8. 穴
今回の二面作戦においてガーディアンの別働隊として選ばれた者達、その中に白木や土留の姿があった。
彼らは他のガーディアンの戦士たちと共に、既にリベリオン関東支部内への潜入を果たしていた。
支部に所属している怪人たちは正面から押し寄せてきたガーディアンの囮部隊に掛かりきりであり、まさか別働隊が居るとは夢にも思わなかっただろう。
加えてガーディアン側にはクィンビーが齎した支部の詳細な情報が有り、この好条件下においてガーディアンの精鋭たちが失敗するはずも無い。
奇襲という効果を最大限に発揮するため、隠密性を重視した別働隊は少数の精鋭たちで構成されている。
そして無事に支部内に潜入した別働隊は、それぞれに課せられた任務をこなすために分散をしていた。
「おい、何処に行く気だ!? 僕達の作戦目標は…」
「そんな物は放ってけって。 それよりもっと大きな獲物が有るんだ、黙って着いて来い」
「土留!?」
白木と土留もまた他の戦士たちと同じように任務が課せられており、彼らは任務を果たすために目標地点へと向かう予定だった。
しかし他の戦士たちと別れて別行動を取った途端、あろうことか土留は作戦目標から明後日の方向に向かってしまう。
どうやら土留には別の目的が有るらしく、上から命じられた任務を無視してそこに向かおうとしているらしい。
土留は元々利己心が強く、手柄を優先するために上からの命令を無視する事は日常茶飯事であった。
優等生である白木と組むようになってからは独断専行は控えるようになっていたが、此処一番で土留の悪い癖が戻ってきたようだ。
慌てて追い掛けて来る白木の制止を無視して、土留の足は止まることは無かった。
別働隊の面々が暴れ始めたようで、リベリオン関東支部内の所々が騒がしくなってきた。
その騒ぎの対処に人手が取られていたのか、白木と土留は幸運にも誰に咎められる事無く目的の場所へと辿り着くことが出来た。
足を止めた土留が物陰から覗き込んでいる扉が、恐らく土留が命令を無視してまで向かおうとした目的地なのだろう。
そこはガーディアン襲撃と言う緊急事態にも関わらず、一体の怪人と数体の戦闘員が扉を警備していた。
何らかの昆虫をベースにしたと思われる怪人は、まるで鎧のような甲殻を全身に纏っている。
その姿は中世の騎士に見えなくも無く、その姿と相まって扉を警護する様子は絵になっていた。
あの警備状況を見て、あの扉の中がリベリオン関東支部において重要な場所である事を示していた。
視線の先にある扉を注視しながら土留は、白木に対して任務を無視して訪れた理由を語り始めていた。
「欠番の旦那から送られてきた情報は完璧だった、あれのお陰で此処の中身は丸裸になったと言っていい。
けど俺は一点、気になる所を見つけたんだ。 あの情報の中に一箇所だけ、ぽっかりと抜けている場所があったんだ」
「それがあの場所なのか?」
「あれは明らかに意図的に伏せた情報だ。 欠番の旦那が俺たちに伝えたくなかった場所、気にならないか?」
「…そうだな」
欠番戦闘員が送ってきたリベリオン関東支部の情報、その内容を精査した土留は一点の情報の穴を見つけた。
意図的に隠されたと思われるリベリオン関東支部内のとある一室の情報、それがあの扉の先に有るのだ。
わざわざ情報を隠したという事は欠番戦闘員に取って、あそこはガーディアンに近づいて欲しくない場所なのだろう。
事実上、ガーディアンと協力関係を結んでいると言っていい欠番戦闘員であるが、その正体は未だに謎に包まれている。
欠番戦闘員が隠そうとした場所を探れば、欠番戦闘員に繋がる何かが掴めるかもしれないと土留は考えたのだろう。
その話を聞いた白木は考えこむ素振りを見せる、白木は前から欠番戦闘員と言う謎の存在に疑問を覚えていた。
そのため欠番戦闘員の情報を手に入れようとする土留の行動は、白木に取っても非常に魅力的に思えた。
土留の行動は明らかに命令無視であり、後でこの件が上に知られることになったら懲罰は免れない。
しかしそれ以上に欠番戦闘員の事が気に掛かった白木は、土留の悪魔の囁きに乗る選択をしてしまう。
警備の怪人は一体だけである、白木と土留と言うガーディアンの正式コアを持つ戦士が二人掛かりであれば負ける相手では無い。
白木たちは扉を警備する怪人たちを排除するために、物陰から飛び出すタイミングを伺っていた。
しか白木たちが行動を起こす寸前、思わぬ邪魔者が入ってしまう。
扉を支点に土留たちから見て反対側の通路より、新たな戦闘員たちが怪人が警備する扉の前に駆け込んできたのだ。
現れたのは二体の戦闘員、一体は何処にでも居る男性型の戦闘員、そしてもう一体はそこそこレアな女性型の戦闘員であった。
「キィィィ!!」
「…戦闘員? …伝令か、アラクネ様に何かあったのか?」
「きぃぃ!」
「おお、早くそれを寄越せ!!」
現れた二体の戦闘員の姿に警備の怪人は怪訝な反応を示しながら、戦闘員に対してこの場に現れた理由を尋ねる。
リベリオン関東支部はガーディアンの襲撃と言う未曾有の危機に陥っており、戦闘員と言えども遊んでいる余裕は無いのだ。
しかしその怪人の疑問は女型の戦闘員が見せた右腕、その手に持った紙切れの存在で氷解する。
恐らくその紙切れには何らかの情報が書かれており、この戦闘員たちはこの伝令を運ぶために現れたのだろう。
まともな言葉を発することが出来ない戦闘員にメモを託すことによって、伝令を行う手法はリベリオン内でたまに行われる事である。
通信などの近代危機を用いた通信は傍受の危険性を伴うため、このような原始的な方法の方が安全な事も有るのだ。
戦闘員は警備の怪人に手に持った紙切れを渡すために、淀みない足取りで怪人の正面に近づく。
そして女型の戦闘員が紙切れを持った手を怪人の前に差し出した瞬間、その戦闘員の腕から何かが飛び出した。
「ぐわっ!? 何を…」
「今よっ!!」
「変身っ」
鋭い風切り音と共に女型戦闘員の腕から飛び出した毒針を受けた怪人は、その場で苦悶の声を上げてしまう。
怪人の腹に打ち込まれた毒針は銃弾をも弾き飛ばす筈の怪人の強靭な甲殻を貫き、少なくないダメージを怪人に与えたようだ。
異変に気付いた警備の戦闘員たちが動き出そうとする瞬間、この場に現れたもう一体の男型戦闘員が動き出していた。
内蔵インストーラを起動させるキーワードを呟いた瞬間、その戦闘員の体は一瞬の内に光に包まれた。
戦闘員の黒尽くめの戦闘員服は次の瞬間、全く別物へと変化していた。
黒を基調としたスーツに炎を思わせる文様が特徴的なブレストアーマーやガントレット、巷で欠番戦闘員と呼ばれている謎の存在が姿を表していた。
「「キィィィィッ!!」」
「お、お前は欠番…」
「邪魔だ!!」
現れた欠番戦闘員は瞬く間に警備の戦闘員たちを一掃する。
怪人と互角以上に戦うことが出来る欠番戦闘員の力を前に、ただの戦闘員たちが敵う筈も無く悲鳴を上げながら倒れていった。
そして毒で弱っている警備の怪人に近づいた欠番戦闘員は、その存在に驚愕している怪人に向かって容赦なく拳を振るう。
近接戦闘に特化した欠番戦闘員の一撃必殺とも言える一撃に、毒を受けた怪人耐えられる訳が無かった。
怪人を容赦なく殴り飛ばした欠番戦闘員は、扉の前に居たリベリオンの警備を全て排除してしまう。
欠番戦闘員とその仲間と思われる女型戦闘員は、そのまま警備を排除した扉の中へと足早に入っていった。
その様子を物陰で見ていた白木たちは、あの扉の先に欠番戦闘員が求めている何かが有ることを確信する。
あそこは欠番戦闘員に取って、ガーディアンには知られてはならない情報なのだろう。
「あらあら、やっぱり旦那も来ていたのね。 俺達に隠した場所に現れるとは、やっぱりきな臭いな…」
「行くぞ、土留。 欠番戦闘員の目的を突き止めてやるんだ」
「お、ヤル気だねぇ、優等生」
謎の欠番戦闘員、その秘密に迫れる千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。
白木と土留は欠番戦闘員たちの後を追って、あの扉の中へと足を踏み入れるのだった。
クィンビーに取って此処を訪れたのは二度目の事だった。
隔離施設、リベリオン関東支部において一部の怪人のみが足を踏み入れられる重要施設である。
その場所にはリベリオンの機密情報が収められており、極秘裏に進められていた先のショッピングモール襲撃作戦の情報もこの場所から手に入れた。
この場所ならばセブンや白仮面の情報が有るであると信じて、大和たちは危険を冒してやって来たのだ。
しかし残念ながら、大和たちはこの場所で目的を果たすことは出来無かった。
「…駄目、殆どのデータが削除されている!? セブンのセの字所か、スッカラカンじゃない!!」
「そうだよな…。 普通襲撃とか受けたら、機密保持とかのために重要データを全部削除したりするもんな…」
「ああ、だからあんなに警備が手薄だったのね!? 怪人が一体しか居ないなんて、警備が柔すぎると思った…。
どうにか進行中だった初期化は止めたけど、既に九割データが初期化されてたら意味無いじゃ無い!!」
隔離施設に秘められたリベリオンの機密データ、それはガーディアンに決して渡してはならない情報である。
そのような情報を支部が壊滅寸前となっている今の状況で残している筈もなく、リベリオンは機密保持のためにしっかりデータの初期化を行っていた。
大和たちがこの場所に辿り着いた時には既に時遅く、この施設に保持されていたデータの初期化がの九割方完了していた。
初期化を免れたデータの中にはそれなりに重要そうな情報も残っていそうだが、少なくともセブンや白仮面の情報は無さそうである。
この状況ではセブンや白仮面の情報が有る筈も無く、大和たちはまたもや無駄足を踏んだようだ。
「…一体此処に何のデータがあったんだ?」
「さっきに説明したでしょう! 此処は幹部怪人しか入れない隔離施設で、リベリオンの重要データが保存されていた…」
「ほー、旦那たちの目的はリベリオンの情報か…」
「なっ、あんたたちは…」
大和たちの後を追って隔離施設へと足を踏みれた白木と土留、間抜けにも大和とクィンビーはその存在に気付かずに会話を行っていた。
遅まきながらガーディアンの存在に気付いた時には既に遅く、白木たちは大和たちの話からこの施設の重要性を把握してしまった。
土留は欠番戦闘員こと大和たちの思わぬ失態が面白かったのか、嫌らしい笑みを湛えながら室内を物色していた。
そしてガーディアンを出し抜く形でリベリオンの情報を手に入れようとしていた事実に、白木は敵意を込めた視線を大和たちにぶつけた。




