14. 脱走
「な、何で脱走を?」
「此処ではバトルスーツの研究が続けられない。
ならば選択肢は一つしかない」
ファントムに続いてセブンにまで脱走を持ちかけられた9711号は、予想もしなかった展開に狼狽していた。
9711号の焦りとは対照的にセブンは何時も通りの無表情のまま、研究のために組織を捨てるとをあっさりと言い切ってしまう。
セブンの夢は最強の怪人を生み出すことであり、そのためにはバトルスーツの研究が必須と考えている。
リベリオンでバトルスーツの研究が出来ないのなら、組織を出るだけという有る意味簡単な結論に至ったのだろう。
しかし怪人という存在は、リベリオンが世界征服を行うための戦力として生み出された兵器である。
その怪人を作るためにリベリオンを抜けると言うのは手段と目的が逆になっている気がしなくもないが、セブン的には最強の怪人をこの手で作り出すことが至上の目的でその後のことは考えて無いのかもしれない。
セブンの怪人への熱意は一体何処から来ているか、9711号は改めて目の前の少女の研究への執念に圧倒されていた。
「け、けど脱走なんて上手くいくんですか? 見付かったらヤバイんじゃ…」
「リスクは非常に高いのは認める。
しかし丁度今、私たちには脱出のチャンスが訪れている。 これを逃す手は無い」
「チャンス?」
「これを見て欲しい」
セブンが端末を操作してディスプレイに何かのを映し始めた、9711号はセブンの背後に回ってそれを目視する。
ディスプレイの中には組織内の通路内に居る一体の戦闘員が写っていた、9711号はすぐにこれはファントムが言っていた監視カメラの映像なのだと察した。
映像の戦闘員は左右に視線を動かして辺りを伺いながら、過剰なまでに慎重に通路を歩いている。
その様は後ろ暗い犯罪者のようにしか見えず、映像に移る戦闘員からは怪しさが滲み出ていた。
「この戦闘員がどうしたんですか? なんか挙動不審な動きをしてますけど…」
「恐らくこの戦闘員はガーディアンの諜報員。
今は支部内の各所に爆弾を仕掛けている所」
「はっ、爆弾!?」
リベリオン日本支部で使用されているセブンが開発したセキュリティシステムは現在、専用の改造を行った保守担当の戦闘員によって運用管理されている。
指示があればセブンが機能のアップデートなどを行う場合もあるが、基本的に日々の運用についてはセブンの手から離れていたのだ。
それが今日、ほんの気まぐれでセキュリティシステムに触ったセブンが諜報員が施した細工に気付き、組織内に潜む諜報員の存在を把握する切欠となったのだ。
セブンの手によって監視カメラの仕掛けを解除されたことを知らない諜報員は、挙動不審とも言える姿を9711号たちに晒すことになってしまう。
「よく諜報員なんて見つけましたね、博士。
普通、こういうのって中々見付からないものでは…」
「…ただの偶然」
重ねて言うが今日、セブンが久しぶりにセキュリティシステムに触れた理由は偶然である。
決してバトルスーツの研究を止められた腹いせに、あの蟹型怪人の秘密を掴んで弱みを握ろうと考えていた訳では無い。
「と、とにかく現在、リベリオン日本支部に諜報員が潜入している。
そして諜報員の動きを調べることで、ガーディアンである計画が進行していることが判明した。
明日、此処にガーディアンの襲撃が行われ、それと同タイミングで諜報員が組織内に仕掛けた爆弾を使って破壊工作を行うという計画が建てられている」
「襲撃!? ま、まさかチャンスって言うのは…」
「そのまさか。 ガーディアンの襲撃の混乱に乗じて、私たちは組織を抜ける」
セブンも馬鹿ではない、馬鹿とは間逆の位置に居る彼女は脱走と言う行為のリスクをよく理解していた。
仮に蟹型怪人からバトルスーツの研究を止められただけならば、セブンは短絡的に脱走なんて真似を考えることは無かっただろう。
セブンとしては業腹ではあるだろうがが、組織に残っていれば再びバトルスーツの研究を行うチャンスが来るかもしれないのだ。
決して成功確率が高くない脱出に全てを賭けるよりは、一時的にバトルスーツの研究を断念するのも止む終えないと判断する筈である。
また、仮に諜報員の存在に気付いただけだったならば、セブンはすぐに組織にその存在を報告しただろう。
確かにバトルスーツの研究を禁じているリベリオンに所属していることは、セブンにとって枷が嵌められた状況と言える。
しかしただ脱走の好機が訪れたからと言って、それだけで制限こそあれ怪人の研究に最も適した場所と言えるリベリオン日本支部を離れることはしないだろう。
「あなたには脱出を手伝って欲しい、9711号」
「…ファントムも一緒に連れて行って下さい。 それだったら俺も脱走に手を貸します」
「勿論、私の計画にはあの子の力も必要」
リベリオンにとっては不幸なことに、今この瞬間にセブンが脱走をするための理由と脱走の好機が同時に揃ってしまった。
現状の低いリスクと高いリターンを目の前にして、脱走を決意した後のセブンの行動は早かった。
そしてファントムの件が頭にあった9711号は、腹を決めてセブンと一緒に脱走する決意を固める。
9711号はセブンの指示に従って黙々と脱出の準備を始めるのだった、記憶に無い外界へ旅立つ不安を誤魔化すように…。
「これで偽装工作は完璧、ガーディアンの工作員による爆破によって私たちは死亡したという筋書きになる」
「…なんか変な感じですね、自分と同じ格好をした奴が死んでいるのって」
脱出の際に偽装工作として、セブンは自分の研究室内に9711号のマスクを被せた戦闘員の死体と爆弾を設置した。
諜報員の爆破工作と同時に爆弾を起爆させて、セブンと9711号の死亡を組織に誤認させようとしているのだ。
この戦闘員の死体は最近、とある怪人が自身の特殊能力のテストを行ったことで生み出された物である。
極細の針で相手を刺し殺す能力によって作られた死体は外傷が殆ど無く、体格も9711号とほぼ同じサイズだった。
検死をすれば死亡推定時刻や死因の違いが判明するだろうが、戦闘員にそんな真似をする輩は組織に居る筈は無いと判断したセブンは、死亡偽装のリアリティを高めるために9711号の偽の死体をでっち上げたのだ。
こうして脱走計画のお膳立てが終わり、とうとう彼らの脱走劇の幕が上がることになった。
「"では、手はず通りこのまま支部から脱出する。 このままゆっくりと走って欲しい"」
「"ゆっくり走るのも逆に難しいんですが…。 さっさと此処から逃げ出した方がいいですよ"」
「"駄目、今のスピードを維持して"」
ステルス機能によって姿を消した9711号たちは、ファントムに乗って徐々に戦場から遠ざかっていた。
しかしそのスピードは緩やかであり、下手すれば早歩き程度の速度しか出ていないようだ。
彼らの背後では今もリベリオンとガーディアンが激しい戦いを繰り広げている、巻き込まれる危険性を考えたら全速力でこの場から離れた方がいい筈だ。
何故、9711号たちは最良の行動を取らないのか、その理由はセブンからの指示にあった。
「"ひっ、今隣に何か掠めましたよ!? もう嫌だ、早く此処から離れましょうよ"」
「"マスターの意見に同感でーす。
今のペースだとファントムちゃんが流れ弾に当たって、球のお肌に傷が付いちゃいますよー"」
「"ま、待って!? これ以上速いのは無理!"」
話し声を周囲に漏らすことで折角のステルスを台無しにしないため、現在の9711号たちは通信機越しで会話を行っている。
そしてセブンは首に付けた装置、外に漏れないほどの僅かな声を拾って送信する特性の通信機を使用して9711号に繰り返しある指示を出しているのだ。
9711号の後ろに捕まっている自身が、ファントムから振り落とされないスピードで走るようにと…。
「"…博士って運動音痴だったんですね"」
「"お母様は首から上にスペックを全振りしている人ですからねー"」
バイクの二人乗りで後ろに乗る行為は、慣れていない人間にとっては結構怖いものである。
特にセブンのように運動神経に自身が無い者には、ファントムのような大型のマシンに乗ること自体も心臓に悪いのだろう。
そのためセブンは少しでもスピードを上げようとするものなら、9711号にしがみ付きながら普段より僅かに上ずった声でもっと遅く走れと懇願するのだ。
無理やり速度を出したらセブンが本当に振り落とされそうで、9711号は言われるがまま低スピードで進まざるをえなかった。
作るのと乗るのでは全然違うのだろうが、よくこの少女がファントムというモンスターマシンを作り出せたものである。
「よくもあいつらを…、あんたたち、生きて帰れると思わないでよ!!」
「リベリオンが何を言う! こちらこそ黒羽の敵を取らせて貰う!!」
セブンが怖がらない牛歩の如き速度で脱走を続けているため、否応も無く戦場での会話が彼らの耳に届いていた。
特にとある女怪人は凄まじい怒気を放ちながら、ガーディアンの戦士を相手に大立ち回りを演じている様子が手に取るように解った。
クィンビーと相手取るガーディアン戦士は、因縁の敵を前にして闘士を剥き出しにしながら両の手に持つ剣を振り回して立ち向かう。
「"…クィンビーは俺たちが死んだと思っているんですよね"」
「"…早く此処から離れるべき。 愚図愚図していたら流れ弾にあたってしまう"」
「"では、もう少しだけ速度を…"」
「"駄目、可能な限り安全運転でお願い"」
時折、自分たちの名を呟きながらガーディアンと戦うクィンビーに対して、セブンも思うところがあったのだろう。
9711号とセブンはクィンビーから逃げるように戦場を…、リベリオン日本支部を後にするのだった。
リベリオン日本支部の撤退に掛かる時間を稼ぐ足止め任務から生還したクィンビーは、事前に知らされていた合流ポイントで組織の残存戦力と合流していた。
ガーディアンの追ってから逃げきり、クィンビーはとりあえずの安全を確保することになる。
こうして余裕が出来たクィンビーが真っ先に行おうとしたことは、彼女のお気に入りだったに開発主任と戦闘員の墓を作ることだった。
余ほどクィンビーは開発主任と戦闘員を気に入っていたのだろう、怪人が人間や戦闘員の墓を作るなどと言った話は聞いたことが無い。
「…な、なによこれ!?」
残念ながら開発主任の死体は無いが、無理を言って運ばせた戦闘員の死体は手元にあったので、彼女はそれをこの場に埋葬しようと考えていた。
この時にクィンビーが死体をそのまま埋葬していれば、セブンの脱走計画はシナリオ通りに運んでいただろう。
しかしクィンビーは埋蔵前に、最後に戦闘員の素顔を見ておこうとそのマスクに手をかけてしまったのだ。
そしてマスクを剥いだことでクィンビーは、かつて一度だけ見たことがある戦闘員の顔とはまるで違うデスマスクを拝むことになってしまう。
こうしてセブンの完璧と思われた脱走計画は、思わぬところで綻びを見せてしまった…。
これで第1章「リベリオン」編は完結です、次回からは第2章「欠番戦闘員」編になります。
とりあえず此処まで書いた所で思ったんですが、この一連のエピソードは過去編という扱いで後回しにして、最初に欠番戦闘員のバトル話をガンガンやるべきだったかもしれませんね。 もう今更ですが…。
 




