29. 蒼い炎
確かの白仮面の見せたとんでもない特殊能力は、均衡を保っていたこの戦いの趨勢を一気に傾ける物だった。
しかし未だに笑い続ける大和が白仮面の力に絶望したかと言うならばそうでは無い。
今の大和の胸中は絶望とは真逆の感情が渦巻いており、言うなれば胸の支えが下りたような気分を味わっていた。
「はははははははははっ…」
「っ!? 気が狂ったか? 丹羽 大和!!」
端から見たら狂ったようにしか見えない大和の突然の行動に、白仮面は若干戸惑った様子を見せる。
しかし大和は白仮面の事など眼中に無いかのように、腹の底から高らかに笑い続けていた。
セブンが追い求める最強の怪人像、それはかつて彼女が語っていたあのゴリラ型の怪人の影響を受けた物であった。
様々な特殊能力を持つ怪人を拳一つで打ち倒した、肉体能力に特化したあの姿が未だにセブンの脳裏に焼き付いているのだ。
白仮面が本当にセブンの追い求めていた最強の怪人で有るならば、先ほどのような強力な特殊能力をバトルスーツに持たせる筈が無い。
特殊能力を拡張する余裕が有るならば、そのリソースを肉体能力を強化に当てるに違いない。
つまりエネルギーの武器化と言う強力な特殊能力を持つ白仮面は、セブンが追い求める最強の怪人では無いと言える。
この怪人を倒すことは、決してセブンの夢を壊すことにはならないのだ。
「…安心したよ、お前は博士の夢じゃ無い! ならば…、俺はお前を全力でぶん殴れる!!」
大和は心の奥底でセブンの夢を壊すことを恐れ、何処かで自分自信にブレーキを掛けていた。
その迷いは知らず知らずの内に、大和が使っているデュアルコアにも影響が出てしまう。
二つのコアが大和の迷いを表わすかのように、それぞれ炎と氷と言う真逆の方向に力を発していたのだ。
そもそも大和のデュアルコアは、ほぼ同質の性質を持って誕生した兄弟コアと呼ばれる貴重なコアを使用している。
コアにはそれぞれ異なる特徴を持ち、それぞれ独自の特殊能力を備えていた。
しかし同質の性質を持つ兄弟コアであれば必然的に特徴は同一となり、同じ特殊能力を持っていなければおかしいだろう。
炎と氷、兄弟コアがそれぞれに備えるこの特殊能力は真逆であるように見えるが、実は同一の能力と言ってよかった。
片方はエネルギーを正方向に向けることで炎と言う現象を引き起こし、片方はエネルギーを不方向に向けることで氷という現象を引き起こしてている。
これは単に方向性の問題なのである。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
懸念であったセブンの夢を壊す心配も無くなり、これまで大和が抱いていた迷いは消え去った。
目の前の相手はセブンが好まない特殊能力寄りのバトルスーツを無理矢理作らせた卑怯者であり、これを倒すことを躊躇う必要は全く無い。
後には目の前の敵を倒すという思いだけが残り、憂いの無くなった大和はその激情をそのまま声に出した。
そして大和の内の変化はデュアルコアにも影響を及ぼし、正反対の方向を向いていたコアたちの力が一点の方向に集中したのだ。
先ほどまで青色に光っていたデュアルコアの片割れはが、もう一方と同じ赤色へと変化する。
それに合わせて左腕から放たれていた凍気が消え去り、右腕と同じように激しい炎が灯り始めたのだ。
二つのコアの力が一方向に集中したことにより、大和の両腕の炎はどんどんと勢いを増し熱量を高めていく。
「…あれは、蒼い炎?」
「はははは、これよ、これがデュアルコア、二つのコアを組み合わせた真の力なのね!
戦闘員くん、今の君なら白仮面に勝てるわよ!!
二つのコアの力が完全に一致した時、大和の両腕に灯る炎は深い蒼色に染まっていた。
見ただけで解る、あれは先ほどまで大和の出していた赤い炎とは全くの別物である。
怪しくも美しい蒼い炎の揺らぎに、黒羽たちは自然と目を奪われていた。
そしてバトルスーツの研究者である三代にとっても、大和が見せた蒼い炎は衝撃であった。
それぞれの兄弟コアが正反対方向を向いていた時とは訳が違う、真の意味で二つのコアが一つにまとめられた真のデュアルコア。
デュアルコアの秘められた力を一目で見抜いた三代は、ご機嫌な様子で大和の勝利を断言した。
蒼い炎を身に纏った大和の変化は歴然だった。
突然の大和の変化に驚きを隠せない白仮面に向かって、大和は軽くステップを踏んだのだ。
そしてデュアルコアの真の力によって極限まで高められた肉体能力は、次の瞬間に大和の体を白仮面の目の前まで運んでいた。
「うっ!? うわぁぁぁぁっ!?」
それは白仮面の生存本能が繰り出した半ば無意識の行動であった。
白仮面の能力であるエネルギーを武器化にする能力を利用して、自分に手の届く距離まで近づいていた大和との間に盾を形成したのだ。
コアのエネルギーで作られた光の盾が白仮面と大和の間を塞ぎ、蒼い炎を纏った大和の姿は一瞬消えた。
そして白仮面は本能に命じられるまま、少しでも大和から距離を取るために全力でバックジャンプを行う。
まるで大和に怯えてるかのような一連の行動に、白仮面の理性は自身の愚かな行動を糾弾する。
しかしすぐに白仮面は自身の本能が正しかった事を知る事になる、先ほど展開した光の盾を紙切れのように貫いた蒼い炎を纏う手甲を目にして…。
咄嗟に展開した盾とは言え、今大和が破壊したそれの強度は先ほど繰り出した矢や鎖と何ら遜色のない物であった。
少し前の大和は光の鎖を破壊するだけでも一苦労であったのに、今の大和は造作もなく光の盾を破壊した。
先ほどの動きといい今の大和、突然青い炎を発し初めた元戦闘員の力は別物になったと言っていいだろう。
「俺に近づくなぁぁぁぁぁっ!!」
「ちぃっ!?」
今の大和と接近戦を演じるのは無謀である、業腹であるがあれは最強の存在である筈の自分を超えているだろう。
しかし平穏な日常と引き換えに手に入れさせられた力が、平穏な日常を自ら捨てようとする愚か者に負ける事は許されない。
そのため手段を選ばなくなった白仮面が、大和に勝つために取った選択は簡単な物であった。
近接戦闘にしか活路を見い出せない怪専用インストーラが一番嫌がる行為、ミドルレンジ以上からの一方的な攻撃である。
白仮面はバトルスーツが備える武器化能力を使用して、百本近い光の矢を作り上げた。
そして光の矢を遠距離攻撃手段が全くない大和に向かって一斉に放ったのである。
今の大和の限界まで強化された肉体能力であれば、刹那の時間で白仮面に手が届く距離まで行けるだろう。
しかし白仮面はその刹那の時間さえも作られまいと、次々に大和に向かって光の武器を射出していく。
今の大和にとって光の武器自体は、軽く腕を降るだけで壊れる脆い存在でしか無いが如何せん数が多かった。
流石に二本の腕だけで数十本の矢を一度に捌くことは出来ず、大和はその場から離れることでしか光の矢の弾幕を回避することは出来ない。
そして大和が逃げ出した先で新たな光の矢が放たれ、またその場から逃げるというイタチごっこのようなやり取りが数回続いていた。
「はははは、お前はそこで踊っていろ!!」
「くそっ、いいようにやりやがって…、こうなれば一か八か…、」
幾らコアの力を100%解放している状態とは言え、白仮面が永久に光の矢を放ち続けられる訳ではない。
このまま光の矢を放ち続ければ、何時かは白仮面のコアやバトルスーツに限界が来ることは間違いないだろう。
しかし大和には悠長に持久戦をしている余裕は無かった。
蒼い炎、デュアルコアの真の力は大和にこれまで以上の負荷を要求していた。
薬によって痛みこそ無いものの、負荷の影響か自身の体の動きが段々と鈍くなっていく感覚を大和は覚えていた。
このままでは先に自分が倒れてしまうと判断した大和は腹を括る。
特攻、光の矢に対する回避行動を止め、矢のダメージを覚悟した上で白仮面に向かって突っ込んだのだ。
「うぉぉぉぉっ!!」
肘を立てて両腕の手甲を顔の前で並べ、頭部などの重要部位を最低限保護する。
そしてなるべく矢が当る箇所を少なくするため、姿勢を低くしながら白仮面へと駆けていく。
自分に向かって放たれた光の矢が手甲に阻まれて、手甲で覆っている領域から外れて手や足へと容赦なく突き刺さる。
しかし薬の恩恵で矢によるダメージをも無い事をいいことに、大和は光の矢に全く怯むことは無かった。
そのまま白仮面を拳の射程に捉えた大和は、全ての矢を放って無防備な白仮面に今までの恨みをぶつけようと腕を振りかぶった。
「なっ!? 奴は一体…」
「…馬鹿が、その程度の作戦を読んでいないと思ったか!
ふはははははははっ!!」
しかし大和の怒りの拳は空を切った。
全ての矢を潜り抜けたその先には、先ほどまでそこに立っていた筈の白仮面の姿が無くなっていたのである。
慌てて白仮面を探す大和であるが、幾ら左右を見渡してもあの白い仮面を被った怪人の姿は何処にも無い。
今回の戦場となっている廃墟前のスペースには、白仮面が隠れるような障害物など全く存在しない。
一体白仮面は何処に隠れたのかと混乱する大和に対して、頭上から白仮面の挑発の言葉が降りかかる。
その声に反応して視線を上に上げた大和が見たもの、それは光の羽を羽ばたかせて空を飛ぶ白仮面の姿では無いか。
何と白仮面の能力は武器だけに留まらず、今のように空を舞うために羽までも作り出すらしい。
空中と言う絶対のエスケープゾーンを手に入れた白仮面は、先ほどの意趣返しとばかりに地べたを這いずり回る大和を嘲笑って見せた。




