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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第6章 博士の夢
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27. 零れ落ちた物



 休日の早朝、何時もは昼近くまで寝ている事が多い大和は珍しく早起きをしていた。

 外行用の服装に着替えた大和は静かに二階にある自室を出ていき、音を立てないように慎重に一階へと階段を居りていく。

 一階に近づくにつれて僅かに聞こえてくるテレビ音、恐らく母はリビングでテレビを見ているのだろう。

 このまま母がリビングに居続けてくれれば、自分は母に気付かれること無く家を脱出できる筈だ。

 実は今日大和はとある約束を果たすために、今から外出しなければならなかった。

 そしてこの約束の内容を母に知られてはならないため、母に気付かれない内に家を出ようと試みているらしい。

 階段を降りきった大和はそのまま忍び足で一歩一歩前へと進み、家の外へと通じる玄関へと近づいていく。

 既に玄関は目の前だ、勝利を確信した大和の顔に自然と笑みが浮かびあがる。


「…大和、何処へ行くの?」

「げっ、母さん…」


 しかし大和の隠密ミッションは残念ながら失敗に終わった。

 息子の気配に気付いた母の霞がリビングから顔を出し、今にも玄関から出ようとしている大和を目撃したのだ。

 霞はこそ泥のように家から出ていこうとする息子の姿を、怪訝そうに見つめていた。

 玄関に居る息子の表情は明らかに失敗したと書かれており、理由は解らないが自分に見つかりたく無かったらしい。


「…夕飯には戻るわよね? 今日はあなたの好物の生姜焼きだから、早く帰ってくるのよ」

「了解、行ってきます!!」


 結局、基本的に息子に甘い母親である霞は、大和の奇行を咎めることは無かった。

 深く追求されな事をこれ幸いに、元気よく母の見送りに応えながら大和は家を飛び出す。

 今日の夕食は料理のプロである母お手製の生姜焼き、大和の一番の大好物である。

 まるで子供のように夕食への期待に胸を高鳴らせている大和の足取りは軽く、晴れやかな笑みを浮かべながら約束の場所へと急いだ。

 しかし大和は母の生姜焼きを食べることは無かった、この時を境にこの大和と言う少年は二度とこの家に帰ってくる事は無かったのだ…。











 白仮面と欠番戦闘員こと大和の最後の戦いは、何の合図も無く唐突に始まった。

 それは前回の戦いの焼きましのような展開であった。

 大和は白仮面に向かって真正面から突撃していき、それに対して白仮面はその場を微動だにしない。

 コアの力によって高められた肉体能力により、大和は一瞬で白仮面を拳の射程距離に捕える。

 大和は相手に駆け寄った勢いを殺すこと無く、その運動エネルギーを右拳と言う一点に集中させた。

 腰、肩の動作が完璧に連動した渾身のストレートは、まるで銃弾の如く真っ直ぐに白仮面に向かって飛んでいく。

 それに対して白仮面は以前と同じように大和の拳の軌道上に手を差し出し、ぞんざいにそれを払いのけようとする。

 二つのコアと言うとんでも無い物を持ってきた割には、やっている事は前回と変わりない無謀な特攻。

 白仮面は内心で拍子抜けしながら、淡々と目の前に迫りくる脅威を排除しようとしていた。


「うぉぉぉぉぉっ!!」

「性懲りもなく…、なっ!?」

「舐めるなよぉぉぉっ!!」


 しかし白仮面は大和の拳を払いのける所か、逆にその手を弾き飛ばされてしまう。

 前回はあれだけ簡単に払いのけることが出来た大和の拳が、まるで別物のように変わっていたのだ。

 辛うじて大和の右腕の軌道を逸らすことに成功した白仮面は、その弾丸のような拳の直撃だけは何とか回避には成功した。

 轟音と共に大和の拳が白仮面の耳元を通り過ぎた、当たれば首ごとを持って行かれそうな一撃に白仮面は肝を冷やすことになる。

 白仮面によって初手が外された大和であるが、当然のように一撃で止まる筈も無い。

 近接戦闘に特化した怪人専用バトルスーツを活かすため、大和はその場で足を止めて殴り合いを挑んでくる。

 赤いコアの輝きと共に右腕の炎が激しく燃え上がり、青いコアの輝きと共に左腕の凍気が生み出す氷の結晶が煌めく。

 炎と氷が混じり合いながら、大和は白仮面に向かって次々に拳を振り抜いていった。






 二つのコアの力はあの絶望的な程広がっていた大和と白仮面との差を、互角程度までに押し上げていた。

 白木から手に入れた二つ目のコアは、白仮面に対して大和が劣っていた怪人としての性能をカバーしたのだ。

 欠番戦闘員こと大和と白仮面との戦いは、まるでボクシングの試合のように互いに拳と拳を交えた殴り合いの戦いに発展していた。

 近接戦闘しか能の無い大和のバトルスーツの特徴を知りながら、白仮面はあえて大和と距離を取る選択を避けたのだ。

 恐らく大和の得意な土俵で打ち倒そうと言う白仮面の強気な判断による物と思われるが、しかし未だに白仮面は大和を倒せていない。

 最早、デュアルコアを備えた今の大和を白仮面は前回のように簡単に抑えることは出来ないらしい。


「あら、いい調子じゃない。 これなら上手くいきそうねー」

「流石はデュアルコア!? 旦那の奴、白仮面と互角に戦えているぜ!!」

「うーん、ちょっとこれはまずいかもね…。

 やっぱり急造の改造に無理があったのかしら、デュアルコアから引き出される出力が予想より低いわ…」


 完全なバトルスーツを纏う完全な怪人である白仮面と、二つのコアと言う規格外の力を持つ欠番戦闘員こと大和との戦いは、ただの殴り合いとはとても言い表せないだろう。

 互いの拳が振るわれるだけで大地が揺れ、空を裂き、その余波は観客である黒羽たちやアラクネたちの元まで届く程である。

 白仮面と真っ向から渡り合っている大和の姿に、観客であるクィンビーたちは喜色を露わにしていた。

 今まであそこまで白仮面に喰い付いた者は皆無であり、大和の戦いぶりは彼らに勝利を予感させる力強い姿であった。

 しかしその中で一人だけ、渋い顔を見せている白衣を纏う妙齢の女性が居た。

 大和の体に白木が保持していた兄弟コアの片割れを移植した人物は、今の戦況を余り楽観視していないらしい。


「どういう事です、三代さん?」

「拮抗するだけでは相手に勝てないのよ、デュアルコアと言う無茶をしている戦闘員くんには短期決戦で勝つしか道が無い。

 このままだらだらと戦いを続けていたら、戦闘員くんが潰れるのが目に見えているわ」

「大丈夫なんですか、大和の体は…」

「もう体の方はとっくに悲鳴を上げているわよ、本来なら戦う所か立っている事さえ不可能なほどの激痛が体を襲っている筈」


 繰り返すようだが大和の体は、リベリオンが使い捨て前提で製造している戦闘員と言う名の粗悪な量産品である。

 それは体に埋め込まれた人工筋肉を鍛え上げるなどの小細工をした上で、何とかコア一個の出力に数秒耐えられる程度の性能しか無いのだ。

 そんな大和が二つのコアの力に長時間耐えられる筈も無く、三代の見立てでは既に今の大和の体は限界を超えた状態であった。

 デュアルコアの圧倒的な負荷に晒された大和の全身には、時間を追うごとに致命的なダメージが蓄積していく。

 次の瞬間に大和が倒れても全くおかしく無い状況で有り、今の互角の状況では大和の敗北は目に見えていた。


「そんな…、それなら大和は何故今も戦って…」

「…戦闘員くんに口止めされていたけど、もうこの状況なら喋っていいわよね。

 実は戦闘員くんに頼まれてある薬を打ってあげたのよ、ガーディアンが対白仮面用に開発した新薬を…」

「薬? それは一体…」

「コアの全出力開放時に発生する負荷、その激痛を緩和するための薬。

 全く、薬で痛みや恐怖を誤魔化すなんて戦前かっての…」

「そんな物を!? 大和…」


 ガーディアンで密かに開発されていた薬、その効果によってデュアルコアの負荷に晒されている大和は今も戦うことが出来ていた。

 これはガーディアンが今の大和と同じように、コアから引き出した力に耐える事を目的にして密かに開発されていた物だった。

 この薬は言ってしまえば麻薬とかと同類の代物であり、一時的に体に掛かる負荷や激痛を感じなくなると言う物である。

 此処で注意するのはこの薬はあくまで感じなくなるだけであり、実際に体に負荷が掛かっている状況は全く変わりない事だ。

 もし大和の体が負荷に耐えきれずに、何処か重要な部位が壊れてしまったらその時点で戦闘不能となるだろう。

 薬に頼らなければ戦うことすら不可能な程の力に頼る大和、その力を持ってしても容易に勝つことが出来ない白仮面。

 改めて目の前で繰り広げられている戦いの壮絶さを実感した黒羽は、思わず息を呑み自然と自らの体を支える杖を持つ手に力が込められていた。











 仮面の下に覆われた白仮面の怪人としての素顔は、怒りという激情に侵された事で酷く歪んでいた。

 最強である筈の自分とまともに戦うことが出来ている、眼の前の赤黒のバトルスーツを纏った存在が気に食わない。

 自分は人間であった頃の肉体を奪われて、人工怪人と言う作り物の体に無理矢理押し込められた。

 この化物の体になった帰る場所など無く、自分が居る場所はあの狂人たちの元にしか無いのだ。

 それに対して目の前のこいつは体こそ半分程度は人工物に置き換えられているが、まだ人間と言っていい範疇の存在だった。

 こいつには帰る家が有り、帰りを待つ家族が居る。

 学校で退屈な授業を聞き、学校帰りに部活動に励み、家に帰れば母の手料理が待っているだろう。

 白仮面が捨てなければならなかった日常を、こいつは全て持っているのだ。


「…その力を手に入れるために、どれほどの代償を払っている! 何故、お前は日常を省みない!!」

「何を…」

「お前は俺の手から零れ落ちた物を全て持っている! 家も家族も平凡で退屈な日常も…、何故お前が…、お前が!!」


 それに気が付いたのはほんの些細な偶然だった。

 白仮面に課せられていた任務の一つ、妃 春菜が残したデータの回収任務。

 その任務のために妃 春菜のデータを持っている可能性が一番高い人物、姫岸 燈の監視を白仮面は密かに行っていた。

 そして姫岸を監視する過程で見つけたのだ、間抜け面を晒しながら学校へと通うその男子生徒の姿が…。


「解るか、俺がお前を見つけた時の衝撃が!! お前が何でもない顔で享受している日常は、俺が心の底から求めていた物なんだ!!」

「お前、一体…」

「俺の代わりにお前が日常を手に入れたならばそれでもいいと思った、この体では戻ることが出来ない世界だからな…。

 しかしお前は俺が欲しかった日常を振り切り、今もこんな危険な場所に自分から立っている!!

 俺が欲しかった日常、それを平気で捨て去るお前の行動が許されてたまるかぁぁぁぁ!!」


 それは白仮面の激昂だった。

 自分に持っていない物を持ちながら、それに価値を見出していない大和の行動を白仮面は許すことが出来無かった。

 感情の高ぶった白仮面は無意識に右指を激しく動かしながら、内に秘めていた感情を大和にぶつける。

 その叫びはまさに悲鳴であり、白仮面がその白い仮面の下で泣いているようであった。

 しかし大和には白仮面が何故そこまで自分の日常に拘るのか全く理解出来ず、戦闘員マスクの下で目を白黒させる。

 まさに一方通行と言っていい白仮面の感情の吐露は、むなしく辺りに響き渡った。





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