21. 自爆
欠番戦闘員、ガーディアンとリベリオンの戦いの場に突如現れた謎の存在。
白木は以前からこの正体不明の人物について、ある疑惑を持ち続けていた。
過去に東日本ガーディアン基地で共闘した時、欠番戦闘員のコアと自分のコアとの間で発生していた微かな共鳴現象。
それはかつて白木が黒羽と共に戦っていきたと時によく見られた、ほぼ同質である兄弟コア同士たちが引き起こす共鳴に似ていた。
白木はこの情報から欠番戦闘員の使うコアが自分が使っていたそれであり、欠番戦闘員があの時の戦闘員では無いかと推測した。
有ろうことか自分からインストーラを奪った存在、覆面に9711号と書かれていた憎き戦闘員。
残念ながら白木の推測は、欠番戦闘員の協力者であった三代のフォローによって一度は否定された。
しかし白木は頭の何処か己の考えを捨てきれず、欠番戦闘員を疑い続けていたのだ。
「…まずは一つ聞きたい事がある。 あの時…、あの戦場で僕からインストーラを奪った戦闘員はお前か?」
「…ソウダ」
「っ!? あの時お前が居なければ黒羽は…」
そして白木の推測は正しかった。
欠番戦闘員、幾度と無く白木の前に姿を見せた謎の人物は自らの素性を明かしたのだ。
その言葉を聞いた白木は我を忘れて、欠番戦闘員に向かって飛びかかりそうになる。
白木は何度夢想しただろうか、あの時にあの戦闘員が居なければ自分たちはクィンビーを倒すことが出来た筈だ。
そして黒羽はリミッター解除と言う捨て身の手段を取ることは無く、自分は今も彼女と共にガーディアンの戦士として戦う事が出来た。
ある意味で欠番戦闘員は黒羽の仇であり、白木は衝動のまま相棒の仇討ちのために動こうとしていた。
「白木、その事はもういいんだ!? 彼もあの時の行動は本位では…」
「黒羽!? …君は欠番戦闘員の正体を知っていたのか?」
「ああ、知ったのはついこの前だがな…」
腕に嵌められたブレスレット型のインストーラに手を伸ばし、白木は今にも己の戦闘装束を展開しそうになっていた。
しかし白木の仇討ちと言う名の暴走は、事の張本人である相棒であった少女に止められてしまう。
白木は信じられない物を見たような表情で、自分を止めた黒羽の顔を見つめ返す。
この欠番戦闘員が自分のインストーラを奪ったのだ、そのせいで黒羽は癒えぬ傷を負った。
それにも関わらず今の黒羽からは、欠番戦闘員に対する怒りなどと言う負の感情は感じられない。
むしろ白木に襲われそうになる欠番戦闘員を心配する様子すら見え、既にこの両者の間に蟠りが無い事は見て取れた。
どうやら黒羽は白木の知らない所で欠番戦闘員の素性をを知り、人知れず両者は和解をしたのだろう。
体に障害を負い自力で歩くことすらままならなくなった少女が、その悲劇の間接的な原因を作り出した存在を許すと言うのだ。
傷ついた黒羽を思っての白木の仇討ちであったが、被害を受けた張本人がそのような事を言うならば矛を収めるしか無い。
白木は渋々と言った感じでインストーラから手を離し、とりあえず此処で欠番戦闘員に襲いかかる事を止めたらしい。
しかし怒りのやり場を失った白木は感情が消化出来ないのか、未だに欠番戦闘員に対して殺意が入り混じった視線を見せていた。
「ふーん、じゃあ旦那の正体は見たまんま、リベリオンの戦闘員だったのかよ。
リベリオンと戦う謎の存在、その正体はかつてリベリオンに改造された戦闘員か…。
はんっ、何処ぞのガキ向けのヒーローってか!!」
「まあ、改めて説明されるとそんな感じよね、戦闘員くんって…。
これで戦闘員じゃ無くて、ちゃんとした怪人だったら完璧な筋書きだったのに…」
一方、あのクィンビー戦に関わっていない土留と三代は、白木と黒羽と欠番戦闘員のある種の愁嘆場を人事のように見物していた。
土留にしても欠番戦闘員の正体はそれなりに驚いたが、白木ほど因縁が無い事からその反応は何処か人事のようである。
経歴だけ見れば漫画の主人公になれそうな欠番戦闘員の正体を面白がる土留、欠番戦闘員が量産品である戦闘員で無く正式な怪人だったら良かったと身も蓋も無い感想を述べる三代。
同じ部屋の中に居ながら外野の二人に漂っている空気は、深刻そうな顔で話をする白木たちと比較して別次元であった。
「お前には聞きたい事が沢山あるが…、まずはその覆面を外せ!
欠番戦闘員…、否、丹羽 大和!!」
「……ハッ? ナ、何ヲ言ッテ…」
黒羽の言葉によって欠番戦闘員に対する矛を収めた白木であったが、まだ怒りが収まらいらしく刺々しい態度を崩そうとしない。
そんな白木の口から出た言葉に、欠番戦闘員は覆面の下の表情を凍りつかせることになる。
誰も知らない筈の自分の本名、丹羽 大和の名を白木は明らかな確信を持って口に出したのだ。
確かに白木の要求通りに戦闘員マスクを外せば、そこには白木と何度か顔を合わせた事がある大和の顔が出てきてしまう。
しかし大和の考える限り、欠番戦闘員としての自分の偽装は完璧だった筈だ。
これまで常に戦闘員マスクで顔を覆い、他のリベリオン戦闘員の使う奇声と同質の声に変えて行動してきた。
どう考えても白木が、丹羽 大和と言う自分の真の正体に辿りつける訳が無い。
否、よく考えてみれば白木たちと前で一度だけ、丹羽 大和としての素の声を出してしまった
もしかしたらあの時の自分の失態が、白木たちを自分の正体にたどり着かせてしまったのか。
「おいおい、この状況で白を切る気かよ。 此処に黒羽と一緒に出てきた時点で正体はバレバレだろう、民間人?」
「まさかこうなる事が予想出来無かったのか? だからあれほど直接顔を出すなと言ったのに…」
「エッ、エェェェェェッ!?」
しかし大和が自分の正体を告げられた事に混乱している中、周囲の反応は冷ややかな物であった。
まるで自分の正体がバレバレであったと言う反応に、未だに己が置かれた状況が飲み込めない大和は激しく狼狽える。
そんな大和の慌てた反応に対して、可哀想な物でも見るかのような生暖かい視線が降り注いだ。
大和は欠番戦闘員の装束を纏っていない自分の事を、何処にでも居る完璧な一般人であると考えていた。
事実、生まれつき凡人であった丹羽 大和と言う少年は、リベリオンで大量量産品でしか無い戦闘員にしかなれなかった。
確かに大和自身は戦闘員に改造されている事を除けば、本人の認識通り一般人の域を出ないだろう。
しかし残念ながら大和のこれまでの行動は、一般人とは言い難い物であった。
東日本ガーディアン基地がリベリオンに襲撃された時、ショッピングモールがリベリオンに襲撃された時。
欠番戦闘員が現れたと言うこの二つの戦場において、どいういう訳か一般人である大和の姿があった。
余程不幸な星の元に生まれたのでは無ければ、此処まで都合よく事件の現場に居るのは出来過ぎているだろう。
そして一般人である筈の大和は本来なら部外者厳禁である東日本ガーディアン基地に入り浸っており、本人は気付いていないがその行動は悪目立ちをしていた。
事前に三代が許可を取っていた事も有り、大和を咎める者は居なかったがその存在を奇妙に思う者は少なく無かった。
更に一般人である筈の大和が、ガーディアンの戦士であった黒羽と交流を持っている事実を白木と土留は把握していた。
既にガーディアンを抜けた事で黒羽は大和と同じく一般人となっており、この二人が共に行動していても別段不思議では無い。
大和が自爆とも言える行動を起こさなければ、かつての戦友たちは黒羽が新しい幸せを見つけただけと考えていただろう。
「戦闘員くんが此処に現れるって事は、私と戦闘員くんが繋がっていたことをバラすような物よね?」
「そして私が一緒に居ると言う事は、欠番戦闘員が私とも繋がっている事になる…」
「つまりイエミツと黒羽と繋がりがある人物が、旦那の正体って事になるだろう?
そして俺たちはこの二人の関わりを持っている、怪しい部外者の存在に心当たりがあったんだよ」
「丹羽 大和! 観念して正体を見せろ!!」
「…はい」
三代の城で有る三代ラボに欠番戦闘員が黒羽と共に現れた、その事実が全てを繋げてしまった。
裏の事情はさておき、表向きは世界を守るための正義の組織として結成されたガーディアン。
正義のために集められた人材たちは、どれも一流と言う呼び名が相応しいエリート集団である。
そんな彼らに取って見れば、今の大和の行動は自分が欠番戦闘員であると言っているような物であった。
そのため黒羽などは大和が白木たちの前に出ようとするのを止めるため、白木への説得は自分一人に任せてはどうだと提案もしていた。
しかし自分の正体に気づかれる可能性を一ミリも考えなかった大和は、白木たちに誠意を見せるなどと言うどうでも良い理由で黒羽と共に姿を見せる選択をしてしまう。
「はぁ…。 こうなると解っているなら、言ってくれれば良かったのに…」
「すまない、まさか気付いていないとは思ってなくて…」
「普通、そのくらい言わなくても解るでしょう。 戦闘員くん、頭悪いわねー」
最早こうなってしまえば大和に言い逃れる余地は無く、白木たちの要求通りに戦闘員マスクに手を掛ける。
その名前の由来となる戦闘員番号を塗り潰したマスクを勢い良く外し、仏頂面をした大和の素顔が白木たちの前に露わになった。
素顔を晒した大和は不満気な様子で、黒羽や三代が自分の正体がバレる危険性を教えてくれなかった事に対して文句を呟いていた。
本来なら今まで秘密にしていた自分の正体を明かす衝撃の展開になり、大和はその事実に打ちのめされる筈だった。
しかしどうやら大和は正体がバレたショックより、正体がバレることに自分だけ気付かなかった事へのショックの方が大きいらしい。
そのため大和からは余り悲壮感と言う物が見られず、どちらかと言えば不貞腐れたかのような表情であった。
半ば大和の自爆によって欠番戦闘員の正体が明かされてしまったが、今日の本題はそこでは無い。
大和たちは対白仮面のために、白木が所持している兄弟コアの片割れを手に入れるために集まったのだ。
そのため微妙に変な雰囲気になった部屋の空気を変えるため、話を元の話題に戻すために年長者である三代が動いた。
「まあ戦闘員くんの話は一度置いて、本題に戻りましょう。 とりあえず私たちがボウヤのコアが必要な事は理解してくれたわよね?」
「兄弟コアの並列使用、言うなればデュアルコアって所か…。
まあ今の所、他に白仮面に勝つ手段も無さそうだしなー。 白木、此処は旦那にお前のコアを預けて見ようぜ」
「…」
初めに白木と土留が懸念していた問題点、奪われた兄弟コアの片割れは此処にある。
兄弟コアを揃えるという前提条件さえクリア出来れば、二つのコアを利用するという方法は対白仮面において魅力的な手段であった。
土留の方は既に兄弟コアの使用に乗り気らしく、早速白木に対してコアを渡すように言う。
しかし白木は土留の声を無視して、両目を瞑って何かを考えている様子であった。
「…三代さん、一つ聞きたい事が有ります。 僕が兄弟コアを…、二つのコアを同時に使うことは可能なのでしょうか?」
「白木!? 馬鹿なことは考えるな!!」
「理論上は問題なし。 ただしやったらまず死ぬわよ、二つのコアの力なんてとても生身の人間が耐え切れる物じゃ無いわ…」
兄弟コアはほぼ同質の性質を持つコアであり、それ故にコアの使用者となるための条件も同一となる。
そもそも今大和が使っているコアはかつて白木が使っていた物であり、白木がそれを使えない筈は無いのだ。
しかし普通の人間でしか無い白木が、一つでも持て余すコアを二つ同時に使えば三代の言う通り死は免れないだろう。
かつての相棒の悲壮な決意を察した黒羽が止めようとするが、白木は聞く耳を持とうとしない。
「構いません、僕の体はどうなってもいい。 白仮面はガーディアンの手で倒す!!」
「白木さん、それは…」
「丹羽 大和! …否、今はあえて欠番戦闘員と呼ばせて貰う。
欠番戦闘員、兄弟コアを掛けて僕と勝負をしろ!!」
「えぇっ!?」
ガーディアン、リベリオンの怪人から人々守るために結成された人類最後の砦。
そんな正義と言う二文字を背負う誇り高きガーディアンの戦士たちが何人、あの白仮面に倒されただろうか。
白仮面はガーディアンの敵であり、奴を倒すのは欠番戦闘員などと言う部外者では無くガーディアンで無くてはならない。
ガーディアンとしての誇りを持つ白木には、このまま黙って自分のコアを渡すことは出来無かった。
この選択の裏には白木が持つ、欠番戦闘員に対する敵愾心が関係している事は否定出来ないだろう。
どちらが兄弟コアを使い白仮面と戦うに相応しいか決めるため、白木は大和に対して勝負を持ちかける。
突然の申し出に戸惑いを隠せない大和に対して、白木は兄弟コアが使われているインストーラを挑発するかのように突き付ける。
白木の瞳からは並々ならぬ決意が見え、最早言葉でこの少年を止めることは出来そうに無かった。
今、欠番戦闘員こと大和とガーディアンの戦士である白木の誇りを掛けた戦いが行われようとしていた。




