17. 敗北
目が覚めて最初に見た物は白い天井だった、それは作りたてのように真新しく傷一つ見当たらない。
起き抜けてで思考に靄がかかったような状態の大和は、何となしに天井を見つめ続けていた。
数分ほど天井とのにらめっこをしながら、頭に血が巡ってきたらしく大和の意識が徐々に覚醒していく。
とりあえず上半身を起こそうと体を動かし瞬間、大和は電気ショックを受けたかのような激しい痛みを全身に感じる。
突然の痛みに目を白黒させた大和だが、気合で痛みに耐えながらベッドの上から体を動かす事に成功した。
上半身を起こした事で初めて部屋の全貌が把握できた大和は、顔を左右に振りながら辺りを見回す。
そこは四方を天井と同じ白色で配色された、まるで病院のような印象を覚える清潔そうな部屋だった。
大和が寝かされた部屋にはベッド三台が規則的に並べられており、大和が使用している真ん中のベッド以外は未使用だった。
一体自分はこんな所で何をしているのか、この場所に寝かされていた事情が飲み込めない大和は漠然とした不安を覚えていた。
「あら、起きたようね…。 予想より早い目覚めね、戦闘員くん」
「…三代さん? えっと…、此処は…」
「私のラボの仮眠室。 どう、体の調子は?」
「えっと…、体が痛いです…。 三代さん、何で俺はこんな所に…」
大和の目覚めを狙ったかのようなタイミングで部屋の自動ドアが開き、外から白衣の女性が入ってきた。
ガーディアンに所属する研究者である三代の登場によって、とりあえず今自分がいる場所が判明した。
この真新しい部屋は三代ラボ内にある一室らしく、理由は解らないが大和はこの場所で先ほどまで寝かされていたようだ。
しかし未だに自分がこのような所に居る理由が思い当たらない大和は、三代に対して詳しい事情を尋ねた。
「記憶に混乱が有るのかしら、脳に異常は無さそうだったけど…。
戦闘員くん、あなたは昨日、あの白仮面と戦ったのよ」
「……白仮面? そうだ、俺はあいつと戦って…」
大和の問いに対して、三代は不思議そうな顔をしながら即座に回答を示した。
白仮面、その単語を切っ掛けとして大和の脳裏に次々と記憶が蘇ってくる。
工事現場に現れた白仮面、全滅したガーディアンとリベリオンの精鋭たち、隙を突いて機械蜂を仕掛けたクィンビー。
そして大和は白仮面と対決したのだ、確か自分は初手で決着を付けるためにコア100%を開放して突っ込んだ。
よくよく考えたらこの痛みは以前にも味わった物である、恐らくこの身体中のダメージはリミッター全解放の反動なのだろう。
「俺は…、負けたんですか」
「…そうよ、ボロ負けよ! 無様に倒れたあんたを私が運んでやったんだからね、感謝しなさい!!」
「クィンビー…」
肝心の白仮面との戦いの記憶を思い出せないが、自分がこのような場所にいる時点で大凡の結果を予測出来る。
大和は内心で最悪の答えが帰ってくるだろうと考えながら、恐る恐る三代に対して戦いの結末を尋ねた。
そして大和の問いかけに答えたのは、三代の後ろからいきなり部屋に入ってきたクィンビーであった。
既に戦闘員装束から私服に着替えていたクィンビーは、眉間に皺を寄せた苛ついた表情をしながら大和に辛辣な事実を告げた。
大和の敗北という最悪の結果を…。
バトルスーツを行使する者の戦闘能力は、基本的に以下の要素で決まると言われていた。
スーツ装着者の性能、バトルスーツの性能、そしてコアから引き出される出力の割合である。
ショッピングモールでの戦いにおいて大和は白仮面を撃破した要因は、上記に上げた要素について相手より上回っていた事にあるだろう。
装着者の性能は完全な怪人である白仮面が優位、バトルスーツの性能はセブンお手製の怪人専用バトルスーツを使う大和が優位だった。
そして一瞬であるがコアの全リミッターを解除して100%まで開放できる大和は、コアの出力についても優位に立つことが出来た。
二優位一劣位、大和は白仮面を上回った事によって勝利を収めたのだ。
「けど今回の戦いは状況が代わった…。 あの子が白仮面用に制作したバトルスーツによって…」
翻って今回の工事現場の戦いについて考えてみよう。
まず装着者の性能については前回と同様、量産品である戦闘員が完全な怪人に勝てる筈も無いので白仮面が優位になる。
次にスーツの性能については前回と違い、白仮面もセブンお手製のバトルスーツを使うことでスーツの性能は両者互角となったと言っていい。
最後にコアの出力についても前回と違い、白仮面はスーツが新しくなった事で存分にコアの全出力を解放出来るようになったので両者互角になった。
ニ同位一劣位、セブンのバトルスーツのお陰で白仮面は大和を上回り、結果として大和は敗北を喫したのである。
「…俺はどんな風に負けたんだ?」
「どんなもこんなも無いわよ、渾身の右ストレートをあっさり受け止められて、返しのフックで一発ノックアウトよ。
全く、あそこまでお膳立てしたのに、負けるなんて有り得ないわ!!」
「元々、差は有ることを想定したから、あそこまで小細工をしたけど…。
それでも届かなかったってのはキツイわ…、もう打つ手が無いわよ、本当」
元々、今の白仮面の性能が大和を上回っている可能性が高い事は予測されていた。
その差を埋めるために今回の戦いで大和たちは、幾つかの策を持って戦いを有利に運ぼうとした。
白仮面を少しでも消耗させるために、先にガーディアンとリベリオンとの精鋭と戦わせた。
そして白仮面を少しでも弱らせ、あわよくば倒すために機械蜂による奇襲も仕掛けた。
しかしこれらの小細工を持ってしても、白仮面との戦闘能力の差を埋めることが出来無かったのだ。
「…俺がやられた後、白仮面はどうしたんだ?」
「逃げたわよ、それなりに毒が回っているようだったから、これ以上の戦いは厳しいと思ったんでしょう。
悔しいけど私一人で追っても返り討ちに合うだけだから、黙って見逃したわよ」
大和が白仮面に敗れて地面に伏した瞬間、あの場での戦いは決着を迎えた。
白仮面は地面に倒れた大和を一瞥した後、そのまま工事現場から姿を消した。
機械蜂の毒によって明らかに白仮面はダメージを受けており、もしあの場に残っている戦力が総掛かりで襲いかかったら勝機はあったかもしれない。
しかしクィンビーを除くあの場に残っている者たちは、誰も白仮面に手を出すことなど考えもしなかっただろう。
ガーディアンの戦士たちもリベリオンの怪人たちも、欠番戦闘員が白仮面と言う悪夢を倒すことを期待していたらしい。
その希望が打ち砕かれた瞬間、あの場に居る白仮面以外の全ての者たちの顔に絶望が浮かび上がっていた。
クィンビー曰く、まるでお通夜か葬式ののような暗いジメジメした雰囲気になったそうだ。
「そうそう、白仮面からの伝言。
もう戦いの場に出るな、次に会ったら今度こそ命は無いと思えってさ…」
「そうか…」
相変わらず白仮面はどういう訳か、大和を戦いの場から遠ざけたいらしい。
その忠告を無視して今まで戦ってきた大和であったが、とうとう白仮面から最後通告がなされたようだ。
三代とクィンビーとの会話で漸く敗北を実感したのだろう、大和は悔しさを顔に滲ませながら右腕の五指を忙しなく動かしていた。
欠番戦闘員が敗北した事で、名実ともに白仮面が最強の存在としてガーディアンとリベリオンに認知された。
しかし例え相手が最強の相手は言え、そう簡単に敗北を認める訳にはいかない。
ガーディアンとリベリオン、彼らはそれぞれ正義と悪の旗を掲げながら十年以上も戦い続けてきたのだ。
その戦いを突然現れた白仮面と言うイレギュラーによって止めるなど、どちらの組織も認められる筈も無い。
そしてガーディアンとリベリオンは白仮面と言う脅威を排除するために、なりふり構わぬようになっていった。
「うぉぉぉぉっ!!」
「その力…、命を捨てる気か?」
「小豆の敵だ!! 俺の命に代えてもお前を倒す!!」
インストーラに嵌められたコアが眩いばかりの光を放ち始め、ガーディアンの戦士の動きが格段に鋭くなる。
コアのリミッター解除、大和や白仮面と言った怪人ならば兎も角、通常の人間であれば命にすら関わる禁じ手である。
白仮面に恨みが有るらしいガーディアンの戦士は己の身を顧みず、コアのフル出力を解放したのだ。
ガーディアンの戦士が白仮面に対してコアのリミッター解除と言う切り札を取るのは、これが初めてでは無かった。
既に白仮面の実力はガーディアン内に知られており、今のガーディアンの戦力ではこの悪魔に到底及ばないだろう。
最早ガーディアンの戦士たちが白仮面に勝つには、コアのリミッター解除と言う禁じ手に頼るしか無いのだ。
コアの出力に耐えるために人間の体を改造しようと言うリベリオン紛いの計画も進行している程、ガーディアンは追い詰められていた。
「ははは、これで俺とお前は互角だぞ! 白仮面っ!!」
「ほう、リベリオンがバトルスーツを使うか…」
そして追い詰められているのはリベリオンも同じだった。
白仮面に対抗するために怪人たちは、見下していた筈の人間の技術であるバトルスーツを使う者が現れ初めたのである。
かつてセブンはリベリオン内でバトルスーツの研究を行おうとして、それを完膚なきまでに止められたがために組織を脱走すると言う道を選んでいた。
皮肉にもセブンが製造したバトルスーツを纏う白仮面の手によって、セブンが望んでいたバトルスーツが研究できる環境が生まれたのである。
コアには相性があり、本来であればコアに選ばれた人間しかその力を発揮することは出来ない。
しかし元々自身の体を改造する事で怪人となった者たちに取って、コアとの愛称を合わせるために体を弄る事は難しくない。
セブンが施した大和への調整ほど洗練された物では無いが、既にリベリオンはコアの力を部分的に引き出す事が可能な不完全な調整が行えるようだ。
こうしてガーディアンとリベリオンは白仮面に対抗するために、今まで禁忌とされてきた領域に足を踏み入れながらそれぞれの技術を進化させていく。
白仮面と言うカードを切った黒幕たち、彼らの想定通りに全ての事は動いていた。
 




