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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第6章 博士の夢
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32. それから

 白仮面の敗北の報は即座に、ガーディアン・リベリオンの両組織へと伝わった。

 ある者は白仮面と言う怨敵の敗北を単純に喜び、ある者はそれを成した欠番戦闘員と言う新たな脅威を警戒した。

 しかし白仮面と言う邪魔者が居なくなったからと言って、再び正義と悪の激しい戦いが始まるかと言えばそうでは無い。

 良くも悪くも白仮面が両組織に刻んだ傷跡は大きく、どちらも暫くは大きな動きを控えて戦力回復に務めるだろう。

 正義と悪の戦いが行われているこの世界は、一時的な物であるが平和を手に入れていた。

 つかの間の平和を満喫する人々、その中にセブンのアパートを訪れている元戦闘員の少年の姿があった。


「体は問題ない?」

「全然平気ですよ。 むしろ前より力が強くなったんで、加減を覚えるのに苦労しましたよ…」


 巷で欠番戦闘員と呼ばれている大和は、先の白仮面との戦いで多大なダメージを受けていた。

 結局、デュアルコアの負荷は、量産品でしか無い戦闘員としての体には荷が重かったらしい。

 セブンが言うには大和の体の幾つかのパーツはコアの負荷に耐えきれず、かつての黒羽のように使い物にならなくなったそうだ。

 しかし現在、勝手知ったるセブンの部屋で胡座をかき、クィンビーに影響されてコンビニで購入してきた蜂蜜魂を飲んでいる大和の様子は以前と変わらない物だった。

 実はこの元戦闘員の少年は元リベリオン開発部主任の手によって、使い物にならなくなったパーツを置き換える施術を受けたのである。

 戦闘員としての改造手術を受けている大和の体の所々は、人工筋肉などの人工物が埋め込まれていた。

 セブンはまるで機械修理のように、破損したパーツを置き換える事で大和の体を元の状態に戻したのだ。

 ただしデュアルコアによる負荷は、大和の体が生まれた時から持っていた生身としてのパーツも幾つか駄目にしていた。

 残念ながらそれらのパーツも人工物と置き換える必要があり、結果的に大和は以前以上に怪人に近付いた存在となっていた。


「これからあなたはどうする?」

「とりあえず卒業は出来そうなんで、これから受験勉強ですかねー。 一応、進学志望って事になってますから…」


 丹羽 大和としての生身の部分が少なくなり、より怪人に近付いてしまった元戦闘員の少年は普通の高校生へと戻っていた。

 治療と言うより改造に近い処置を受けるために留年を覚悟する程に休んでしまったが、学校サイドの温情もあって卒業自体には漕ぎ着けられそうなのである。

 前述の通りガーディアンとリベリオンが事実上の停戦状態となり、欠番戦闘員として活動する場も無くなった。

 それ以前にセブンが最強の怪人を作り出す研究を止めてしまったため、怪人専用バトルスーツのデータ取りをする必要が無くなったのだ。

 やる事が無くなった大和には勉学に励むしか道は無く、現在は一端の受験生らしく受験勉強に明け暮れていた。

 最も元々勉強が得意で無い事や少し前まで勉強所では無かった事もあって、余り大和の受験勉強は捗っていないらしい。

 受験本番まで数ヶ月となり一日も無駄に出来ない状況にも関わらず、呑気にセブンの部屋で雑談をしている時点で大和の不味い状況は察することが出来るだろう






 平和な日常を取り戻した大和たちであったが、決して全ての問題が解決された訳では無かった。

 ガーディアンとリベリオンと言う組織は未だに残っており、何時正義と悪の戦いが始まるか分かった物では無い。

 加えてアラクネによって回収された、あの白仮面の生死も未だ不明の状況である。

 確かに大和は白仮面を倒したが、件の機密保持機能が発動しなかった所を見ると十中八九白仮面はまだ生きているだろう。

 白仮面、デュアルコアと言う博打で一度は退けた相手であるが、再び相まみえた時に奴に勝てる保証は全くない。

 完全な怪人が完全なバトルスーツを纏う、セブンが追い求めていた最強の怪人像に一番近い存在。

 白仮面の事が頭に過ぎった大和は丁度いい機会とばかりに、前から思っていた疑問をセブンにぶつけてみた。


「博士、一つだけ聞かせて下さい。 白仮面、あいつは博士の言っていた最強の怪人に限りなく近い奴でした

 どうして博士はあれを、最強の怪人として仕立てなかったんですか?」

「理由は私にも解らない。 しかし私はあの時、あれを最強の怪人とは思えなかった…」


 確かに大和が言うとおり、セブンは白仮面が自分の思い描く最強の怪人に一番近い存在であると感じていた。

 白仮面にバトルスーツの作成を依頼された時、仮にセブンが肉体強化に特化したスーツを製作すれば、セブンの理想そのままの存在が誕生しただろう。

 しかしセブンは自分の夢を実現させるような事はせず、自身の趣味とは真逆の強力な特殊能力を持つバトルスーツを開発した。

 当時のセブンは白仮面を自分の夢として見れない理由が解らなかったが、今のセブンはその理由が理解できた。

 心の奥底であのゴリラ型怪人を求めていたセブンに取って、白仮面を最強の怪人と認識することは出来なかったのだ。


「そういえば白仮面の奴、訳の解らないことを言ってましたよね。

 なんであいつは俺の日常なんか、そんなに拘るのか…」

「…理解できないならそれでいい」


 白仮面、人工怪人と言う異形の体を持ってしまった哀れな存在。

 人工怪人に魂を入れるために行われた記憶の転写、不幸にも白仮面はこの悪魔の実験の被験者となってしまう。

 その施術によって元の人間としての体から記憶が抜かれてしまい、人工怪人へ記憶が定着してしまった。

 魂の無い人工怪人に魂が埋め込まれ、後に白仮面と呼ばれる事になる存在が誕生したのだ。

 そして記憶が抜かれた体は後に再利用され、リベリオンの手によって戦闘員へと改造されてしまう。

 白仮面に連れて行かれたあの施設で見たデータ、白仮面の口に出した情報の数々。

 それらはセブンに対して、白仮面に対するある真実を語っていた。


「…あなたはこれから何をなす、丹羽 大和」

「え、だから俺はとりあえず大学に…」


 丹羽 大和、人間としての体と平穏な人生を失った犠牲者の名前。

 そして記憶が抜かれた肉体は戦闘員として改造され、奇跡的な偶然によって新たな自我を構築したのだ。

 大和は戦闘員になる以前の記憶を取り戻すことが出来る筈も無い、そもそも既に記憶は他の場所に移されているのだから。

 丹羽 大和としての記憶を持つ人工怪人と、と丹羽 大和としての体を持つ戦闘員。

 真実を察したセブンが見た欠番戦闘員と白仮面の戦い、自分自身が傷つけ合う光景は非常に痛々しい物だった。

 もう一人の丹羽 大和への問いかけは、やはりこの場に居る大和には理解されなかったようだ。

 自分自身への問いかけだと理解した目の前の大和に対して、セブンは唇を僅かに歪めて苦笑して見せた。


「否、なんでも無い。 それより白仮面に関してはもうあなたが戦う必要無い。

 あれはクィンビーに任せればいい」

「まあそれが妥当ですかね。 白仮面対策って事で三代さんと専用バトルスーツを開発してるくらいですし…」


 プライドが高く負けず嫌いな女王蜂様が、白仮面に負けたまま泣き寝入りする筈も無い。

 既にクィンビーはガーディアンの技術者である三代を巻き込み、彼女専用のバトルスーツの開発に勤しんでいた。

 今日も朝からクィンビーはバトルスーツのために三代ラボへ行っているらしく、大和が来た時には既にセブンの部屋には居なかった。

 以前に作成した簡易コアを使用した急造のそれでは無く、クィンビーの怪人としての性能にマッチした本当の意味で彼女の専用となるバトルスーツ。

 完全なる怪人であるクィンビーが、クィンビー専用に作られた完全なるバトルスーツを纏う。

 そうなればクィンビーは白仮面と同じ土俵に上がることになり、少なくともいい勝負は出来るようになる筈だ。

 体のあちこちをぶっ壊さなければ使うことが出来ない、デュアルコアなどと言う博打に頼るよりは余程いいだろう。


「クィンビーのバトルスーツが出来るまでに、奴が現れないことを祈るばかりです。

 またデュアルコアに頼るのは御免ですからね…」


 大和は内蔵インストーラが仕込まれている箇所に手を伸ばし、何となしに服の上から撫で回した。

 既に内蔵インストーラに嵌められているコアは、二つから元の一つに戻っている。

 かつて9711号と呼ばれていた大和が白木から奪ったコアでは無い、それは既に白木へと返却している。

 白木は奪われたコアを大和から取り戻し、黒羽は白木に預けていた自身のコアを返してもらった。

 そして黒羽は白木から返却されたコアを、自分には不要な物だと言ってそのまま大和に与えたのだ。

 このような面倒くさいやり取りによって大和のコアは、赤色から青色へと変化していた。

 折角黒羽から託されたコアであるが、現時点で大和は一度もこのコアを使用していなかった。

 前述の通り大和は既に欠番戦闘員として活動しておらず、必然的にこのコアを使う機会が無かったのである。


「余り気にする必要は無い、先のことは解らないのだから…。

 だからあなたはただ、今の平和な日常を満喫していればいい」

「白仮面が言っていたように、ですか…」


 人間としての自分の体を使って、自分の代わりに平和な日常を送っている大和の姿を見た時の白仮面の感情は想像し難い。

 しかし白仮面は現在、丹羽 大和と名乗っているこの少年に、ある種の希望を抱いたのだろう。

 何もかも失った自分の代わり、普通の人間としての何でもない日々を今の大和に送って欲しかったのだ。

 セブンは元リベリオン開発部主任であり、丹羽 大和に降り掛かった悲劇と関わりが無いとはとても言えない立場である。

 白仮面の真実を知ったセブンは、最早この少年を戦いの場に仕向けることは出来なかった。

 丹羽 大和の記憶を持つ白仮面は最早日常へと戻れない、ならばせめて残された丹羽 大和の体くらいは日常を送らせてやろう。

 セブンは心の中で密かに白仮面の意を汲み、二度と大和を戦いの場に出さない事を決意していた。


「…そういえば言う博士の方こそ、これからどうするんですか?」

「高校を卒業後、大学に進学。 大学卒業後は大学院でドクターコースと受講とする」

「うわっ、何か具体的ですね? けど意外です、博士が普通に進学する気なんて…」

「…」


 白仮面から開放されたセブンは何処か変わっていた。

 表面上は何時も通り鉄仮面の如き無表情を続けているが、その内から何処か温かみを感じるようになっていた。

 あの女子校にも再び通い始めたセブンは、予想外のことに進学まで考えているらしい。

 セブンは不思議がる大和に対して、自分が大学院まで行こうとしている真意を伝えなかった。

 正規ルートでドクターコース(博士課程)を履修し、大和が自分を指す時に使う"博士"と言う地位を手にれようとしている事を…。

 何故、自分がそのような意味の無い行動をしようとしているか、セブンは自分自身でも理解出来ていなかった。

 しかしセブンは理解出来ない行動をするのも悪くないとも考え、無駄な行動をする自分に楽しみを見出しているようだ。

 "博士"と呼ばれている自分が本当の"博士"になる、その未来図はセブンを愉快な気持ちにさせた。
















 そこはこの星の何処かに確実に存在し、片手で数えられる程度の者しか知らない場所であった。

 豪奢のマントを纏う異形、人間のそれとは明らかに異なる昆虫の複眼を持つ怪人は部屋の中央にある椅子に腰を掛けていた。

 その怪人はスクリーンに映る人間、怪人の天敵であるガーディアンの制服を纏う老人と向かい合っている。

 怪人はリベリオンの頂点に立つ首領であり、人間はガーディアンの頂点に立つ総司令である。

 正義と悪の対立構造を演出しながらその実、裏では手を組んでいる両組織のトップたちは今まさに狂喜していた。

 白仮面、彼らは単に試作品と呼んでいるそれを打ち倒した欠番戦闘員、それは両組織が真に求めていた物だったからだ。


「あの試作品は今の我々が作り出せる最強の存在だった」

「それを真正面から打ち破った存在、欠番戦闘員ですか…」


 ガーディアンとリベリオン、両組織が保有するバトルスーツと怪人と言う規格外の存在。

 それらは共に十数年前に宇宙から地球に送り込まれた、未知の記憶媒体に記憶されていた技術を用いて生み出された物だった。

 記憶媒体に記憶されていたコアの生成技術、コアは普通の人間はとても受け止められない程の出力を秘めていた。

 記憶媒体に記憶されていた生物の合成技術、様々な生物を合成することで作られた新たな体はコアの強大な出力を受け止める事が出来た。

 彼らが試作品と呼んで存在、白仮面はこの宇宙製の技術の叡智を結集して作り出された存在なのである。

 宇宙から送り込まれた記憶媒体の技術だけでは、あの白仮面以上の存在を作り出すことは不可能だった。

 つまりあの白仮面を打倒すると言うことは、宇宙から送り込まれた技術をただトレースしている現状を脱却した事を意味するのだ。


「デュアルコア…これぞまさに新たな可能性!

 あの記憶媒体にすら記憶されてない、我々自身が見つけ出した希望だ!!」

「あの試作品を出したかいが有りましたね…」


 そして地球は宇宙製の技術を乗り越えた。

 二つのコアを併用するデュアルコアと言う未知の発想で、最強である筈だった白仮面を乗り越えたのである。

 デュアルコアと言う発想はあの記憶媒体にも無い、この星の人間が独自に至った物であった。

 遂に人類はこの両組織の目論見通り、あの宇宙製の技術を超えることが出来たのだ。

 しかしこれはスタートラインでしか無い、この星に必要な力はあの程度は到底足りないだろう。


「最早、地球には時間が無い! 一刻も早くデュアルコアの実現化を進めなければ…」

「ええ、此処まで来るのに予想以上の時間が掛かりました。 これ以上スケジュールを遅らせる訳にはいきません」

「「全ては地球の未来のために!!」」


 リベリオンの指令、ガーディアンの総司令。

 この両者の瞳が何を見ているかは解らない、しかし一つだけ断言する事が出来る。

 彼らは自分たちがこの星の未来を担っていると確信しており、どのような犠牲を払っても目的を達成しようとする筈だ。

 ガーディアンとリベリオン、正義と悪を翳して行われる無益な戦いにどれだけの罪無き人々が巻き込まれようとも彼らは意を介さないだろう。

 宇宙から送り込まれたあの記憶媒体、それは言うなればパンドラの箱の逆バージョンであった。

 リベリオン首領、ガーディアン総司令を含めた当時の研究者たちは、その箱を開けて未知の技術と言う希望を見出した。

 しかしその箱には希望以外の物が入っていたのだ、淡い希望を殺す絶望という名の毒が…。

 そしてセブンの思いとは裏腹に、大和は欠番戦闘員として否応なく戦いの渦に飲み込まれる事になるだろう。

 彼らの言う地球の未来のために…。




これで欠番戦闘員の第一部は完結です。

読了、ありがとうございました。


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