26. デュアルコア
それはクィンビーらしいと言えばらしい選択だったのだろう。
白仮面への宣戦布告を担当した蜂型怪人の意向によって、決戦の地は大和たちの知らぬ所で勝手に定められていた。
そこは戦闘員になる以前の記憶を一切失っている大和も知っている、今の彼が一度と訪れた事の有る場所だった。
町外れにある人気が全く無い廃墟、恐らく元はホテルか何かだった物が辛うじて建物の原型を留めていた。
崩壊の危険が有るのか建物の四方にロープで張られ、さび付いた鉄の看板が建物への侵入を禁じている。
張り巡らされたロープの外から顔を見上げている黒い覆面を被った、黒尽くめの少年の姿がそこにあった。
その名前の由来となった戦闘員番号を塗り潰した戦闘員マスクを被り、リベリオン戦闘員装束を身に纏った大和である。
大和の周囲には同じ覆面と戦闘員装束を纏ってたクィンビー、黒羽・三代と言う大和の協力者たち。
そして毒を食らわば皿までと言う奴か、白木・土留と言う現役ガーディアンの姿もあった。
彼らは大和の制止の声を無視して、欠番戦闘員と白仮面の最後の戦いを見留めるためにこの危険な場所にやって来たようだ。
「おいおい、何でよりによって戦いの場が此処なんだよ…」
「本当に大丈夫なの? 流れ弾とかで普通に建物が壊れるわよ、これ…」
「はぁ…、クィンビー…」
三階付近の壁に大穴が空いたそのホテル跡は今にも崩れ落ちそうな様子で、どう見てもこれから激しい戦いが繰り広げられるには相応しい場所とは思えない。
何も知らない黒羽たちには、この場所を戦いの場に選んだ理由が理解出来ないのだろう。
そして一人この場所を選んだクィンビーの意図が理解できる大和は、呆れたように覆面の下で溜息を吐いていた。
「大和、此処は一体…」
「此処は俺がリベリオンに捕まった場所なんです。 それで捕まった俺はそのまま戦闘員にされた…」
「ある意味で今のこいつの生誕の場所よ。 最後になるかもしれない戦いの場にはピッタリでしょう?」
「ピッタリって、お前な…」
此処はかつての大和がかつてのクィンビー、妃 春菜と共に訪れた廃墟であった。
リベリオンとガーディアンの秘密に迫っていた妃 春菜は、誘い込まれたこの場所で口封じのためにリベリオンに捕まってしまう。
そしてその巻き添えでかつての大和も一緒に捕まってしまい、戦闘員として改造されてしまったのだ。
確かに此処は戦闘員としての大和が生まれた場所と言えなくは無いが、だからと言って此処を決戦の地に選ぶ理由も無い。
恐らくクィンビーは単なる思いつきでこの場所を選んだのだろうが、当事者からすれば崩壊寸前の建物付近で戦うなど堪ったものではない。
「此処で大和が…」
「そうか、君もリベリオンの犠牲者だったんだな…」
「いやいや、そんな大層な話でも無いですって…」
リベリオンから人々を守る立場であるガーディアンに取って、大和の悲劇は決して他人事では無い。
彼らが頑張っていれば大和は戦闘員になる事も無く、平和な日常を送っていたかもしれないのだ。
戦闘員になる以前の記憶が無い大和には此処で捕まった記憶も無く、正直言ってこの場所に余り思う所が無い。
そのため此処が自分の始まりの地と言われても実感は無く、此処は崩れかけのただの廃墟でしか無かった。
しかしそのような事情を知らない黒羽たちには、今の大和は痛ましい過去を前に強がっているようにしか見えないのだろう。
この悲劇の地で元戦闘員と正義の味方たちによる、微妙に空気の異なる空虚な会話が行われていた。
最終決戦の直前と言うには些か緩んだ雰囲気であった大和たちであったが、主賓の登場によって一気に緊張が走った。
大和たちの正面から堂々と現れた白い仮面を被った人工怪人、白仮面と呼ばれている因縁の怪人である。
バトルスーツを展開していない白仮面の姿は、化け物染みた他の怪人たちと違って普通の人間に近いフォルムをしていた。
しかし体の各所に設置されたプロテクターのような突起物が、白仮面を異形の物である事を示している。
白仮面の背後には前に大和たちがリベリオン関東支部で出くわした、あの蜘蛛型の女怪人の姿があった。
蜘蛛型怪人アラクネは二本の腕とは別に背中から生えた四本の脚で、何か白い塊のような物を抱えている。
やがて白仮面とアラクネが近づいた事により、大和たちはその抱えられた荷持の正体に気付く。
「なっ、あれは…、博士!?」
「八重くん! なんて酷い扱いを…」
「ちょっと…。 死んでないでしょうね、あの子!?」
それは大和たちが探し求めていた、元リベリオン開発部主任の少女の姿であった。
セブンは白い糸らしき物でその全身を雁字搦めに拘束されており、露わになっている顔にも白い糸で猿轡をされていた。
その姿に大和たちはセブンの安否を心配したが、彼らの声が聞こえたらしいセブンが反応を見せたのだ。
僅かに動く顔を動かしてアラクネの背中から大和たちの姿を捉えたセブンには確かな意識が有り、とりあえず彼女が生きている事は確認出来た。
「白仮面、お前は博士を…」
「約束だ、貴様が勝ったらこれを開放してやる。 勝てたならばな…」
白仮面を迎えるために廃墟付近から前に出てきた大和は、足を止めた白仮面と向かい合う。
セブンに対する扱いに怒りを覚えた大和は、強い感情の篭った視線で正面の怨敵を睨みつける。
しかし白仮面は大和を軽く受け流し、目線でアラクネに合図を送りながらこれから行われる戦いの準備を初めた。
白仮面の意図に沿ってセブンを抱えたアラクネが白仮面から距離を取り、廃墟前の未舗装の道上で今日の主役が対峙する。
「念のために聞いておく、無駄な戦いを止めて降参するなら今だぞ。
痛い目に合う前にさっさとインストーラを私に渡せ、そうれば貴様は…」
「良かった、博士は無事のようだな…」
白仮面の最後の警告は大和に耳には入っていなかった。。
大和の目線は白仮面から外れ、その背後に距離を取って陣取るアラクネに背負われたセブンの姿に釘付けになっている。
こちらに気付いたセブンと目線が合い、大和は久しぶりに恩人であるあの少女の姿を見ることになった。
首から下は白い糸で覆われているため見える場所が顔しか無いが、見たところセブンが怪我や病気に苦しんでいる様子は見られない。
食事なども十分に与えられたのか痩せ衰えた様子も無く、大和の記憶にあるセブンと今のセブンに差異は無いだろう。
「…そうか、ならばもう語るまい! 後はこの力で貴様の思い上がりを叩き潰してやろう!!」
「俺だって何の準備をしてこなかった訳では無い。 見せてやるよ、俺達の切り札を…」
言葉により説得を諦めたらしい白仮面はベルト型インストーラを構え、セブンがこの怪人のために作成したバトルスーツを展開しようとする。
それに対して大和も腹部に埋め込まれた内蔵型インストーラを構え、セブン謹製の怪人専用バトルスーツを展開しよとした。
奇しくも同じ製作者によって作られたバトルスーツは、敵味方の間柄に分かれて矛を交えようとしている。
「「変身っ!!」」
各々のインストーラに登録された、バトルスーツを展開するための音声キーワードを叫ぶ両者の声が綺麗に重なった。
その声に合わせて白仮面と大和の体はそれぞれ光に包まれ、次の瞬間に両者の体にバトルスーツが展開された。
大和の体には黒を基調としたスーツが首から下を覆い、炎を思わせる紋様が刻まれたブレストアーマーにガントレットが装着されていた。
着心地を確かめるように大和は右腕を握りしめ、無骨な金属製のガントレットは金属音を奏でた。
対する白仮面の体には大和のそれとよく似た白配色のスーツが首から下を覆い、白い手袋に白いブーツが嵌められている。
怪人としての素顔を覆う凹凸の無い奇妙な仮面の下から、何かの感情が篭った強い目線を大和に送っていた。
「"ファントム!!"」
「"はいはいー、この最終決戦の場にファントムちゃんが居ない訳無いですよー!!"」
インストーラからバトルスーツの展開を終えた大和は、内蔵無線で相棒である黒いマシンに呼びかける。
主の声に応えてステルス機能で身を隠していたファントムが虚空より現れた、大和の真横へと自走してきた。
大和はファントムのシートに手を伸ばし、その下の収納スペースからヘルメットを取り出す。
そしてバトルスーツの意匠と同じ炎の紋様が描かれたフルフェイスのマスクを、そのまま戦闘員マスクの上から被ったのだ。
赤黒のバトルスーツにフルフェイスのマスク、欠番戦闘員と呼ばれる存在の戦装束が完成する。
互いにバトルスーツの展開を終えた両者は、様変わりした相手の姿を注意深く見つめていた。
既に何度も欠番戦闘員こと大和との交戦経験がある白仮面は、すぐに目の前の欠番戦闘員の姿から違和感に気付いた。
欠番戦闘員の腹部に浮かび上がる内蔵インストーラ、その中心には赤い光を放つコアが有る筈だった。
力を引き出す度にそれに反応して光を放つコアは非常に目立つ存在であり、他のガーディアンの戦士たちとは比較にならないほどコアの力を使う欠番戦闘員のそれは顕著であった。
しかし今の欠番戦闘員からは赤い光だけで無く、どういう訳か青い光まで見えるでは無いか。
眩いばかりに光る欠番戦闘員の腹部に目をやった白仮面は、そこで衝撃的な光景を目にしてしまう。
「それは…、馬鹿な!? コアが二つだと…」
「見せてやるよ、デュアルコアの力をな…」
兄弟コア、白木が使っていたそれは三代の手によってインストーラによって組み込まれ、大和は二つのコアの力を手に入れていた。
腹部のインストーラに嵌め込まれたコアが違いに自己主張するように赤と青の光を放ち、大和に多大な負荷と共により兄妹な力を与える。
右腕にはこれまで使ってきた赤いコアの力より、何時も通り激しい炎が吹き上がっている。
そして左腕には新たに埋め込まれた青いコアの力により、凍気によって氷柱が出来ているでは無いか。
デュアルコア、二つのコアを同時使用する前代未聞の切り札がこの世界に産声をあげた瞬間であった。




