれ、息も絶え絶えになるまで運動もさせられたらしい。
セブンに取って鬼門で有る体育の授業を切り抜け、その後の授業もセブンは普段通りにこなしていた。
そして帰りのホームルームを終え、丁度帰宅するタイミングにそれは訪れたのだ。
セブンは少女の目の前で教室の床に崩れ落ち、そのまま意識を失ってしまった。
まだ教室の中には生徒が多数残っており、突然倒れたセブンの周囲にすぐさま人だかりが出来たらしい。
女子高生たちが騒ぎ出す中、少女はセブンを起こそうとするが幾ら呼びかけてもセブンが反応することは無かった。
何の予兆も無しに倒れたセブンの様子を、その少女は糸が切れた操りの人形のようであったと感じたそうだ。
「…ねぇ、戦闘員くん。 あなたはこの子が何者か知っている」
「えっ、博士の何者? それは一体どういう…」
「今回の件でこの子の体を調べたんだけど、この子普通じゃ無いわ。
怪人やあなたのような戦闘員に比べたら全然普通の人間寄りだけど、この子は何処かで普通の人間とは別物になっている」
セブン、かつてリベリオンの開発部主任であり、何体もの怪人を設計した天才少女。
今の三代の話が本当であれば、この少女は広義的に元戦闘員である大和や怪人たちと同じ人でなしで有るらしい。
ベッドで横たわっている少女と出会ってから一年以上の月日が経ったが、大和はセブンの事は何もしらなかったようだ。
やっぱりこの子もリベリオンの関係者だったのねと独りごちる三代の声を聞き流しながら、大和は呆然とした表情でセブンの顔を覗き込んだ。
これ以上此処に居ても邪魔になるだけだと病室から追い出された大和は、一人帰途に付いていた。
つい先程自分が走ってきた道であるが今の大和に急ぐ理由は無いため、帰りはゆっくりとしたペースで歩みを進めているようだ。
「そうだよな。 あんな所で働いていた時点で、普通の人間な訳ないよな…」
セブンが普通の人間では無いと言う事実は、よくよく考えれば納得できる事柄ではあった。
リベリオンの開発部主任であった頃、セブンは怪人たちの巣窟であるリベリオンの秘密基地で生活をしていた。
よく普通の人間があんな化物の巣に居られるなと密かに思っていたが、何の事はない、セブンは普通の人間では無かったらしい。
そんな風に頭の中がセブンの事で一杯となっていた大和は、自分の前に立ちふさがるように出てきた少女の存在に気付くのが遅れたのだ。
顔を俯かせていた大和は目の前に飛び込んできた女性物の靴の存在から、自身のすぐ前方に誰かが立っている事を知って慌てて立ち止まる。
そして顔を上げて先程ぶつかりそうになった者と顔を合わせた大和は、そこで自分の正気を疑う事になった。
「……博士?」
何故ならそこに立っていたのは、直前まで大和の頭の中に居たセブンその人だったからだ。
セブンの事を考えすぎて幻覚でも見たかと一瞬焦る大和、しかしすぐに目の前の少女がセブンで無い事に気付くことになる。
その少女はセブンを一回り小さくした姿をしており、それは一年ほど前に初めて会った頃のセブンと良く似た佇まいだった。
偽装のための眼鏡を掛け、髪を白髪から黒髪に染める前のリベリオン時代のセブンの姿。
過去のセブンを前にした大和は知らず知らずの内に、彼だけた使用しているセブンの愛称を口に出していた。
「あら、あんな失敗作と一緒にしないでくれる。 私の名前はナイン、別に覚えなくてもいいいわ…」
大和の呟きは目の前の少女の耳に入ったらしく、眉を顰めながらセブンらしく無い感情的な表情を浮かべている。
普段から表情を全く変えず感情を表に出さないセブンと異なり、この少女ははっきりと表情を変えて感情を露わにした。
この反応の違いから大和は漸く、この少女がセブンで無い事を飲み込むことが出来た。
そしてセブンと間違うほどよく似ている声で、目の前の少女は自らの名前を大和に明かしたのだ。
ナイン、セブンと瓜二つと言っていい程の容姿を持ち、セブンと同系統の名を持つ少女。
それだけ大和はこのナインと名乗る少女が、リベリオンの関係者である事を察することが出来た。
ナインの初めての邂逅、それは大和にある重要な決断を促すことになった。
それは一年前の白仮面の件を思い出させる報告だった。
ガーディアンとリベリオンの区別無く襲いかかる正体不明の敵が現れ、現場に派遣されていたガーディアンの戦士たちに被害が出たらしい。
その敵の実力は凄まじく、新生代を含んでいる現地の戦士たちは返り討ちにあってしまったそうだ。
もう二度と白仮面のような跳梁を許すまいと判断したガーディアンは、すぐさまその敵の討伐を目的とした戦力を派遣した。
かき集められた戦力の中には白木や土留、そして新世代の荒金の姿もあった。
白仮面が猛威を奮っていた頃の記憶がまだ新しいガーディアンの戦士たちは、皆新たな白仮面の登場を前に緊張した様子だ。
「なっ…」
「嘘だろうっ!?」
報告があった現場に到着したガーディアンの戦士たちは総じて、己の目を疑うことになる。
そこには確かに正体不明の敵が居た、無様にも地面に倒れて息を絶え絶えとした状態となって…。
熊をベースにしたと思われるその怪人は、リベリオン式の新世代らしく体の要所を覆う軽鎧型のバトルスーツを身に付けている。
しかし折角のバトルスーツは所々破損しており、その怪人自身も体のあちこちが氷漬けになっているでは無いか。
地面に倒れ伏す熊型怪人の前に立つ人影、状況から見てあれが白木たちの代わりに敵を倒した者なのだろう。
「…何故、お前が此処に居る!!」
丹羽 大和、と思わず声に出しそうになった所を止め、白木は一年ぶりに見る欠番戦闘員の姿を睨みつけた。
炎の紋様があしらわれた黒いスーツ型のバトルスーツを纏い、スーツの同じデザインのフルフェイスのマスクを身に着けたその姿。
それは一年前を全く変わらない物であり、唯一変化があった所は内蔵型インストーラに嵌められた青く光るコアくらいだろう。
欠番戦闘員は白木の呼びかけに応えること無く、正面に転がっている熊型怪人から視線を逸らすことは無かった。
 




